「き、桐山!!」

川田の目の前で起きた爆発。
炎上する車とバイク、いや炎上なんて生易しいものじゃない。
衝突した際の衝撃で原型がなくなっている。特にバイクは酷いものだ。
炎のせいで一瞬しか見えなかったが、木っ端微塵になったのを確かに見た。


桐山?桐山は!?


川田は顔面蒼白になった。車両ですら一瞬で鉄くず、生身の人間が無事でいるはずがない。
川田は握った拳が震えるのも気づかず、ただ呆気に取られた。
いくら桐山が常識ハズレの天才でも限度がある。
あくまでも桐山は人間であって、神でも悪魔でもないのだ。


だが、それは転校生も同じ事。
いくら天才的才能と、特殊な英才教育を受けた軍のエリートとはいえ不死身ではない。
転校生も無事では無い。いや、生きているはずがない。
それは確信というよりも川田の希望に近かった。
桐山が命をかけたのだ。当然、転校生は死んだと思いたい。
そうでなければ、桐山の命が無駄になる。
転校生は死んだ。もう息はしてない。肉体は黒こげだ。
そう願う川田をあざ笑うかのような悪夢が起きた。
爆発により発生した炎、その中から影が一つ飛び出していた。


「……まさか」


川田は目を大きく見開いていた。その影が空中で一回転して、着地した。

「そんな……!」


馬鹿な馬鹿な馬鹿な!

川田は叫んだ。しかし、その声は形にならない。


「そんな馬鹿な!!」


川田の視界に、炎をバックに直立する周藤晶の姿がくっくり映っていた――。




キツネ狩り―181―




「……あれは」
美恵は震えながら遠くを見詰めていた。黒い煙が立ち上っているのが見える。
慌てて走った。きっと桐山の身に何か起きたはずだ。
だが、すぐに立ち止まった。桐山は自分ひとりで転校生と戦うことを選択した。
そして自分と川田には脱出の準備を託した。
今、感情のままに動いたら全てが無駄になる。
戦いが終われば家に帰れる、それは政府の嘘だということはわかっている。
だから転校生を倒しても全ては終わらない。脱出に成功して初めて終わったといえるのだ。


その終わりは、転校生を倒してからの時間の勝負でもある。
短時間で何もかも終わらせないといけない。一分一秒も無駄に出来ないのだ。
その為の準備なのに、今、それを放棄していいのか?
そんなことをしたら、桐山の命懸けの戦いが水泡に帰す。
美恵はぐっと唇を噛んで踏みとどまった。
桐山を信じよう。今、自分が出来るのはそれしかない。
桐山を信じて、自分は自分に出来ることをする。
それが自分の役目であり、桐山もそれを望んでいるはずだ。














周藤がゆっくりと振り向いた。炎をバックにした、その姿はまるで軍神にも見えた。
「……貴様」
川田は震える拳をさらに強く握り締めた。
やるしかない、桐山が殺せなかった以上、奴を倒すのは自分しかいない。
どう逆立ちしたところで、あのお嬢さんに殺せるわけがないのだ。


川田は一直線に周藤に突進した。身体能力はあきらかに周藤の方が上だ。
だが腕力だけならどうだ?ヘビー級チャンピオンのような肉体を持つ自分の方が上に見える。
周藤は桐山との戦いに疲労しているはずだ。
なんとか、周藤を掴まえて、その肉体に鉄拳攻撃をしかけてやれば。
ボディにきつい衝撃を何度も喰らえば、いくら軍人のエリートだろうとダメージをくらうだろう。
何と言っても川田は、その外見から示すとおり、絶大なパワーの持ち主なのだから。


周藤の間合いに入った川田は左腕を伸ばした。
周藤の襟を掴んだ。これで、周藤は逃げられない。
川田は右拳をぐっと握り締めた。顔面だ、頭部にきつい衝撃を食らわしてやる!
川田の拳がうねりを上げて周藤の顔に吸い込まれるようにのびた。
パンと音がした。拳は周藤の顔に届いてなかった。
川田が眉をゆがめる。周藤は掌を広げて、軽々と川田の拳を受け止めていたのだ。


川田は腕力には自信があった。それこそ、プロのボクサーでも一撃でリングに沈められるくらいに。
その川田の拳を軽々と受け止めている。
川田が、再度拳を打ちこむために、一端拳を引き戻そうとした。
ところが、その前に周藤の掌が閉じられ、川田の拳を包み込んだ。
川田は慌てて手を引いた。引いたが、周藤の方が力が強く微動だにしない。
(このガキ!この外見のどこに、こんな力があるんだ!?)
驚愕する川田の表情が、今度は苦痛で歪み始めた。




「……ぐ」
右手が痛い。周藤が握っている右手が。まるで圧縮されているようだ。
「ぐわ……ぁ!」
たまらず川田は声を上げた。骨が砕け散りそうだ。
痛みに気をとられた瞬間、がくっと膝が折れた。周藤が川田の足元を払ったのだ。
たったそれだけだが、川田のバランスが大きく崩れる。
片膝が地面についた。間髪いれずに周藤は川田の肩を押さえた。
そのまま、腕を高く持ち上げる。川田の身体は反転して地面に押さえつけられた。


「残念だったな。外見で、あまりひとを判断しないほうがいいぜ」
「……く、このクソガキ」


「オレは陸軍特殊部隊の人間だ。どんなガタイだろうが、民間人にパワー負けするつもりはない」
腕がギシギシと悲鳴を上げだした。骨の軋む音が今にも聞えそうだ。
「このまま腕を折るか?それとも後頭部に一発ぶち込んで楽に死にたいか?」
川田は頭部だけ何とか振り返り、周藤を忌々しそうに睨みつめた。

「どっちだ?」

川田の性格上、この傲慢な少年がたまらなく我慢できなかった。


軍のエリート?特殊部隊?
ふざけるな。社会からみたら、まだほんの15、6歳の子供の分際で!
こっちは、ほんのガキの頃からスラム街で社会の闇を見続けてきた人間なんだ。
どんな人生送ってきたかは知らないが、大人を舐めるにも度が過ぎている。


「……を」
「何か言ったか?」
「大人を舐めるな!」

川田は砂を握り締めると周藤に投げつけた。周藤は反射的に腕をあげ、両目を保護している。
「おまえ、大人を舐めてるだろ!確かに舐められて当然の汚い大人は世の中に多すぎる」
川田は自分の命が風前の灯だということを忘れていた。
「だがな、これだけは覚えておけ!」
周藤は冷たい目で川田を見下ろしていた。


「舐めるのはおまえの勝手だ。だがな、他人を舐めるには、それなりの覚悟もいるんだ!」
「遺言か?覚えておいてやるぜ。オレはせいぜい一生懸命戦って立派な大人になってやるぜ」

周藤は銃を取り出した。川田の目が拡大した。


「ジ・エンドだ」


その時、銃声が川田の耳を突き刺した。

(……オレは)

川田は自分の手を見た。握ってみた。

(オレは……生きてる)


それは嬉しいというより信じられないことだった。
確かに銃声は聞えた。弾は発射された。
だが、自分は生きている。まさか、転校生が外したのか?
いや、そんなことはありえない。しかし、なぜだ?
川田が考える前に周藤が答を叫んでいた。




「桐山っ!!」
川田はパッと顔を、周藤の視線の先に向けた。
「き……桐山!」
桐山が立っていた。間違いない、桐山だ。
幽霊でも無さそうだ。ちゃんと足はついている。
銃を構えてこちらを見ている。では、先ほどの銃声は桐山が?
それを裏付けるように、ポトッと何かが滴り落ちてきた。
赤いそれを見た瞬間、川田は理解した。桐山が周藤の腕を撃ちぬいたのだ。
死んだと思っていた桐山が生きていた。そうだよな、この若様が簡単にくたばるわけがない。


「いつまで人を足蹴にしてる!」
桐山の復活は川田の復活でもあった。桐山が生きていたことは川田の気力を倍増させた。
川田は力任せに立ち上がった。そして叫んだ。
「だから言っただろう。ひとを舐めるには覚悟がいることだと」
周藤の腕から鮮血が滴り落ちている。普通の人間なら、精神的に衝撃を受けるはず。
だが生憎と、この生意気な若造は普通じゃない。
川田が思った通りだ。周藤はニッと笑みさえ浮かべた。


「確かにな。貴様は正しいよ」
だが、と周藤は続けた。
「だが、最後に笑うのはオレだ」
周藤の脚が上がった。その先が川田の腹部に食い込んだ。
川田が、小さく「うっ」とうめいて飛んでいる。
桐山が銃口を周藤に向けた。今度は急所を狙っている。
(心臓か!)
周藤は右に側転した。弾が周藤の真横を通り過ぎた。
桐山は、周藤に再び銃口をセットしようとした。


(あの腕の動き……今度は頭だ)
周藤は体を沈めた。頭上を弾が通り過ぎてゆく。
桐山の表情が歪んだ。周藤は桐山に得意げに言った。
「言ったはずだ。オレは貴様の動きを見切ったと。
さっきは、貴様に遅れを取ったが、あれはまぐれだ」
そうだ、あれは、あの女の為に感情的になった桐山が一時的にパワーアップしたに過ぎない。
不覚にも、それに自分は遅れを取った。もう二度と、あんな間違いは無い。
桐山は素早く再度照準を周藤の頭部に合わせた。
周藤は今度は違う行動をとった。避けようとせず、桐山に向かって走ったのだ。




「どういうことだ?」
川田は呆気にとられた。これでは、桐山に撃ってくれと言っているようなもの。
たとえ撃たれても避ける自信があるということか?
いや、違う。距離が縮まれば縮まるほど、その確率はぐんと下げる。
それにも係わらず、周藤が桐山の間合いに向かっているということは――。


「し、しまった……!」
川田は慌てて自分の懐に手を入れた。
(弾切れだ!あのガキ、桐山の発砲回数をきちんと数えてやがった!
もう弾はないことを知ってるんだ。だから……クソ!)
川田はマガジンを取り出した。ダメだ、間に合わない。
「に、逃げろ桐山!!」
川田の忠告も遅かった。周藤が、桐山の綺麗な顔に向かって、脚を叩きつけていた。
特殊部隊の周藤の蹴りをくらったら、脳震盪を起すくらいじゃ済まない。
川田は桐山の頭部が血に染まる未来図を想像してぞっとした。
しかし、桐山はスッと頭部を下げた。川田はホッとした。やった、避けた。


「よし、一端身を引け桐……」
周藤の脚が桐山の頭上を通り過ぎると思われた、ところが周藤の脚は真下に急降下した。
「……なっ」
あの体勢で、蹴りに変化?二段蹴りなんてレベルじゃないぞ。
まずい、避けきれない!川田は今度こそ、最悪のシーンを思い浮かべた。
だが、川田の予測はまたしても外れた。
桐山は頭部の角度を僅かに変えた。周藤の脚は桐山の肩に振り落とされた。
振り落とされた瞬間を狙っていたかのように、桐山は素早く周藤の脚に腕を絡めた。
周藤の表情が歪む。そうだろう、この体勢で動きを止められたのだから。




「ちっ」
周藤は小さく舌打ちすると、地面についているほうの脚を上げた。
かなり無理な体勢だが、桐山は自分の動きを完全に封じたと思っているはず。
その油断をついて桐山の肺にダメージを与える。一時的に呼吸困難に陥り、たまらず脚を離すはずだ。
「狙っているのは肺か?」
周藤はギクッとした。桐山は周藤の脚を掴んだまま、スッと体勢を低くした。
当然、周藤の身体はバランスを崩しながら大きく宙に浮いた。
桐山が手を離す。周藤の身体と地面との距離が一気に広がった。
間髪いれずに桐山は地面を蹴っていた。
周藤の腹部目掛けてきつい蹴りを急上昇させたのだ。


バランスを崩していたが、周藤も百戦錬磨。
咄嗟に腕で防御した。防御したが、その威力は凄まじく、周藤は腕がきしむのを感じた。
そしてバランスを何とか空中で立て直そうと回転。
地面に着地するも、まるで読んでいたかのように桐山がさらに攻撃を仕掛けてきた。
慌てて体勢を後ろにずらし、攻撃を避けようとする。
が、真正面から仕掛けてきたはずの桐山は、すぐに攻撃を側面に切り替えた。


(……早い!)

周藤は咄嗟に側転して攻撃をギリギリでかわした。
いや、完全にはかわしきれなかった。頬に赤い線が入っている。

(どういうことだ?)

単に動きが早くなっただけではない。これはまるで……。


周藤は一つの仮説を立てた。それは認めがたいものだった。
しかし、認めざるをえない。それ以外に答がないから。

(こいつ……オレの動きを読んでいる!)

周藤が今まで桐山にしていたこと。それを桐山はやっている。
この短時間に、周藤の動きを頭の中で学習し予測できるようになっていたのだ。














「周藤は何をグズグスしておるんだ。まだ片付かないのか?」
「本部長冷静になってください」
「冷静になれだと?もし周藤が敗北したら軍の面子はどうなる!?
科学省は科学面で軍に貢献しているとはいえ軍事に口出すする権利はない。
まして、15年前にあれだけ恥知らずな事件を起こしておいて」


恥知らずな事件……鬼龍院は顔をしかめた。
確かに、あの事件は科学省、いや軍全体に泥を塗った。
当時、最強と言われていた科学省の人間兵器が国家を裏切ったのだから。
それが発端となり、科学省が大金積んで作り上げた人間兵器達は全滅という事態にまでなった。
総統は激怒して、科学省の当時のトップを初め、幹部の大半を免職処分にした。
それだけでは収まらなかった。科学省は予算を半分にまで減らされたのだ。
そのため、科学省は躍起になって信頼回復に努めた。


結果、高尾晃司たち優秀な人間兵器を作り出したと思ったら、その高尾の使用期限が後僅かというではないか。
つくづく運のない連中だと同情もしていた。だが、その同情は今や怒りに変わっている。
科学者風情が、軍に横やりいれてきたのだから。
「特撰兵士達は後二時間もすれば到着するそうだ。
もし、周藤までやられたら、否応無しに連中を投入するだろう。
本当に周藤は大丈夫なのか?」

「お忘れですか本部長?周藤晶は、最大の反政府組織のトップを消した人間ですよ」
「……ああ、そうだったな」














「……き、桐山……おまえ……」
川田は驚愕していた。恐れに近いものだったかもしれない。
今まで、怖い存在とは敵である転校生だと思っていた。

だが、本当に恐ろしいのは、もっと身近にいたのではないのか?

(……もし、もしも……)

川田は思った。もしもプログラム法改正前のルールだったなら……。
最後の一人になるまでクラスメイト同士で戦うルールだったなら……。


川田はぞっとした。かすかに手が震えていた。


(一番恐ろしいのは敵ではなく、この桐山なのか?)


だが……と川田は思いなおした。
(だが、桐山には、あのお嬢さんがいる)
美恵がいる限り、桐山は殺戮の側に回らないだろう。
何の根拠もなく川田はそう思った。
(あのお嬢さんがいなければ、おそらく最悪の敵になっただろうがな)
その桐山は、今は周藤晶の最悪の敵になっている。


周藤は、頬の血を腕でぬぐった。
生憎と、顔を傷つけられてわめくようなナルシシストではない。
その代わりに、凍てつくような目で桐山を睨みつけた。
傷つけられたのは顔ではない。プライドだ。桐山は周藤のプライドを激しく刺激してしまったのた。

「オレより上にたった……と、思っているか?」
「…………」

桐山は何も応えず、ただ静かに周藤を見ていた。
「今まで数え切れない人間を相手にしてきた」
周藤は静かに語りだした。その口調とは裏腹にドス黒いオーラが漂っている。
「戦場にでて実戦で戦ったことも一度や二度じゃない。ただのケンカじゃない。殺し合いだ。
オレは戦場で数え切れない敵と戦い、そして倒してきた。
その大半が名の通ったプロだ。政府のブラックリストのトップに名前を残した男もいた」
周藤はくくっと笑った。自嘲気味に。


「『西園寺紀康』、民間人のおまえは知らないだろうな」
桐山は無反応だった。だが川田はハッとした。川田は反政府の人間と繋がりを持っている。
何度聞かされたかしれない、伝説の男の名前だった。
政府を倒す可能性が最も高かった人間。しかし、一年ほど前に政府によって暗殺されたとか。
「民間人で、オレと互角にやりあったのは、おまえが初めてだ」
周藤の笑いが止まった。だが、その殺気はとどまるどころか、さらに鋭くなっている。
周藤は思い出していた。実の父親を手にかけた、あの日の事を。
それは、周藤が血塗られた道を選択した記念日であり、人間として大切なものを捨てた瞬間でもあった。


「……あの日、オレは全てを捨てた」


そうだ、全てを捨てた――。
野望の為に捨てたんだ――。

最後に勝利者となる為だけに全てを捨てた――。


意地もプライドも――。
自由も命の安全も、心の安寧も――。

そして――。

あの日、流れた鮮血が脳裏に浮んだ。


そして、実の父親の命と、親子の情を犠牲にして――。




「……誰が負けるか」

全てを犠牲にしてここまできた。これからも、この道しかない。
こんなところで躓いてられない。

「オレと互角にやりあった民間人はおまえが初めてだ。だが――」


「貴様が最初で――最後だ!」




【B組:残り3人】
【敵:残り2人】




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