ヘリコプターがトラック前方に横付けするように地上スレスレに降りてきた。
ドアが開く。銃を構えた高尾の姿が即座に川田の視覚に飛び込んできた。
「ちっ!このクソガキがぁ!」
川田はギアをバックにいれ、アクセルを踏み込んだ
軍用トラックは、猛スピードで後退。さらに川田はハンドルを激しく切った
だが、高尾は冷静だ。冷静にトリガーを引いた。
いや、引こうとしたが、突如、高尾は操縦桿を引いた。
ヘリが、一気に上昇する。川田は何事かと眉をひそめた。
あのままトリガーを引けば、自分を殺せたのに。

(なぜ、やめたんだ?奴は一体何を考えているんだ?)




キツネ狩り―187―




「部長、見てください。ウイルスが変化しました」
「何だと!」

ギラギラした目つきの怪しい白髪の男が転びそうな勢いで走ってきた。
そして、顕微鏡に飛びつく。ミクロの世界で悪魔が破滅へのダンスを踊っていた。
紫色のグロテスクな模様のウイルス。それが次々と増えている。


「……なんてことだ。また進化を遂げたのか。恐ろしい……」


「部長……やはり高尾の肉体も」
「言うな!……このままだと初代高尾の貴重な血筋が減ってしまう。
秀明だとて、いつ何時発病するかわからない……。
そうなったら、ファーストの血筋は途絶える……完全に。
我が科学省が半世紀にもわたって緻密な計算の上に作り出したサラブレッドが消える……」
部長は、真っ青になって受話器を掴んだ。
「長官、私です!!時間がありません、すぐに奴を!!」
受話器の向こうから、重苦しい声が聞えた。


『……ダメだ。全てが終わらないと軍は指揮権を我等に譲らないだろう』
「何を言ってるんですか!晃司の性格は長官も知っているでしょう!!
あいつは加減をしらない。任務は徹底的に遂行する。
もし、奴の息の根を止められたら、どうするんですか!?」
『…………』
「ファーストの遺伝子はもう残ってない。人工授精は不可能なんですよ!」
『いわれなくても分かっている。しかし私にも限界がある。
晃司が勝てば奴は死ぬ。奴が勝てば晃司が死ぬ……もしくは』
宇佐美は忌々しそうに呟いた。

『あの時の事件のように、どちらも死ぬかもしれない』














「桐山くん!」
背後の荷台からから美恵の声。それで川田は全てを察した。
「桐山の奴め」
桐山が荷台の上に移動していた。桐山の一瞬の行動が川田を救ったのだ。
高尾からは荷台の真上にいる桐山は死角にはいって狙えない。
反対に桐山からは、高尾は格好の標的だった。
プロペラを破壊されたらヘリコプターは途端に浮力を失い、バランスを崩し落下。
そのまま地上と激突してバラバラとなるだろう。
当然、操縦士である高尾もろとも木っ端微塵だ。
高尾は一瞬の判断で、ヘリを上昇させた。
あっと言う間に、高尾は桐山が一度定めた照準の中から姿を消した。
反対に、今度は桐山が高尾の銃口の先にセットされる。


「桐山、しっかり捕まってろ!!」
川田が叫ぶと同時に、トラックはバックのまま林の中に突っ込んだ。
バキバキ!と木々の枝が折れる音が美恵の耳に突き刺さるように聞えた。
桐山も無茶な男だが、川田も相当無謀な面を持つ男だった。
いくらバックミラーを見ていたとしても、ちょっとした運転ミスが大事故に繋がる。
そんなことお構いなしの大胆さが無ければ、こんな運転は出来ないだろう。
トラックは林を突きぬけ、公道に出た。今度はギアをファーストにいれ前進!
セカンド、サード、ギアを素早く変えてゆく。すぐにハイトップに、そしてハイスピードに。
だが、どんなにスピードをアップしようと、相手はヘリコプター。
とてもじゃないが、車ではスピード勝負で勝てはしない。




「川田、最高速度で走れ!」
「もう、メーターは限界まで振り切ってる!」

桐山は荷台の上から下におりると、、美恵に、「何があっても防弾チョッキを被ってろ」と告げた。
そして、自分は扉の陰に駆け込んだ。
ヘリコプターがトラックの、すぐ背後についた。超低空飛行だ。
桐山たちにとって、ラッキーだったのはヘリコプターに備え付けられている銃が使えないことだろう。
もし使用できれば、今頃、このトラックごと蜂の巣にしているはず。
高尾が自ら発砲するしかない。操縦しながら同時に銃撃。
高尾は、器用にそれらをこなしていた。


桐山は、マシンガンの銃口をヘリに向けた。同時に発砲!
この至近距離だ。外れるわけが無い。ましてマシンガンは弾丸のシャワーだ。
次の瞬間、ヘリは蜂の巣になるはず。ところが、ヘリは大きく斜めに傾いた。
バックミラーで、それを確認した川田は吐きそうになった。
「何て奴だ。片手で操縦しながらヘリのバランスをあんな派手に崩すなんて!
普通なら、あんなことしたらバランス崩して途端に落下するはずだ!」
今度は高尾が発砲した。一発ではない。二発、三発!連続して銃声が聞える。


「あ、あの小僧……シングルアクションの銃であんな早撃ちを……!」
桐山は、荷台の扉の裏側に防弾チョッキを貼り付けていた。
高尾は、最初の一発で、それに気付いたのだろう
(被弾した音は、防弾チョッキに当たったそれだったから)
だから高尾は即座に狙いを扉の陰にいる桐山から別の物に変えた。
防弾チョッキが桐山を守っているのなら、その守護神を無くせばいい。
高尾が狙ったのは扉の蝶番。桐山を守っていた扉から軋む音がした。
それは、美恵の耳にも、しっかり聞えた。




「桐山くん!」
思わず、被っていた防弾チョッキを持ち上げる美恵。
「見るな!」
桐山の厳しい声に、美恵は慌てて防弾チョッキを被った。
だが、被る前に、はっきり見えた。 扉が外れて、飛んでいったのが。
「まずい、まずいぞ。桐山とお嬢さんが、奴から丸見えになる!」
川田の心配は的中した。拍車をかけたのは、さらに二発の銃声!
川田はバックミラーで見た。もう一枚の扉まで飛んでいくのが
「桐山、天瀬!何かにつかまれ!このスピードじゃあ、おまえたちが投げ出される!」
美恵は川田の忠告に従って、荷台の壁にしがみついた。
だが桐山にそんな保身観念は無い。正確に言えば、そんなことをする余裕など無いのだ。


「桐山くん、こっちに来て!」
扉が外れたというのに、荷台の端にいたら、それこそ川田の言うとおり投げ出されてしまう。
「桐山くん、早く!」
必死になって桐山を呼ぶ美恵。だが桐山は冷静に返事をした。
「必要ない」
「そんな桐山くん……!
「おまえは隠れていろ」
このままでは桐山は高尾の格好の標的となってしまう。
「川田くん!」
「わかってる!全く、無茶をする若さまだ!」
川田はハンドルを激しく切った。道なき道にトラックが突っ込んだ。
川田が向かったのはトンネルだ。トンネルに一端逃げ込む!




「いくらなんでも、あんな狭いトンネルじゃあヘリでは追走は不可能だろう!」
トンネルに入りすれさえすれば、もう高尾は追ってこれない。
それでも追走しようとしたらヘリを降りるしかない。川田の意図は美恵にもわかった。
(よかった。これで、もうヘリでは追って来られない)
ほっと胸を撫で下ろした。
戦いそのものが終わったわけでは無いが、とりあえず今の危機は一端去った。
それは川田も同じ思いだった。ところが――。


「来たぞ、川田。スピードを下げるな!」


途端に、川田と美恵の心臓が凍りついた。
「な……何だと!?」
「そんなだって……!」
信じられない。そんな目で川田は振り返った。
桐山は嘘など言ってない。へリが、この狭いトンネルに猛スピードで突っ込んできた!


「なんてクレイジーな野郎だ!トンネルの壁にプロペラが接触するぞ!」

あのバカめ、よほど自信があるようだが、すぐに自滅するぞ。

川田は、そう睨んだ。 プロペラがいかれたらヘリなど一瞬で破壊の道をまっしぐらだ。
「よし、これで奴も時間の問題……な!」
川田はバックミラーを見て驚愕した。そして振り向いた。
ヘリが真っ直ぐ、そう完全に真っ直ぐに飛んでくる。
トンネルとの壁の距離は左右とも一メートルもない。いや五十センチもないだろう。
まるで精密機械のように一ミリの狂いも無く真っ直ぐ飛んでいる。


「何て奴だ。強いだけじゃなく、こんな技術まで……!」
「前を向け川田、おまえは前だけ向けばいい」
桐山はマシンガンを向けた。
「壁との隙間が極端にないということは、もう避ける事もできない」
桐山はトリガーを引いた。
「どんな人間も避けれない」














「これが沖木島の地図だ」
氷室が広げた地図を見て、特撰兵士達は溜息をついた。
「聞きしに勝る田舎だね。近代的な建物がここまでないとは。
都会育ちのナイーブな僕には生理的に合わないよ」
「おまえの好みなんかどうでもいいぜ。見ろよ、地形の起伏は激しいし崖や林も多い。
厄介だな。ゲリラが局地戦をするのに適している地形じゃないか」
瀬名の意見は最もだった。
「範囲は狭いくせに、隠れる場所も多そうだし。首輪さえしてれば簡単に発見できたのになあ」
「へっ!だから、てめえはいつまでたっても飛ばず鳴かずなんだよ俊彦」
瀬名の眉毛がぴくっと動いた。


「隠れられたら見つけ出せばいいだけの話だろ。だから海軍の連中は腑抜けだっていうんだ。
陸での戦闘に慣れてないてめえらは大人しくみてろ。
ゲリラなら、陸軍の領域だぜ。オレが一人残らずぶっ殺してやる」
調子にのっていた和田だったが、堀川の一言で瀬名以上に渋い顔をすることになる。
「そうか、よくわかった。陸でのゲリラ戦ではおまえはプロ中のプロ。
たとえ、おまえの得意分野で一度も晃司に勝った事が無いとは言え、それは事実だ」
蛯名が思わず、「きっつー、言うぜ秀明も」とつい漏らし、和田に睨まれた。




「てめえ、オレにケンカうってんのかよ秀明?」
「なぜ、そうなる。オレは認めているだけだ、おまえはゲリラ戦のプロフェッショナルだと。
晃司やオレに勝った事はただの一度も無いが、それは紛れも無い事実だ」
和田の口元がこれ以上ないくらい引き攣ってきた。
「……てめえ、オレをどこまでバカにしたら」
「バカになどしてない。おまえは特撰兵士だ。一応、仮にも、腐っても」
その直後、和田はドアを蹴り壊して退室していた。


「……言いすぎだぞ秀明。完全に勇二を怒らせた」
氷室がたしなめるように言った。
「秀明は勇二を怒らせたのか?」
「そうだな。隼人がいうんだから、間違いないだろう」
「そうか。ところで、勇二は何を怒ったんだ?」
「それはオレにもわからない」
だが、と堀川は続けた。


「勇二の事はわからないが晃司の事はわかる。晃司はゲリラ戦より街中での派手な戦闘のほうが得意だ。
戦闘ヘリや銃火器を使った戦闘。それが本来、晃司のペストだ」
蛯名が、「ああ、そうだったよな」と相鎚をうった。
「じゃあ、こんな田舎の島じゃあ晃司は本領発揮できねえじゃん。
もっとも、あいつはゲリラ戦もすげえから問題ないか」
「晃司は自分のベストで勝負するぞ」
「でもよ秀明、こんな島じゃあ、戦闘ヘリもあまり使えないし」
「晃司にそんな境界線はない」














暴発、凄まじい音!
「桐山くん!!」
「なんだ天瀬!何があった!?今の音は何だ!!」
川田の声は美恵には届かなかった。それどころではない。
桐山のマシンガンが暴発したのだ。
「桐山くん!!」
「来るな!」
美恵は一瞬立ち止まりはしたが、ほうってなど置けない。
桐山の腕の中にあったマシンガンが爆発したのだ。
当然、桐山も大怪我したはず。すぐに手当てをしないと。


「大丈夫だ」
美恵を安心させるように、桐山は即座にそういった。
「爆発する前に銃を離した。問題ない」
高尾晃司は銃身に向け発射してきた。
気づくのがコンマ一秒でも遅かったら、桐山の腕は裂傷くらいでは済まなかっただろう。
桐山はすぐに壁にかかっているライフルを手にした。
狙うは高尾晃司の眉間。桐山は銃口の照準を定めた。
同時に銃声がトンネル内に反響し空中で小さな火花が散った。
桐山がはなった銃弾、それが高尾がはなった銃弾に相殺されたのだ。
桐山が珍しく焦りを見せた。それを裏付けるかのように照準も合わせず発砲。
銃弾は、またしても高尾がはなった銃弾と空中で激突。
どんなに動体視力が優れていようが、こんなマネできるものじゃない。




「トンネルを出るぞ桐山!」
光が迫ってくる。出口だ
「川田、進行方向を変えろ!」
「言われなくても分かってる!」
川田はトンネルを出ると同時にハンドルを切った。
トラックはアスファルトの道路から砂利だらけの横道に突っ込む。
街中に突入する。しめた、ここならヘリが入れない場所も多いはず。
「あそこだ!」
川田は立体駐車場に飛び込んだ。
ここなら、いくら低空飛行しようとヘリでは入ってこれない。


「鬼ごっこは終わりだ。だが、これからどうする?」
鬼ごっこの終焉=ゲームの終了ではない。
まして勝利などではない。命の期限を延ばしただけだ。ほんの少し。
「川田、オレが奴を引き付ける。おまえ達は、その間に逃げろ」
「桐山?」
美恵を頼む」
それだけ言うと、桐山はトラックから下り、駐車場の隅に止められていたバイクに跨った。
「お、おい。待つんだ桐山!」
そして、川田の制止もきかずに、バイクを発進させた。














(……バイクの音、それに気配が一つだけ移動している)
高尾は冷静に気配を探っていた。
(一人移動している。移動先は……立体駐車場の屋上だ)
ヘリも一気に上昇。一瞬で屋上の真上に出る。
立体駐車場の出口から、バイクが飛び出してきた。
高尾は急降下。狙うは桐山の頭部のみ。
銃口を上げた。ボディには目もくれず、性格に眉間を見詰めながら。


(エンジン音……)
バイクとは全く異質のエンジン音が聞えた。
(他の二人は逃げるつもりか。そうはさせない)
桐山を片付け、すぐに追走してやる。
高尾がトリガーを引こうとした、その瞬間、桐山がハンドルを持ち上げた。
バイクの前輪が高く上がる。バイクは後輪のみで走行している状態。
そのまま、桐山はさらにスピードを上げた。
前方には赤いスポーツカー。このままでは激突だ。
だが、前輪を上げた微妙なバランスのバイクは、激突せずスポーツカーに乗りあげた。
そして、まるでスポーツカーを踏み台にしたかのように空高く飛んだ。
桐山は、さっとバイクから飛び降りる。

バイクはヘリに向かって一直線に飛んでいった――。




【B組:残り3人】
【敵:残り1人】




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