「…………」
高尾はゆっくりと三村を見た。その瞳に感情は全く宿ってない。
あるのは『敵を殺せ』という任務への使命感、いや任務のみ。

「……さあ高尾晃司、ここでオレと一緒にくたばってもらうぜ」

背後でまた爆発が。爆発は爆風と火柱を作り、それが他の爆弾をまた爆発させる。
この小さな集落が炎の壁に取り囲まれるのも時間の問題だろう。

「どうする?逃げるか?それとも覚悟を決めてオレと心中するか?」

自分の命がかかっているのだ。高尾は避難を優先させるだろう。
どんなに強い人間でも、そうなれば隙が出る。
だが、今のオレは違う。自分の命なんてかまってない。
それが、三村と高尾の能力差を埋めるだろう。三村はそう思った。
だが――。


(何だと!?)

高尾が銃を取り出した。しかも長距離用ライフルを。
三村が驚いたのは、そのライフルの照準だ。狙っているのは三村ではない。全く、別のもの。
高尾が引き金を引いた。その、はるか先から――大爆発。


「……っ!」
三村は伏せた。頭上を熱い熱風が走り抜けてゆく。
爆弾が爆発した。それも一つではない。
(……あ、あの爆弾は……最後に爆発する予定だった……)
三村の背後で火柱が上がった。高尾が逃げるとすれば、このルートだろうと思った道。
その道があっと言う間に炎に飲み込まれたのだ。

「……お、おまえ……自分から退路を断ったのかよ」




キツネ狩り―163―




「……随分とハデにやっているようだな」
はるか彼方の灯台からも、集落を覆う業火は見えた。
「誰かはわからないが、晃司相手に派手なことをしているようだな」
だが……と、周藤は冷静に考えた。

(晃司は、あの科学省の特別研究施設の大爆発からも生還した人間だ。
過去に何度もテロリストとの戦いで、爆弾には慣れている。
その晃司相手に、中学生が作った爆弾が効くと思っているのなら)

周藤は僅かに口の端を吊り上げた。

「とんでもない思い違いだぞ。あいつを殺したいのなら、最低でも三倍の爆発を起こすべきだったな」














高尾の脚が動いた。高尾の目的はあくまでも生徒の抹殺。
今、自分が置かれている状況など彼にとっては無関係。
たとえ、それが自らの命に係わる事であろうととも優先すべきは目の前のターゲットを殺すこと。
それが高尾にとって、もっとも重要な任務だった。
「クソ!」
三村は、向きを変えると全速力で走った。
特撰兵士ってのが普通じゃないということはわかっていたつもりだった。
佐伯徹は、自分に止めをさせる状況で、自分の感情を優先した。
佐伯は冷酷非情だが自らの意思を優先するという人間らしさはあった。


だが、この男は違う。なんなんだ、この男は!!
命が惜しくないのか?死ぬ事が怖くないのか?自分の感情や意思はないのか!?


答が出ない質問を三村は何度も心の中で繰り返した。
土手をかけおり、垣根を飛び越え、邸宅の壁の陰に駆け込む。
その間にも、火は燃え広がり、次々に集落の家々を赤く染め上げた。


(……熱い!)
覚悟はしていたが、直接火にあぶられても無いのに全身が焼けるようだ。
くらっと眩暈がする。熱さに神経がどうにかなりそうだ。
(奴はどこだ?オレを追いかけて来ないのか?)
足音が聞えない。三村はほんの少しだけ、壁から身をのりした。
ほんの微かに嫌な音が背後から聞え、三村の額から熱さのせいではな汗が流れた。
考えるまでもない。奴だ!
「畜生!!」
三村は振り向き様、銃を向けた。その銃がポーンと蹴り上げられる。




「……く」
手がしびれる。それでも三村は高尾に腕を伸ばした。
こうなったら、力づくで高尾を押さえつけ、この集落が灰になるまで動きを止めてやる。
しかし、その途端に今度は脚がしびれた。高尾が脚払いをしたのだ。
三村の体勢が大きくガクンと崩れる。襟元が掴まれたかと思うと、三村の体は大きく宙に浮んだ。
そして空と地上が一回転した後、三村は火の粉が舞い散る空を見上げていた。
仰向けの状態。ヤバイ!三村は起き上がろうとするが、首ねっこを押さえつけられた。


「……ぐ」
苦しい。三村はもがいた。なんとか腕を外そうとした。
しかし、高尾はびくともしない。まるで大人と子供だ。

(……なんてパワーだ……おじ……さ……)

首にかかる圧迫感。三村の意識が薄れてゆく。
薄れゆく意識の中、ただ自分を見詰める高尾の冷たい瞳だけが印象的だった。

(助けてくれ叔父さん……力を貸してくれ……)

このまま死ぬわけにはいかない。逝くときはこいつも一緒だ。
頼む……頼む、叔父さん、オレに力を貸してくれ!!
今、死ぬわけにはいかないんだ。オレは犬死はできないんだよ。
叔父さん、お願いだ。叔父さ……。


三村の意識が完全に途切れようとした、その時だった。
バキ……っと、鈍い音がして、三村は目を見開いた――。














「み、三村……待ってろよ、三村……す、すぐに……助けに戻るから……」
七原は走ることは得意だった。だが、どちらかといえばスプリンター。
まして、こんな精神状態だったことも手伝って、あっと言う間に体力を消耗しまった。
ただでさえ不眠不休。そんな時に、ペースもクソも無いマラソンなんて自殺行為。
七原は仰向けに倒れた。体力だけではない。気力も尽きたのか?
(……もう動けない)

畜生、畜生!!なんて情け無い男なんだ、オレは!!
こんな有様で、よく慶時や幸枝たちの仇を取りたいなんて思えたものだよ!!

情けなくて……悔しくて……目を押さえた。
掌に熱いものを感じる。


――秋也、もういいよ。おまえは頑張ってくれたよ。

(……慶時)

――七原くん、あなたは精一杯やってくれたわ。恥じることなんて何もないのよ。

(……幸枝)

死んでいったクラスメイト達が次々に現れねぎらいの言葉をかけてくれる。


それとも、これは、あまりにも都合がいい、ただの妄想なのか?

――おまえは、もう十分に勇者だよ。オレ、おまえを誇りに思う。

国信の幻は、だから――と、大きく両腕を広げ、七原を誘っていた。

――だから、もう休めよ。誰もおまえを責めたりしないさ。


そうだよな……オレは精一杯やったんだ……。
初めから、これは勝ち目の無い勝負だった。でもオレは一度もあきらめなかった。
だから、誰もオレを責めたりしない。今、ここで動かないことも仕方ないんだ。
オレは動かないんじゃない。動けないんだ。


――本当にそうなのか?


仕方ないと思っても、七原はそう思った。
本当にオレはベストを尽くしたのか?これで満足なのか?
三村は、今、命をかけて戦っている。その友達を見捨てるのか?
だが、国信の幻はさらに言った。

――見捨てるんじゃないよ。秋也は頑張った。でもどうしようもなかったんだ。

そうだ……動けないんだから、どうしようもない。だが――。

――だから、ゆっくり休みなよ秋也。オレ達と一緒に、あっちの世界に行こう。


「……違う」


――さあ、オレの手を取って。みんな、一緒だから寂しくないよ。

「違う!おまえは慶時じゃない!!」
七原は、差し出された、その手を振り払った。


「たとえ動けなくなってもあきらめるわけにはいかないんだ!!
今、やらなかったら、オレは後悔する。最後まで絶対にあきらめない!!」

――秋也があきらめなくても、もう何も出来ないんだよ。

「そんなことはない!!」

――だって、今からじゃあ間に合わないだろ。

「……そうかもしれない。でも……オレはあきらめない!!」

ハッとした。目が覚めた。


「……今のは」
夢……?なんて、恐ろしい夢なんだ。
七原は立ち上がろうとした。走るんだ、それが無理なら歩いてでも……。
道路の脇に止められている車が目に入った。
「…………」
七原はハッとした。そして大きめの石を持って立ち上がり車の窓をぶち割りドアを開けた。
「確か、助手席に……あった!!」
発炎筒だ。七原は、それを手にし、高々と腕を上げた。
「……頼む、気づいてくれ!」














まるで地滑りするかのように屋根が滑り落ちてきた。
この火事で、炎が屋根に燃え広がったのだ。
先ほどの鈍い音。あれは、屋根を支えている柱が砕けたものだろう。
燃えながら落下した屋根は高尾と三村を引き裂いた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。三村は立ち上がって走った。
当然、高尾も追いかけようとするが、その高尾の前に、さらに次々と屋根が落ちてきた。
まるで三村を守るかのように、高尾のゆく手を遮っている。
三村は振り返った。自分と高尾の間には炎が。
だが三村はギョッとした。高尾がプロパンガスボンベのホースを引きちぎって、こちらに向けた。


まずい!あせる三村。目の前に飛び込んできた家の裏手にあった沼に飛び込んだ。
水中を泳ぐ三村。上を見上げると、水面が赤く染まっている。
今、水面から顔を出せば、即席の火炎放射器のえじきになる。
三村は息を殺し、ジッと待った。一分……二分……苦しい。
運動神経抜群の三村は、水泳も人並み以上に出来たが、さすがにダイバーのようにはいかない。


(……ダメだ。このままでは遅かれ早かれ死ぬ。そうなったら、あいつはオレの遺体を確認して立ち去るだけだ)
三村は覚悟を決めて、ゆっくりと浮上した。
(オレが死ぬときは、おまえも道連れだ。一人じゃ死なない!)
浮上しながら、三村は懐からビニール袋を取り出した。
(こんなヤバイしろもの、今使うとは思わなかったな)
ビニールの中には水あめのような透明の半液体が入っている。
三村は、それを水面ギリギリの位置から投げた。同時に、再び沼の中に潜った。




(――あれは)
高尾が噴射し続けているプロパンガスの火炎。その炎の中に、ビニール袋が投げ込まれた。
高尾の動体視力は、それを捕らえた。半液体のドロドロしたものが入っている。
(ニトログリセリン!)
高尾は瞬間的に、それがなんなのか察した。
科学省は戦闘訓練だけではなく、あらゆる分野の知識も授けてくれた。
ノーベルによって編み出されたダイナマイトの原料に使用されるニトログリセリン。
血管を広げる作用があるため、心臓病患者の薬として病院などにも置かれている。
そのニトログリセリンを水絆創膏と混ぜた、原始的な即席ダイナマイトだ。
水中の三村の耳にもはっきり聞えた。ダイナマイトが派手に吹き飛んでくれた凄まじい音が。

(やった!)

三村はガッツポーズして水面から顔を出した。
「……はぁ……はぁ!」
空気がこんなにありがたいものだなんて。三村は這うようにして岸にあがった。まだ苦しい。
背後では煙と炎で、高尾の姿は確認できない。
できないが、ダイナマイトをもろにくらったんだ。無傷ではないだろう。

(……物音も気配も全く感じない……やったんだ。オレは勝った……)

高尾は死んだ。三村は、そう判断した。
沼から、やっとの思いで全身を引き上げ数メートル這って、倒木にたどり着いた。
倒木に上半身を乗り上げる体勢になり、呼吸を整えた。

「……終わった」


――ドスっ!


「…………」
三村の首筋に赤い亀裂が入った――。
倒木に深々と突き刺さっているのは沼のほとりに捨てられていた二股の銛だった――。














美恵、大丈夫よ。三村くんも、七原くんも、すぐに戻るわ」
光子は、「だから、窓の外ばかり覗いてないで、食事でもしましょう」と誘った。
腹が減っては戦は出来ないでしょ、と光子は笑って見せた。
「……そうね。光子の言うとおりだわ」
いざというときに空腹で体力ゼロでは話にならない。
美恵は光子の意見を素直に聞き入れることにした。そして、もう一度だけ窓の外を見た。


「……え?」
美恵は窓に飛びついた。
「どうしたの?」
光子が心配そうに肩に手を置いてきた。
「あれ!」
美恵の声の調子に、光子も思わず窓に飛びついた。
「何なのアレは?」
遠くで赤い煙が立ち上っている。
「どうした?」
桐山が二人の異変に気づいて尋ねてきた。
「煙が、赤い煙がでてるの」
桐山は立ち上がると、窓に近づいた。
「……発炎筒だな」
「発炎筒?……一体、誰が」
そうだ、問題は、発炎筒そのものより、誰があれを使っているのかということだ。


「……七原?」
三人の背後から、低く貫禄のある声が聞えた。
「……川田くん?」
「まさか……あれは」
川田の考えた事は、そのまま三人の考えと同じでもあった。
今、この島にいるのは、自分達4人と、七原と三村、そして二人の転校生だけ。
転校生たちが、こんなバカバカしいことをするわけがない。
すると選択肢は二つに絞られる。七原と三村。そして疑問が一つ浮ぶ。
こんな時に、自分の居場所をわざわざ教えるような馬鹿な行為をなぜするのか?
答えは一つしかない。危険を承知であえてしなくてはいけない非常事態が起きたからだ。


「川田、二人はなぜオレ達から離れた?」
川田は心拍音が速まるのを感じた。
「こんな時に、何も言わずに離れるなんておかしいと思っていた。
おまえは二人は武器の調達だと言ったが何かがおかしい」
「…………」
川田は黙ったまま懐から煙草を取り出した。震えそうな指を何とか制御し、煙草を口に運ぶ。
「川田、煙草が逆さまだぞ」
「……!」
川田はくわえた煙草を離した。微かに震えている。
「……川田くん」
川田の様子はあきらかにおかしかった。美恵や光子にも、はっきりとそれはわかった。




「川田くん、三村くん達は、本当は何をしてるの?」
三人の視線がいっせいに川田を射抜いた。
「……こうなったら、隠しようがないな」
川田は火をつけてない煙草を床に捨てると踏みつけた。
「三村は死ぬ気だ。自分の命と引換えに高尾晃司を殺すつもりなんだ」
桐山は無表情だったが、美恵と光子は呆気に取られた。
「あいつを本気であの世に送るためには自分の命を惜しむ余裕なんて無い。
だから三村は、あいつを道連れにして死ぬ気なんだ」
「七原くんも……?」
「七原は……三村の手伝いをするといってな。準備が出来次第、七原は戻ってくるはずだったんだ……」
「じゃあ……あれは?」


美恵は考えた。あの発炎筒はおそらく救援の合図。
死を覚悟した三村がそんなことするはずがない。するとすれば、それは七原だろう。
美恵の考えを裏付けるように、桐山が、「あれは七原か」と言った。
「ああ、おそらくそうだな。あいつは、いい奴だ。
三村本人の望みだろうと、みすみすと、あいつを見殺しにできるわけがない」
「つまり、三村と高尾晃司……いや、周藤晶かもしれない。
どっちにしろ、三村と転校生の戦いはすでに開始した。そう考えて間違いなさそうだな」
「すぐに助けに行かないと!!」
美恵は走り出した。慌てて光子が、その腕を掴んだ。




「何、言ってるの美恵!まだ状況も全然わからないのに、動くのは危険よ!!」
「でも三村くんと七原くんが!!」
「下手に動いたら、あの二人だけじゃない。あたし達全員が死ぬ事になるわ!」
光子の言葉は冷たいようだが、実に冷静な判断でもあった。
「オレも、相馬の意見に賛成だ。動くべきじゃない。
オレも最初はとめた。だが、三村はやるといってきかなった。三村が自らの意思で決めたことだ」
「……そんな」
「仮に動くとしても、不用意には動けない。もう少し様子を見るんだ」
「でも、合図を送ってきたということは切羽詰った状態ということじゃないの?
今、何もしなかったら、三村くんと七原くんのどちらか……。
いえ、もしかしたら二人とも死んでしまうような最悪の状態かもしれない。
それでも……それでも、動いてはいけないの?」
「……残念だが」
川田と美恵のやり取りを聞いていた桐山が静かに言った。


美恵は二人を助けたいのか?」
それは、今さら少々的外れな質問だった。
「桐山くん?」
「助けたいのか?」
「ええ、もちろんよ」
「そうか。おまえは二人を助けたいのか」
桐山が武器を詰め込んだディバッグを肩にかけた。


「おい桐山、どこに行く気だ!?」
美恵の望みだ。二人を救出する」




【B組:残り6人】
【敵:残り2人】




BACK   TOP   NEXT