「桐山くん!」
「あいつを片付けたら、すぐに後を追う」
桐山は、美恵を川田に託すと、家から飛び出した。
「待って桐山くん!」
桐山の後を追おうとした美恵を、川田が止めた。
「今、行っても、桐山の足手まといになるだけだ」
川田はレミントンを構えると、裏口のそばに立った。
「いいか、オレが奴に威嚇射撃する。それを合図に走れ。林まで全力疾走だ。何があっても決して後ろを振り返るな」
川田はドアを開けると、二発撃った。
「今だ、走れ!!」




キツネ狩り―166―




ぱららら!!
サブマシンガンは弾丸のシャワーだ。桐山は身を隠しながら近付いた。
だが、一定の距離は必ず保っている。
(逃げたか?)
レミントンの銃声。かすかだが足音が聞える。
林に向かって逃げている。それを追う、別の足音も聞える。
(逃げたようだな)

これでいい。後は、目の前の敵だ。

桐山は待っていた。マシンガンは弾丸のシャワー、だから弾切れも早い。
音が止んだ。桐山は庭石の陰から飛び出した。
塀に向かって走る。地面には全力で走る桐山の影。
その影が別の影に覆われた。桐山はハッとして、振り向いた。
高尾が飛んでいた。腰まである長髪をたなびかせて、まるで宙に浮いているかのような大ジャンプ。
桐山は、急停止し、銃を向けた。狙うは、ただ一点。

高尾晃司の頭部だけだ!!

空中では体勢を変えることは容易ではない、まさにチャンスだ。
桐山の銃口が火を噴いた。が、同時に高尾が回転していた。
(避けた……!)
だが、二発目はそうはいかないだろう。桐山は再度引き金を絞ろうとした。
しかし、空中で回転しながら高尾はマガジンをマシンガンにセットしていた。
今度狙われてるのは桐山の番だ。桐山は、咄嗟にとんぼを切っていた。
ぱららら、と無機質な音が鳴り響き、ほんのコンマ一秒前に桐山が立っていた地面が穴だらけになっていた。
高尾が地面に着地、しかし、その銃口はすでに桐山に向いている。




高尾の目の前で、とんぼをきった桐山が、そのまま背面飛びで塀の向こう側に飛んでいった。
もちろん、高尾も、まるで跳び箱の踏み台を使ったように、ポンと飛び上がって塀の上に出た。
エンジン音。高尾が、その音のでる方向に視線をやると、軽自動車が走り出しているのが見えた。
高尾は、一気に大ジャンプして、ボンネットの上に着地。
しかし、高尾はすぐに眉を歪ませた。車内に桐山の姿がなかったのだ。
さらに、全く別のエンジン音が高尾の耳に届いた。トラックが、こちらに向かって猛スピードで走ってくる。
今度は殻ではない。運転席に桐山がいる。高尾ごと軽自動車に激突してきた。
あっと言う間に、軽自動車は車体を変形させ窓ガラスは粉々。
それでも、トラックの勢いは止まらない。
このまま、軽自動車ごと、高尾を押しつぶして圧死させようというのだろう。


その衝撃に、高尾のバランスが僅かに崩れる。桐山はさらにアクセルを踏んだ。
冷たい目をした高尾は、マシンガンを手にトラックのフロントガラス目掛けて飛んできた。
マシンガンの銃口が火を噴く。フロントガラスが一瞬でバラバラになった。
桐山は……いない。高尾が飛んだ瞬間に、高尾の意図を察し、一瞬早く運転席から脱出。
走行中の車から飛び降り、道路にその身を投げ出していた。
銃口を向けている。エンジンタンクだ。高尾をトラックもろとも破壊する。
引き金を引いた。トラックが木っ端微塵にふっ飛ぶ。だが桐山は勝利を確信してなかった。
見えたのだ、引き金を引くと同時に、高尾がトラックから飛び降りるのを。
桐山は、近くの塀の陰に飛び込んだ。気配を探った。何も感じない。
(……気配を完全に絶っているのか)
長期戦になるだろう。桐山は、そう感じ取った。














「こっちだ、止まるな!」
川田はしんがりを努めながら発砲を繰り返した。銃弾は無駄には出来ない。
まして相手がどれだけ武器を所有しているかわからない以上、尚更だ。
かといって、このまま、ただ逃げるわけにもいかない。
七原はともかく、美恵と光子は息が上がってきている。
相手は軍のエリートだ。きっと足も速いし、持久力も勿論あるだろう。
このまま逃げ切れるわけがない。追いつかれるのも時間の問題だ。
現に、一定の距離があったはずなのに、その距離は確実に縮まってゆく。
転校生の足音が、でかくなってゆくのが確実に聞えてくるからだ。
この絶望的な状況の中、さらに奈落に落すようなことが起きた。


「か、川田、あれ見ろよ!」
前方が土砂崩れで通行止めになっていた。
「川田くん、あそこ!!」
林の中に、洞窟が見えた。
「飛び込め!」
4人は、洞窟の中に飛び込んだ。とりあえず、今はこれしかない。
川田は、入り口の陰から、外をうかがった。物音はおろか、気配も全く感じない。


「川田、どうだ?あいつ、いなくなったのか?膠着状態になるから一端ひいたのか?」
「……いや、間違いなくいる。長期戦になったら、不利なのはこっちだぞ」
「何でだよ?あいつは一人、こっちは4人だろ。一人じゃあ体力にも限界がある」
「軍隊のエリートを舐めると痛い目に合うぞ七原。
おまえは運動神経抜群のスポーツマンかもしれないが、サバイバルゲームもしたことない素人だろ。
はっきりいって、こういうことは、あっちのほうが慣れている」




ポツポツと雨が降ってきた。まだ6月でもないのに、よく降る。
「な、なあ川田。桐山が戦ってるのは三村が戦った相手だろ?」
「ああ、そうだ」
「……あいつ、生きてたなんて。でも三村の爆発で、きっと怪我くらいしてるよな。
だったら、あいつを倒して、すぐに桐山が駆けつけてくれるはず。
そしたら、おまえと桐山で挟み撃ちして、あいつを倒せるんだろ?」
「残念だが、それはないぞ。あいつは五体満足なんだ」
「な、なんでだよ?」
「オレと桐山は見たんだよ。三村のそばに立っていたあいつを。
おそらく止めをさそうとしたんだろう。だが、その前に姿を消した。
もう、その必要もないと思ったのか、それともオレ達が駆けつけたからなのかはわからない。
だが、あいつは遠目から見ても、怪我をしているようには見えなかった」
「どうして、あの爆発で……」
「桐山が言っていた」
川田は辺りに警戒を払うのを怠らずに、レミントンに弾詰めしながら言った。


「桐山は爆発と同時に水が吹き上がるのを一瞬だけ見たらしい」
「水?」
「ああ、オレは三村に気をとられて見なかったが、消火栓が破壊されて水が溢れていたとか。
つまりだ、どうやったのか知らないが、高尾は爆発と同時に消火栓を破壊した。
水道管ごとだ。で、水が噴水のように、一気に地面から噴き上がった。
その水圧が防災壁となって、爆発から高尾を守ったんだろう。
しかも水を被って炎から身も守れる。一石二鳥だ。
その後、オレ達と同じように、下水道を使って、あの炎のサークルから脱出した。
あくまでも、桐山の推理でしかないが、そういうことだ」
「……じゃあ、あいつは今でもピンピンしてるのか?桐山と戦うのに何の不安材料もないってことかよ!?」




「畜生、畜生っ!!」
七原は悔しそうに地面を叩いた。
「……どうしてなんだ。三村は……三村は命まで捨てたのに」
高尾は死んでなかった。生きて襲ってきた。

しかもダメージすら受けてない?それじゃあ、三村の死はなんだったんだ!?

「泣き喚くなら後にしろ七原、今は、そのお嬢さんたちを守ることだけを考えてやれ」
七原はハッとして顔を上げた。
そうだ、美恵はか弱い女の子だ。光子だって悪ぶってるけど、華奢な少女に違いない。
自分がしっかりしなければ、二人まで死んでしまう。


「……雨が激しくなれば」
「激しくなれば何だよ?」
「いくら何でも水音まで消して近付くことは出来ないだろ?
だから奴は簡単に動けないし、視界が悪くなるから隙を突いて逃げることもできる」
「そ、そうだな」
「が、逆もしかりだ。雨に気をつられてばかりだと、こっちの隙を突かれるぞ。
いいか決して油断するな。いざとなったらオレが囮になるから、おまえが、お嬢さんたちを守るんだぞ。いいな七原」
「……川田」
「返事は!?」
「あ、ああ、わかったよ!!」
「よし、それでこそ男だ」
川田は、七原の頭にぽんと手を置くと、「しっかりやれよ、ぼうず」と呟くように言った。
そして汗ばんだ手で、しっかりとレミントンを握った。引き金にかかった指に神経を集中させている。

(……桐山、おまえ無事なのか?絶対に死ぬなよ)














「……仕掛けてこないのか?」

何をしている?長期戦に持ち込むつもりか?

お互い、相手の正確な居場所は把握してない。
だから銃も今は使えない。それに今は塀が守ってくれている。
桐山は、一歩動いた。相手が動かないのなら、こっちから仕掛けるしかない。
途端に銃声。桐山は肩に痛みを感じ、さらに転倒した。


「……っ」
肩は幸いかすっただけだ。命に別状は無い。
今は高尾の姿を確認するほうが先だ。だが、肝心のその高尾がどこにもいない。
それよりも、桐山は妙なことに気づいた。銃声は背後から聞え肩を負傷した。
背後は塀が壁となっていた。桐山は、まさかと振り向いた。
塀に穴が。そして、向かい側の塀に弾痕があった。
「……まさか」
桐山は、その瞬間、一つの仮説を打ち立てた。
その仮説を実証するかのように再度銃声が響いた。


「……くっ!」
桐山は、体を起こすと、野球の盗塁のように電信柱の陰に飛び込んだ。
銃声はまた背後からだ。塀に穴、そして向かい側の塀に新しい弾痕が出来ている。

(奴は、塀の向こう側から、オレの姿を見ずにかすかな物音や気配だけで正確に撃ってきている!!)

長期戦に持ち込むつもりなど高尾にはなかった。
ただ高尾は、精神を集中して、己の第六感を、さらに高める時間が必要だった。
それだけだったのだ。




塀の向こうから、さらに二発。桐山は全速力で走った。
髪の毛を弾がかすめた。靴の踵も撃ち抜かれた。
敵の姿を直視せずに、ここまで正確に攻撃できるなんて反則もいいところだ。
桐山でなかったら、とっくに殺されていただろう。桐山は銃から弾を抜き火薬を抜く。
高尾は、自分の身を危険にさらすことなく攻撃している。
同時に桐山の居場所こそ把握しているが、桐山が何をしているのかはわかってない。


「……動きが止まった」
塀を間に、桐山から距離をとっていた高尾は、閉じていた目を開けた。
瞼を閉じ、全神経を集中させて、完全に絶ったつもりの桐山のかすかな気配を追って発砲していた。
だが、桐山が動きを止めた。何をしている?

(あきらめたのか?いや、そんなはずはない。奴の急所には、まだ被弾してない。手ごたえがなかった。
奴は、まだ動けるはずだ。一体、何をしているんだ?)

距離をとっての戦法は一端やめるか?接近した上での射撃。
それが、やはり確実だろうと高尾は立ち上がった。その時、銃声が鳴り響いた。


「…………!」
高尾の第六感が、危険を予知していたのか、高尾は真横に飛んでいた。
一回転して立ち上がると、また銃声が響いた。高尾は伏せていたので真上を銃声が通過してゆく。
数十メートル先の塀には、先ほど高尾が空けたものとは全く別の穴が二つついていた。
「あいつも出来るのか?」
敵の姿を見ることなく攻撃できることが。
しかも、ここまで正確に攻撃できるなんて、特撰兵士にだって滅多にいない。

(オレ以外では秀明くらいだ。隼人や晶でも、微妙に位置がずれるからな)




「攻撃は最大の防御だ。今度はこっちからやらせてもらう」
高尾は、再度、桐山のかすかな足音を聞き取った。
そして、塀に向かって撃った。その途端に、バシュっと妙な音がした。
(この音は火薬……?)
同時に、物音が全く違う方向から二つ。
(どっちだ?桐山の位置は……)
高尾はゆっくりと立ち上がった。


「一端、ひいたか……」
物音に一瞬気を取られた。銃弾の火薬をばら撒いていたな。
発砲すれば桐山に被弾しない限り火薬に直撃。火薬は小規模な爆発を起こした。
そんなことされたら、物音を頼りに桐山の現在位置を把握している高尾は一瞬だが桐山の位置を見失う。
その一瞬で桐山は、一端距離をとった。


(……どこに向かっている?)
数多くの生徒を倒し、武器を手に入れてきた高尾。桐山は、その点が気になっていた。
たとえ、実力で互角だろうとも、武器の優劣はちょっとやそっとの小細工では埋まらない。
(走っている……あの方向は)
学校だ。鳴海が壊滅状態にしたとはいえ、あそこには武器がある。
「みすみす行かせるわけにはいかないな」
高尾は全速力で走り出した。














「……雨が激しくなってきたな」
このまま、ここにいても、遅かれ早かれ奴の餌食だ。
「川田……大丈夫だ。こっちは天然の壁に守られてるんだから撃たれても心配ない」
「ああ、そうだな。だが……」
洞窟は、奥行き五メートルほどの小さなものだ。
角度から考えても、周藤が洞窟の真正面まで来なければ発砲しても弾が届くことは無い。
もちろん、近付こうものなら、こっちも反撃してやる。
わざわざ自分から体をさらけ出す奴はいないだろう。
だから周藤も、簡単には接近しない。だから撃たれる心配ない。
そう川田は考えた。だが――。


突然、銃声。周藤の姿はどこにもない。
しかし川田の背後から、「な、七原くん!!」と、悲鳴が。
振り向くと、七原が肩を押さえて地面にうずくまっている。
「七原!!」
「川田……畜生、肩をやられた」
「しっかりしろ!!」
川田は素早くディバッグから治療道具を取り出すと、適切に応急処置をした。
「いいか、この部分をしっかりと押さえろ。止血するんだ!」
指示を出すと、川田はレミントンを構えた。

一体、これは、どういうことなんだ!?
奴は姿を消している、どこにいるかはわからないが正面以外から発砲して当たるわけないんだ!!


再度銃声!今度は光子の足元に弾が食い込んでいた。
幸い、光子に被弾することはなかったが、間違いなく弾はここに届いている。
「なぜだ、なぜ!」
川田はハッとして上を見上げた。
洞窟の中は土壁だが、一部に岩が露出している部分がある。
「……跳弾だ」
真正面からでないと弾は洞窟内には入らない。角度から考えて、それは間違いない。
せいぜい、洞窟の入り口付近に何とか届くくらいだ。
だから周藤は、洞窟の入り口の真上に露出している岩に向かって撃った。
弾は跳ね返って、七原を襲った。

計算して、正確に狙いを定めて撃ってきている!!


「何て奴だ、このままじゃあ……」
こうなったら、ここから出て戦うしかない。しかし、洞窟から出た瞬間、狙い撃ちにされる。

どうする?どうすればいい?

「か、川田……」
七原が立ち上がった。
「おい、立つな。傷口が開くぞ」
「……オレが何とかしてやるよ」
「何だと?」
「オレが囮になる。その間に、おまえは二人を連れて、ここから逃げろ、なるべく遠くにだ」
「何を言ってるんだ?」
「オレだっていざと言うときには出来る男だって証明しないとな。
でないと三村に笑われるじゃないか」
「七原……おまえ」
「頼んだぞ。二人を……美恵さんを守ってくれ」
七原は覚悟を決め、歩き出した。
「川田……最後に言っておくよ。おまえみたいに、いい友達が出来て良かったよ」
七原は、全速力で洞窟から飛び出した。




その時、天がピカッと光って、物凄いエネルギーが地面に向かって放出された。
木が根本から裂け、七原たちの前で眩しい光が、辺りを包んだ。
落雷だ。一瞬、七原は何が何だがわからなくなった。
しかし、川田は冷静だった。落雷が自分達と周藤の中間地点に落ちた。
「今だ、飛び出せ!!」
川田の声に、光子も美恵も夢中で飛び出した。
「走れ!とにかく駆け抜けろ!!」
なんと言う天の助けだ。川田は、この時ばかりは神の存在を信じたくなった。


「こっちだ!グズグズするな!!」
「か、川田くん……!」
「走れ、走るんだ!!」
落雷が、もう一度木を引き裂くのが見えた。
無我夢中だった。そして、川田は手頃な岩場までくると岩の陰に飛び込んだ。
「……奴は!」

いない……良かった。どうやら逃げ切れたようだな。

「……とにかく助かった」
どうなることかと思ったが、今のところは命拾いしたようだな。
川田はホッと一息ついて振り返った。美恵が息苦しそうに胸を押さえて呼吸している。
「大丈夫か、お嬢さん?」
「え、ええ……」
「そうか……七原に相馬も大丈夫か?……ん?」
川田は飛び上がるように立ち上がった。
「川田くん?」
「……いない」
川田は青くなっていた。美恵も思わず辺りを見渡した、しかしいない、居ないのだ。


「相馬と七原は、どこに行ったんだ!?」




【B組:残り5人】
【敵:残り2人】




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