「川田くん、早く二人を探さないと。それに桐山くんも心配だわ」
「ああ、そうだな。あの若様はオレ達がいようといまいと、あまり関係はないだろう。
しかし相馬と七原が心配だ。正直言って人が良すぎる七原はこんなクソゲームに向いてない。
相馬は精神力といざとなったら冷酷非情になれる性格は頼もしいが、やはり女だ。
まともにやりあったら、どうしても体格や体力では男に勝てない。
普通の男ならともかく、相手が軍のエリートさんでは。
二人を探そう。今なら、まだ間に合うかもしれない」
「……間に合う?どういうこと?」
「わからないのか、お嬢さん?あいつは仮にも軍のエリート。
むざむざと標的を逃すわけがない。しかし、奴は追ってこなかった」
川田がそこまで言うと、美恵はハッとした。
「ま、まさか……」
「そうだ。あいつは七原と相馬のほうを追っていた。今一番やばいのは相馬と七原なんだ」
キツネ狩り―168―
周藤が手にしたナイフは獲物の血を求めるかのように鈍い光を放っていた。
二人にとって不幸中の幸いだったのは、周藤が銃を使うつもりがなかったことだ。
(桐山との戦闘の為に弾は無駄遣いできないからだろう)
だから即殺されるという事態だけは避けられてはいるが、それでも絶体絶命に変わりはない。
「は、早く……早くどきなさいよ!!」
七原だって好きで光子の上にふってきたわけではない。
しかもぬかるみに足元がすべり、なかなか立ち上がれない。
(周藤が手の届く位置に自分がいるという焦りもあっただろう)
その点、七原よりも修羅場の経験値がはるかに高い光子のほうが素早かった。
七原を押しのけると、何とか這い出てきたのだ。
戦闘教育こそ受けていないが、味わってきた辛酸は誰にも負けない。
(さっさと銃を使わなかった、あんたの負けよ!!)
光子の右手には、すでに慣れていた銃の重みが存在感をアピールしていた。
戦闘教育一本だった、あんたと違って、こっちは人生の修羅場何度も味わってきたわ。
あんた、夜の街でヤクザに襲撃されたことあるの?
あんた、ヤクにらりった馬鹿に路地裏でナイフ突きつけられたことあるの?
あたしを、民間人の中学生なんて評価した時点で、あんたの負けよ!
光子は右腕に力を入れた、弓が弾かれるように腕が持ち上がった。
その先には、銃口が周藤にターゲットオンされた殺人兵器。
後は、光子が引き金を引くだけ。さっきは顔を狙ってよけられた。今度は違う。
今度は左胸――つまり心臓だ。体の中心部を狙うのよ。
これなら、簡単には避けきれないでしょう?
そんな人間いたら、お目にかかりたいわよ!
光子は、ニヤッと笑って、引き金を引いた。
銃弾が尽きた。すぐにマガジンを入れ替えなければ。
それは、高尾も同じだろう。だが高尾はそうしなかった。
走ってきたのだ。高尾は100メートルを10秒台で走れる。あっと言う間に桐山との距離は縮まった。
自動小銃にマガジンをセットした。ギリギリだった。
だが高尾に銃口を向ける前に、高尾が目の前まできた。
そして、自動小銃に手を伸ばした。銃口を向けることが出来なければ銃は殺傷能力を持たない。
自動小銃を掴まれた。高尾がグイッと引っ張る。もちろん、桐山も渡すつもりは無い。引き返した。
自動小銃を間に二人の視線がぶつかる。
高尾が右足で桐山の足元を払った。桐山のバランスが崩れる。
それを合図に力の均衡が崩れ、高尾は桐山を校舎の壁に押し付けた。
桐山の後頭部に痛みが走ったが、そんなものに構ってられない。
桐山は自動小銃から手を離さず押し返した。
途端に、高尾が自動小銃をクルッと180度縦に回転させた。
桐山の体勢も、それにつられるように僅かに宙に浮いた。
その瞬間、高尾は桐山を窓ガラスに投げつけた。
派手な音がして桐山が校舎内に投げ出され、割れた窓ガラスから高尾が颯爽と飛び込んできた。
すぐに立ち上がろうとする桐山の襟を掴むと再び投げ飛ばした。
今度は廊下と教室の境界線の窓を突き破って、桐山は廊下にたたきつけられた。
再度、高尾は攻撃を加えようとしたが、桐山もやられてばかりではない。
割れた窓ガラスから自動小銃の銃口が姿を現し、次の瞬間、例の凄まじい音が教室に飛び散った。
机、床、そして黒板や天井に至るまで穴だらけ。
だが撃ったのは桐山だけではなかった。
廊下と教室の境界線となっている窓ガラスが一気に破壊された。
そのガラスの破片は、廊下側に向かって降り注がれる。
桐山は、マシンガンの弾丸に当たらないように背を低くして駆け抜けた。
高尾が、さっとガラスが無くなった窓から廊下に飛び込んできた。
高尾が降り立った音が聞えた。桐山は反射的に振り向いた。
自動小銃が火を噴いた。廊下の床に弾痕の跡が生々しくついた。
桐山はそのまま階段を駆け上がった。僅かだが顔を歪ませている。
左腕にはガラスの破片が突き刺さっていた。先ほどの、窓ガラス一斉破壊の結果だ。
今度は拳銃の音がして階段の踊り場の蛍光灯が割れ、またしてもガラスのシャワーが桐山に降り注いだ。
桐山は猛スピードで、そのガラスの雨の中を駆け抜けた。
身体測定のテストでも桐山は一度も本気を出して走った事は無い。
今、タイムウォッチで計ったら、間違いなく11秒切っていることだろう。
二階に駆け上がった桐山だったが、計算違いのことが起きた。
廊下がバリゲードで塞がれていたのだ。
(鳴海がかんしゃくを起こして兵士達を襲いだしたとき、彼らが築き上げたものだった)
桐山は僅かに眉を動かした。左腕に突き刺さったガラスの破片を抜いた。
素早くブラウスの裾を引き裂いて腕に巻きつけた。大丈夫だ。神経は切れてない。
ぱららら!あの音だ。今度は踊り場だけではない、廊下の蛍光灯まで木っ端微塵だ。
桐山はバリゲードから三歩下がった。
そして自動小銃で撃った。バリゲードがグラッと僅かに傾いた。
階段を上がる足音。グズグズしてはいられない。
桐山はもろくなったバリゲードに体当たりした。
見かけとは裏腹にパワーのある桐山の前にバリゲードは簡単に崩れた。
二階まで高尾が上がってきたときは、すでに桐山の姿は無かった。
「……逃げたか」
いや、おかしい。バリゲードを破壊する音は確かに聞えた。
だが、その直後にあるべきはずの足音がなかった。
気配を探った。おかしい……感じない。
高尾は数歩前に出た。天井から、かすかに埃が落ち高尾の肩にかかった。
さらに何かが落ちてきた。黒いもの、学ランをまとっているもの。
上か!?
高尾はマシンガンを上に向けた。マシンガンが火を噴いた。
学ランが空中で引き裂かれる。瞬く間に、ただの布切れと化してゆく。
だが、肝心のものがない。中身がない、学ランだけだ。
廊下に並行して続いていた窓ガラスの向こう側。
何もなかった、その空間。死角から桐山が自動小銃を構えて立ち上がっていた。
その銃口は、まっすぐ高尾を睨んでいる。
間髪いれずに自動小銃が火を噴き、高尾の背後にあった窓ガラスをいっせいに吹き飛ばした。
光子は美しい顔を歪ませていた。力を込めたはずの手に痺れが走っている。
照準は完璧だった。後は引き金を引くだけだった。
だが、その前に小石が飛んで来た。それが手に命中。
銃を落してしまわなかったのは光子の意地に他ならない。
周藤は、相変わらず冷たい瞳で二人を見下ろしている。
そしてナイフを持ったままの右手で、小石を十個ほどお手玉していた。
左手はズボンのポケットに入れている。
片手だけで二人を殺せるという周藤の傲慢なまでの態度に七原は切れた。
「ふざけるな!!」
七原は拳銃を取り出した。川田の教えが脳内に響く。
『いいか、拳銃を構えたら迷わず引き金を引け。でないと死ぬのはおまえのほうだ。
必ず仕留めろ。相手の利き腕だけを狙おうなんて気は絶対に起こすな。
確実に殺す気で引き金を引くんだ。出来るな?』
「出来る!!おまえはオレが倒す!!」
『二発撃て。敵の息の根を止める確率ははるかに上がる。いいか容赦なく撃て』
「慶時の仇!!」
ずっとずっと一緒だった。ほんの子供の頃からだ。
友達以上の存在だった。本当の兄弟みたいに。
それを、おまえは虫けらのように殺した!他の誰でもない、オレ自身の手で仇を討つ!!
オレがやらなきゃいけないんだ!
七原は引き金を引いた。
この距離だ外れるはずはない!!
「……え?」
七原は周藤の死体をすでにイメージしていた。
だが、周藤の死体どころか、次の瞬間には周藤そのものが視界から消えていた。
引きかけていた引き金。しかし突然の出来事に引き金にかけた指は行く場をなくしている。
「どこ見てるのよ七原くん、真上よ!!」
光子の言葉に七原はハッとして、反射的に上を見上げた。
周藤が飛んでいた。相変わらず片手で小石のお手玉はしたままだったが。
「く、くそぉ!」
『撃て、撃つんだ七原!迷うな、容赦なく撃て!!』
「川田……っ!」
七原にとって、このプログラムで絶対的な精神的支えとなってくれていた川田がそばにいないことは不安材料ではあった。
だが七原は引き金を引いた。
川田の厳格なまでの教えを貫き通そうとベストを尽くす覚悟で。
引き金さえ引けば、勝つのはおまえだ。そんな川田の声が聞えてきた。
周藤が小石を投げてきたが、構わず引いた。
その瞬間だった――銃が暴発した、七原の手の中で。
「うわぁぁぁー!!」
突然の予想外の出来事。突然の痛み。
「七原くん!」
いつもは七原に冷たい光子も、この時ばかりは青くなった。
何が起きたのか?七原は血だらけの右手を握り締め悶絶している。
「七原くん、しっかりして!!」
酷い、手の皮膚がズタズタに裂傷している。
「……あんた」
光子は綺麗に着地を決めた周藤に向かって叫んだ。
「あんた、一体、何したのよ!?」
「別に。オレはただ、その銃口に小石を投げつけてやっただけだ」
「何ですって?」
「こんな小石じゃ到底銃には勝てない。だが銃口を塞がれた銃など使い物にならない。
無理に引き金を引けば、どうなるか。素人のおまえでも想像がつくだろう?」
「……あ、あんたってひとは」
「さっきも言ったとおり、遊んでやっている暇は無い」
周藤は、相変わらず(失礼にも)小石で片手お手玉。(利き腕の)左手はポケットにしまったままだった。
「……く、くそ」
流血し続ける右手を押さえながら、七原は立ち上がった。
「……逃げろ」
痛みで頭痛までしてきた。だが、痛感なんかと呑気に付き合っている暇は無い。
「逃げろ、相馬っ!」
七原は、そばにあった木の棒を掴むと猛然と周藤に襲い掛かった。
「七原くん!」
「逃げろ、逃げるんだ!さっさとしろ!!」
左手一本だったが、元々身体能力は優れていた七原だ。
その七原が力を込めて振り下ろした棒が当たれば、怪我だけでは済まないはず。
だが周藤は七原の渾身の力を込めた攻撃をことごとく紙一重で避けた。
その間、ただの一度も小石を弄ぶ行為をやめないほどのバランス感覚を保ちながら。
「畜生、なんでだ!?」
七原の悲鳴のような叫びが、落雷の音量を超えた位置まできた。
「何で当たらないんだよ!!」
「七原くん、頭下げなさいよ!!」
七原はハッとした。背後から光子の物凄い殺気を感じた。
その迫力に七原は反射的に地面に伏せた。七原の頭上を弾丸が走り抜けていった。
到達地点は勿論周藤の急所だ。光子の反撃に周藤はすでに全身を低くしていた。
だが、周藤の突然の体勢の変化についていけず、空中で回転していた小石たちは弾丸で弾き飛ばされた。
「あたしを舐めないでよね!!」
光子の反撃は一発では終わらない。二発、三発!
銃声が何度も森にこだました。
周藤は、素早く光子の射程線上から走りぬけ被弾を回避している。
素人が持っているとはいえ、この距離だ。いつ、命中するとも限らない。
光子もそれを狙っているのだろう。四発、五発!
「今度こそ!」
カチっ……!だが、銃声はなかった。
乾いた金属音がしただけ。光子はさっと血の気が引くのを感じた。
弾切れだ。当然ながら、周藤もそれを理解している。小石を投げてきた。
光子の手に命中する。銃が地面に落ちた。これでは、弾を込める暇も無い。
周藤が走って来た。ナイフが光子の血を求めるかのようにギラリと光った。
「……舐めるなって」
光子が何かを振り回した。
「舐めるなって言ったはずよ!!」
手提げ袋のようなものだった。
立花薫と違って、女のオシャレには全く興味ない周藤には知る由もなかったがプラダの高級品だ。
周藤にわかっていたのは、その袋の勢いが尋常ではなかったこと。
中に何か仕込んでいる。でなければ、あんな威力だせるわけがない。
(当たりだった。七原が周藤に立ち向かっている間に、拳大の大きめの石を詰めていたのだ。
内心「プラダが台無しよ!」と思ったが、命には代えられない)
あんなものが頭部にでもあたれば、脳震盪では済まない。
当然、周藤はスッと身を引く……かと思いきや、蹴りをかましてきた。
「きゃあ!」
石が飛び散った。お手製の鈍器もこれで台無し。
なーんて言ってる場合じゃないわ!!
やばい、やばいわ!見てよ、この男の目、女を平気で殺せる冷酷非情な目をしてる!
人間社会の裏を見てきた光子にはそれがわかった。
残念ながら光子お得意の色仕掛けも通用しそうも無い。
スカートをチラッとめくって「や、やめて……」などとしおらしい演技でもしようものなら逆に機嫌損ねるタイプだ。
あの高尾ってやつといい、どうして女の色香に動じない男が選ばたのよ!!
女の色香も武器の一つと心得る光子にとっては、それは最大の不運だった。
「相馬ぁぁー!!」
光子が殺される。そう思った七原の行動は素早かった。
走りこんできた。光子は七原は周藤に向かってゆくかと思ったが、それは違った。
なんと、自分に飛びついてきたのだ。
「ちょ、ちょっと!!」
何、あたしの腰に飛びついてるのよ!などと文句を言う暇もなく、二人の体は急斜面を転がっていた。
窓ガラスが一瞬で粉々になり外に飛び散った。だがガラスなど何枚破壊しても意味は無い。
高尾だ。高尾の息の根を止める事が目的であり、今唯一価値があること。
高尾は校庭の木の枝の上に降り立っていた。桐山は高尾をまだ仕留めてない事を悟った。
自分が発砲する前に高尾は自ら窓ガラスに体当たりして外に飛び出していたのだ。
そして、今しがた降り立った枝。高尾の重みで弓なりになった、その枝。
まるでプールの飛び込み台のように、反動を利して高尾は高く飛んでいた。
ガシャン!とまたしてもガラスが割れる音。
「……三階か」
窓ガラスを突き破って、三階に飛び込んだらしい。
どうする?自分も三階に行くか?
それとも、少し様子を見るか?
そんな判断すら高尾は時間を与えてくれなかった。
今しがた、三階に飛び込んだはずの高尾が、パッと窓の外に姿を見せたのだ。
ロープを使って。そして、手にしたマシンガンの銃口は、まっすぐ桐山を見詰めている。
桐山は考える間もなく、教室の中に飛び込んだ。ぱららら!と、すっかり耳に馴染んだ、あの音が聞える。
危なかった。コンマ一秒遅かったら全身穴だらけだった。
桐山も反撃を開始する。高尾は現在ロープ一本で宙吊り状態。
咄嗟に逃げる事など出来ない。高尾のほうが不利のはずだ。
だが、桐山が自動小銃を構えて、さっと教室の陰から飛び出すと高尾の姿がない。
桐山の反撃を予想して、すでに一階に下りている。
また駆け上がってくるのか?
「……この臭い」
おかしい、高尾が上がってこない。
代わりに妙な臭いが鼻を突いた。その直後に、それはきな臭さに変化。
「火をつけたな」
何か可燃物を撒き散らしたのだろう。桐山が逃げないように炎で塞いだのだ。
一階はあっと言う間に炎にまかれるだろう。
逃げ場が限られてしまう。少なくても、もう階段は使えない。
階段からもくもくと煙が這い上がってきた。
窓から飛び降りるか?
いや、ダメだ。外に出たら高尾に狙い撃ちされる。
その間にもドス黒い煙は増え続け、それに続くように炎が階段を這い上がってきた。
桐山は廊下を走った。ここの階段はもう使えない。
他の階段はどうだ?
猟奇的な殺され方をして転がっている死体を飛び越えながら走る桐山。
(鳴海によって無残な最期を遂げた兵士達だった。
桐山以外の生徒だったら、そのスプラッター現場に吐き気を覚え戦うどころではなかっただろう)
階段だ。まだ炎には包まれていない。
だが、その階段も使えない。なぜなら階段を駆け上がってくる足音が聞える。
奴だ!桐山は発砲した。もちろん相手も発砲してくる。
桐山は三階に駆け上がった。ある部屋が目に飛び込んだ。
そこは坂持達が司令室に使用していた部屋だった。
桐山は、その部屋に飛び込む。壁にキーがいくつもぶら下がっている。
そのキーを鷲掴みにして無理やり引きちぎった。キーはまだ残っていたが、全てを手にしている暇は無い。
桐山は、さらに階段を駆け上がった。追いかけてきた高尾は残っていたキーを手にした。
「その先は屋上。逃げ場は無いな、決戦だ」
【B組:残り5人】
【敵:残り2人】
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