雨が降り出してきた。
今だ生きている者 。そして、すでに死んだ者にも雨は平等に降り注ぐ。




キツネ狩り―17―




「知里、食べたほうがいいよ。あたしが見張りしてるから」
「………うん」

有香と知里は森の中の岩陰にずっといた。
岩や木々が雨を凌いでくれるせいもあって、ずっと其処にいたのだ。
有香の支給武器が銃ということもあり、交替で睡眠をとることも出来た。
もちろん熟睡というわけではない。
しかし今も一人で怯えている生徒が大勢いることを考えると恵まれた状況だろう。
まだ食事はしてない。
二人とも呑気に支給されたパンをかじる気にはなれず朝食はとっていなかった。
それでも身体は栄養の補給を求めているようで、昼食時間が近づくにつれ空腹を感じた。
それでも精神の方は到底食べる気にはなれなかったのだ。


「食べて体力つけないと、いざって時困るもんね」

明るく振舞う有香。もちろん『いざ』なんて時は絶対に来てほしくないが。

「うん、そうだね」
二人はパンにかじりついた。まずかった。














「……………」
「チクショー……チクショー……」

半泣きで語る笹川、三村は笹川の話の内容に、これ以上ない衝撃を受けていた。
話を聞いただけでも壮絶なのだ。
当事者の笹川が半狂乱になるのも仕方ない。
それよりも今後のことを考えなければ、三村は頭を切り替えた。
高尾晃司、支給武器は(笹川の話から推理して)おそらくピアノ線だろう。
南佳織の首を落としたのは、それだ。
だが、今の高尾は手榴弾と銃を二挺も持っている。
しかも、その一つはマシンガンだ。


「それにしても、おまえ、よく逃げられたな」
「あ、ああ……日下にはワリいけど、ラッキーだった……」
笹川は幸運説に納得している。
「立てるか?とにかく、他の連中も探そう」
他の連中といっても、もうすでにD地区には自分達の他には、川田と豊しかいない。
すぐに見つけ出さないと二人が危険だ。
「ああ、わかってるよ。他の連中と合流すりゃぁ、奴にも簡単に殺られる事なんてないしな」
立ち上がる笹川。その肩を三村が突然掴んだ。




「み、三村……?」

慌てる笹川。そうだろう、三村の凄まじい形相。
そして肩には痛いくらい力をこめているのだから。


「お、おい、三村?どうしたんだよ、おまえ」
「笹川、おまえ……クソッ!!」

咄嗟に銃を握り締める三村、笹川には、まだ理解できない。


「奴は近くにいるぞ!!」














「ねえ、どうしようか……ずっと、ここにいるわけには行かないし」
「そうだね……他の、みんなも探さないと」
しかし、どこに行くか、二人とも答えを出せずにいた。
沈黙が暫く流れた後だ。有香が、そわそわしだした。
「ね、ねえ知里。私トイレ、ちょっと待っててくれる。あそこの岩陰に行くから」
20メートル程先の岩に指差す。
いくらなんでも、用足し現場にぴったり着くわけにはいかない。
しかし目と鼻の先だ。辺りに人の気配もないも大丈夫だろう。
「うん、でも早く戻ってきてね」














「金井、大丈夫か?オレが見張ってるから寝てろよ」
「うん、ありがとう大丈夫よ」

二人は文化会館の裏庭に立てられたボイラー室に来ていた。
(これから、どうするか……まいったな、全然考えが浮ばねえ。
いつもボスに頼りきっていたしオレはケンカしか取り得がないんだ)
とにかく二人でここまで来たが、名案などまるで浮かばない。
しかし、沼井にもわかったことがひとつだけある。
泉がひどく疲れているということだ。
とにかく泉を休ませてやろうと思い、ここに立ち寄った。
あまり目立つ場所は危険なので、このボイラー室に来たのだ。


ボスはどうしているだろうか?
もしかして、自分を探してくれているだろうか?

少し考えて沼井は違うなと思った。


「ねえ沼井くん」
「ん?何だよ」
「桐山くんのことだけど」
「ボスがどうかしたのか?」
「あのね、こんなこと言って怒らないでね。私、ずっと不思議に思ってたの。
どうして桐山くんみたいな御曹司のエリートが」
その先は言わなくてもわかっていた。
「オレにもわからねえよ。なんで、あんなすげぇ人がオレたちみたいな不良のボスやってくれてるか」
泉が言う前に沼井が答えていた。


「ごめんね、やっぱり気を悪くした?」
「そんなことねえよ、気にするなよ。金井が不思議に思って当然だよ。
でも、なんで、そんなこと聞くんだ?」
「あのね、一年生のときなんだけど。副知事が城岩町に来たことがあったの。
それで桐山家主催の歓迎パーティーがあって、私のお父さんも呼ばれたのよ」
「ああ、そう言えば金井の親父って、町議のお偉いさんだったよな」
「桐山くんも出てたんだって、そのパーティー。
副知事のお嬢さんが、桐山くんのこと、すごく気にしてたって。
桐山くん、すごいハンサムだもんね」
確かに桐山が不良の頭やってるなんて知らないお嬢さんが見たら一目惚れしても無理はないだろう。


「副知事もね。桐山くんみたいな優秀な男に娘をもらってほしい、って、そう言ってたって。
でも、お父さん聞いたんだって」
「聞いたって何を?」
「副知事が帰ったあと、桐山くんのお父さんが秘書に漏らしてたらしいの。
『たかが副知事の娘ごときを和雄の嫁に出来るか』って。
『和雄には絶対に、大物政治家か名門軍閥の娘を娶らせる』って」
あまりのスケールの大きさに沼井は改めて桐山と自分の距離を感じた。


ハハ……やっぱり、オレなんかとつるむような人じゃねえな……


「でも何で、そんな話を?」
「桐山くんって……美恵 のことが好きなんでしょ?」
天瀬の事を? 」
「だって、好きでもないひとの為にプログラムに参加するなんて出来ないもの」


ボスが天瀬を?でも、確かに金井のいう通りだ。


実は沼井自身、美恵のことを、いいなと思っていた。
もちろん、美人で成績優秀、おまけにお嬢様の美恵と付き合いたいなんて身の程知らずな想いなど抱いていない。

美恵もね。桐山くんのこと嫌いじゃないと思う」
「そういえば金井と天瀬は仲良かったよな」
「私たち、生きて帰れるかな?」
「な、何言ってるんだ!!帰れるに決ってんだろ?」
「もし生きて帰れても……桐山くんと美恵、一緒にいられないかも……。
あんな、お父さんがついてたら……絶対に二人のこと認めるわけないわよ」
「安心しろよ、プログラムに残るくらい惚れた女だろ?
いざとなったら、駆落ちでもすりゃあいいんだ」
「……うん、そうだね」
「でも金井は優しいよな。こんな時にボスと天瀬の心配してやれるなんて」
「ううん、そうじゃないの。こんな時だからプログラムと関係ない話でもしないと怖くて仕方なかっただけなの」
「そうか、でも、やっぱり金井は優しいよ。安心しろよ。
その内、ボスや他の奴等とも合流する。それまでの辛抱だ。
それまではオレが守ってやる。頼りないかもしれないけどさ」
「うん、ありがとう」
「とにかく休めよ」




ドアを少しあけると沼井は外の様子を伺った。
(誰もいないみたいだな……あ、あれは!!)
一瞬だけチラッとだが学生服が見えた。
沼井の胸が高まる。
なぜなら、遠目からだったが、後姿、いやヘアースタイルはオールバックだったのだ。


「ボスだ!!」


が、それは一瞬だった。男はすぐに建物の角を曲がり見えなくなってしまった。
すぐに追いかけたい。しかし沼井は少し迷った。
ほんの一瞬、しかも遠くだ。
もしかして予想以上に疲労した自分の錯覚かもしれない。
とにかく追いかけ確かめなければと思ったが泉を同伴するべきか?
せっかく安全な場所で休んでいるのに、もしも自分の見間違いだったら泉をさらに疲労させる。
ヘタしたら動き回ったことがアダとなって敵に見つかる危険性もある。


「沼井くん、どうしたの?」
ちょっと考えて沼井は拳銃を泉に渡した。
「今、一瞬だけどボスを見たような気がしたんだ。確かめて来る」
「でも危険よ。銃を置いていくなんて」
「大丈夫だ」
ボイラー室の隅に転がっていた鉄パイプを拾い上げながら沼井は続けた。
「こういうことには慣れてるからよ。金井はここで待ってろ。絶対に動くなよ」
「うん、沼井くんも気を付けて……」
頷くと沼井は辺りを警戒しながら外に出た。














「ねえ、有香まだなの?ちょっと、遅いよ」
辺りをはばかって小声で呼びかける知里。
もう5分以上たっているのに有香が出てくる気配がしない。
「……ねえ、有香返事くらいして。どうしたの?」
さっきから、まるで返答がない。知里は怖くなってきた。
「……そっち行くからね」
辺りの静寂さが余計に不自然だ。知里は岩の向こう側にまわった。
「有香?」


「!!」


反射的に口を押さえ込んだ。喉まで悲鳴が出かかった。

「……あ……そんな……ゆ…有香……」

すでに死後硬直が始まっている中川有香の死体が転がっていた。
喉が切り裂かれ、抵抗した跡さえない。

「そんな……どうして?」

どうして?その疑問が一気に吹っ飛んだ、背後、岩の上から物音がしたからだ。
振り返った知里はとんでもないものを見た。


「!!」
男が立っていた。右手には血の付いたナイフを握って。
金髪フラッパーパーマ、石膏のように冷たい無表情な顔。

「……ひっ!」

知里が悲鳴を上げる前に男が飛び降りていた。
飛び降りながらナイフを振り下ろした。
知里は今度は悲鳴を上げることすら出来なかった。
後には有香と同様、喉を切り裂かれた死体が転がっていた。


男――鳴海雅信は知里が握り締めていた銃Cz・M75を手にした。
そして、やはり無表情のまま、その場を後にした。




【B組:残り28人】
【敵:残り5人】




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