坂持は忙しそうに採点処理をこなす
「8時間で15人か、いいペースだな」
さすがは精鋭部隊というべきだった。
「しかし、そろそろ大物を片づけてほしいものだ」
キツネ狩り―18―
「お、おい三村どうしたんだよ。怖い顔して」
「奴が近くにいるんだ!!」
そう言いながら笹川の襟元を掴んだかと思うと『何か』をとり、それを床に叩き付けた。
「なんだ、これっ?!」
僅か10ミリ程度の小型機器、間髪要れず踏み潰す三村。
「おまえは利用されたんだよ。多分、そいつは発信機か盗聴器だ」
正解だった。正確に言えば後者のほうだ。
高尾晃司の支給武器はピアノ線ではなく盗聴器だったのだ。
(ピアノ線は高尾が生徒を探している合間に手に入れたものだった)
笹川は逃げられたのではなく、あえて逃がされたのだ。
しばらく泳がせば他の生徒と合流するだろう。
いわば友釣り。そして三村は、その第一号というわけだ。
ブロロロォォォ……遠くからエンジン音が微かに聞こえた。
その音は確実に大きくなってくる。
三村は見た。一台のトラックが、この家めがけて突っ込んで来るのを。
「逃げろ笹川!!」
ガッシャーンッ!!
激しい破壊音と共につっこむトラック。
咄嗟に隣室に飛び込み一回転して起き上がる三村。
その向こうにはトラックと破壊された部屋が奇妙な空間を作り出していた。
三村は目を見開いた。
身体能力抜群で五体満足の三村は間一髪、この危機から逃れることができた。
だが、それは三村だけだったのだ。
「……笹川」
仰向けに倒れ、ピクリともしない笹川。
三村は笹川の頚動脈に触れた。死んでいる。
それよりも今は敵を警戒すべきだ。
トラックに敵は――高尾晃司は乗っていない。トラックだけを突っ込ませたのだろう。
「……どこだ?……!」
トラックの荷台に缶型手榴弾が――。
ちくしょう、ご丁寧にとどめを刺そうってのか?!
デイパッグを拾う暇もなく窓から飛び出す三村。
そのコンマ数秒後、その家が一瞬膨張したかと思うと爆発音が響いた。
そして家中の窓ガラスがコナゴナに吹っ飛んだ。
その爆風で十数メートル飛ばされる三村。
二転三転して起き上がりベレッタを構えると360度見渡した。
いない!!どこだ?どこにいる!?
ふと足元に目を落とす。地面に映っているのは背後の家の影だ。
その影からスゥっと人影が伸びた。
(後ろだ!!)
振り向きざま、屋根に向かって撃った。二発だ。
そして見た。敵を。高尾晃司を。
坂持曰く、要注意人物。
そして三村は知らないが、このゲーム優勝の最有力候補を。
高尾は飛んでいた。三村が放った弾丸は高尾の頭上数メートル上を突き抜けていた。
「クソッ!!」
三発目だ!!今度こそ、当ててやる!!
その前にベレッタとは別の銃声が響いた。
シグ・ザウエルP230(元々は南佳織に支給されたものだ)の銃声だ。
その銃声を放った弾は三村の左腕を直撃していた。
ベレッタが地面に落ちる。
ストン……軽く膝を曲げただけの体勢で地に降り立つ高尾。
三村はゾッとした。心から恐怖を覚えた。
高尾が間髪要れずにスッと銃口を自分に向けたからではない。
その目、その瞳があまりにも――冷たい光を放っていたからだ。
瞬間、三村は全く別のことを考えていた。
自分の身が銃口にさらされているというのに全く別のことを――。
その目を、高尾の冷たい瞳を――オレは知っている?
いや、見ている。あれは、そう、あいつは――。
その時、三村の防衛本能、いや生存本能が全放出されたのか、その思考を中断させた。
そう、今はそんな事を考えている時ではない。
ベレッタを拾う間もなく、三村は走っていた。
距離を――とにかく距離をとるんだ。
今は逃げるしか方法がない!!
左腕からは激しく流血していたが、かなわず走った。
死ぬわけには行かない。
こんな所で死ぬわけには……死んでたまるか!!
叔父さん、オレはあんたの意志を継いで、この国を変えてやるんだ!!
その前に死ぬわけには行かない……それに――。
三村の脳裏に一人の少女が浮かんだ。
その少女はもちろん天瀬美恵だ
初めて好きになった女。自分と同じように、このクソゲームで殺されようとしている女。
守らなければ。
唯一惚れた女くらい守れなくてサードマンなんかやってられるか!!
集落を出て林に入った。走ることには自信がある。
相手はディパッグを抱えてるし、右手には銃だ。走りにくい体勢だろう。
しかし差が縮まらない。
林の木々をよけながら、三村は走った。斜面に出てもスピードは落とさなかった。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
天瀬……!!
ぱららら!!
不意に先ほどの銃とは全く異質の古びたタイプライターのような音が響いた。
「……うっ…!」
三村は外見にこだわる男ではなかった。
それでも少々派手だが整った自分の顔立ちを悪くないと思っていた。
そのご自慢の顔、左頬に一直線に血が噴出した。
同時に体勢が崩れ、その斜面をまるでバスケットボールのように転がり落ちる。
大木にぶつかり、ようやく回転は止まった。
だが身体中が痛い、何よりも本能が告げていた……もうお終いだ、と。
ぶつかった大木の裏側に回りこみ左腕を押さえた。
もう逃げることは不可能だろう。
三村は木の影から高尾を見た。ほんの10メートル先からこっちを見ている。
逃げる気配を見せない三村に余裕すら抱いているのだろうか。
それとも他に武器を持っているかもしれないと警戒しているのか近づこうとしない。
どちらにしても殺されるのは時間の問題だろう
三村は美恵のことを考えた
オレが死んだら、誰が天瀬を守るんだ?
その時だ、三村の脳裏に、ふいに、あの男の声が響いた
『天瀬は帰れるのか?オレは残る、プログラムに参加する』
……桐山の奴、一人だけかっこつけやがって……抜け駆けじゃないか……
あんなこと言われたら、天瀬も悪い気はしないよな……
そこで、三村は、こうも思った。
この世の終わりに、なぜ桐山のことを思い出したのか?
その時――奇跡が起こった。
三村が木の影から一向に出てくる気配がないことを見ていた高尾がくるりと背を向けた。
ほんの10メートル程の距離しか離れていないにもかかわらず、その場を去ったのだ。
どういうことだ?オレは助かったのか?
なぜだ?ほんの数歩、歩いて引き金を弾くだけで終るのに
三村は気付いていなかったが、いま彼が倒れている場所は――E地区だった。
転校生たちは24時間は他の地区に移動はできないルールがある。
三村には知るよしもなかった、そのルールが三村を救った。
ほんの10メートルを隔てた境界線が三村の命をつないだのだ。
しかし三村の心に残ったのは安堵感ではなく、その胸に刻み付けられた高尾晃司の冷たい瞳。
――あの目、どこかで見たような………。
三村の脳裏に、今度は全く別の人間の言葉が浮かんだ。
『おまえ、このクラスの中では断突でポイント高いのに』
再び、高尾の恐怖が脳裏に浮かんだ。
先ほどまで、自分を追い詰めていた高尾晃司の冷たい瞳。
――あれは、あの目は、誰かと同じだ。オレはそいつを知っている?
『オレは残る、プログラムに参加する』
以前のあいつなら、そんなことは言わなかっただろう……。
ここまできて三村はやっと思い出した。
そうだ――あの目、あいつの、あの瞳は……
―――以前の桐山にそっくりなんだ―――
ボス……どうかボスでありますように。
沼井は、生まれて初めて神に祈った。
文化会館の中に入り、廊下を慎重に曲がった。
一気に心臓が高鳴った。
廊下の数十メートル先の学生服、そして何より、あの髪型。
『そのほうがいいよ、ボス』
そう言って、桐山にオールバックを勧めたのは沼井だった。
そして、桐山は、その髪型をずっと通してきた。沼井は嬉しかった。
桐山と自分を繋ぐ象徴のようなものに思えたからだ。
男はドアを開けた。その中に入っていった。
「ボスッ!!」
沼井は走り出していた。
ボスだ!間違いないボスだ!!
もう怖くなんかねぇ、ボスがいれば百人力だ!!
「ボス!!オレだよ、ボス!!」
まるで叩きつけるかのように、勢いよくドアを開いた。
「ボス!!」
そのドアの向こうは舞台会場だった。いつもは演劇や演奏会が行われている。
ちなみに今日は本来ならピアノ発表会のはずだった。
もちろん観客などいない。会場にある席の一つとして使用されていない。
誰もいない。そこには誰もいなかった。
「ボス?」
沼井はキョロキョロと見渡した。
誰もいないのだ――いるはずの桐山も。
「ボス、オレだ、沼井だよ!!」
少しばかり声を大きくしたが、会場の空間に反響するだけだ。
おかしい――ここにきて、ようやく沼井は、そう思った。
いや、感じた。なにかがおかしい、何かが違う。
「桐山はいないぜ」
「!!」
沼井の額から一筋の汗。大きく唾を飲み込んだ。
まるで金縛りにあったかのように身体が動かない。
その声は、間違いなく『背後』から聞こえたというのに――。
「髪型一つで、こうも簡単に掛かる奴がいるとは思わなかったな」
左手に視線を移した。鳥肌がたっている。
全身に走る恐怖の戦慄
沼井は、ゆっくりと首だけを後ろに回した。そして、目線のみ、やや上方に向けた。
この会場の2階フロア。そこから、沼井がいる1階フロアを見下ろしている。
男の身体がスッと宙に舞った。ほとんど音も立てずに、それは綺麗な着地だった。
「運が悪かったな」
菊地直人だった。
その瞳には少しばかりの憐憫と、弱者に対する侮蔑に満ちた色があった。
「怨むなら、自分の非力さを怨むんだな」
【B組:残り27人】
【敵:残り5人】
BACK TOP NEXT