美恵は憔悴しきっていた
ベットの上に横たわってはいたが、もちろん安眠などできるわけがない


他の皆は――大丈夫かしら?
いえ――何人生きているのだろう?




キツネ狩り―16―




薄暗い納屋の中、銃を握り締めながらガタガタと震える元渕恭一(男子20番)

どうして、真面目で品行方正、優等生の代名詞のような僕が!
こんな野蛮なゲームにほうりこまれるんだ?
死んでたまるか、生き残って……生き残って、いい高校に入ってやる!!














「オレたちは近い場所でおろされたんだ」
D地区に彼等を降ろした兵士たちは面倒くさいと思ったのか、そう離れていない場所に笹川たちを降ろしていた。
(川田と三村だけは、離された場所におろされたのだ)
「最初に合流したのは日下だ。オレと日下は50メートルも離れてなかったんだ。
オレはマシンガンをもってたし、こんなすごい武器があれば絶対にやられないと思ったんだよ。
日下も同意見だった。誰だって普通そう思うだろ?」
三村は黙って聞いていた。
「日下の武器もすごかった。夜のうちに動いたんだが、江藤と南もすぐにみつかった」














「よかった。こんなに早く4人も集まるなんて思わなかったわ」
「うん、本当によかった。瀬戸くんと三村くんと川田くんも早く探そう」
「そうだな、なにしろオレはマシンガンもってるんだ。
日下も手榴弾だし。万が一、転校生が現れたって目じゃないぜ」
「あたしも拳銃もってるよ」
佳織はそう言って、デイパックから銃を取り出した。
恵はナイフだったが、他の3人は大当たりというわけだ。
そう簡単に殺されるはずはない、4人はそう確信していた。
そして山を下った時だった。公道が見えた、そして車が1台ある。


「おい、ちょっと待ってろ」
笹川は1人で山道を下り、車をチェックした。
鍵はダッシュボードの中にあった。
「ラッキーじゃねえか。歩くなんて面倒だったもんな」
笹川は暴走族あがりの父親から、運転を教わっていたのだ。
すぐに山道に戻り車での移動を提案すると他の3人も、すぐに同意した。
笹川を先頭に、友美子、佳織、恵の順で、何事も無く順調だった。
恵も支給武器のダイヴァーズ・ナイフを握り締めてはいたが、安心しきっていた。
そう、突然背後から口を押さえられ(ナイフを握っていた)右手を掴まれるまでは


「!!」


恵には何が起きたのか理解できなかった。
なぜなら、自分の心臓にナイフが刺さっている。
そして、そのナイフを握っているのは、まぎれもない自分自身の右手なのだ


どうして?
どうして、あたし……自分で、刺してるの?


注意深く見れば、正確には己の右手を掴んだ『誰か』が刺したのだということはわかるだろう。
だが恵にはわからなかった。
なぜなら、すでに絶命したからだ。


「でも、よかった……これで、来月の順矢のコンサートいける。恵も一緒に行こうね」

振り向く佳織、それとほぼ同時に恵が倒れこんできた。
そして、月明かりでわかった。
心臓にナイフが刺さり、おびただしい血が流れているのが。




「嫌ー!!」
「「!!」」

佳織の絶叫に、同時に振り向く笹川と友美子。
そして、咄嗟にマシンガンを構える笹川、しかし――


いない、どこにもいない!!敵の姿が全くない!!
月明かりの下、ただ絶叫する佳織、その佳織に覆い被さっている恵。
それだけだ、それだけしか視界に映らない。
あたりを見渡した。どこにもいない。
だが、現に恵は、恵は――死んでいる。間違いなく敵はいるのだ。


どこだ?どこに、いるんだ!?


ザザァ!!
その音に、笹川は反射的に頭上を見上げた――が、何もない。
しかし――しかし、次の瞬間――。
その瞬間、まるで暗闇湧き出たかのように男が地上に降り立っていた。
月の光の下、腰まである長髪が風にたなびき、まるで一枚の絵のように洗練された1シーンだった。
笹川は一瞬吸い込まれるように、それに見入った。
それほど男の動きに一切の無駄がなかったのだ。
その容姿も手伝い、どんな一流画家でも描ききれない芸術品を見ているかのような錯覚にすらおちいった。

を現実に引き戻したのは、その男の目だ。
その目があまりにも――冷たい輝きを放っていたからだ。




「チクショー、これでもくらえ!!」

マシンガンをぶっ放すんだ!!
相手は何と言っても、自分たちと同年代の少年、生身の人間に過ぎないんだ!!




笹川はマシンガンを持ち上げた。
「……カハァ……!!」
顔面に強烈な痛みが走った。顎の骨がきしむような感覚。
信頼したはずのマシンガン、それが顔に食い込んでいた。
正確にいえば、マシンガンを持った腕ごと、男(坂持曰く要注意人物・高尾晃司だ)が蹴り上げ、それが顔に直撃したのだ。
しかも、高尾の強烈な蹴りはそれだけでは威力を失わない。


顔を押さえ込む暇も無く、笹川は数メートル後ろに吹っ飛び背中から木にぶつかる。
背骨に走るきしむような痛み、倒れこむ笹川。
マシンガン――正式名称イングラムM10マシンガンは笹川の手を離れ、山の斜面を滑って闇に消えた。
間髪入れずに、高尾が再び宙に舞った。


「……ぐはぁ…!!」
次の瞬間には笹川の腹に、高尾の強烈な飛び蹴りがお見舞いされた。
(しかも、只でさえ赤く腫れ上がった顔に左ストレートのオマケ付きだ)
それは、もはや戦闘ではなく一方的な暴行に過ぎなかった。
笹川にはすでに戦意などない。
あるのは痛みと、圧倒的な敗北感、そして徐々に現実味をおび始めた死への恐怖でしかない。




「……ひっ……」
恵の下敷きになっていた佳織が、ようやく体勢を整えなおした。
その顔は青白く引き攣り、目は血走り、涙さえ浮かべている。
しかし、それ以上に生への執着が佳織を突き動かした。
両手で(震えてはいたが)引き金を絞った。


「死ねぇー!!」


閃光が一瞬だけ暗闇を走った。
しかし、銃というものは撃てば当るという物ではない。
佳織が撃つよりも高尾が僅かに身を低くしたのが先だった。
とにかく、弾はあたってない、もちろん高尾は無傷だ。


問題は――その後だった。
佳織が再び、引き金を弾こうとグッと指に力を入れた、その時だ。
高尾が内ポケットから、(笹川にも、友美子にも見えなかったが)何かを取り出した。
よくよく、目を凝らせば、月明かりに僅かに反射していることはわかる。
もちろん笹川にも友美子にも、そんな余裕などない。


――何かを、取り出し、それを佳織の首に巻いた瞬間。
正確には、そのほんのコンマ数秒後に、高尾は一気にそれを引いた――。




その後の数秒間を笹川と友美子は覚えていない。


――なぜなら、そう、なぜなら……
ほんの数分前には笑って、来月コンサートに行けると言っていた佳織が。

いや正確には、その一部分だけが……ゆっくりと落ちたのだ。
まるでスローモーションのように佳織の胴体から転がり落ちたのだ。


友美子の脳裏に幼い頃の記憶がフラッシュバックのように蘇った。
母が作ってくれた、大切な人形、その人形が壊れて頭だけが落ちた、あの日の事を――。


……ゴトッ……


地面に落ちた佳織の頭。
一回転して友美子に、その恐怖にひきつった顔を見せた。
その瞬間、糸が切れたように、凍結していた友美子の感情が(恐怖だけを最大限に膨張させ)一気に蘇った。


「いやぁー!!」


その叫び声に輪唱するように、悲鳴をあげる笹川。


なんなんだ!!一体どうなってるんだ!!
こいつ、こいつは……!!
勝てるわけがない!!こんな化け物に勝てるわけがない!!


「うわぁー!!」


笹川は走り出した。どこに逃げるかなんて問題じゃない。
とにかく今は逃げたかった。ただ逃げたかった。


この場所から、この男から!!


坂持でもない。プログラムでもない。
そして、全ての元凶である政府からでもない。


この男、この男から!!


何の迷いもなく、南佳織を、そして江藤恵を殺した、いや今となってはそれはどうでもいい。
自分を殺そうとしている、それだけが重要な点だった。
その男から、高尾晃司から逃げたかった。
逃げなければ、逃げなければ……殺されるだけだ!!




そして、それは友美子も同じだった。
笹川の後をおって、走った。ただ走った。
ソフトボールで鍛えた俊足(クラスでは貴子の次に速い)に気力も精神力も全ての力を注ぎこみ全速力で走った。
すぐに公道にでた、
(車!!さっきの車だ!!)
運転席に駆け込む笹川、続いて友美子も後座席に乗り込む。
エンジンはすぐにかかった。 アクセル全開だ。
高尾は、まだ、追って来てない。


まるでジェット噴射を積んでいるかのようなスタートをきる車。
すぐにカーブだったが、笹川はスピードを落とさず走った。
そのカーブを曲がりきり直線コースにでようとした時だ。
笹川と友美子は全く気付いていなかったが、その道路の脇、落石注意の看板が示す、その崖から高尾晃司が飛んでいた。
タイミングを誤れば死ぬというのに、一切かまわず車めがけて――。


ダンッ!!


ボンネットに走る衝撃、それ以上の衝撃が笹川の視覚を通して脳全体に響き渡った。
フロントガラスのすぐ向こう、猛スピードで走る車のボンネットの上に高尾がいる。
その手には銃が握られている。


ドキューンッ!!


「ひぃー!!」
フロントガラスに弾痕が。弾は、後部座席のシートを貫いていた。
高尾晃司は逃げる笹川と友美子を、すぐには追わず、まず佳織の銃を回収。
そして友美子が放り出していったディパックから手榴弾を回収。
そして仕上げに山道を滑り落ちていったマシンガンをも手にして、笹川たちとは反対方向に走った。
もちろん、笹川のデイパッグから弾を回収することも忘れなかった。
笹川たちが車で逃げることを見越して先回りし、崖から車に飛び乗ったのだ。


キキィー!!


反射的にブレーキを踏み込む笹川、車は数十メートル蛇行し、木にぶつかり、ようやく止まった。
車が木にぶつかると同時に、これまた、かろやかに車から飛び降り、ストンと地面に降り立つ高尾。
まるでオリンピックの体操選手が着地を決めるかのような動きだった。
もはやスクラップと化した車から駆け出すようにおりた笹川、その目は再び恐怖で固まった。
自分のほんの数メートル先に、恐怖の対象・高尾晃司が冷たい瞳で見据えていたからだ。
高尾が一歩前に出た。




「ひっ!」
足元に転がったいた棒を拾い上げる笹川。
しかし、それは、もはや反撃でさえない、ささやなな抵抗だった。
「来るなぁ!!」
棒を振り上げる、その右手に(先ほど笹川自身が身を持って経験した)高尾の強烈な蹴りが再び炸裂した。
「……!!」
車のボディにのめり込む程の蹴り。ゴキッと鈍い音がした。
高尾が笹川の襟首を持ち上げた。
「……あ、…ぅ…」

(もうダメだ!!)

笹川は目を瞑った。すると高尾が手を放した。


(えっ?)


笹川を放り出し、走り出した。無傷だった友美子が逃げている。
笹川は何がおきたのか理解できなかった。
理解できたのは逃げるチャンスが出来た、それだけだ。
ガクガクの足で立ち上がり、全速力で走った。
背後で友美子の悲鳴が聞こえたが、かまわず走った。
そして、再び山の中に入り、岩陰に身をひそめ、誰も追ってこないこと確認した。
やっと助かったと、そう思った。


そして思った、高尾は自分よりも友美子を殺すことを優先したのだろうと。
おそらくケガをしている自分は、後でゆっくり始末できる。
仮に逃げたとしても、そう遠くにはいくまい。
だから、後回しにされ、そのせいで友美子は殺されたのだと思った。
友美子には不幸だったが、自分は(大怪我をしたが、それが災い転して)助かったのだ。
しかし笹川の胸に込み上げたのは、神への祈りでも、結果的に犠牲になった友美子への感謝でもない。

高尾晃司という名の――恐怖だけだった。














「生きて帰るんだ……生きて、いい高校に入って……」


ズキューン!!


「ひぃ!!」

ガッターン!!
銃声の次は納屋の戸を蹴破る音がした。

「うわぁ!!」

元渕は咄嗟に銃をかまえた。
だが発砲はできなかった。元渕より相手の方が早かった。


ズキューン!!


「うわぁ!!……ひっ!……手が、僕の手が!!」
右手が吹き飛んでいる。
「えーと、君、元渕くんだったよね」
転校生がその姿を現し、元渕の恐怖は痛みすら超えて頂点に達した。
「た、助け!!……たす、助け……」
「……殺す気失せるんだよね。そういう態度に出られると」
「お願いだ!!助けてくれ!!」
「そう言われても、オレだって困るんだよ。そうだな……」
佐伯が顎に拳をつ考え込むようなポーズをとった。
「だったら、10秒だけやるよ。その間に逃げるんだね」
佐伯が1といわないうちに元渕は走り出した。




「1、2、3」

元渕は走った。運動オンチとは思えないくらいのスピードだった。

「4、5、6、8」

佐伯がスッと右腕を上げた。

「9」


ズギューン!!


「……えっ?」

元渕はゆっくり前のりに倒れ込んだ。その胸には風穴が開いている。




「10」




元渕の銃を回収し、ゆうゆうと元渕の横を通り過ぎる佐伯。
その顔は人を殺したとは思えないほど平静そのものだった。




「ああ、そうだ、さっきの約束。10秒やるっていうアレ。
いい忘れたけどアレは嘘だ」




【B組:残り30人】
【敵:残り5人】




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