桐山は宙を飛ぶバイクを見詰めた。まっすぐ、こちらに向かって飛んでくる。

ここから下に飛び降りるか?

いや、すぐに周藤もバイクごと飛び降りるだろう。
足を封じなければ、この不利からは逃れられない。
頼りになる武器がない以上、足を止めなければ。
桐山は一端着地したにもかかわらず、また飛んだ。
バイクでつっこんでくる周藤晶に向かってだ。


周藤は懐に手を突っ込んだ。銃か?!
そうはさせない。使用する前に、仕掛けさせてもらう。
バイクの真上を桐山が飛んでいた。
そして、そのつま先が周藤の後ろ――バイクの後部座席に接触。
バイクのバランスが崩れた。周藤はすかさずバイクから飛び出した。
バイクは完全にバランスを失い落下してゆく。
そして、地面に激突。派手な音をたてながら粉々になり、さらに数秒後に爆発炎上していた。
桐山は、そのまま車のボンネットに着地。
屋根の上に着地した周藤と視線がぶつかり合う。
周藤は忌々しそうに軽く舌打ちしたが、屋根から飛び降りた。

「――本当に計算だけではわからない男だな」




キツネ狩り―174―




「お嬢さん、そっちは出来たか?」
「ええ、こっちは完了よ」
「よし、上出来だ。後は、二箇所だな」
「川田くん、この地区には仕掛けなくていいの?」
「ああ、ここはもう壊滅状態で、すでに戦場跡だ。
燃えるものなんか、あまりもう残っていないしな」
「そう、だったら早く終わらせましょう。早く終わらせて桐山くんを……」
「そうだな。いくら、あの若様でも、こう連戦では体が持たないだろう。
桐山が死ねば、オレ達の死亡率もグッと上げる。
上がるというよりは、生きて帰る可能性が絶たれるといったほうがいいだろう」
二人は車に乗り込んだ。川田はすぐにエンジンをかける。
すでに、この島の地図を頭に叩き込んでいる川田は、まるで地元の人間のように迷うことなく車を走らせた。


「あの状況でろくに武器も持たせてやれなかったのが一番の気がかりだ。
桐山があいつを引き離してくれたおかげで、こっちは銃火器を手に入れることが出来た。
残りの弾丸は少ないが、オレのレミントンもまだ使えるしな」
川田はレミントンの銃身をグッと握った。
車はカーブを曲がり、次の目的地である集落にたどり着く。
「よし、この公民館を中心に五箇所に爆弾を仕掛ける。用意はいいか、お嬢さ――」
川田が指令を出そうとしたその時だった。
爆発だ。激しい音、そして炎と煙。二人の視線が同時に同じ方向に注がれた。
炎上していた。ドス黒い煙が立ち上っている。
それほど大きな爆発というわけではないが、かといって子供の火遊びでもない。




「川田くん、あれは……!」
「ああ、間違いない……桐山と、あの転校生が近くにいるんだ!」
「……あの爆発の中に……もしかして桐山くんが……」
美恵の焦燥が絶望に近いものとなり、感情は抑えられない位置に来た。
「桐山くん!!」
「待て!!」
美恵が走り出した。川田が腕を掴んでいなかったら、そのまま激戦地に向かっていただろう。
「離して川田くん、桐山くんが!!」
「オレ達にはオレ達の仕事がある」
「わかってるわ……でも、こんな近くにいるのに、桐山くんが殺されるかもしれないのを黙ってみてる事なんか……」
「おまえさんが行った所で何が出来る?」


美恵は悔しそうに唇を噛んだ。全く言い返す隙などない正論だった。
だが正論で感情がおさえることできるほど人間は理性が強くは無い。
まして相手が愛するひとならば、尚更の事、ほかってはおけない。
黙って安全な場所で、桐山が勝つ可能性だけを信じて、ただ待っていればいいのか?
そんな美恵の気持ちは川田にも伝わっていた。
もしも、これが慶子なら、おそらく自分も助けに行っただろう。
それ以上に、川田は桐山が負けた場合のことを考えていた。


桐山が殺されたら次は自分達の番だ。
美恵は気丈な女ではあるが、だからといって頼りになる戦力としては当てにはならない。
(実際に、修羅場経験者である光子でさえプロ相手には勝てなかったのだから)
そうなると実質自分一人で周藤晶と戦うことになるだろう。
正直言って、自分は反政府思想の人間に戦闘の手ほどきを受けただけに過ぎない。
あんなプロの領域にまでは、まだ達してない。
まして、負傷までしている。勝てる見込みは少ない。
だったら、桐山が生きているうちに、力を合わせて奴の息の根を止める。
それも有効な選択肢であった。
幸い、爆弾もこの集落をいれて、あと二箇所仕掛けるだけだ。




「お嬢さん、桐山はオレが助けにいく」
「川田くん……!」
「もし桐山が倒された後、一人で戦うよりは、今、桐山と戦ったほうが勝率が高いからな」
「私も……」
「いや、こんな言い方は悪いが、おまえさんじゃかえって足手まといになる。
それよりも、オレの仕事を引き継いでくれ。
女一人じゃ大変だろうが、今は桐山が最優先だ。出来るか?」
「やるわ」
「よし、それを聞いて安心した」
川田は地図とメモを取り出した。


「いいか、爆弾を仕掛ける場所は適当じゃ困る。それだけは注意してくれ。
可燃物の有無、建物の位置も計算にいれてもらわないとな」
川田は素早くメモの上でシャーペンを走らせた。
「このメモにオレの知る限りの知識を簡潔に書いておいた。後はおまえさんの判断に任せる」
重要なことだった。火薬の類といったら花火くらいしか扱ったことのない素人なのだから。
だが、素人だからなんて言い訳は今は通用しないし、するつもりも美恵にはない。
「この集落が終わったら、次はこの地図の場所に行け。わかるな?」
「ええ」
「よし、後でやっぱり出来なかったなんていい訳は聞かないからな」
川田はそばにあったハーレーのエンジンを無理やりかけた。
レミントンは背中にくくりつけ、軍用車の中から失敬したアサルトライフルはハーレーにくくりつけた。
そして拳銃をベルトに差し込む。


「おまえさんはこれを持っておけ」
オートマチックピストルのコルトだった。
「女には自動小銃みたいなものより、こっちのほうがいいだろう。
もちろん、おまえさんがこんなもの使わないのが一番いいが」
川田はバイクに跨った。本当ならもっと言っておきたいことが山ほどある。
ほんの数日前まで学校で明るく笑っていた女生徒に、兵士と同じことをしろなんて無茶もいいところだ。
せめて、短時間でもいいから講座で指導してやりたいくらいだ。
くらいだが、講座で説明なんてしていたら、その間に桐山の戦局がどうなるか。
下手したら、美恵に己の知識を伝授し終わるのと同時に、戦いは終了しているかもしれない。
それも最悪の形で。それだけは避けなくてはいけない。


「……さよならは言わないぞ、お嬢さん」
「気をつけて川田くん」
「大丈夫だ。おまえさんみたいな女は、ただ信じて男の帰りを待っていればいい。
そして、最高の笑顔で桐山を迎えてやれ。それがオレの願いだ」
「……ありがとう」
「おいおい、お礼なら全てが終わってからにしてくれ。
今は感慨にふけっている場合じゃないんだ。じゃあ、後は頼んだぞ……また、会おう」
川田は一陣の風となって走り去って行った。
後に残るは悲愴だが覚悟に満ちた表情の美恵と砂埃のみ。
「……私は私に出来ることをやらないと」
桐山くんと川田くんは、全力で戦っている。
何の役にも立てない、足手まといかもしれない、でも精一杯やるしかないのだから。
美恵は川田が残したメモを見ながら、爆弾を慎重に運び出した。














「オレもいつまでも遊んでいられないんだ」

周藤は懐に再び手を伸ばした。桐山は、90度身体の向きを変えると走った。
周藤が持っている銃も、当然のように銃口の向きを変える。
桐山の狙いは反射光だった。
ただのカーブミラーだが、この角度と位置なら、周藤の視覚を一瞬とはいえ眩ませるはず。
そう計算した桐山は咄嗟に、この方向に走ったのだ。
読みは的中した。周藤が眩しそうにわずかに眉をさげたのが見えた。
だからといって引き金にかけた指が止まるわけは無い。
引き金は引かれた。銃声が辺りを包み込む。


発砲された。されたが銃弾というのは撃てば当たるものじゃない。
視覚とテクニックが揃って初めて当たるものだ。だから銃弾は当たらない。当たるわけがない。
実際に、銃弾は桐山を僅かにそれていた。
桐山の動体視力は、鉛の玉が空を裂く瞬間を確かに目にしたのだ。
弾は外れた――と確信した直後にカッと嫌な音がした。
何かが弾き返される音だ。その何かが問題だった。
桐山は本能的に危険を察知したのか、それとも偶然なのか、足を止めた。
走っている最中に不自然な止まり方をしたため、足元からガクッとバランスが崩れる。
咄嗟に片手を地面につかなければ、その場に完全に崩れ落ちていただろう。
ほぼ同時に肩に激しい痛みが走った。桐山は肩を押さえた。血が流れている。
弾丸が跳ね返って桐山を襲ったのだ。桐山は、振り返り周藤を見詰めた。
「残念だ」
周藤は、冷めた目でそう言った。




「本当に残念だ桐山和雄。本当なら、おまえの心臓を貫いていたのに」
「…………」
「恐ろしい反射神経だな。天性の才能と言うべきか。
それさえなければ、とっくに楽になれたというのに。天才というのも厄介なものだな」

反射光で周藤が定めた弾道をそらせると思った。
だが周藤はそれを見越して保健をかけていた。
咄嗟の判断で、万が一避けられた場合は、弾丸が跳ね返って桐山を再度襲うルートを選んだのだ。
桐山が利用したカーブミラーを周藤もまた利用していた。
カーブミラーの支柱に弾が跳ね返った跡がくっくり残っている。
甘かった、いやそれとも行動そのものを読まれていたのか?
どっちでもいい。どっちだろうと答えは一つ。

やられる前に殺す!それが唯一絶対の答えだ。

桐山が周藤に向かって走ってきた。
さっと飛び上がり塀に着地、このまま屋根まで戻ってくるのか?
だとしたらお笑いだ。桐山がどんな武器を持っているかはわからない。
しかし銃火器も爆弾ももうないだろう。あるのはせいぜいナイフや鈍器程度。
そんなものを持って接近戦に挑む前に、銃の引き金を引けば全てが終わる。
次に塀から屋根に飛び上がってきたときが最後だ。
周藤は狙いを定めて銃口を向けた。だが桐山は姿を現さなかった。
代わりにナイフが飛ぶのが見えた。そのナイフは電線を切断。周藤はすぐに桐山の意図を察した。
切断された電線の先端が、屋根の上に落ちてくる。
雨のせいで屋根は余すところなく濡れている、そう濡れているのだ。
それがどういうことか。周藤は、そんなことがわからないほど愚かではない。




電線が接触したと同時に屋根全体に電気が煙と熱を発生させながら激走した。
周藤は飛んでいた。だが飛んだだけではダメだ。屋根から離れなければ。
屋根に着地しようものなら、電気の餌食となって全身しびれる思いをする。
周藤は屋根の中央にいた。飛んだくらいでは到底、この領域からは逃れられない。
空中で回転しながら周藤は銃を斜め下に向けた。
屋根に向けてだ。そして発砲した。一発、二発、とにかく全弾使ってもいい。
背に腹は変えられない。弾が発射する反動を利して周藤はさらに高く飛んでいた。
華麗にクルクルと二回転して、桐山が立っている塀に着地。
電気ショックで周藤があの世に旅立ってくれることを望んでいた桐山には当然面白くない展開だった。


さらに面白くないことに、お返しとばかりに周藤が銃口を向けたではないか。
桐山、絶対絶命か?周藤は躊躇なく引き金を引いた。
だが、カチっと乾いた金属音がしただけ。
予定外に弾を使ってしまったのが災いして弾切れになったのだ。
周藤はすぐに弾を取り出した。しかし、それを銃にセットするまで待つほど桐山はお人好しではない。
塀の上を、まるで豹のように軽やかに走りこんできた。
そして回し蹴り、狙いは銃だ。あれを周藤の手から離さなければ。
だが周藤はそれを予測していたのだろう。スッと身を屈めた。桐山の足が周藤の真上を通過する。
いや、通過しようとする寸前に周藤が、その脚を蹴り上げた。


桐山が大きくバランスを崩した。
だが、崩しただけだ。桐山は崩れかけたバランスを建て直さず、とんぼをきっていた。
一回転して、すぐに再び攻撃。今度は手刀で銃を叩き落す、はずだった。
だが、周藤は、その手首を掴み、同時に桐山の手を引っ張り投げ飛ばした。
桐山は腕を伸ばし家の敷地に生えていた木の枝につかまり一回転して着地。
着地した時には、どこにしまっていたのか、ナイフを三本手にしていた。
それを着地と同時に投げていた。
ナイフはそれぞれ周藤の頭部、心臓、そして銃を握っている左手目掛けて飛んでいる。
三本のナイフだ。一つは避けても三本同時に避けるのは無理だろう。
ところが、桐山はそれが甘い考えだと思い知った。


周藤は避けなかった。それどころか、瞬間的に、三本のナイフを掴んでいたのだ。
さらに、そのナイフを投げ返してきた。
桐山の頭部と心臓目掛けて。もう1本は外れたように見当違いの方向に飛んでいった。
桐山は先ほど周藤がしたように、二本のナイフを瞬間的に掴んでいた。
だが周藤はしてやったりという表情で桐山を見た。
桐山は三本目のナイフに何かあると思い振り返った。
もし桐山が感情豊かな人間ならば、「何て性格の悪い奴だ」と思ったことだろう。
三本目のナイフは――電線を切断していたのだ。
バチバチと火花を散らしながら電線の切断面が地表に接触しようと落ちてくる。
雨のせいで、どこもかしこも濡れている。
桐山は走った。あの電線が地表に落ちる前に何とかしなければ。














「……これでいいわね。後、五つ」
美恵は川田のメモを片手に必死になって爆弾を設置していた。
「急がないと……桐山くんと川田くんが全てを終わらせたときのために」
転校生は後残り一人。その一人が死ねば軍隊が雪崩れ込んで来る。
自分がしっかりしないと。限られた残り時間でやり遂げないと、二人が今やっていることが水泡に帰す。
その集落からは海が見えた。海上に浮んでいる軍艦もはっきり見える。
一体、何人の兵士がいるかはわからないが、一人や二人じゃないことは確かだ。
転校生を倒し、作戦通りに脱出しなければ、残っているのは死だけ。
早く、終わらせて、最後の場所に行かなければ。美恵は海上の軍艦を睨みつけた。

「……絶対に、あなた達なんかの思い通りにはならないわ」














間一髪だった。地表に切断面が接触する前に、桐山が電線を掴んだ。
だが、背後から殺気を感じ、桐山はすぐに振り向いた。周藤が飛んでいた。
「甘いぞ桐山!常に背中にだけは注意を払うべきだったな!!」
首に強烈な衝撃が走った。桐山は足を蹴り上げた。
周藤の脚に蹴りを加えようとしたのだが、周藤はスッと身を引いた。

「まだ、わからないのか桐山?」
「…………」
「おまえの動きはある程度予測できる。雅信のおかげでな」
「…………」
「スピードだけなら、おまえはおそらくオレよりも速い。だが動きを予測できるオレの方が有利なんだ。
おまえが行動を起す前に、オレは動く事が出来るんだからな」
「……いいたいことはそれだけか?」
「ああ、それだけだ!」

周藤は激しい蹴りを繰り出してきた。それも連続して。
桐山は紙一重でかわすが、電線が地表に落ちないように神経を使っている以上、どうしても動きが鈍る。
周藤もそれをわかっている。だから遠慮なく攻撃してくる。
もし桐山がそれを離しても、自分だけさっさと安全地帯に移動すればいいと思っているのだろう。




(……このままでは)
桐山は防戦一方だったが突然攻勢にでた。
回し蹴り、それを止められ、すかさず今度は拳を繰り出した。
周藤が受け止めるのを桐山は待っていた。桐山は周藤の手首を掴んだ。
周藤が怪訝な表情を浮かべた。桐山のもう片方の手には電線の先端が――。
桐山が何をしようとしているか周藤は理解した。
すぐに桐山から離れようとした。だが桐山は手を離さない。


「全身に電流を浴びても貴様は生きていられるのか?」


桐山は電線の切断面を周藤の左胸――心臓の真上――に押し付けた。
激しい火花。周藤の目が見開かれる。
どんな怪物だろうと生身の人間。これで終わりだと桐山は思った。
思ったが、残酷にも、それは一瞬で終わった。
プツンと音がして、桐山が手にしていた電線が切断されたのだ。
桐山の意図を察したと同時に周藤はナイフを手にしていた。


確かに周藤は電気の洗礼を全身に受けた。
しかし、受けるのとほぼ同時にナイフが電線を切断していた。
当然、電気は絶たれる。周藤の四肢から僅かに湯気が出ていた。
神経はまだ麻痺しているはずだ。桐山は周藤の首に手を伸ばした。
パシっと、その手を叩き払われた。
「なんだ、その目は?しばらくは全身麻痺してまな板の上の鯉状態だと思ったか?」
「…………」
「悪いな、ご希望に添えなくて」
周藤は銃を上げた。桐山のすぐ前で銃口が鈍い光を放っている。


「オレの息の根止めたかったら、100万ボルトでかかってくるべきだったな」




【B組:残り3人】
【敵:残り2人】




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