「どこだ、どこにいる桐山?」

必死に目を凝らせど、ドス黒い煙が視界を遮る。
だが一陣の風が煙に裂け目を作った。キラリと鈍い光が川田の視覚に映る。
間違いない銃だ!と確信すると同時に、その先を見た。
その銃口のはるか先に人影が見え川田は走っていた。




キツネ狩り―177―




「鳴海までやられるなんて、今回のプログラムはどうなっているんだ!?」

少年兵士VS民間の中学生、と銘うって始まった新プログラム。
この新プログラムが開始されてから、すでに32組の悲劇が起きた。
そのどれもが兵士側の勝利で終わっている。
まして、この城岩中学には、軍で最も優秀な連中をあてがった。
多勢に無勢では絶対に覆せない戦闘能力の差があるのだ。
しかも、たった一人の生徒に軍が誇る特撰兵士達が連敗しているというではないか。


「本部長、どうやら連中を舐めすぎてましたね」
鬼龍院は、プログラム実行本部長に低い口調で言った。
「いくら前回優秀な成績で生き残った川田章吾がいるとはいえ、所詮は民間人だと舐めていた。
そんな驕りがあるから、こんな結果に。しかし、それもこれまでですよ。
うちの晶は油断するような可愛い性格ではありませんから、必ずや奴等を……」
「……確かに油断はあった。だが驕りはなかった」
「本部長?」


「上の連中は知っていた……だから、特撰兵士の派兵を決めた」
「何のことです?」
「桐山和雄だ」
「例の、このクラスで一番の要注意人物ですね。しかし、所詮は金持ちのお坊ちゃん」
「ただのお坊ちゃんではない!」
本部長はデスクを両拳でもってたたきつけた。


「……菊地春臣は……中国四国局長の奴は、菊池家を継げる優秀な子供を捜していた」
「知ってますよ。その結果見つけたのが菊地直人。
もっとも厳しく教育したことも無駄になってしまいましたが」
「菊地は最初は別の子供を養子にと考えていた。
菊地直人を見つける前に、ある優秀な子供を国立孤児院で発見した。
その子供は四国の児童保護施設管理局では有名な奴でな……。
将来的には間違いなく特撰兵士になるだろうと言われていたよ」
「……まさか」




「そのまさかだ。その子供が桐山和雄だ」




「ちょっと待ってください。桐山は、西日本最大の名門財閥の御曹司ですよ」
「だが養子だ」

鬼龍院は桐山の調書を取り出した。
確かに桐山は養子で、さらにそれ以前の経歴は一切不明。
入学した当時、学校では恐ろしいほどハンサムな少年として噂になった。
噂が広まった理由のひとつが、『謎』だった。
中学校というところは、近隣のいくつかの小学校に通っていた生徒達が一つになる。
誰かしら、入学以前に知っている人間がいたり、逆に知られてもいた。
だが、桐山和雄を以前から知っている人間は誰もいなかった。
つまり桐山は、中学入学以前は城岩町はおろか、その近隣地域にもいなかった。
では、一体何者かといえば、答えは一つ。

『誰も知らない』それだけだった。

そもそも大財閥の御曹司が、こんな田舎の中学校にくること自体が不思議だった。
しかし、時がたつにつれて、中学入学と同時に都会から事情があって引越してきたんだろう。
だから、誰も中学以前の彼を知らないのだ、ということで収まった。




「知っているはずはない。何しろ、桐山は中学に入る前は国立孤児院にいたのだ。
桐山家の御曹司が、そんな場所にいるなんて誰も想像すらしないだろう。
菊地は言っていたよ。優秀な子供がいるから是非菊池家に迎えたいとな。
だが実際に養子になったのは全く別の人間だった。
私が、ある日、雑談でそれとなく聞いたら、あいつはこう言った。
『養子の手続きを始めようとしたら、いなくなった』とな」
「いなくなった?それはまたどういうことで?」


「なんでも、その子供の肉親が今さら引き取りに来たらしい。
赤ん坊だった奴を捨てておいて、なぜ10年以上もたった今になって引き取りに来たかはわからん。
しかし、プログラム開始直前に、その子供と桐山和雄が同一人物だとわかって合点がいった。
桐山家は後を継ぐべき子供がいない。だから一度捨てた人間を戻す事にしたんだろう」
「……そりゃあ随分と身勝手なことで」
「だろうな。しかし他人の家のことに口出しする気はない。
問題は、桐山が国立孤児院で将来を有望されていた素質の持ち主だったということだ」
「……なるほど。菊地も、佐伯も、鳴海も、そしてうちの晶もそうでした。
大金持ちのお坊ちゃんと思っていたら、あいつらと同じ境遇だったとは。
桐山ももしかしたら、このプログラムで政府側の人間として戦ってかもしれません。
本当に運命とは皮肉な。皮肉すぎて笑いもでないなあ」














銃声が空を切り裂いていた。
「……つぅ!」
川田の顔が歪む。背中から肩にかけて鮮血が飛び散っていた。
川田は桐山を抱きかかえて飛んでいた。そして塀の陰に飛び込んでいた。
間一髪だった。銃口が桐山を狙っていると川田は察知した。
その時には川田は助走して飛んでいた。
桐山に飛び掛る体勢で。そして、そのままの勢いで塀の陰に飛び込んだのだ。


「いいか、おまえはここにいろ!」
川田は拳銃を手に立ち上がった。手にズキンと激しい痛みが走る。
「……おまえの、その手ではきついだろう」
桐山は立ち上がった。しかし足元がふらついて塀に身体を預ける形となった。
さらに、そのままズズッと身体が沈んでいる。
「おまえ、少しは自分の身体のことを考えろ。
薬の効果が切れるまで、ここに隠れているんだ、いいな?」
「断る」
「少しはオレの言う事を聞け。仮にもオレは目上の人間だぞ」
「関係ない」
「……おい」
美恵を守るのはオレだ。だから、あいつを殺すのはオレだ」
桐山は再び立ち上がろうとした。




「桐山!」

川田は、桐山の両肩を押さえつけて、その場に座らせた。
「何をする。オレは戦って勝たなければいけないんだ」
「いつまで一人で何もかもやるつもりなんだ!
確かに、おまえは異常なほど強い。天才だ。
だが同時に、どれほど特殊な人間でも、おまえは中学生なんだよ!
少しは子供らしく大人に甘えろ!」
川田は痛みが走る手で拳銃を握り締めた。


「いいか、おまえが彼女を守ってやるという気持ち、オレには痛いほどわかる。
オレも一年前はおまえと同じ立場だった。
ただ違うのは、オレの彼女はオレを見て逃げ出したことだ」
桐山は淡々と聞いていたが、川田はさらに続けた。
「オレはおまえに、あのお嬢さんを守らせてやりたい」
桐山の表情が僅かに変わった。そして川田を見上げた。
「オレが守らせてやる。だから、おまえもオレを信用しろ。
おまえは他人を信じないタイプの人間だ。難しい事かもしれない。
どうしても信用できないなら、しなくてもいい。
あのお嬢さんを守る為に、オレを利用しろ。それなら出来るだろ?」
川田は痛みを堪えながら銃を握り締めた。


「いいか、おまえは隠れて薬が切れるのを待て。それまでは奴はオレが引きつける。
自由に動けるようになったら、好きなだけ思い通りに動けばいい」
川田は飛び出そうとした。
「川田!」
「なんだ?」
「なぜ、おまえはそこまで言える?オレはおまえとは何の関係もない人間だろう。
それなのに、なぜだ?おまえの趣味なのか?」
川田はちょっとだけ笑いながら言った。


「上手く説明できないが、オレにもわからん。
ただ、きっとオレ自身答が欲しくてやっていることなんだろうな」


「……この戦いを勝ち残れば、その答えはでるのか?」
「それを願ってるよ」
桐山は考え込んだ。自分の気持ちもわからない桐山に川田の気持ちがわかるわけがない。
どんなに難解な数学の方程式よりも難しい。


「そう深く考えるなよ若さま。人間なんて複雑そうに見えて案外単純なものなんだ。
オレは、おまえのことは何となくほかっておけなくなった。
理由なんかどうでもいい。それでいいじゃないか」
「その為に死んでもいいのか?」
「死にたくは無いが、とにかくそうしてやりたいんだ」
それだけ言うと川田は塀の陰から飛び出した。
「…………」
桐山はその後姿を複雑そうに眺めていた。


「……本当に意味不明な人間だ」


物心ついたときから、あらゆる大人を見てきた。
看守のような傲慢で残酷な孤児院の職員たち。
厳格で世間体大事の義理の父。他にも色々。
しかし、川田のような大人は初めてだった。

「本当に変わった人間だ」














(奴はどこだ?)
視界の悪さが転校生の位置すら隠していた。
しかし、同時に川田の位置を隠してもくれている。
だが、それは向こう側にとっても同じ。
条件は五分と五分。後はどちらが先に相手を発見するかということだけ。
(奴を先に見つけるんだ。そうすれば勝算はこっちにある)
ズキンと手が痛む。銃の暴発で負傷したのだ当然といえば当然。
川田は無神論者だ。神様を信じるにはあまりにも酷な過去を背負いすぎた。
だが川田はこの時だけ祈った。


(神様、もしあんたが存在してるんなら、先に奴を見つけさせてくれ)
その願いが届いた。川田は目を大きく見開いた。
いた!煙の切れ目に周藤がいたのだ。しかも幸運なことに背中をこちらに向けている。
まさに一隅千載のチャンス!川田は力強く銃口を向けた。
後は引き金を引くだけ。それだけで全てが終わる。
川田は銃口をしっかりと周藤の後頭部にセットした。


(悪いが、運命の女神はオレに微笑んでくれたようだな。詫びは入れないぜ。
おまえさんだって何人も生徒を殺したんだ。だから悪く思うなよ。勝たせてもらう)


川田は引き金を引いた。そして見た!
周藤の後頭部の中央に大きな風穴が空くのを!!

(勝った……終わったんだ!)

川田は勝利と終結を確信して拳を握り締めた。














「最高ポイントは周藤輪也が獲得した2320点。よって周藤輪也の優勝とする。おめでとう」
担当教官が賞状と総統のサイン入り色紙を渡してきた。
「どうも」
あまりありがたくない態度でそれを受け取る。
輪也以外の少年達は、「ち、やられたぜ」と残念そうに呟いていた。
「おまえは優勝が確定した後も、しっかり点数稼ぎしたな」
「兄貴の教えですからね。最後まで徹底的にやれと」
「周藤大尉はご立派な軍人だ。おまえも早く士官になりたまえよ」
「わかってますよ。で、兄貴のプログラムはどうなってます?特撰兵士が五人もでてるんだ。もう片はついてますか?」


軍の少年兵士の中で最強を誇るプロ中のプロが相手なのだ。
とてもじゃないが民間の中学生では勝てない。
はっきりいって時間の問題だろうと誰もが思っていた。
「それが妙な事になっていて、今だに勝負が終わってないらしい」
「兄貴らしくないな。まあ、いずれ兄貴が皆殺しでしょうがね」
輪也は、周藤が父の息の根を止めた、あの日のことを思い出しながら言った。
「兄貴に勝てる人間なんていませんよ。
兄貴は、人間が本来持っていた情って奴を捨てた人間なんですから」














「……勝った……終わった」
周藤を倒した直後に再び煙が周藤の姿を消した。
川田は安心しきった表情で、そばにあった電柱に背中を預けた。
(後は政府の連中をまくことだけだ。桐山を連れて、早くあのお嬢さんと合流しないと)
一度は安堵感からか、その場に座り込もうとした川田だったが、すぐに立ち上がった。
転校生を倒したからといって、まだ全てが終わったわけではない。
「……まず手頃な車を探さないとな。あの若様の今の状態じゃ歩くのは辛いだろう」
川田はすぐに桐山の元に戻ろうとした。


その時、風が吹き、川田は何となく周藤のほうに視線を投げた。
風が煙を吹き飛ばす。後頭部がストロベリーパイのようになった死体が転がっているだろう。
そんなものを目にするのは、あまり気持ちのいいものじゃない。
そう思いながらも川田は視線を固定した。
だが――。


「……なっ……!」

川田は凝視した。肉体は硬直していた。

「ば、馬鹿な……!」

ない!あるはずの周藤晶の死体がないのだ!


転がっているはずだ。周藤の死体が。それが影も形も見えない。
川田は走った。何かの間違いであってくれることを願って。
だが、周藤が立っていた場所に到達しても、やはり死体なんてどこにもない。


「馬鹿な、どういうことだ!」

愕然とする川田だったが、少し冷静になって状況を確認した。
死体はやはりない。幻覚ではない。
だが、死体の代わりに妙なものがあった。あったというよりは散らばっている。
「ガラスの破片か?……いや違う」
その場に屈んで、その散らばっているものの破片の一つを拾い上げた。
「……鏡の破片」




まさか、まさか、まさか!
賢明な川田は瞬時に悟った。そして、やられた!と思った。

(まずい!ここはまずい、早く姿を隠さないと!!)

その時だった。後頭部に筒のようなものが触れる感触がしたのは。
川田の額から一筋の汗が頬を伝わって流れ顎からポトンと地面に落ちた。
後ろを振り向けば、川田の仮説は証明される。しかし振り向けない。


「残念だったな」

冷たい声。川田は心底ゾッとした。


「……してやられたな。まさか、こんなエンターティメント的な手を使われるとは」
川田はショックを隠すように平然と話した。
「ほう気づいたか。前回優勝者だけあって鋭いな」
「オレのミスだったよ。死体を確認せずに勝利したと思った。完璧なミスだ」
「だろうな。オレなら死体の確認をしていたぜ」
川田が撃ち抜いたのは周藤本人ではない。周藤の姿を映しただけの等身大ミラーだったのだ。


「残念だが、おまえの勝ちのようだな。さあ、さっさと撃て」
川田は覚悟を決めた。この体勢ではどうあっても勝ち目は無い。
せめて、自分を殺すために発砲された銃声を聞いて桐山が逃げてくれることだけを祈った。
だが銃声は聞えなかった。その代わりに肩に掴まれた感触を感じた。
と、次の瞬間には川田は体をクルッと回転させられ塀に押し付けられる。
そして今しがた後頭部に接触していた銃口が、今度は額に押し当てられていた。




「……何のマネだ」
すぐに殺される気配は無いが川田は安心できなかった。悪い予感がしたからだ。
「奴はどこだ?」
その問いに川田は理解した。なぜ、さっさと殺されなかったのか。
桐山だ。この男は桐山の居場所を知りたいが為に、自分を殺すことを一端停止したのだ。
「……そう問えばオレが素直に吐くとでも?」
ぎりっと額に押し付けられた銃口がさらに圧力をます。
「言え、どこにいる?」
「おまえさんなら、桐山の居場所くらいさっさと探し出すだろう?
面倒なことはせずに、さっさと殺したらどうだ?」
虚勢ではない。川田は本気でそう言っていた。
どうせ、遅かれ早かれ、この男は自分を殺すつもりなのだから。


「この場面で大したものだな川田章吾。
だが、精神的プレッシャーならともかく、肉体的な痛みに耐えられるか?」
川田の目が一気に鋭く激しくなった。
川田は右手にグッと力をこめた。拳銃を持っている手だ。
銃を持ったまま、だらんと下げていたそれを、ジェット気流に乗ったかのように急上昇させる。
そのまま周藤の顎を銃で叩き割ってやるつもりだった。
周藤がその勢いでバランスを崩し倒れたら、間髪いれずに頭部を撃ちぬく!
それが川田が咄嗟に描いたシナリオ。しかし、そのシナリオは呆気なく破綻した。
周藤が掌で、それを受け止め、尚且つお返しとばかりに蹴りを食らわしてきたのだ。
川田の顎に強烈な痛みが走り、同時に口の中に血の味が広がった。
倒れかけたが何とか踏みとどまったのは川田のガタイが良かった事と、何より精神力が優れていたからだろう。
川田はふらつきながらも銃口を上げた。




「終わりにさせてくれ。そうじゃなきゃ、オレ達が困るんだよ!」

銃弾は発射された。この至近距離、どんな化け物だろうとかわせない。
いや、かわされてたまるか!
川田の思いのこもった弾丸は確かに周藤に命中した。
その証拠に周藤は大きくよろめいた。
川田は口の端からポトポトと血が滴り落ちるのもかまわずにニヤッと笑みを浮かべた。
浮かべたが、それは一瞬だった。
倒れるかと思われた周藤が、先ほどの自分のように踏みとどまったのだ。
そして体勢をゆっくりと直し、冷たい視線を再び向けてきた。


「ば……馬鹿な」

確かに命中した!奴は銃弾の威力に押された!
なのに何故倒れなかった!?何故、血が流れない!?
銃弾はどうした?確かに、確かに、奴の心臓に!


「……狙いはよかったが、当たらなければ意味がないということだ」
「ど、どういうことだ?」
「思ったより動きが俊敏だな川田章吾。
危なかった、あと少し、貴様の狙いが心臓だということに気づかなかったら」
周藤は、左手をゆっくりと川田に見せた。何かを握り締めている。
「銃口の先が心臓だと判断するのが、あと少し遅かったら、防ぎようがなかった」
周藤の左手には勲章が握られていた。第一等特別選抜兵士の栄えある勲章。
その中央部に、弾丸が半分埋まっていた。




「もう一度聞く、桐山はどこだ?」
「……さっきも言っただろう。オレは素直な性格じゃないんでね」
「そうか」
周藤の手にキラリと何かが光った。同時に川田の右肩に激しい痛みが走る。
アイスピックのような太い針状のものが突き刺さっていた。
川田は心の中で悲鳴をあげた。それを声に出さなかったのは意地だ。


「いえ、桐山はどこだ?」


「……ぐ」
「痛いんだろう?言え、桐山はどこだ?」
痛みに耐える川田、今度は違う恐怖も加わった。
再び銃が川田の額に押し当てられたのだ。何より、周藤の目が語っていた。

『次は無いぞ』――と。

川田は、じっと銃口を見詰めた。今度こそ脅しではない。
そんな最悪の空気が周藤と川田の間に流れていた。


「最後だ」

周藤の声が一段と低く冷たくなった。

「桐山和雄はどこにいる?」

川田はじっと銃口を見ていたが、やがて周藤の目を射抜くように睨み返した。
そして、言った。


「さっさと殺せ。この、くそったれ」




【B組:残り3人】
【敵:残り2人】




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