『いいか、よく聞け。あれがターゲットだ』
男が目線を配った先に標的がいた
『奴を殺せ。おまえなら出来る』
男は続けた
『任務が失敗した時は――』

おまえが死ぬときだ――




キツネ狩り―15―




菊地直人はスッと目を開けた。幻をみていたようだ。
夢と呼ぶには似つかわしいだろう、ほんの数秒瞼を下ろしていただけなのだから。
デイパッグを肩にかけ立ち上がった。
倒した敵は3人(七原の遺体は確認してないが、たとえ生きていたとしても重傷だろう。あせることはない)
3人とも彼に満足感を与えてはくれなかった。
赤松も榊も10ポイント、 労力を考えれば、完全に赤字だ。
(七原は230ポイントだから、まあいいだろう)
しかし、今だに一番倒すべき相手が見つからないという事実が菊地を苛立たせていた。
桐山和雄だ。1000ポイント、奴一人倒すだけで一気に優勝へ加速がつく。
(300ポイントの相馬光子も、さっさと始末したいしな)


何が何でも、奴を探し出してやる。そして、生まれてきたことを後悔させてやる。
何の苦労もしらずに、持って生まれた才能の上にあぐらをかき
ただ恵まれた日常を優雅に過ごしてきただけの大金持ちのお坊ちゃん。
あいつに、死ぬということを身を持って教えてやる。

必ずだ――!!














リリリーンッ!!
「はい、こちらプログラム本部。あっ、これは局長お久しぶりです」
電話相手に半ばペコペコしている坂持
『どうかね。私の息子は?』
「はい、すでに3人倒してます。1人は生死不明ですが、崖から落ちたので、まず助からないでしょう。
さすがに局長が御自慢されるだけのことはありますなぁ」
『3人か……何をグズグズしているんだ、あいつは。
それより坂持君、きみは高尾晃司に賭けているそうじゃないか』
「あ、いや、その……もちろん御子息の力量を疑っているわけではないのですが……」
『まあいい。しかし、こと暗殺にかけて、あれの右に出るものはいないと私は自負しているんだよ。
あいつには、この私が徹底的に特殊教育を施したのだから……優勝してもらわんと困る』
「はあ、確かに、その通りです」

周藤は坂持のおべっかぶりを眺めていた。
相手の声は聞こえないが、坂持の返答から何を言っているのか、だいたい想像がつく。
菊地の養父だ。菊地の才能を見出し、あらゆる特殊教育をした男。


菊地局長殿……あんたは、自分が育てた直人が何よりの自慢らしいが、あいつの敵は一筋縄じゃない
オレは、それを、この目で確かめたんだ


「…ふぅ…」
受話器を降ろしながら坂持は溜息をついた。
電話ごしとは言え、おべっかも楽じゃないようだ。
「さて、と」
周藤が腰をあげた。
「おい、どこに行くんだ?」
「お仕事だよ。早くしろとせかしていたのは、あんたじゃないか」
デイパッグを肩越しに引っさげて周藤は教室を後にした。
時計は、とうに10時を過ぎていた。














小石を数個投げ誰もいないことを確認してから山を下る。
日が昇り行動を開始してから、貴子はこれを繰り返していた。
貴子が降ろされたのはA地区に近い北の山の頂上付近だった。
そして彼女の幼馴染の杉村弘樹はB地区に近い畑だった。
もっとも貴子がバスから下ろされたのは杉村より、ずっと前だったので、杉村の居場所など知るよしもない。
杉村と合流することが出来ればいいが、今のところ杉村どころがクラスメイトの誰一人として出くわす者はいない。
貴子は坂持たちがいる学校周辺を避け、E地区に向かっていた。
その理由は簡単だ。杉村を除けば唯一親友といえる天瀬美恵 がいるからだ。
それに、もしかしたら杉村もE地区に向かっているかもしれない。


弘樹が美恵に気があるってことくらいお見通しよ。
だてに幼馴染なんてやってないわ


居場所のわからない杉村を探して、闇雲にC地区を動き回るよりも、それが一番確実な方法に思えた。
そう確信すると貴子の行動は早かった。
支給されたアイスピックは、頭にくるくらいチャチな武器だった。
だが、それを補って余りあるくらいの勇気と強さを貴子はもっていたのだ。




ガサッ……
少し離れた茂みから物音。微かだが確かに聞こえた。
そっと茂みの脇にある岩陰に身を隠し、アイスピックを構える貴子。
もしも、あの転校生たちだったら躊躇などしてられない。
ガサッ、ガサッ……徐々に大きくなる物音。

ニャァ~ン、一匹の猫が飛び出してきた。


「猫か……」

ひとまず安心ね。そう思って、岩陰からでたと同時だった。
突然、背後からアイスピックを持った右手と口を押さえられた。




「!!」

敵!!なめるんじゃないわよ!!
まだ、左腕がガラ空きよ!!!


貴子は、相手の姿を確認することなく思いっきり相手の腹めがけてヒジ撃ちを食らわした。
それこそ全力を込めたのだ。かなりのダメージを負わせただろう。
「うっ」
うめく声が聞こえたが、それを聞き取る間もないくらい貴子の次の行動は早かった。
陸上部の短距離エースにふさわしいスタートダッシュを切っていた。
瞬く間に敵との距離はひらくだろう。
そう、ひらくはずだった。
その男が「……貴子!!待ってくれ、貴子!」 と、慣れ親しんだ声をあげなければ。


ピタッと貴子の脚が止まり、ゆっくりと後ろに振り向いた。

「……まさか」
「オレだよ貴子……ツゥ…」

貴子の攻撃が余程威力があったのか、腹を抱え少々猫背になっている。


「弘樹?」


なんという偶然だろうか。
こんなところで会いたいと思っていた杉村と再会できたのだ。
もっとも杉村にとっては手痛い再会となったが。




「弘樹、無事だったのね」
「ああ、貴子も無事でよかったよ」
「それにしても、どうして、あんなマネするのよ!!」
「い、いや……おまえ見つけて……でも下手に大声だしたら、敵にみつかるかもしれないし……」

杉村には杉村の言い分があった。
何よりも敵に注意を払いたかったのだ。

「わかってるの、弘樹!!」
「す、すまない貴子」

だが、結局はこうなるのだ。


「でも良かったわ。あんたに会えて。あんたも、この近くに降ろされたの?」
「いや、オレが降ろされたのは、こことは逆方向だ。
バスから降ろされて、すぐにおまえを探す為に、この山に来たんだ」
「そう、ありがとう」
素直に嬉しかった。自分を最優先に探してくれたのだから。

「でも弘樹、見つかるかどうかもわからないあたしを探すより、美恵のいるE地区に行くほうが先決でしょ?」
「えっ?」

杉村が僅かに頬を染めた。


「あんたの気持ちくらいわかってるわよ。幼馴染より好きな女を大事にしなさいよ」
「な、何言ってるんだ。それは…オレ天瀬を助けたい。
でも、どっちかなんて決められないよ。おまえも天瀬も同じくらい大切なんだ。
それに、オレがおまえを見つけたのは偶然じゃない」

そういって杉村はポケットから何か取り出した。




「探知機だ。これがあれば、他の奴等も探し出せる。もちろん天瀬も」
「弘樹すごいわ。……でも、だったら、早く探しに来なさいよ!」
「……い、いや……これ、体温で感知するみたいで……第一、探知範囲も狭くて……」
杉村には杉村の言い分があった。
この探知機は距離範囲が短い上に、熱になら何でも感知するのだ。

「わかってるの、弘樹!!」
「す、すまない貴子」

しかし、結局はこうなるのだ……。









とくかく杉村と貴子は二人でE地区を目指すことにした。
一刻も早く美恵を探す、それは杉村と貴子の共通した意見だった。
その杉村と貴子から、ほんの300メートルほどの地点に1人の男がいた。
貴子曰く、B組最悪の男・新井田和志だ
「ちくしょー、なんでオレがこんな目に合うんだ?」
1年の時、貴子にフラれ、2年になってからは美恵に目をつけていたが、相手にしてもらなかった。


「けど、あいつらから守ってやれば、天瀬もオレに惚れ直すだろうな」
こんな余裕があるのだから、多少は勇気があるのかもしれない。
もっとも貴子に言わせれば、ただのバカということになるが。
「でも、こんな武器じゃあな……三味線糸……オレに必殺仕事人になれっていうのか?
新井田はブツブツ言いながら、山を下った。


「キャー!!」
絹を裂くような女の悲鳴だ。新井田は茂みに身を隠しながら、辺りを伺った。
「こ、来ないで!!来たら撃つわ!!」
藤吉文世の声だった。誰かから必死に逃げているようだ。
もちろん、あの5人の内の誰かに違いないが。
新井田は息を潜めながら、眼を皿のようにして敵を探した。
機械的な音。気のせいではない。瞬く間に大きくなっていく。


(何の音だ?)


それは一般市民には聞き慣れた騒音ランキング上位にランクするバイクだった。
気付いたときには、それは一気に岩の上から(ハリウッドのアクション映画のように)ジャンプをしていた。
文世の頭上を飛び越え(パニックのあまりよろけ、その場に倒れこむ文世)次の瞬間には文世の前に踊り出た。




(転校生だ!!)




新井田は注意深く見ていた。藤吉文世は銃を持っている。
もしかしたら、返り討ちにするかもしれないと新井田は思った。
だが文世が震える手を早急に引き金にセットしようとしたときには、すでに転校生は素早く銃を奪っていた。
ちなみに、その転校生は周藤晶だ。しかし新井田は名前を覚えてはいない。
周藤は銃を自分のズボンに差し込んだ。




(銃を使わないのか?)




「……あ……た、たす……」

キラリと周藤の手元で何かが光った。




(なんだ?)




新井田が、少しだけ身を乗り出した。
「キャアッ!!」
文世が左手の甲を押さえた。何か刃物で切られたようだ。
致命傷ではない。絶体絶命には違いないが文世はまだぴんぴんしている。
だが、それは大きな間違いだった。
文世の顔が、遠目からでもわかるほど、ドス黒く変化し、地べたにのた打ち回りだしたのだ。
髪の毛をかきむしり、胸を押さえつけ、最後に「ギャア!」と、およそ女らしからぬ恐ろしい断末魔をあえる。


――毒だ。それも即効性の。周藤の支給武器は毒薬だったのだ。
(刃物は近くの民家から手に入れたナイフだ)


確認したわけではないが、藤吉文世が絶命したのは間違いないだろう。
そんなことは新井田にとって、さほど重要なことではなかった。
今は一刻も早くこの場から離れること、それが唯一絶対にして最優先事項なのだ。




そろそろと茂みからでると、まるで忍者のように抜き足差し足忍び歩きで、その場をあとにした。
そして、物音が全くしなくなったところで全速力ダッシュ。
とにかく、距離を。あいつから、なるべくはなれるんだ。
藤吉文世が殺されるのを黙ってみていたという罪悪感は全く無かった。
なぜなら相手は戦闘訓練を受けた上に凶器所持。自分は三味線糸だ。
到底勝てる見込みなどない。
自分は見殺しにしたくてしたわけじゃない。仕方のないことなのだ。
それに藤吉文世は肉親でも恋人でもない。ただのクラスメイト。
命がけで守ってやる義理なんて、どこにもない。
新井田は、すでに自分の行為を、己の心の中で完全に正当化していた。
言い訳は十八番だったのだ。













もう、どのくらい離れただろうか?かなりの距離であることは間違いない。
なぜなら新井田は走るのは得意だった。
サッカー部のエースとして鍛えた脚を持っている。
桐山、三村、七原を除けば、B組男子トップと言っても過言ではない。
山の斜面、木々に囲まれた森の中に大きめな岩があった。
新井田は、その岩に背もたれして、一息ついた。
辺りは物音一つ無く、聞こえるとすれば全力疾走のせいで大きくなっていた自分の呼吸音くらいだ。


「あー、疲れた」
新井田は、岩に背を預けたまま、その場に座り込んだ。
まさに、その時だった。 僅かに物音が(それも頭上のほうで)したのだ。
反射的に振り向いた新井田は愕然となった。


「!!!!!」 」


なんでだ!? 振り切ったはずだ!!
いや、第一、追われている気配も物音もまるでしなかった、それなのに!!




「どうして、おまえが、ここにいるんだぁ!!」




岩の上に周藤晶がたっていた。
右手には銃(もちろん文世から奪ったものだ)左手はポケットの中。
そして顔面蒼白の新井田とは対照的に、不敵な笑みさえ浮かべ見下すように新井田をみている。
当然、銃口は新井田に向けられていた。




「問題だ」




恐怖の頂点というべき新井田。余裕たっぷりの周藤。




「この銃は、おまえの頭を狙っている。
当然、オレは外さない。そして、おまえには有効な武器はない。
もちろん100%逃げられない」




「さあ、どうする?」




【B組:残り31人】
【敵:残り5人】




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