勢いよく屋上の扉が開け放たれた。
そして、ほぼ同時に襟足が長い特徴的なオールバックの少年が屋上に飛び出す。
そこは田舎の島の学校の屋上らしく本当に何もなかった。
あるのは水を溜め込んだタンクと、周囲を囲んでいるフェンスだけ。
たたっと背後から階段を駆け上がる足音が近付いてくる。
扉が再び開け放たれた。それを合図に桐山は引き金を引く。
扉に向かって銃弾が絶え間なく降り注いだ。
あっと言う間に、穴だらけのチーズのようになる扉。
やがて、ちょうつがいも破壊され、扉がガクンと傾いた。
かろうじて繋がっていた、もう一つのちょうつがいに、やっと支えられる形で何とかくっついているだけの扉。
それがキー……と、不気味な音を出しながら、ゆっくりと動き出した。
その向こうには、やはり穴だらけになった高尾の死体があるはず。
桐山の予定ではそうなっていたが、予定はあくまでも予定。
そして、高尾自身の予定表には『死体となる』は含まれていない。
完全に開け切られた扉の向こうには何も無かった。穴だらけの壁や階段の一部が見えるだけ。
桐山は用心深く銃を構えながら、入り口に近付いた。
何もない。高尾は階下に逃げたのか?
桐山は銃にかけていた手を僅かに緩めた。銃口が少しだけ下がる。
その時だった。高尾が上から飛び降りてきたのは。
天井に張り付いていたのだろう。桐山はすぐに銃口を上げたが高尾のほうが早かった。
高尾のマシンガンが、火を噴いていた――。
キツネ狩り―169―
「きゃあ!!」
光子の体は傾斜を転がるように滑り続けていた。
制服があっと言う間に泥だらけになってゆく。
元々、ここ数日のサバイバルのおかげで汚れてはいたが、これは決定的だった。
身だしなみに関しては、月岡と並んでクラス一だった彼女にしてみれば、とんでもないことだっただろう。
しかし今は、そんなことどうでもいい。なんと言っても命がかかっているだから。
光子は相変わらず滑っていた。なかなかスピードが落ちない。
やっと止まったとき、すぐに起き上がれないほど眩暈がしたほどだ。
しかし、だからといって、ずっと地面に寝そべっているつもりもない。
光子は立ち上がった。いや立ち上がろうとした。
腰に重みを感じて上手く立ち上がれない。七原がまだ腰にしがみついていた。
「ちょっと、七原くん!いつまで抱きついてるつもりよ!!
あいつから距離を取れたことに感謝はするけど、逃げ切ったわけじゃないのよ!
早く逃げないと。さっさと立ちなさいよね!」
「……う」
「七原くん?」
七原の様子がおかしい。
「ちょっとどうしたのよ?」
「……相馬、逃げろ。オレは置いていけ」
「何言ってるのよ。そんなことしたいに決まってるでしょ!」
七原からのありがたい言葉には違いなかったが、何かおかしい。
せっかくのチャンス。二人一緒に逃げられるというのに。
それなのに、七原は自分が逃げる事をあきらめている。
「七原くん、あなた一体……」
光子はハッとした。七原の脚、正確には右足のふくらはぎの部分に木の枝が突き刺さっていた。
先ほどのジェットコースターくだりで、七原は負傷していたのだ。
七原にとって100メートル11秒前半で疾走できる自慢の脚だった。
だが、これでは疾走どころか、普通に歩くこともままならない。
つまり、もう七原には逃げる事ができないのだ。
「こうなったら……おまえが逃げる時間を稼ぐことしかできない」
「…………」
「女の子を守るのは男の役目だから……だから気にするなよ相馬。
オレをおいてさっさと逃げるんだ。せめて、おまえだけでも逃げてくれればオレも犠牲の甲斐があ……」
七原の左頬から乾いた音がした。
「な、何するんだよ相馬!」
「うるさいわね!さっさと立ちなさいよ!!」
光子は七原の腕を自分の肩に回すと立ち上がった。
「何してるんだ。オレを置いて……」
「あんたに言われるまでもなく、あたしはそうするわよ!!
怪我までしたあんたのお情けで逃がしてやるなんて思われるのは心外だわ!!
あんたを見捨てるときは、誰の指示でもなく、あたし自身の意思でさっさと見捨ててやるわよ。
自惚れないでちょうだいよね!!ああ、本当に頭にくるわ」
「……そういわれても」
「とにかく、あいつが来ないうちに、さっさと……」
バサァ!と大きな音がして木の葉が舞い降りてきた。
その中心に人影。二人のすぐ目の前に降り立った、その男を見て二人は青ざめた。
男は二人を冷たい瞳で射抜いた。
「そろそろ逝くか?」
「ダメだ……足跡が完全に消えている」
川田と美恵は引き返して元の場所に来ていたが、雨が全ての痕跡を消している。
これでは、光子たちが、どこに行ったのかなんて見当もつかない。
闇雲に探すわけにも行かないが、だからと言ってほかっておくわけにも行くまい。
「あ、あの川田くん……土の上についた足跡は雨で消えるけど、二人が草の上を歩いたら?」
川田はハッとした。
「そうか。踏みつけられた跡が残っている。これは雨でも消えない」
川田はすぐに辺りを見渡した。そして見つけた。
身の丈十センチほどの短い草が折れ曲がっている。それはずっと続いている。
「天瀬、こっちだ!」
二人は、全速力で走り出した。
危なかった。後、コンマ一秒でも反応が遅かったらマシンガンの餌食になっていた。
桐山は飛んでいた。空中でクルッと回転して、昇降口の真上に着地。
すかさず、真下に銃口を突き出し発射した。
高尾が回転しながら飛び出し、片膝をついた体勢になると反撃してきた。
桐山はすかさず、昇降口の向こう側に飛び降りた。
そして、陰から銃口だけを出すと高尾めがけて引き金を引いた。
銃弾がセメントを削り取ってゆく。だが、突如、銃撃が停止。弾がつきたのだ。
桐山は、すぐに自動小銃を投げ捨てると拳銃をベルトから抜き取った。
攻撃力はかなり落ちるが、弾のない銃よりはるかにマシだ。
弾切れに気づいたのだろう。高尾がタンクの陰から此方に銃口を向けた。
タンクに拳銃が放った弾が命中。水が一気に流れた。
それが高尾の足元のバランスを僅かに崩した。マシンガンの弾道がそれる。
さらにカチっという乾いた音。高尾の眉が僅かに歪んだ。マシンガンも弾切れだ。
またとないチャンス。桐山は、拳銃を手に昇降口の陰から飛び出した。
高尾はまだ足元を水に掬われている。
拳銃の銃口が上がった。照準は、しっかりと高尾にセットされている。
高尾は役立たずになったマシンガンを水の流れの中に叩き付けた。
ほんの一瞬だったが、マシンガンが直立した形となった。
高尾は、その先端に足をかけると、踏み台にして大きく飛び上がっていた。
高尾に銃口を向けた姿勢をとったままの桐山の真上を一気に飛び越えている。
そして一回転して桐山の背後のフェンスの上に着地。桐山の反応も早かった。
すぐに銃口を背後に向けた。だが高尾の動作のほうがもっと速かった。
ナイフが桐山の心臓目掛けて飛んで来たのだ。桐山は拳銃でナイフを叩き落した。
「逝くのはあんたよ!!」
光子は七原を放り出すと銃を構えた。途端に周藤の回し蹴り。
そして光子の手から銃が投げ飛ばされる。銃はぬかるみに落ちた。
「甘いのよ!!」
光子は今度は左手でナイフを突き出してきた。
だが、その手は呆気なく周藤に掴まれ止められた。
光子は一瞬だけ顔をゆがめたが、それも予測していたのだろう。
素早く、まだしびれの残る右手を振りかざしてきた。
カミソリだ。こんなチャチなものでも、喉元を切り裂くことが出来れば。
しかし、周藤の方が早かった。左手も掴まれた。
光子の目に見る見るうちに絶望の色が濃く表れだした。目を瞑って光子は俯いた。
「もう奥の手はないのか?」
周藤が、そう思うのも当然だった。むしろ民間人にしては健闘だなと感心さえした。
「……ぅ」
泣いているのか?所詮は女だな、無理もないか。
俯いているため、光子の表情はわからないが、完全に万策尽きたのだろう。
武器を握っている手から力が抜かれ、ナイフもカミソリも地面に落ちた。
周藤に両手首を掴まれていなかったら、その腕は、ぶらんと力なく垂れ下がっていただろう。
実際に、周藤が右手を離すと、腕は自然と下がった。
周藤は、光子に止めをさそうと手を離した。両手が塞がっていてはナイフも握れないから。
「相馬!」
光子が殺される。七原は足を引きずるように立ち上がると立ち向かってきた。
ナイフ、あのナイフを握った手を封じ込めないと。光子が刺し殺されてしまう。
七原は渾身の力を右手に込めた(左手は負傷して使い物にならない)
周藤の手に向かってパンチを繰り出した。ナイフで怪我することも厭わずに。
「……っ!」
だが、周藤は、そんな七原の思いを打ち砕くかのように手の甲で七原の拳を突き上げ、その勢いを止めた。
七原は大きくバランスを崩す。追い討ちをかけるように周藤の膝が七原の腹に食い込んだ。
胃液を吐きそうなほどの衝撃を受け、七原は、その場に沈んだ。
さらに追い討ちをかけるように、周藤の凄まじい蹴りが七原の顎にヒット。
七原は数メートルふっ飛んで、背中から泥沼と化した地面にダイブした。
周藤は、その直後、光子の手を離し一歩下がった。光子が舌打ちしていた。
「……油断のならない女だな」
「……あんたこそ、少しは油断したらどうなのよ」
光子の手には果物ナイフ。スカートの下に隠していたものだ。
サバイバルナイフなどの大きな刃物は威力はあるが隠し武器にはならない。
いざというの為に、光子は民家で見つけたそれを仕込んでいた。
小さいが、急所を突けば敵を殺せないこともない。
先ほどの涙と絶望感は、光子にとってお得意の演技だった。
オスカー女優にだって負けない演技だった。周藤も光子はもうあきらめたと思った。
後は、どうやって周藤の心臓に突き刺してやるタイミングを掴むかだけだった。
ラッキーと思ったのは七原が周藤に攻撃を仕掛けてきたこと。
周藤の意識が七原に向いた。光子は俯いていたが、口の端を上げていた。
チャンスだった。なのにダメだった。本当に、今度と言う今度は万策が尽きた。
周藤が光子の首に手を伸ばしてきた。光子は冷静だった。泣き喚いて命乞いするようなマネもしなかった。
世間がなんと言おうと、光子には光子なりの美学があったのだ。
それは、奪う側に回って生きてきた光子の意地でもあった。
「転校生っ!!」
周藤と光子は同時に同じ方向に視線を送った。
おねんねしたと思われた七原が片膝をついて起き上がっていた。銃を握って。
先ほど光子の手から蹴り飛ばされた銃だ。銃口は真っ直ぐ周藤の頭部に照準を合わせている。
至近距離どころじゃない近距離だった。七原は腕の筋肉に最大限の力を込めた。
外さない!絶対に外さない!!
どんな邪魔が入ろうと、この銃口は決して逸らさない!!
四肢じゃない、胴体でもない、狙うは、おまえの頭だけだ!!
確実に息の根止めてやる!!
たとえ、今ここで、オレに雷が落ちても、この指だけは絶対に動きを止めない!!
「これで終わりだ転校生!!」
七原は引き金にかかっている指に全ての意識を集中させた。
「避けられるものなら――」
七原の目には何も見えなかった。見ていたのは、周藤だけ。周藤の頭部だけだった。
「避けてみろっ!!」
銃声が雷鳴を切り裂いた――。
「なんだ、アレは?」
川田と美恵は丘の上から学校の方向を見て我が目を疑っていた。煙が上がっている。
こんな雨の中、その勢いは収まる気配がない。自然発火とは考えにくい。
間違いなく、誰かがつけた。そして、その誰かは二人しかいない。
桐山か高尾晃司、そのどちらかの仕業だ。つまり、二人は今、学校で戦いを繰り広げている。
「桐山くん」
光子も気になるが、桐山も気になる。どちらにも駆けつけてやりたい。
「お嬢さん、どうする?二人を探すより、ここから学校に駆けつけるほうが時間は早いが」
川田は客観的に状況を把握していた。どちらかを見殺しにするとか、そういう問題ではない。
これは時間と、その後の勝算の問題。
どこにいるのかわからない光子と七原の捜索を続けるか。
それとも居場所がわかっている桐山の応援に行くか。
さらに付け加えれば、桐山は、光子と七原の二人よりはるかに大きな戦力。
最終的に、より多く生き残りたければ、当然助けるべきは桐山と言うことになる。
川田一人だったら、迷わず桐山を選んだだろう。しかし川田はあえて美恵に決断を求めた。
「……桐山くん」
美恵は、悲痛な表情を浮かべたが、覚悟を決め歩き出した。
先程よりスピードは上がっている。
「早く光子たちを探しましょう。二人の無事を確認してから学校に急がないと」
「いいのか、お嬢さん。本当は今すぐに、桐山の元に駆けつけてやりたいんじゃないのか?」
「光子は間違いないなく、あの転校生と戦ってるわ。
桐山くんなら、転校生と戦って勝てる確率はある。でも……」
「あの、お嬢さんは気は強いが、それは無理だな。だから勝率の低い方を優先するってことか」
川田はちょっとだけ笑みを浮かべた。あきれているのか、感心しているのかはわからないが。
「そうと決まったら急いだほうがいいな。手遅れになる前に」
「……なっ」
七原は信じられないといった目で、その光景を見ていた。
自分は周藤を撃ったはずだ。周藤の頭部がふっとぶはずだ。
それなのに、七原の視界の中、スローモーションのようにゆっくりと倒れているのは光子だった。
「……そ」
七原はガクガクと震える足で立ち上がった。
「相馬ぁぁー!!」
嘘だ、嘘だ!!どういうことなんだよ!!
なんで、こんな事になるんだ!!
七原はすっかり取り乱していた。だから周藤の姿が見えてなかった。
あの瞬間。引き金を引こうとした、あの瞬間。
周藤は光子の首に手をかけていたが、光子を振り払って垂直に飛んでいた。
頭上にあった木の枝を掴み、そのまま大車輪を決め、あっと言う間に自分の身体を弾道から外した。
その時、すでに七原は発射していた。振り払われた光子が周藤と入れ替わるように弾道に入ってきた。
そして、弾は光子の横腹をかすめたのだ。致命傷ではない。だが出血がないわけではない。
仲間を撃ってしまったというショック状態に陥った七原には物凄い流血にさえ見えた。
七原はふらつきながら全力で走った。
「相馬、相馬!おい、しっかりしろ!!」
「……に、やってるのよ」
「……相馬?」
「殺し合いの最中に何どうでもいいことに気を取れてるのよ!!」
光子の平手が飛んできた。
「早く……早く、あいつを撃ちなさいよ!!
あたしだったら、あんたごとあいつを撃ってるわよ!早くしなさいよ!!」
光子の背後に周藤が降り立った。
七原と光子はピタッと言葉を止め、反射的に周藤を見た。
「早く撃ちなさいよ!!あんた生き残るんじゃなかったの!?」
だが、周藤との間には光子が。今撃てば、光子もタダじゃすまない。
「あんた美恵を守ってやるんじゃなかったの!?だったら、あたしの命くらい利用しなさいよ。
これは殺し合いなのよ。綺麗事で勝とうなんて思わないでよ!!」
「く……くそぉ!!」
七原は銃口を上げた。覚悟を決めたのだ。ま
るで光子の覚悟が七原に乗り移ったように。しかし、その覚悟は遅かった。
周藤が光子を飛び越えていた。七原の動体視力ははっきりとそれを見ていた。
七原の手が上に伸びる。銃口を上に――上に向けないと。
激しい衝撃が脳裏に走った。周藤の踵落としが、七原の脳天にまともに炸裂したのだ。
視界が一瞬で暗闇へと変化した。その衝撃は全身に走った。
腕が、指先が、脚が、全身全てが震える。それでも七原は銃を離さなかった。
(そうだ。倒すんだ。いや……殺さなければならないんだ!!)
七原は最後の力を振り絞って銃口を上げた。
「オレは……」
慶時……杉村、三村、オレに力を貸してくれ!
「オレはおまえを殺すっ!!」
引き金を引いた。大きな銃声が、ほぼ同時に七原の手に激しい痺れが走っていた。
光子は見ていた。七原が引き金を引くのと全く同時に、周藤がその手を蹴り上げていたのを。
発砲しながらも銃は空中に投げ出されていた。
弾は……ダメだ。完全に周藤を避けて近くの木に命中している。
銃が螺旋状に回転しながら落ちてきた。光子は悪夢を見ている感覚に陥った。
その落ちてきた銃を華麗に受けとめたのは七原ではなかった。
銃を素早く受け止めたのも、慣れた動きでスッと構えたのも周藤だった。
そして、その銃口のすぐ先にいたのは全ての力を使い果たした七原だった。
「――避けてみな」
(……慶時)
もはや七原に周藤の姿は見えてなかった。
頭部への攻撃が原因か、それとも気力すらも使い切ったことの結果なのか。
ただ、自分は死ぬんだという驚くほど冷静な判断だけはできた。
(美恵さん、最後まで守ってやれなくてごめん……。
相馬……結局、オレはおまえを守るどころか足引っ張ってばかりだった。ごめん……。
三村、杉村……おまえ達に恥ずかしくないように頑張ろうとした。
でも無理だった、きっと、おまえ達に叱られるな……)
そして、最後に思った。
(ごめん慶時。オレ、おまえの仇討てなかったよ――)
銃声が鳴り響いた――。
「……七原くん」
光子の目の前で、今度は七原がゆっくりと倒れた。そして、そのまま起き上がらなかった。
光子は木の幹に背を預け、ゆっくりと立ち上がった。
動くと流血の量がます。それ以前に、すでに光子も七原と同じく全ての力を使い果たしていた。
もう――気力でも補えないくらいに。
立つのが精一杯だった。それでも目の色は、強さを失っていなかった。
周藤は光子のすぐ目の前まで来た。
「最後に言い残す事はあるか?」
「……ないわ」
「そうか。だったらオレが最後に言っておく。
おまえは、オレが今まで戦ってきた相手の中でも最高クラスだった」
「あら、そう?」
「おまえより強い奴は大勢いたが、おまえほど手強い奴はいなかった」
「褒めてるの?それともけなしてるの?お礼に忠告してあげるわ。
あんた達は強いかもしれない……でも、桐山くんは、もっと上かもしれないわよ。
せいぜい、彼の息の根止めるまで油断しない事ね」
光子は一度目を閉じると、覚悟を決めたように目を開けた。
制服は泥だらけで、おまけに血みどろだったにもかかわらず、その姿は――美しかった。
「さあ、殺しなさいよ」
「……光子」
美恵はふらふらと光子に近付いた。
雨の中、血に染まった泥状の地面の上に光子は仰向けになって横たわっていた。
「……七原くん」
その、すぐそばには七原が横たわっている。
「嘘でしょ光子……」
光子は綺麗なままだった。
雨に濡れてはいたが、腹部以外に目立った外傷もなく服装も乱れていない。
ベッドの上にでも寝かされているように静かに横たわり手も組んでいた。
その顔は本当に寝顔そのものだった。ただ――動かないだけだった。
「……光子、光子」
揺さぶっても動かない。雨とは違う雫が光子の顔に落ちてきた。
「光子ぉぉ!!」
――女子11番・相馬光子および男子15番・七原秋也死亡
【B組:残り3人】
【敵:残り2人】
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