「光子……光子……!」
美恵は光子の遺体に縋り付いて泣き続けた。
無理もない。このクソゲームで親友を何人も失ってきた。
そして最後に残った光子まで。その悲しみは、格別なものだっただろう。
だが川田には、その悲しみに付き合ってやれる余裕は無かった。
「気持ちはわかるが行くぞ」
「光子を置いて……?」
「ああ、そうだ。もう、死んだ奴の事はあきらめろ」
「こんなところに光子を置いて行くの?」
「そうだ、残念だが相馬は死んだ。だが、桐山はまだ生きている」
美恵はハッとした。
「いいか、どんなに泣いても死んだ奴は生き返らない。あきらめろ!
だが、生きている人間は、まだ望みがある。
おまえさんも、本気でこのゲームを生き残るつもりなら一時の感情は捨てるんだ!」
川田の言葉はもっともだった。美恵は手の甲で涙を拭った。もう泣いてなかった。
それから、光子のスカーフをとり、それを手首に巻いた。
「光子、ずっと一緒よ」
美恵は立ち上がった。同時に川田が走る。美恵も後に続いた。
「……桐山の元に駆けつけるのか」
二人の後をこっそりつける影が一つ。
しかし、二人はそれに気づくことなく全力で走った――。
キツネ狩り―170―
ナイフはコンクリートの上に落ちた。
だが、高尾も、そんなもので桐山の息の根を止めれるとは思ってない。
フェンスの上から飛んでいる。桐山の首に強烈な蹴りを入れるつもりだ。
高尾は、確実に急所を狙う。過去、何人の人間が首の骨を折られて死んだことか。
桐山も、その列に名前を連ねるところだった。
高尾の動きに素早く反応して、腕をあげ首をガードしなければ。
腕に高尾の蹴りがまともにはいった。桐山の美しい顔が僅かに歪む。
骨がきしむ音がした。桐山は、反射的に真横に一歩ステップを踏んだ。
咄嗟に引くことで、蹴りの衝撃から逃れようとしたのだ。
しかし、僅かに遅かった。激しい痛みを感じる。
折れてはいない。だが、骨にひびくらいは入っただろう。
高尾はというと、すでにフェンスの上に戻っている。
腕の痛みにかまっている暇などなかった。
桐山は、フェンスに蹴りをいれた。高尾のバランスが僅かに崩れる。
桐山が垂直に飛んでいた。今度は此方が仕掛ける番。
高尾の腹部に蹴りを一発。今ならバランスを崩した高尾には避けられないはず。
屋上から蹴り落されれば、怪物でも無傷では済まないだろう。
桐山の思惑通り、彼の脚が高尾の腹に食い込んだ。
高尾の身体が大きく傾く……かと思われた。
ところが、高尾は桐山の脚に手をおき、そのまま一気に自らの身体を持ち上げた。
空中で回転、桐山の脚だけが空を切っている。
百戦錬磨は伊達ではない。あらゆる攻撃に対して高尾は対処できるのだ。
桐山もフェンスの上に着地していた。
ならば、直接、その頭に風穴を開けてやる。
桐山は拳銃を出そうとしたが、高尾の動きのほうが早かった。
フェンスの上では自由に動けない。桐山は思わず後退した。
グラッと足元が崩れる。二人の重みでフェンスが大きく傾きだしていた。
元々壊れかけていたのだろう。こうなると完全に倒れるのも時間の問題だ。
にもかかわらず、高尾は足場が崩れることは全く問題ないとばかりに走りこんできた。
フェンスが大きく揺れる。桐山は飛び降りようとした。
その前に、高尾が桐山の足を払うように蹴りを入れてきた。
桐山の体勢が大きく傾く。屋上から……落ちる!
桐山は、かろうじてバランスを保ち、フェンスを蹴りジャンプした。
が、フェンスから離れる前に脚を掴まれた。そのまま、フェンスの上に押さえつけられる。
そして、フェンスは完全に横倒しになった。桐山の身体が屋上から外に投げ出される。
高尾は、先ほど桐山がやろうとしたようにフェンスを蹴って飛んでいた。
綺麗にコンクリートの地面に着地。桐山は屋上から転落死だ。
だが高尾は面白くなさそうに倒れたフェンスの先を見ていた。
手だ。手がフェンスにつかまっているのが見える。
もちろん、それは桐山の手だ。まだ落ちてはいない。
かといって、このままでは高尾に止めをさされるのも時間の問題。
一か八か、桐山は振り子のように大きく身体を揺らしだした。
そして手を離した。ガシャンとガラスが破壊された音が下から聞える。
振り子の要領で勢いをつけ、そのまま下の階の窓ガラスを突き破って校舎に戻ったのだ。
「煙がここまで……」
桐山はハンカチで口を押さえ、背を低くして駆け抜けた。
煙は廊下の天井を覆いつくしている。
この分だと、下の階は火の海だ。このまま下に下りるのは危険。
階段は、ほとんど焼け落ちてしまっている。校舎の突き当たりまでまで逃げよう。
そこから窓の外をでて、校舎に隣接している講堂棟の真上にでるのが一番だ。
幸いにも、校舎に比べて講堂はまだ被害が少ない。
天井部分は、かろうじて炎の海に沈んでない。あそこを駆け抜けて校庭に飛び降りる。
講堂は校舎より低いし、まだ炎の勢いも少しはマしなので、ここから飛び降りるより安全だ。
桐山は煙意を吸わないように細心の注意を払いながら走った。
前方で、窓ガラスが砕け散るのが見えた。
高尾だ。高尾が窓ガラスを突き破って屋上から、この三階に来たのだ。
廊下に飛び込むとのを桐山が目撃した、次の瞬間には自動式拳銃を向けられていた。
桐山は咄嗟に教室の中に飛び込む。
連続した二発の銃声が桐山を追いかけてきた。
一発は桐山の右肩を僅かにかすめ、もう一発は……危なかった、こめかみと紙一重だ。
教室に飛び込み床の上で一回転し、拳銃を構えながら体勢を起した。
煙でよく見えないが奴は確実にいる。自らの命の危険を考えないのか?
命より、標的の自分を仕留めることを最優先にしているとしか思えない。
桐山はシリンダーを覗き込んだ。弾は残り少ない。一発も無駄には出来ない。
桐山は教壇の陰に身を隠した。長期戦は避けたい。
このままでは、決着をつける前に、炎にまかれてしまう。
(強引に突破するか?いや……下手に仕掛けたら死ぬのはこっちだ)
背後の窓から外に出れないか?
いや、ダメだ。中庭に降りたら、それこそ火に囲まれて逃げ場が無くなる。
「……さて、どうする?」
桐山が飛び込んだのは理科室。部屋の隅には薬品が詰まった棚が並んでいた。
危険な薬品もあるため、鍵がしっかりかかっているが、その気になれば、あんなもの役に立たない。
桐山の視線が、特定の薬瓶に注がれていた。
「もうすぐだ。大丈夫か、お嬢さん?」
「ええ」
このお嬢さん、見かけによらず、なかなかタフだな。
美恵の華奢な身体から考えて、男の自分の体力にはついて来れないだろうと川田は考えていた。
まして、こんな状況だ。精神的にとっくに限界のはず。
実際に、立ち止まると美恵の両脚は震えだし、立っているのもやっとの状態だとわかる。
だが、桐山はもっと辛い状況の真っ只中にいるのだ。
貴子や月岡という親友を失い、先ほど最後に残った光子まで失った。
桐山まで失いたいたくない、そんな想いがかろうじて気力を保っているに過ぎない。
二人はやっとのことで学校の裏の林にたどり着いた。火の粉が、こんなところまで来ている。
もしも雨が降ってなかったら、この林もあっと言う間に炎の海と化していたかもしれない。
この天空の神の気まぐれは、恵みの雨だったようだ。
「……熱いな」
だが、それでも校舎に入ることはおろか、近付く事さえも至難。
「ここからじゃダメだ。表の校門まで回ろう」
「ええ」
二人は再び走り出した。
「川田くん、桐山くんは……」
「信じろ。今、オレ達に出来ることはそれだけだ」
「……静かだな」
高尾は珍しく妙な胸騒ぎを感じた。
死と隣り合わせの環境によって生まれた第六感が、高尾に危険なシグナルを送ってきたのだ。
高尾は廊下と教室を隔てている壁に背中をつけて、様子を伺っていたが、少しだけ身を乗り出した。
その時だった。バン!と物凄い音がして、壁が破壊され、その向こうから爆風が襲ってきたのは。
高尾の手足数箇所に破片が刺さった。
痛みはあるが、高尾はそんなものに気をとられる人間などではない。
破片を引き抜き放り投げると、すぐに戦闘態勢を立て直した。
(おかしい。あんな威力の爆弾など奴は持ってないはず)
理科室と書かれた札が、扉の上で微妙に揺れている。
(化学薬品を使った即席爆弾か……ならば、次は)
高尾は目を口を塞ぐように反射的に顔を手で覆った。
煙、この火事の煙とは全く異質の煙。有毒ガスだ!
吸い込むのは勿論、目がやられる可能性がある。
高尾は目を瞑った。それを見計らったかのように銃声。
高尾は、目を瞑ったまま伏せた。銃声が真上を通過するのがわかる。
高尾は銃声がした方向に発砲した。
たたっと足音が遠ざかる。桐山がこの場から離れようとしている。
それなのに視覚で確認する事ができない。
鼻をツンと刺激する嫌な臭い。ガスがまだ充満している。
今、目を開ければ、確実に目をやられる。
いや、視覚だけではない。有毒ガスは瞬く間に高尾の周囲に散布された。
もう、呼吸すらしてはならない――。
高尾は、目を瞑ったまま、ブラウスの一部を引き裂いた。
そして、それを目に当てた。目隠しだ。さらに呼吸を完全に止めた。
水中での戦闘を想定した訓練も何百回、いや何千回も受けてきた。
数分なら呼吸を止める事ができる。動きが思うようにとれない水中よりはマシだ。
高尾は全速力で走り出した。
「……追ってきたな」
桐山は薬瓶を握っていた。調合したのは、あれだけじゃない。
奴が追ってくるのは想定済みだ。
煙の動き、それが空気の流れを教えてくれる。
桐山は背後に向かって薬瓶を投げた。
瓶は床に落ち粉々に。さらに、炎と化学反応を起してガスを発生させている。
(……またか。また有毒ガスだ)
もう、しばらく呼吸を止めていなければならない。
目隠しも取れないが、高尾にはそれはさほど問題ではなかった。
この学校に到着した時、一通り校内は見て回った。
そして、校内の見取り図を頭の中に記憶としてデータインプット。
見取り図だけではない。机の配置、はては消火器の位置まで。
だから、視力に頼らず、目隠ししたままの状態でも問題は無い。
ただし、それは『敵』がいなければ、の話だ。
鼻を突く刺激臭が消えた。有毒ガスの圏内を突破したらしい。
また、何か飛んでくる。気配でわかった。そして桐山の気配が遠ざかっていくのがわかる。
それも、猛スピードで。かなり急いでいるようだ。
「――ニトロ、か」
高尾は、そばにあったドアに体当たり、そのまま勢いを止めずに部屋の中に転がりこんだ。
直後、ドーン!!と今までとは比較にならない大きな音。
ニトログリセリンだ。あんなものまともにくらってはひとたまりも無い。
廊下に大きな穴が空いていた。桐山の気配は……さらに遠ざかっていく。
高尾は、陥没した廊下の近くに立った。
炎はますます勢いを増している。背後からも。
完全に囲まれた――。
「オレの動きを完全に封じた――と、いうことか」
陥没した廊下。ただでさえ炎に焼けれてもろくなっていた。
それが、あの爆発で一気に崩れたのだ。
十メートルほどだが、廊下が全く途切れてしまった。
背後の廊下もすでに炎によって覆いつくされている。
十メートル……整備された運動場で十分助走をつけても飛び越えることは無理だろう。
まして、背後の廊下は助走できるほどの距離などない。
距離どころか、足場そのものが崩れかけているのだ。
「オレの負けだ……」
高尾は目隠しを取ると、それを捨てた。
「……と、確信しているのか桐山和雄」
『いいか晃司、奴は……桐山和雄だけは、おまえの手で仕留めろ』
『なぜだ?オレはオレの標的は言われなくてもそうする。
だが、なぜ桐山和雄個人をそれほど気にする?』
『簡単なことだよ晃司。天才は二人要らない、おまえ一人で十分だ。
いいか、それを証明してやれ。そして、おまえを生み出した科学省の正しさを証明するんだ』
『――了解』
「――任務了解」
高尾は数歩下がった。そして助走をつけて走った。
前方で廊下は途切れている。その途切れた箇所で飛んだ。
勿論、届くわけが無い。いくら高尾が軍のエリートでも人間の限界を超えることなど不可能。
この距離を飛び越えるのは奇跡でも起きない限り無理だ。
そして、高尾は、その奇跡に頼って無謀な行為をする男でもない。
高尾は確かに跳んだ。だが、それは、この距離を一気に飛び越える為ではない。
高尾が計算した飛距離は五メートルほど。跳ぶのは、その距離だけでいい。
もちろん、それでは目的地点に到達するまえに落下する。
しかし、高尾が最初に足をつけたのは目的地点ではない。廊下の窓側の壁だった。
高尾は、その壁を蹴って、今度は反対側の壁まで飛んだ。
さらに、まだ壁を蹴り、三角飛びの要領で、目的地点に到達したのだ。
「残念だったな桐山和雄」
高尾は冷たい目で前方を見据えた。桐山の姿は煙で見えない。
だが、遠ざかっていく気配は確実に感じる。
「――オレに敗北は無い」
「……なんてことだ」
「……そんな、桐山くん」
正門をくぐった二人がみたのは、まさに灼熱地獄だった。
一体、どうすれば、こんなにハデに燃えるのか?というくらい派手な炎。
三村が集落を丸ごと燃やした、あの炎よりもさらに強烈だ。
この雨の中、全く勢いが衰えない。
そんな二人の目の前に、炎の中からさらに爆発が起きたのが見えた。
「……桐山くん」
あの中に桐山がいたら……。
「桐山くん!!」
「ダメだ!!」
思わず走り出していた美恵の腕を川田は慌ててつかんだ。
「中に……中にまだ桐山くんが!!」
「だから、どうした!!今、飛び込んだら丸焼けになるのはおまえさんだぞ!!」
そんな二人の様子を門の陰から見ていた周藤。
(……爆発……凄い熱だな。気配が上手く読み取れない……。
だが、間違いなくいる。二人が、あの中に……)
距離をとりながら気配を探るのは疲れる。さて、どうする?
とりあえず、今ここで、この二人を殺すか?
それとも、もうしばらく様子を見るか?
晶が、二択から答を絞ろうとした時、さらに激しい爆発が起きた。
熱い、このままでは脱出前に焼け死ぬ。
桐山の表情は今だに冷静だったが、発汗の量は凄まじかった。
おそらくは高尾晃司もそうであろう。炎の勢いが止まらない。
桐山は拳銃のシリンダーを見た。残り少ない銃弾。だが背に腹は変えられない。
桐山は、水道管に向かって発砲した。水が勢いよく飛び出し桐山の全身を濡らす。
これでなんとか少しは持つ。水は瞬く間に廊下から溢れ階段へ。
講堂棟のルートは使えない。一か八か、この正面階段を降りるしかない。
この階段は玄関を入ってすぐに目にするもの。
そのため、この学校では一番面積が広い。他の幅の狭い階段はすでに焼け落ちている。
それだけじゃない。ついに校舎が崩れ始めた。
まるでハリウッド映画のCGのように。だが、これは紛れもない現実。
ここも直に崩れだすだろう。躊躇している暇などない。
桐山は、階段を駆け下りた。途端に、右足がズボっと床にめり込む。
足をとられかけた。桐山は、床を蹴り上げるようにジャンプした。
直後、桐山の右足を飲み込もうとした床が直径一メートルほどの範囲で陥没。
本当にやばい。桐山は、立ち止まることなく再び駆け下りた。
いや、駆け下りようとしたが、鈍い金属音が聞こえ桐山は反射的に伏せた。
銃弾が床に直撃。振り向いた桐山の視界に高尾がいた。
桐山は反射的に拳銃を持った手を上げた。
だが、高尾が引き金を引くほうが早い。それを察した桐山は、その場から階段の手すりを飛び越えた。
間一髪だ。あと少し遅ければ即死だった。
いや、死への時間が延びただけだ。このままでは焼け死ぬだけ。
しかし、今、行動に移れば高尾の標的になる。
桐山は銃口を斜め上に向けた。そして撃った。
もちろん、そんなものが高尾に当たるはずがない。
桐山が狙ったのは蛍光灯だ。ガラスが砕け散りばら撒かれる。
高尾にガラスのシャワーが降り注がれた。
今だ、奴に隙が出来た。桐山は銃口を高尾にセットしながら立ち上がった。
残りの弾はたった一発。だが一発で十分だ。
高尾晃司の眉間を貫く、この一発だけで。
だが桐山は高尾があまりにも非人間的だということを忘れていた。
ガラスのシャワーを浴びれば、普通の人間は途惑う。
そして反射的に、それから逃れようと後退する。
だが高尾は腕をあげ、目をガードすると、反対にガラスの中を突き進んだのだ。
さらに燃えかけている階段を一気に飛び越え桐山の目の前にきた。
高尾がスッと銃口をあげる。こんな距離では特撰兵士どころか、一般庶民でも絶対にはずさない。
桐山は、高尾の腕を蹴り上げた。それでも高尾は銃を手放してない。
撃たせるわけにはいかない。桐山は高尾の腕を掴み上げた。
その途端に桐山は高尾に足を払われ、身体のバランスを崩した。
高尾が、全体重を乗せて、桐山の右肩を押さえ、一気に床に押し付けた。
腕が折れる寸前だ。この体勢では、逆転は難しい。
高尾は冷静に桐山の後頭部に銃口を押し付けた。
桐山は、無理な体勢だということを承知で反撃に出た。
無理やり身体を反転させて銃を蹴り上げた。二人は一端距離をとる。お互いを見詰め合った。
桐山の右腕は、腕の付け根からブランと、不自然にぶら下がっている。
桐山は、右腕と肩の付け根を握り締めると、力をいれ壁に激突した。
そして、ゆっくりと右腕を回した。自らはずした骨を、また入れなおしたのだ。
高尾は銃に向かって走った。桐山も走った。
高尾が滑り込むように銃をとる、桐山が飛び上がり、そのままの体勢で高尾の腕に膝蹴りを食らわせた。
全体重がかかった攻撃だ。高尾の腕に軋みが走る。
高尾の顔が歪んだ。しかし、軋んだのは腕だけではない。
その衝撃に階段が耐えられなくなったのだ。
二人ごと、階段の床が落ちた。二人の身体も当然沈む。
階段がバラバラと炎の中に落ちていった。
二人は、まだ落ちてない。階段にかろうじてつかまってぶら下がっている状態だ。
もちろん、この状態のままいれば、いずれ二人の重みに階段が耐え切れず、また崩れるだろう。
本来なら、二人とも一端休戦して上にあがるべきだ。
だが、高尾は片手だけで己の身体を支えると、桐山の美しい顔を殴ってきた。
桐山も殴り返す。自らの命より、敵を突き落とすことが優先。
高尾は素早くベルトを取った。そして桐山の腕にむかって鞭のようにとばした。
ベルトが腕にからまる。高尾は勢いよく引く。
桐山は、それに耐えたが、崩れかけた階段のほうが耐えれなかった。
桐山がつかまっていた部分が崩れた。桐山の身体が宙に投げ出される。
しかし、高尾も無事では無い。高尾がつかまっていた部分も崩れたのだ。
高尾は、ベルトをまたしても鞭のように飛ばした。今度は手すりに向かって。
高尾の体は落ちなかった。空中で停止した。だが重みが高尾の身体に押しかかった。
桐山が高尾の足に捕まっている。高尾は懐からナイフを出した。
桐山が服のボタンを引きちぎって投げてきた。高尾の目に当たる。
一瞬、高尾の視界が途絶えた。その時、手すりすら完全に崩れた。
二人の身体が絡み合いながら落下しだした。
空中でも二人の戦いは終わらない。
高尾が桐山を下にすると、桐山は高尾の首に手をかけ、クルンと回転して自分が上になる。
しかし、高尾もさらに回転をかけ、桐山が下になった。
激突まで、もう間が無い。炎が激しく揺らめいて二人を待ち構えていた。
『今のおまえでは高尾晃司に勝てない』
高尾の強さは守るべきものが何も無い強さ。
自分の命すら守ろうとしない強さ。
今の自分には守りたいものが、一緒に人生を過ごしたい相手がいる。
それが生への執着を生み、心を弱くする。
だが――。
『美恵を守る為なら、オレは以前よりも強くも非情にもなれる』
「――オレは」
川田が正しいのか、それは判断がつかない。
美恵がオレの弱点だというのなら、それは事実なのかもしれない。
それでも、たった一ついえること。それは――。
「オレは――負けない!!」
桐山は生まれて初めて生きたいと思った。
美恵と共に生きたいと、そして最後の力を振り絞って回転した。
そして、高尾の身体を蹴った。
高尾の表情が桐山の視覚に大きく映った。
それは、どんどん小さくなり、炎の海に消えた。
高尾を蹴ったことで桐山の落下地点がずれた。
炎にまださらされてない。その僅かな箇所に落ちたのだ。
「……校舎が」
「……崩れた」
川田と美恵の目の前で校舎が完全に崩れた。
「……いや」
あの中には桐山が。
「いやぁぁー!!桐山くんっ!!」
「やめろ天瀬!!」
「離して!!桐山くんが……桐山くんが!!」
「飛び込んだら、おまえも死ぬんだぞ!!」
「お願い離して!桐山くんが、私の桐山くんが……」
美恵はハッとして動きを止めた。川田は何事かと美恵の視線の先を見る。
そして美恵同様に、川田も動きを止めた。
崩れゆく校舎……立ち込める煙……燃え盛る炎……。
その中から……人影が――。
「……あれは」
「……き」
美恵は走り出していた。
「桐山くん!!」
胸に飛び込んできた美恵を桐山はしっかりと抱きしめた。
「……桐山……おまえ、あいつを」
「川田……オレは勝ったぞ。奴は死んだ」
「美恵のためなら、オレは誰よりも強くも非情にもなれる」
【B組:残り3人】
【敵:残り2人】
BACK TOP NEXT