「……奴が死んだ……あいつを倒したのか?」
川田は半信半疑のようだった。
「ああ、あいつは炎の中に落ちていった」
振り返った川田の視界には、すでに原型を止めていない校舎がまだ燃え盛っているのが映った。
あれでは遺体は完全に炭クズになっていることだろう。桐山が一歩踏み出した。
そして僅かにバランスを崩す。川田はすかさず桐山を支えた。
「大丈夫か?」
「問題ない。まだ戦える。死んだわけでは無いからな」
「……おまえは」
川田は溜息をついた。
「……おまえは、一人で頑張りすぎだ。もう少し他人を頼ってもいいんだぞ」
「……父は、つねに自分だけを頼れといった。他人は信用するなと」
「おまえの親父さんの立場からすれば、それも正しいかもしれないな。
しかし桐山、人間は一人じゃ生きていけないように出来てるんだ。
少なくても、オレはそう思っている。だから、おまえは、天瀬を必要としているんじゃないのか?」
「……よくわからないな。川田、おまえは本当に意味不明な人種だ」
「……おまえに言われるとは思わなかったな」
川田は苦笑しながら、「ほら肩を貸せ」と呟くように言った。
キツネ狩り―171―
「なあ隼人」
瀬名が氷室に話かけた。なんだか随分余裕のない表情だ。
「なんだ?」
「……もしも、『闇』を実行に移すとしたら、それはいつになる?」
「馬鹿なことを言うな。前例がない」
「……けどなあ!」
「民間人に軍のエリートが敗北したなどということはあっていいはずがない。
闇が行われるのは、その事態が起きた場合のみだ。
直人の仇を討ちたい気持ちはわかるが、任務に私情を挟むな。
それとも、おまえは晃司や晶までやられると思っているのか?」
「……そうは言ってない」
「だったら黙ってろ。これはあいつらの任務だ、おまえの出る幕じゃない」
俊彦は隼人の意見を正論と認めながらも、心の奥底では納得できない部分があるらしい。
唇を噛むと、その場から離れて部屋の隅で壁に背を預け俯いている。
「隼人……ちょっときつすぎるんじゃないのか?」
今度は攻介だった。
「おまえも知ってるだろ?俊彦は直人とは親友だった。
それに俊彦は人一倍人情に厚いから、黙っていられないんだぜ」
「オレ達は軍人だ。普通の人間が持つ感情なんて必要ない」
「……ま、そうだけどな」
「一応、ウォーミングアップだけしておけ」
「なんで?確かに雅信まで死亡したって知らせが来たときはオレも驚いたぜ。
でも晃司と晶までやられるなんてありえないだろ」
「オレもそんなことは万が一にもないと思っている」
「じゃあなんで?」
「思っているが……」
「なんだよ?」
「ただの杞憂だ」
氷室は、資料の桐山の写真を見詰めた。
(……似ている。こいつの目は晃司や秀明と同じだ。Ⅹシリーズと同じ人間兵器としての目なんだ)
「……川田」
桐山がポケットから何かを取り出し放り投げた。
反射的に受け取る川田。それは鍵だった。
「校舎は灰になる。だから、あの中にあった銃火器はもう使えない。
だ、軍用車や空輸機にも銃火器はあるだろう。当然、火薬も」
「ああ、残りの一人を片付ける為に必要だな」
「それもある。だが、その先も考えろ」
川田は桐山が言いたいことに気がついた。
「……例の軍によって全てをやみに葬り去るって話のことだな?」
五人の転校生を倒しても家には帰れない。それどころか軍隊がなだれ込んでくる。
そして表向きはプログラム中に死亡したということで片付けられる。
「島の数箇所に爆弾を仕掛けるんだ。転校生はオレに任せて、おまえと美恵はその作業をして欲しい。
最後の転校生を倒せば、おそらく軍はすぐに攻撃を開始する。そのタイミングで爆発を起すんだ」
「遺体はバラバラになったと思うだろうな。歩兵達と一緒に。
遺体を調べられて、オレ達は死んでないと気づかれても、その頃は逃亡済みってことか」
運動場には真っ黒焦げになった軍用ヘリや装甲車がいくつも並んでいた。
しかし、無事だったものも数台残っている。幸いにも水陸両用飛行機もあった。
「桐山、アレを操縦できるか?軍用ヘリじゃあ太平洋の真上で墜落するからな」
「可能だ。亡命先はアメリカでいいんだな?」
「それが一番妥当だろ。おまえは、どうだ?」
「オレは美恵が一緒ならどこでもいい」
「決まりだな」
何とか脱出方法も決まった。後は、もう一人の転校生を倒すだけだ。
「とにかく、おまえは少し休んでろ」
川田は桐山を木陰に下ろした。
「お嬢さん、こいつを頼む」
美恵は頷いて、桐山のそばに屈んだ。その美恵の、はるか背後……校門の陰から何かが伸びた。
「桐山くん、大丈夫?」
美恵はハンカチを取り出して、桐山の額の血をぬぐった。
「ちょっと待っててね」
運動場の隅に水のみ場がある。そこでハンカチを濡らそう。
そう思って振り返った美恵の目に何かが黒光りするのが見えた。
その何かは真っ直ぐ桐山に向かって伸びている。
銃口だ!と判断した瞬間、美恵は動いていた。
「危ない桐山くん!!」
桐山を突き飛ばしていた。同時に己の肉体に衝撃が走っていた。
ガクンと全身の力が抜けるような感覚。血しぶきが視界に映った。
「美恵っ!!」
崩れ落ちる美恵を桐山が抱きとめていた。
そして、美恵を抱きかかえ、木の陰に飛び込んでいた。
「美恵、しっかりしろ美恵!!」
美恵はゆっくりと目を開けた。意識は失っていない。
痛みが全身に駆け巡りだしていた。その痛みの原点は肩だ。
左肩から激しい痛みを感じる。桐山は、美恵の制服のホックを素早くはずし腕までずらして肩を露にした。
弾は貫通している。だが当然のことながら出血は酷い。
桐山は美恵の右手を肩まで持ってこさせると、「ここを押さえていろ」と指示した。
「……く、まさか、これほど早く現れるとは」
装甲車の陰から、その様子を見ていた川田は悔しそうに拳を握り締めた。
装甲車の後部ドアを開いた。中には軍ご用達の武器がどっさり。
「バスーカー砲か」
使い方はわからない。説明書もなし。だが、そばには砲丸サイズの弾が数発ある。
川田はなんとかそれをセット。校門に向けると引き金を引いた。
弾がロケットのごとく発射された。その反動で川田は、その場に倒れこんだほどだ。
それでも弾はとんでいく。校門にヒット。
校門が完全に姿を変えた。しかし、肝心の敵の姿が無い。
「くそ、もう一度」
川田は弾をセットした。しかし、バズーカ砲を向けた途端に銃声が。
川田は反射的にバズーカ砲を投げた。川田の判断は正しかった。後、一歩遅かったら危なかった。
バズーカ砲が爆発した。銃弾が筒の中に着弾したのだ。
敵はどこだ?姿が見えない。
「川田!」
桐山が立ち上がっていた。桐山にはわかっていた、敵の狙いは自分だと。
そして美恵から引き離さないといけない。
「美恵を頼む。例のこともな」
それだけ言うと、桐山はひらりと塀を飛び越えた。
「桐山くん!」
負傷した美恵も立ち上がり、後を追おうとした。
「ダメだ!」
すかさず川田が止めた。
「その怪我では……いや、怪我なんてしてなくても足手まといにしかならない」
「……でも!」
「止血が先だ。それに、オレ達にはオレ達の仕事がある。
奴は、桐山にまかせて、オレ達は自分達にできることをやるんだ」
「ひぃぃー!く、来るなぁぁー!!」
乾いた音がして、血しぶきが地面を赤く染めた。
「……少し休むか」
人一人殺しておいて、何の感情の乱れも見せずに、その少年はそばにあった岩に腰掛けた。
そして頭の中で計算した。自分の得点を。
「もうオレの優勝は確定だな。残りの生徒は他の奴にくれてやるか」
そして自分はゲーム終了まで休むか、と思ったがふいに兄の事が頭によぎった。
「……兄貴なら最後まで絶対に手は抜かないだろうな」
だから、あそこまで昇れたんだ。オレはやっぱり兄貴とは違う。
ほんのちょっとした行動一つでも、自分と兄との差を感じてしまう。
その少年――輪也――は、思った。確信していたと言ってもいい。
「兄貴に勝てる人間なんて存在するものか」
桐山は足を止めた。おかしい、確かに、あいつの後をつけたはずなのに。
「――気配が消えた」
全神経を集中させた。しかし何も感じない。聞える音も小動物が作り上げたものばかり。
しかし確実にそばにいる。第六感がそう告げていた。
(動きが全く無い。だが確実に見ている――)
相手が動かないのなら自分が動くしかない。桐山は、そう判断して歩き出した。
物音を完全に消し、どれほど気配を消しても、それは攻撃する前までだ。
静から動に移るとき、その瞬間まで気配を消せる人間などいない。
ただ問題は銃の存在。たとえ敵の位置を把握できても、ほんの僅かな遅れが死に直結する。
発砲される前に、こちらが動かないと、あの世への片道切符を手にすることになる。
一歩、二歩……桐山は神経を集中させながらも、それをおくびにも出さず、ただ静かに歩いた。
三歩、四歩……まだ動きは無い。静寂だけが辺りを包んでいる。
五歩、六歩……ザザァ!と前方に何かが落ちてきた!
桐山は構えた。銃口を上げる。迷うな撃て!
敵の姿など確認する余裕は無い。とにかく撃つ、それだけだ!
乾いた音、火を噴く銃口。
違う!桐山は反射的に体を沈めた。
前方に落ちてきたのは転校生じゃない。
学ランを巻かれた木の枝だ。桐山は判断力ではなく、本能で次の行動を取った。
頭を下げた。その真上を銃弾が空を切り裂いて飛んでゆく。
背後だ!桐山は全身を回転させるように振り向き、銃を構えた。
周藤がそこにいた。桐山が引き金を引く前に、周藤の脚が高く上がり、そして急降下していた。
銃を持っている手に激しい痺れが走る。それでも桐山は銃を離さなかった。
おかえしとばかりに、周藤の顔面目掛けて回し蹴りをした。
だが、今度は周藤の左腕が急上昇して、桐山の脚を弾いた。
桐山のバランスが大きく崩れる。そして背後に大きく体勢が傾いた。
かと、思うと、桐山は体勢を立て直さず、そのまま勢いを利してバク転。
回転して着地すると同時に、銃口を再び上げる。
だが、周藤の動きのほうが早かった。周藤が手にした銃が火を噴いた。
乾いた音。この至近距離だ、外すわけがない。
実際に桐山はふっ飛んでいた。そのまま地面に激突して動かない。
眉間のど真ん中だ。死亡確定。
どんな天才でも、頭部を撃ち抜かれては死ぬ以外に道は無い。
周藤は、ゆっくりと近付いた。間違いは無いが、一応死亡の確認はしなければ。
「直人、徹、雅信……一人で特撰兵士を立て続けに倒した天才も最後は呆気なかったな」
周藤が近付いた時だった。桐山が立ち上がった。
ナイフを周藤の喉目掛けて斜めに切り裂きながら。
だが、ナイフは周藤の喉に喰らいつく前に止まっていた。
周藤の手が、桐山の手首を掴み、その動きを止めている。
「……咄嗟に弾道を読むとは本当に大した男だな」
桐山は反射的に銃を眉間まで持ってきていた。
周藤がはなった弾丸は、銃に当たり跳ね返っていたのだ。
もっとも、その威力は消えず、桐山の体をふっ飛ばした。
「そうだ。そうでなくては面白くない」
「…………」
周藤は笑っていた。対する桐山は眉一つ動かさない。
だが、周藤に掴まれている手は限界を迎えていた。ポロリとナイフが落ちる。
それを合図に桐山は周藤の顎目掛けて蹴りを繰り出した。
周藤もそれを読んでいたのか、パッと手を離して一端距離を取る。
だが桐山は、その距離を縮めた。銃だ。周藤に引き金をひかせてはならない。
桐山の銃は周藤から桐山の身を守ってくれた。
その代償として壊れてしまった。もう使えない。
周藤が引き金を引く前に攻撃を仕掛けなければならない。
周藤が銃口を向ける前に桐山は、その手を蹴り上げた。
すかさず周藤がもう一丁の銃を取り出した。桐山は、その手も蹴り飛ばした。二段連続蹴りだ。
銃が、また空中にて回転している。今だ。丸腰の今なら、ボディにダメージを与えれば勝てる。
桐山は、とどめとばかりに周藤の腹部目掛けて膝蹴りを繰り出した。
だが周藤はニッと笑みを浮かべ、スッと上半身を後ろに傾けると、先ほど桐山がしたようにバク転していた。
さらに、桐山が蹴り飛ばした二丁の銃を空中でキャッチし、着地したときには二つの銃口を向けていた。
そして、二つの銃が同時に弾を発射。
桐山は咄嗟に背後に飛んだが、体勢を変えるのが遅かった。
弾が腕を掠めて飛んだのだ。その上、二次災害が起きた。
桐山の足場が悪く、バランスを崩した体は、すぐに崩れた足場に飲み込まれた。
桐山は崖を転落していった。
周藤は、崖の上から、桐山が消えた茂みをジッと見詰めていた。
「骨には異常なさそうだ。不幸中の幸いだったな」
軍用機に医療道具があってよかった。何より川田の適切な処置のおかげだ。
「一応止血しておいたが、まだ腕は動かすなよ。血が噴出すぞ」
それから川田は取っ手付きの大きな箱を持ち上げた。
「川田くん、それは?」
「軍用機を片っ端から調べて見付けたものだ。火薬だよ、即席爆弾の材料だ。
プラスティック爆弾もあった。これで遠隔操作して爆発できる」
川田はリモコンを見せた。
「もっとも、近距離でないと使えないらしいが」
川田が何をしようとしているのかわかる。桐山が転校生と戦っている間に脱出の段取りを済まそうというのだろう。
「……私も手伝うわ」
美恵は肩を押さえながら立ち上がった。
「おい、おまえさんはここにいろ」
「片腕だけでもやれることはあると思うの。私一人だけ倒れている場合じゃないもの」
「そうか。だったら、オレが爆薬を設置するから、おまえさんは起爆装置をセットしてくれ。
やり方を今から教える。一度しか言わないぞ、五分で全て記憶するんだ。できるな?」
川田は、起爆装置の扱いを説明した。
「よし、やるぞ。時間が無い」
それから川田は美恵に銃を渡した。
「オレは桐山を信じたい。だが、万が一ということもある」
美恵の表情が曇った。しかし、目はそらしてない。
「最後に勝つのは桐山か、それとも、あの転校生か……。
もしも後者だったら、オレ達二人で奴と戦わなければならない」
美恵は桐山が敗北するなんて考えるのも嫌だった。
敗北、すなわち桐山が死ぬなんて想像しただけで吐き気がする。
だが、川田は正しい。もしもの時のことも視野に入れて覚悟を決めなければいけないのだ。
「いざとなったら容赦なく撃て。できるな?」
「こんな崖から落ちた程度で死ぬ奴なら直人達が殺されるはずはない」
周藤は銃をベルトに差し込むと、崖を飛び降りた。
途中で木の枝に掴まり一端空中で停止、再び飛び降りて着地。
「……どこだ?」
思ったとおりだ。死体は無い。つまり、桐山は生きているということ。
周藤は、桐山が落下したと思われる地点にスッと膝をついて屈んだ。
「……こっちか」
僅かだが血の跡がある。どんなに注意を払っても痕跡なんてなかなか消せないものだ。
周藤は足音を完全に消しながら歩き出した。
(思った通りだ……僅かだが草が踏まれた跡も残っている)
気配はない。桐山も周藤同様に気配を絶てる人間なのだ。
(気配を絶っても痕跡を消さずに逃げたのは失敗だったな。
これがオレ達プロと、民間人の違いというやつか)
かすかな痕跡は林を抜け、川岸まで続いていた。
(……川、向こう岸に渡ったのか?それとも川を泳いで……)
周藤はハッとした。そして、反射的に地面に伏せた。
(……しまった!)
今、自分の体は茂みに隠れている。しかし油断は出来ない。
ほんのかすかに残っていた足跡。点々と続くその足音に僅かだが変化があった。
川岸に続いていた足音が、僅かだが今までの足音よりも深くサイズも大きかったのだ。
桐山は一端川岸まで歩き、自分の足跡を後ろ向きで辿って後退した。
だから、その分、その足跡は他のものよりも地面に深くついていたのだ。
桐山は数歩後退した上で、茂みに飛びこんだ。野生動物がよく使う騙しのテクニックだ。
(気配が読めない……だが確実に近くにいる。オレを見ている)
周藤は立場が逆転したことに気づいた。
(追う者と追われる者……形勢逆転ということか)
【B組:残り3人】
【敵:残り2人】
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