「……ここから先は歩いたほうがよさそうだな」
攻撃前に、こちらの存在を知られるのは避けたい。
川田は武器を手に、音をたてないように慎重に歩き出した。
壁や建物の陰から様子を伺い、異常なしと判断すると素早く走る。
そして、また物影に隠れて辺りを伺う。
そんな行動を繰り返し、徐々にではあるが桐山との距離を縮めていた。


(……何か高い建物はないか)
川田は辺りを見渡した。ただ高いだけではなく目立たないものがいい。
少し先に歩道橋がみえる。あれがいい。
川田は背を低くして歩道橋の階段を駆け上がった。
「……見つけたぞ」
桐山、それに最後の転校生だ。
川田はライフルを構えた。この距離だ、命中させる自信は今ひとつない。
ないが、押されているのは桐山のほうだ。
このまま見て見ぬふりをするわけにも行かないだろう。


「この位置ではきついな……」
ここでは前方にあるいくつかの建物が障害となる。
歩道橋の中央までいかなくてはダメだ。川田は相変わらず背を低くしながら素早く走った。
が、何を思ったのか、川田は動きを止めた。
額から汗が流れ、それが足元に大きな点を作っている。
「……もう少しでヤバイことになっていた」
川田の左足に糸が引っ掛かり、それが張り詰めている。
川田は慎重に左足を下げた。糸が元の位置戻る。
「……左足を出す前に気づいてよかったぜ」
雨のおかげだ。点々と水滴がついてなかったら、こんな超極細の糸、気づきもしなかった。




キツネ狩り―175―




咄嗟の判断、いや判断ではなく反射神経が身体を動かしていた。
桐山はとんぼを切っていた。
銃声はなかった。桐山の動きに周藤もまた反応していた。
桐山はとんぼを切りながら、周藤の左手に蹴りをお見舞いしてやるつもりだった。
だが、周藤は右手を地面についてバク転していた。
先に着地した桐山は、足元にあった小石を素早く投げた。
周藤の目、それと銃を手にした左手を狙って。周藤はバク転しながら撃ってきた。
桐山は塀の上にジャンプ。間髪入れずに、向こう側に飛んでいた。


バンバン!弾が塀の穴をくぐって跳んで来た。
桐山はまるで盗塁するかのように地面に伏せた。
塀が間にあっては何度発砲しても桐山の急所に命中は出来ない。
周藤はすぐに塀を飛び越えてくるだろう。
桐山は飛び上がった。逃げるのではなく、周藤が来る前に自分から飛び出した。
塀の真上で、ほぼ同時に飛び上がった二人はお互いの顔を見た。
桐山は、その勢いで跳び蹴りにでた。周藤は両腕を頭部の前に突き上げてガード。
桐山の脚が周藤の腕を直撃。凄い威力に周藤は押し返された。
しかし、クルクルと二回転して着地。すぐに銃口を上げる。
あげるが、桐山は周藤の背後に着地していた。


周藤の肩をおさえ、腕を掴んで、そのままへし折ってやるつもりだった。
だが、完全にお見通しだった。今度は周藤の方が動きが早かった。
クルット素早く回転し、その勢いのまま、銃が桐山のこめかみに激突。
頭部に強いダメージを受け、桐山は一瞬だが眩暈を感じた。
感じたが、それに酔っている暇などない。
間髪いれずに腹部に強烈な痛みが走ったからだ。




「……ぅ」
周藤の膝が腹を突き上げた。さらに今度は首の後ろに痛みを感じた。
周藤の肘打ちが炸裂されていたのだ。
桐山の身体がガクンとバランスを崩し、沈みかけた。
並の男なら完全に気を失っていただろう。だが幸か不幸か桐山は特殊な人間。
沈みかけたと思わせ、素早く周藤の脚にローキックをくらわした。
今度は周藤がバランスを崩す番だった。


前のめりに崩れかけた周藤の襟を桐山は掴むと、強引に身体を持ち上げた。
このまま、地面に叩き落し、さらに完全に動きを封じる。
それが桐山が咄嗟に判断した作戦。
しかし、周藤もくせ者。自らの身体を持ち上げられたと同時に、桐山の後ろ襟首を掴んでいた。
この体勢では桐山自身がバランスを崩し、思うような動きなど取れない。
案の定、桐山の身体は周藤に引っ張られる形となった。
二人の身体が二転三転して、坂道を転がってゆく。


だが、ここでダメージを負っている桐山が僅かに表情をゆがめた。
周藤をそれを見逃さない。周藤は桐山の肩と襟を掴んだ。
そして巴投げの要領で、桐山を投げ飛ばした。
桐山は背中からアスファルトに叩きつけられた。
痛みが全身を打つ。そして痛みに身をゆだねている暇なんてない。
即座に起き上がろうとする桐山だったが、周藤が飛び乗ってきた。
さらに銃口を突きつけられる。

「ハードな連戦、しかもそれだけのダメージをくらって、よく頑張ったな」
「…………」
「だが、それもこれで終わりだ。貴様に敬意を表して心臓一発で終わらせてやる。
これ以上外見を崩さずに、おまえの遺体は家族に送ってやる」














「……プロのトラップだ」
桐山と今戦っている奴が仕掛けたのか、それとも他の奴がやったのかわからない。
肉眼では捕らえにくい糸が仕掛けられている。
おそらく、この糸に脚を引っ掛ければ、糸の先に仕掛けてある爆薬が、あの世へいざなってくれていただろう。
遠距離射撃を警戒してのことだろう。
「まったく、いちいちご丁寧にやってくれて腹が立つ」
これでは遠距離からの援護はできない。もっと近付かないとダメだ。
川田は歩道橋から降りると今度は全力で走った。
二人がいる位置に近付くと、少し屈んで雑草の先端をちぎった。
そして、それを手から離す。雑草ははらはらと風にあおられながら落ちていった。
「……風上はあっちか」
川田は大きく迂回して二人の風上に向かって走った。














「……終わったわ」
川田の残してくれたメモをポケットにしまうと美恵はすぐに次の行動に出た。
グズグズなんてしてられない。早く最後の爆弾を次の場所に設置しないと。
本当なら、車を運転できれば一番いい。でも美恵は普通の中学生。
オートマならまだしも、マニュアルを運転するなんて出来ない。
かといって自転車で運ぶには多すぎる量だ。
川田も咄嗟の事だったので、輸送手段までは伝授してはくれなかった。


「どうしよう……」
出来ないとあきらめるのは簡単だ。しかし、それは絶対にしてはいけない。
ただの中学生の女子だなんていい訳もできないし、してもいけない。
美恵は辺りを見渡した。坂道に添って人家が並んでいる。
その家々を見て回った。赤い自動車が止まっている。
駆け寄って窓からのぞくとオートマだった。


(よかった。あれなら運転経験のない私でも何とかなるかもしれない)
自由自在に運転することは無理だが、低速で前進する程度なら。
美恵は車に戻ると、サイドブレーキを解除した。
そして、後ろから車を押した。車はゆっくりと動き出し坂道に入ると、そのまま下りだした。
やがて塀にぶつかって停止。上手い具合に、例の赤い自動車がある家の前で止まってくれた。
「急がないと」
家の中から車のキーを探し出すと美恵は、荷物を移し出した。


「お願いだから動いて……」
光子から適当に教えてもらった事はあるけど、実際に動かすのは初めて。
エンジンがかかる。思わずドキッとしたが安心感のほうが強かった。
美恵は川田が残した地図を助手席に広げ、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。















「さあ逝け」
周藤が引き金を引こうとした瞬間。
(殺気!?)
桐山ではない、全く異質の人間の殺気を遠方より感じた!
と、同時に周藤は桐山から離れた。
弾丸が空を引き裂く。桐山と周藤の間の空気が一瞬流れを絶った。

「川田章吾か!!」

推理するまでもなかった。
たとえ、生徒が大勢残っていたとしても、連想するのは川田だっただろう。
桐山以外で、遠距離射撃のできる生徒など一人しかいない。
危なかった。殺気に気づくのが一瞬でも遅れていたら、頭部が石榴になっていただろう。

「――川田?」

川田がいるということは……まさか、美恵も!?


桐山は立ち上がった。周藤は桐山一人に注意を払う事は出来なくなった。
だが、冷静に、この状況を素早く分析した。
この島の地図は全て頭にインプットしてある。
さらに島を歩き回っている間に、地図にはのってない詳細な情報もインプットし続けた。
建物の位置、道の幅、障害物……そして、この位置を狙える射撃ポイントも!
「そこだっ!!」
周藤は、ただ一点をめがけ発砲していた。川田の姿など確認してない。する必要もない。
それだけの確固たる自信があったのだ。




窓ガラスが粉々になって川田に降り注がれた。
「ち!なんて奴だ!!もう気づきやがった!!」
予想外だった。こっちは屋内に身を潜めているのだ。
ばっちり姿を隠している以上、位置を把握されることはないと安心すらしていたのに。
こうなったら、もうこの場所にはいられない。川田は階段を駆け下りた。
「風向きはまだ変わってないな……」
川田は数軒先の家に駆け上がると、窓からレミントンの銃口を突き出した。


桐山と周藤の姿は見えない。見えないが、そんなこと関係ない。
川田の標的は別にあった。とにかく桐山を助ける事だ。残念ながら銃もない状況では勝てない。
だから逃がすしかない。逃げるんだ桐山!!
川田は発砲した。弾ははるか遠くに飛んでゆく。
そして次の瞬間、派手な爆発音が響き渡った。
川田が狙ったのは車のガソリンタンク。炎上した車は、周囲の車や家も巻き込んだ。
次々に爆発する車。瞬く間に煙が発生して、あたり一面を包み込む。


「今だ、今のうちに、さっさと逃げてくれ桐山」
川田は祈るように、その家から出ると、全速力で走り出した。
計算通り、煙は風下に流れていく。桐山と周藤は今頃、煙の真っ只中だ。
この機に乗じて逃げてくれるのが一番だが、遠目から見ても桐山は随分とダメージを負っていた。
これでは、逃げる前に周藤にやられてしまうかもしれない。
いや……あの桐山の性格を考えると逃げるどころか、周藤に反撃しているかも。
「頼むから、銃無しでまともにやろうなんて考えないでくれよ」
川田は祈るように、ただ走った。




「……やりすぎたか。確か、この辺りだったはず」
煙が立ち込めているため、視界も途切れ途切れだ。
転校生は……いないか?気配もまるでない。
転校生も桐山もいない。二人とも煙攻めはたまらんと、この場から退却したのか?
それならそれでいい。とりあえず桐山の命の危険を回避できれば。
「……後は、どうやって、あいつを見つけ出すかだな。転校生にはでくわさないように注意し……」
川田の目が大きく見開かれた。首に物凄い圧迫感。
呼吸が出来ない。川田の心拍数が急激に上昇した。


「よくも邪魔してくれたなと言いたい所だが、おまえのほうから来てくれたんだ。
この場合は感謝してしかるべきかな川田章吾?」
「……お……まえ……っ」
肩越しに周藤が見えた。
(馬鹿な、気配なんて感じなかったぞ……!)
川田のいいたいことがわかったのか、周藤は「簡単なことだ」と笑った。
「オレ達プロが気配を消せなくてどうする?」
首に紐が食い込み、血すら滲んでいた。このままでは窒息死は時間の問題。
いや、その前に首を折られかねない。川田は苦しい状態だったが意識は失わなかった。
レミントンの銃口を後ろに向けた。が、周藤は非情にもそれを蹴り飛ばした。

「このまま大人しく逝け。オレに殺されることは恥じゃないぞ」




「……ぐぁ!」
後少しで川田の意識は落ちそうだった。
が、周藤は止めを刺さずに川田を突き飛ばし、川田が道路に投げ出される。
「……ゲホ……グゥ……」
際どかった。まだ息が詰まっているようだ。
周藤が川田から手を離した理由はただ一つ。周藤も攻撃されたのだ。背後から桐山に。
気配はなかった。影に注意を払ってなかったらやられていただろう。
しかも、この煙で影も消えかけていた。
本当に際どかった。桐山は言った。


「簡単だぞ。気配を殺して攻撃するのはな」

周藤の目つきが変わった。
「き、桐山……ぅ」
川田はまだ苦しそうだったが、首を気にしながらも立ち上がった。
美恵は?」
「ここにはいない、安心しろ」
「本当だな」
「ああ、あのお嬢さんは、今――」
「あっちか?」
周藤が親指である方向を示した。川田の顔色が変わった。


「図星か。おまえたちの作戦はばっちり聞かせてもらったからな。
爆薬を仕掛けるとしたら……あそこだ。あそこに、今、あの女がいるわけだな」


川田は否定も肯定もしなかったが、沈黙は肯定も同然だった。
「あの女は自分を何もできない普通の女だと思い込んでいるがオレは過小評価はしない」
「どういうことだ?」
「こう見えてもひとを見る目はあるんでな。
他の女生徒ならほかっておいてもいい。一人では大したことは出来ないだろう」
だが、と周藤は続けた。


「そのオレがほかっておけないと思っている女はこのクラスに三人いた。
一人は千草貴子、もう一人は相馬光子。ああ、もう死んではいるが」

桐山の目つきが変わっていった。
周藤の言わんとすることあわかったのだろう。


「そして、もう一人が天瀬美恵だ。悪いが、特撰兵士の面子にかけて余計なことをされるわけにはいかない」


「……貴様」
「余計なことをされる前に死んでもらう」
周藤は携帯電話を取り出して、ボタンを押した。
(何だ?)
まさか、呑気にもお電話でもしようってわけでもないだろう。
桐山の疑問に答えるかのように、それは起きた――。




「何!?」
そう叫んだのは川田だった。遠くから爆発音が聞こえたのだ。。
それは美恵を置いてきた集落から聞えた。
「こんな島で、ろくに支給武器もなかったが、素人相手なら、これで結構殺せるんでな」
本当に単純なトラップだった。周藤は島中移動していた。
そしてあらゆる建物にそれを仕掛けていた。


日常品の中にも爆発物の材料になるものは数多い。肥料や漂白剤など。
だから爆発物を作ることなど特殊部隊の周藤には簡単だった。
エリア禁止ルールが解除されて以来、面倒になったのは隠れている生徒を一々探し出すことだ。
だから、周藤は生徒を探しながら暇つぶしにトラップを仕掛けた。
暇つぶしだから多くは無いが、その一つに例の集落は含まれている。
後はどうやって離れた位置から爆発させるかだ。
ガキのオモチャみたいなちゃちな仕掛けだ。
周藤は夏休みの工作でもするように発火装置を作った。
それをFAXと電話の複合機のそばに固定して置いておいた。
木綿糸をつけ、その先はプリンターの中に繋ぎ、FAXを少々いじって誤作動するようにしておいた。


後は簡単だった。その家の番号を記憶し電話をかけ誤作動させる。
プリンターが動き、糸が張られる。その糸の先は発火装置の安全弁にくくりつけられている。
糸が張り、安全弁が外されれば発火装置は、その役目を果たす。
後は爆発物に点火するのを待つだけなのだ。
川田は焦った。もう彼女は次の場所に向かったのか?
そうでなければ、爆発に巻き込まれているかもしれない。
こんなことになるのなら一人にするのではなかった!!
そんな川田の神経を逆なでするかのように、周藤は再び携帯のボタンを押した。
また、爆発。桐山の目の色が変わっていった。

「もう一ついくか?」
「やめろっ!!」


桐山は周藤に飛び掛っていた――。




【B組:残り3人】
【敵:残り2人】




BACK   TOP   NEXT