車は方輪のまま、数十メートルを走りきった。
ガタンと、大きな音がして、浮いていたタイヤがアスファルトと接触した。
背後からはバイクが猛スピードで迫ってくる。
桐山は再びアクセルを踏んだ。道路から歩道に突っ込み、さらに砂利道に出た。
スピードは衰えない。窓から銃口を出し発砲。
もちろん、周藤はさっと避けて被弾は避けている。
パンクした状態で車は走り続け、林道に出た。
山頂へと続く林道を車は駆け上がる。道は平から一気に斜面へと変化を遂げた。
それでもおかまいなしに車は駆け上がった。
当然、バイクもそれに続く。決して車間距離を縮めない。
桐山はハンドルを切った。車が道をそれ、木々の中に突っ込む。

「……メチャクチャな奴だな」

周藤は呆れたが、同時に、それは桐山の自信の表れだとも感じた。
焦って、無茶な行動をとっているわけではない。


「本当に、晃司みたいな奴だ――忌々しい」




キツネ狩り―183―




地図を片手に自転車をとばす
時間はかかったが、なんとか元の場所に戻ることが出来た。
後は桐山と川田を見つけるだけだが、二人のいる場所が全く特定できない。
と、いうのも、あれだけ大きな音がしていたのに、今はそれが全くないからだ。
もしかしてと嫌な予感がした。無音なのは全てが終わったから。
桐山たちの勝利で終わっているのなら、自分を探しに来るだろう。

しかし転校生の勝利で終わっていたら?

そんな不吉な考えは吹き払って、は慎重に二人を探し出した。
壁や電信柱の陰から様子を伺い、安全だと判断すると音を出さないように移動する。
それを何度も繰り返した。途中、風で舞い散る木の葉の音にすらビクッとなりながら。
やがて、この閑静な住宅街が間違いなく戦場であったことを示す証拠が見え出した。
爆発の痕。その壮絶さは、この島で殺し合いがあった証し。


(桐山くん達は……)
きょろきょろと辺りを見渡した。しかし二人の姿はおろか、猫一匹いない。
確かに、ここで壮絶な戦いはあったのに、人間の気配が全くない。
まるで戦場跡地巡りをしているような感覚をは味わった。
もちろん油断は出来ない。いつ何時背後から肩をつかまれるか。
は何度も何度も後ろを振り返った。気のせいとは思うが何かを感じるのだ。


こんな状況だ。神経が過敏になっているだけとは思うが。
また何か音がした。慌てて振り返ると紙切れが風に舞っていただけだった。
はほっと胸を撫で下ろす。だが、その安堵は一瞬でぶち壊された。
がしっと腕に強い圧迫感を感じ、反射的に視線を向けると手が伸びて腕を掴んでいたのだ。
は悲鳴を上げる事も忘れるほど衝撃を受けた。














車は木々の間をギリギリで走り抜けていた。
いやギリギリとはいえない。左のサイドミラーが木の幹にぶつかって破損。
車体も枝にぶつかり、引っかき傷を作り続けている有様。
それでも車はスピードを緩めない。それどころか、ますます速度を上げている。
整備されたアスファルトの上ではなく、この到底道などとはいえない森の中で。
前方に大木、桐山はハンドルを切った。
だが避けきれない。桐山はさらにハンドルを切った。
車の左側が浮く、片輪走行で何とか避けた。
拳大の石がゴロゴロしているのもかまわずに走り抜けた。
当然、周藤も後を追う。ただ、追っているのも、もう終わりだ。


周藤はハンドルから手を離すと、マガジンを取り出した。
これが最後の弾丸。無駄には出来ない。素早くセットし銃口を向けた。
だが、車はボンと大きく地面を跳ねて、車体が見えなくなった。
どうやら地面にかなりの段差があり車ごと飛び降りたらしい。
周藤のバイクもあとを追って飛んでいた。
車はボロボロになりながらも、まだ走っていた。
タイヤ一つパンクした状態でだ。しかし、それも限界に近付いている。
桐山もわかっているはず。だからこそ、今のうちに距離を広げておこうというつもりなのだろう。




「そうはさせるか」
周藤は、そのデコボコな急斜面を駆け上がった。車との距離がどんどん縮んでゆく。
さらに周藤はチェーンを取り出し、それを投げた。
チェーンの先端が、車の後ろのフックに引っ掛かる。
周藤は、手にしていたチェーンの、もう片方の先端を投げた。
桐山は異常を感じた。車が一瞬停止したのだ。何かに引っ張られるような感じで。
振り向いた桐山が目撃したのは、チェーンによって繋がれた車と大木。
桐山は即座に車を捨てた。二発、発砲しながら木々の間を駆け抜ける。
一発は周藤に向かって飛んだが周藤はスッとそれを避けた。
二発目はこともあろうに、今しがた自分が乗っていた車に命中。
バンと、音がして車が炎上した。また、他人の車を二度と走れない廃車にしてしまった。


もちろん桐山には申し訳ないと思う余裕なんてないし、するつもりもなかった。
ただ全力疾走あるのみ。
そして岩場に到着すると、まるで忍者のように岩の上を軽々と飛び上がりだした。
周藤もバイクごと追いかける。逃がすつもりは無い。
桐山の姿が消えた。岩の向こう側に飛んだのだ。
続いてバイクも飛ぶ。同時にパンパン!と乾いた音がした。
その音は岩に反響し、森の中いっぱいにこだまする。
桐山は岩場から飛び降り、周藤が自分を追いかけてバイクごと飛び降りるのを狙った。


真下から発砲。銃弾は一直線にバイクを貫いた。
正確にいえば、バイクのガソリンタンクを。
たちまちバイクは爆発。熱を帯びた突風がふきあれる。
桐山も岩の隙間に身を隠し、その熱風の直撃を避けた。炎の次は金属の雨だった。
バイクの部品や、ネジが、バラバラと落ち、岩にぶつかっている。
さらに炎に包まれたバイク本体が間髪いれずに落ちてきた。
もう原型はほとんど残っていない。派手に燃えている。
桐山はうっすらを目を開け、バイクを見た。
これではバイクに乗っていた周藤ももちろん無事では無いだろう。
当然、死亡。よくて重傷だ。どっちにしても桐山の勝利である。














喉まででかかった悲鳴が出ない。
腕を掴んでいるのは間違いなく人の手。
腕にかかる圧力がj恐怖の戦慄となっての全身に走る。
「……や」
やっと声がでた。声と呼べるかどうか疑わしいものではあったが。
しかし、第一声さえ出せれば、後は簡単だった。
「やめて離して!離さないのなら……」
は拳銃を取り出した。慣れたくもない鉄の重みがずっしりと右手にのしかかる。
しかしトリガーに人差し指をかけることはなかった。


「オレだ
その低く大人びいた声は、敵のものではなかったから。
はハッとして、自分を掴んでいる手の先を見た。
両膝を地面につき、ボロボロになっている川田の姿がそこにはあった。
は心からホッとすると共に、川田の悲惨な姿にハッとした。
「川田くん、大丈夫!?」
慌ててハンカチを取り出した。川田は出血している。
止血しなければ。
慌てて手当てをしだしたを落ち着かせるように川田は言った。


「安心しろ、お嬢さん。致命傷じゃない。
この傷も出血は多少ハデだが、たいした怪我じゃないよ。すぐ止まる」
「でも」
「オレは、こう見えても医者の息子だ。医学知識は持っている。
オレを信用してくれ、お嬢さん。オレは大丈夫だ」
川田の言葉はやや強引な押しの強さも感じたが、同時にを納得させるだけの説得力もあった。
「ええ、わかったわ」
は川田を信じ、素直に川田の無事を喜んだ。
同時に、もう一つ気になっていることを口にした。




「桐山くんは?」

それは重要な質問だった。同時に、答えにくいものでもある。
川田の表情が一瞬で曇るのをは見逃さなかった。

「……あの若様は」
「どうしたの川田くん?桐山くんは無事なんでしょう?」


無事といえば無事だ(少なくても川田が最後に見たときは生存していた)
だが危機的状況から逃れたわけではない。むしろ、いつ死んでもおかしくない状況。
最悪の場合、今、自分達がこうして会話をしている間に死ぬかもしれないのだ。
いや、下手したら、もうすでに殺されているかも。
そんな不吉な考えは持ちたくなかたったが、川田は情に流されるわけにはいかなかった。
感情に屈せず、あらゆる最悪な状況を考えて行動しなければならない。
それが、恋人・慶子を失った前回プログラムで川田が学んだことだった。


「行くぞ」
川田はの腕をつかんだまま歩き出した。
「行くってどこに?桐山くんのところ?」
「学校に戻るんだ」
「そこに桐山くんがいるの?」
「いや、今頃はあの転校生と戦っている。どこにいるかはわからん」
「そんな……!」
ほかってはおけない。そんなの気持ちを川田は瞬時に理解した。
理解はしたが、かといってその気持ちを尊重するわけにはいかない。




「助けに行こうなんて考えるなよ、お嬢さん」
「……でも!」
「これは桐山の願いでもあるんだ」
「桐山くんの?」
川田はこくっと頷いた。
「桐山は戦っている最中でも、あとのことを考えていた。
その為に、オレ達に学校に戻れと言ったんだ。戻って待っていろということだ。わかるな?」
「……全てが終わった後、一分一秒でも無駄にしないってことでしょ?」
「そうだ。転校生を倒せば終わりじゃない。早く脱出しなければ、全てが水の泡だ。
オレたちは桐山を信じ、脱出の用意をして待つんだ」
「……そうね」


桐山の元に駆けつけたかったも、自分が行ったところで何の役にも立たない。
足手まといになるだけ、悔しいがそれが現実だ。
「大丈夫だ、お嬢さん」
川田は穏やかな口調で言った。
「桐山は必ず戻ってくる。おまえさんがいるからな?」
「川田くん?」
「おまえさんがいる限りあいつは戻ってくるよ。おまえさんに会いに。
今まで、あいつを見てきて一つだけわかったことがある。
あいつは、お嬢さんにだけは愛着を持っている。
だから、あんたを残して死ぬはずは無い。保証するよ」
「ありがとう」
「よし、じゃあ学校に戻るぞ」


学校……この忌まわしいゲームのスタートの地。
正直言って居心地のいい場所ではない。


「お嬢さんの気持ちはわかる。だが、今は一番安全な場所だ。
敵が一人もいないんだからな。だから安心しろ」














いない!バイクに誰も乗ってない!

桐山は視線を即座に上に向けた。周藤が飛んでいた。
あの一瞬でバイクから飛び降り、尚且つバイクを踏み台にしてジャンプしていたのだ。
桐山はすぐに銃口をあげた。周藤が素早く回転しながら落下。
岩に着地と思いきや、すっと銃口を上げる。
早い!桐山は僅かにしろ、周藤より遅れを取った。
桐山の手から銃が弾かれる。桐山は丸腰になった。
銃は、回転しながら宙を舞っていた。


しまった!そう思いながらも、桐山は後悔するより行動を選択していた。
銃を追った。あれがなければ勝利は無い。だが現実は非情だった。
桐山よりも、おもりという枷をを外した周藤のほうが動きが早かった。
周藤が地を蹴っていた。桐山が手にするよりも早く、その手に銃を掴んだのだ。
これはやばい。周藤は二つの銃を桐山に突きつけた。
桐山は岩場の陰に飛び込む。今は身を隠すしかない。
が、周藤は桐山が身を隠した岩を一気に飛び越え、桐山の前に飛び降りた。


桐山は素早く反応した。周藤の両手目掛けて回し蹴りだ。
が、周藤の腕にまともに蹴りが入ったにもかかわらず、周藤は微動だにしない。
それどころかニッと笑みを浮かべ、お返しとばかりに強烈な蹴りをお見舞いした。
桐山は掌でそれを受け止めた。受け止めたのに蹴りの威力は止まらない。
桐山は何かに引っ張られるように飛んでいた。
背中から地面に激突して仰向けの状態になった。
空が視界いっぱいに広がっている。その視界に周藤がはいった。
すぐに起き上がろうとする桐山の胸に周藤の足が乗る。
押さえつけられ、桐山は起き上がることが出来ない。


「散々手こずらせてくれたが、そろそろ終わりにしてもらうぞ桐山和雄」


周藤は桐山に額に銃の照準を合わせた。
「晃司に劣らない天才だったが、やはり経験の差は大きいな。
おまえは、まだ晃司の域には達してない。
環境次第では、晃司より勝っていたかもしれないと思うと残念だ。
こんな逸材を、プログラムごときもののために殺すなんてな」
周藤は本当に残念そうだった。


仮にも天才と言われて育った周藤は本気を出せる相手はほとんどいなかった。
だから桐山との戦いを、心の奥底で楽しんでもいた。
でも、それも、これで終わり。最優先させるのは、やはり任務。
お仕事はきちんとこなす。それが周藤のモットーだった。
周藤がトリガーにかけた指に力を入れようとすると桐山は強引に動き出した。
周藤に押さえつけられ、体の自由を奪われているにもかかわらずだ。


「無駄なあがきはよせ。安心しろ、頭部に一発だ、痛みもない。
すぐに終わらせてやる。下手に動くと、もがき苦しんで死ぬ事になるぞ」


周藤は忠告したが、桐山は大人しくならなかった。
ベルトに隠していた小型ナイフで、周藤の脚を攻撃。
無論、周藤はさっと避けたが、桐山が優位にたったわけではない。
周藤の銃口が桐山の動きに牽制していた。
桐山は、起き上がることができず、それでも少しずつ後ずさりした。
「無駄なあがきはよせといっただろう」
周藤は明らかに不愉快だった。この期に及んで桐山が逃げ出そうとしたのだ。




「おまえは十分やった。あきらめて、最後は潔くしろ」

だが、桐山は周藤の警告を受け入れるどころか、まだ逃げようとしている。
もっとも背後は岩に囲まれており、逃げ場などないに等しい。
それでも桐山は、大人しく銃弾を受ける気にはならず、背後をちらちらと見ながら少しずつ立ち上がった。
後ずさりすることも忘れてない。
明らかに不愉快になっていた周藤だったが、不愉快どころか不機嫌になってきた。
いや不機嫌なんてレベルじゃない。腹が立ってきたのだ。


(……なんだ、こいつは)


晃司に匹敵する天才だと思った。
自分以上の才能の持ち主に対する礼として全力で戦った。
それなのに、こいつは、今、自分の命ほしさに必死になって退路を探している。
周藤の最も嫌いな命欲しさに恥じもプライドを投げ捨てた下種になろうとしているのだ。


そんな男だったのか?

桐山に対する怒りは、桐山を認めた自分自身への怒りとなった。

(何が晃司に匹敵する天才だ。ただの俗物じゃないか。
オレの見る目もたかがしていたというわけか)

最高にむかつく。こうなったら、もう最高の敵として礼を尽くす必要は無い。


「気が変わった嬲り殺してやる」
周藤は自分との距離を広げつつある桐山の間合いに一瞬で飛び込んだ。
桐山の顔面目掛けて回し蹴り。桐山はすぐに防御したが、周藤の方がパワーが勝っていた。
桐山は岩に叩きつけられる。それでも逃げようとした。
「クズめ、とんだ見込み違いだったな」
周藤は一瞬で桐山の前方に回った。今度は拳を突き出した。
桐山の表情が歪む。周藤は攻撃をやめない。
桐山の襟を掴むと、投げ飛ばした。桐山が大きく宙に弧を描いて木の幹に激突。
それでも、桐山は逃げようとした。




「性懲りもなく……オレから逃げられると思っているのか!!」

腹部を抱えて苦しそうにフラフラしながら逃げる桐山。
周藤は、その桐山を飛び越えた。桐山の前方に着地して、そのまま一気に決めるつもりだった。
その時だった。キラリと、空中で何かが光ったのは。
周藤の第六感が危険信号を出した。
周藤は、咄嗟に腕をクロスさせて頭部を守った。
ギリっと鋭い痛みが腕に走った。何か細長いものに切り裂かれる感触!


「……く!」
着地した周藤。その腕には赤い線が入っていた。
それだけじゃない。何かが周藤にまとわりついている。糸だ。透明のワイヤー。
絶妙に木々の枝の陰に隠れていたので周藤でもなかなかきづかなった。
一本だけじゃない。その糸が張られ、周藤はいわば人工の蜘蛛の巣に自らはまった蝶。
周藤はすぐにナイフを取り出し、それらを切断した。


(……あの時か!)

車が炎上した時、煙で視界が遮られたあの時!


桐山は、逃げながら罠を仕掛けたのだ。もしものときの保険に。
車にワイヤーの先端をくくりつけ、もう一方の先端を持って、そのまま森の中を走りぬけるだけ。
実に単純で簡単。でも素人では出来ない。
桐山は命ほしさに逃げようとしていたのではない。
この蜘蛛の巣に周藤をおびき寄せる、その目的の為に臆病者を演じていたのだ。

「こんなもので、オレの動きを封じたつもりか?」

ワイヤーはすでに最後の一本を残し、全て切断されていた。
桐山は急がなくてはいけなかった。
桐山は素早く車にひっかかっているチェーンを外した。
周藤がハッとした。急斜面でサイドブレーキもかけてない車。
その動きを止めていた唯一の枷が外れたら、どうなるか。
車がゆっくりと動き出した。その車を桐山はさらに押し出し方向を変えた。
その方向の先にあるものは――。


「崖――!」




【B組:残り3人】
【敵:残り2人】




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