「み、三村!」
「伏せろ七原!」
三村が七原に覆いかぶさった直後に爆音と爆風が辺りを包み込んだ。
呆気にとられる七原だったが、すぐに煙の中にいるであろう高尾の姿を探した。
あいつが簡単に死ぬとは思えない。どこだ?どこにいる?
「ぐずぐずするな!」
しかし、三村は違った。高尾の姿を確認することはない。
そんな暇などないことをわかっていた。
三村は塀の上にぱっと飛び乗ると、七原の腕を掴み強引に引き上げた。
「早くしろ!」
距離を稼ぐんだ。こんな至近距離では勝ち目がない。
三村は七原を引っ張り込むように、塀の向こう側に移動。
ごく一般的な大きさの洋風の邸宅。その庭に降り立った。
「走るぞ!」
三村は、一度だけ振り返った。そして見た。
もくもくとあがる煙。その中からスッと高尾が飛び出してきたのを。
塀によじ登ることなく、一気に飛び上がり塀の上に降り立った。
「クソ!七原、飛び込め!!」
三村は七原の肩を掴むと、家の陰の飛び込んだ。
キッチンの裏側らしく、プロパンガスボンベが二つ並んでいる。
三村は、そのボムホース部分を力任せに引き抜いた。
「三村、そんなもの何に使うんだよ?!」
「黙ってろ!これはやるかやられるかの真剣勝負なんだ!」
三村はライターを取り出すと点火。プロパンガスボンベが火炎放射器に早代わりした。
キツネ狩り―161―
「ねえ、一度学校に戻ったほうがいいんじゃないの?
脱出用の飛行機確保も大事だけど、武器も手に入るかもしれないし」
「相馬、おまえの言うとおりだが、不用意に近づくのは危険だ。
オレ達が思ったくらいなんだぞ。転校生が近づかない保証はない」
「そうね……ばったりご対面なんて冗談じゃないわ」
かといって、残りの弾丸も心もとないし、やはり、いつかは戻らなければならないだろう。
あそこは(鳴海が全滅させたとはいえ)専守防衛兵士が大勢いた。
当然、連中が持っていた武器が転がっているはず。行ってみる価値は十分あが今はダメだ。
(……三村、おまえ、本当に、あの化け物を倒せる自信あるのか?)
行かせてよかったのか?力づくでも止めるべきじゃなかっただろうか。
川田は不安を拭いきれなかった。
炎が一直線に高尾に襲い掛かった。
どんなプロでも業火に焼かれれば死ぬ。少なくてもダメージは負うはずだ。
だが、高尾の身体能力のほうが勝っていた。
炎が高尾に襲い掛かった瞬間、高尾はまるで背中に翼が生えたとしか思えない跳躍をした。
そのまま、庭にあった灯篭の先に、いったんつま先を触れさせたと思ったら、さらに高く飛んでいた。
その手には、拳銃がキラリと鈍い光を放ち、銃口は真っ直ぐに三村達に向けられている。
ヤバイ!三村は瞬間的に、そう感じた。プロパンガスボンベを使ったことが裏目に出た。
「七原、走れ!」
三村はボンベを突き飛ばすと、クルリと向きを変え走った。
横倒しになっても、なおもボンベは炎を吐き、庭は瞬く間に火の海になった。
走る三村。慌てて後を追う七原。
拳銃が大きな音を発した。直後に、三村が先ほど即席で武器にしたボンベが大爆発。
その爆風に、二人はバランスを崩した。崩したが、対丈夫だ倒れてない。
二人は垣根を飛び越えて隣家の敷地に入った。すぐに高尾は追ってくるだろう。
防弾チョッキも防弾盾もないんだ。被弾したら終わりだ。
とにかく、身を隠さないと。その思いで七原は玄関へと続く階段を駆け上がっていた。
「三村、こっちだ!家の中に隠れるんだ!」
「ば、馬鹿、七原!ダメだ、そっちは……!」
七原は玄関の扉に手を掛けた。よかった鍵はかかってない。
勢いでドアを開け、中に逃げ込んだ。
「ダメだ、七原!逃げ場がなくなるぞ!」
ダメだ。遅すぎる。三村も家の中に飛び込んだ。そして鍵をかけた。
「これで、とりあえずは大丈夫だな。なあ三村、何か作戦考えないと」
「とにかく、裏口からでよう。ここにいたら時間の問題だ」
リビングルームの方から物音。サッシ窓のガラスが割られたのだろう。
「あいつだ!」
七原は二階に続く階段を反射的に駆け上がった。
「なっ……待つんだ七原!!」
ホラー映画でも『二階に逃げるな』は鉄則なんだぜ!!
三村は舌打ちして、自分も階段を駆け上がった。
そして、廊下の一番奥のドアに飛び込む。子供部屋のようだ。
ドアを閉めると、三村はベッドを持ち上げた。七原もそれを手伝う。
ベッドをドアにたてつけ、即席のバリゲードをしいた。もちろん、こんなもの持って数分だろう。
「すぐにベランダから逃げるぞ」
「待てよ。待ち伏せして、あいつを殺したほうがよくないか?」
「返り討ちにあうのが関の山だ。忘れるな、相手は戦闘のプロなんだ。
所持している武器もオレ達より上。接近戦はヤバイ」
それでも三村は素早く糸と火薬を仕掛けるのは忘れなかった。ドアが開いたら点火する仕組みになっている。
「行くぞ!」
二人がベランダに出ると、メシッと嫌な音がした。
「三村、あの音!」
「気にするな。飛ぶぞ!」
ドアが蹴破られた。ベッドごと扉が粉砕している。
ドン!と爆発。二人は、その結果を見ることなく、ベランダから飛び出した。
地面に着地したはいいが、足が痺れている。もちろん、そんなもの気にしている暇は無い。
「こっちだ七原!」
ガレージに赤い車が見えた。三村が知っている型だ。
確か、オートマチックだったはず。それなら、運転は可能だろう。
二人は車に飛び込んだが、七原は肝心なことを思い出した。
「三村、鍵!」
「直接繋ぐ!」
三村は、サバイバルナイフの柄で、ハンドルのキー部分を力任せに叩き壊した。
そして、直接エンジンを手動で繋ぐと、アクセルを踏む。
「三村、あいつだ!」
くそ、やっぱり、あんなチャチなトラップ時間稼ぎにもならなかったのかよ!
車の走行路を塞ぐかのように、真正面に降り立った。
三村は構わずアクセルをさらに深く踏み込んだ。
「七原!おまえは伏せてろ!!」
銃で反撃してくるだろうことを予測して、三村は叫んだ。
「どんな化け物だって、車にタックルされて無事でいられるかよ!」
グンと加速する車が、高尾目掛けて一直線。このスピード、そして距離。避けられるはずがない!
だが、高尾の身体能力は三村の上をいっていた。
衝突する、まさにその瞬間、高尾がまるでハードルのように車を飛び越えたのだ。
飛び越えただけではない。ドンと音がした、天井から。
三村と七原は顔の色を失った。上だ!真上に飛び乗りやがった!!
「畜生!!」
三村はハンドルを激しく左右に回した。振り落としてやる!!
その願いが通じたのか、高尾が飛び降りた。
やっと!と思ったのはほんの一瞬。バックミラーに拳銃を構えている高尾の姿が見えた。
銃声。その直後にパンッ!と弾けた音がしてガタンと車体が大きく傾いた。
「み、三村、タイヤが!!」
いわれなくてもわかってるさ!あの野郎、前輪を撃ちぬきやがった!!
バランスを立て直そうとする三村だったが、高尾を振り落とす為に上げたスピードが仇になった。
車は制御出来ないほどバランスを崩し、大きく回転し、横倒しになったのだ。
「うわぁ!」
ギギィーと、嫌な音が耳に響く。車とアスファルトが摩擦し火花を放っているのだ。
そのまま車は数十メートル滑った。
「……ぅ」
車が回転したときに頭をぶつけたみたいだ。ふらふらする。
三村は、ぼんやりしながらも、バックミラーに目をやった。
はるか後方に高尾がいる。高尾がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「……七原」
七原は……三村はギョッとした。七原が目を閉じ動かない。
「おい七原!」
揺さぶった。七原が呻き声をあげる。
良かった。生きている、ちょっと気を失っただけだったのか。
「すぐに出るぞ」
「み、三村……」
「何だ?」
「……はずれない……んだ」
「外れない?なにがだ?」
「……シ、シートベルト……が」
「何だとっっ!!?」
顔面蒼白の三村。しかし、さらに顔色は失われていく。
バックミラーに、大型トラックに乗り込んでいる高尾の姿が映ったからだ。
『坂持が死んだ?』
「ああ、そうだ」
『晶、おまえ坂持を守ってやらなかったのか?問題になるぞ』
「坂持は、官僚としての職務に殉じた。それだけだ」
『まあ、そうだろうが、あいつが死んだ以上、こっちもやりにくくなったぞ』
「わかってる」
坂持は一定時間ごとに本部と連絡していた。
その連絡が途絶えた場合、非常な事態に陥ったとされ、軍隊がなだれ込む。
それを周藤は、上官の鬼龍院に止めてもらっていた。
周藤が出している定期連絡を、坂持からのものだと偽って処理してくれているからだ。
しかし坂持が死んだ以上、それも終わりだ。
死人がそんなこと出来るわけがない。周藤の一人芝居に終わりが来た。
『さっさと片付けろ晶。後はたったの6人だろ。特撰兵士のおまえにとっては容易い人数のはずだ』
「ああ、了解した」
周藤は静かに携帯電話をとじた。
「容易いか……言ってくれるぜ」
他の連中はともかく、桐山和雄は特撰兵士クラス。いやⅩシリーズクラスなんだ。
「こんなことなら天瀬美恵を、もっと有効利用してやるべきだったかな」
周藤は腕時計を見た。定期連絡は六時間ごと。
(連絡が途絶えれば、一時間以内に軍がなだれ込んでくる)
――後、七時間。いや、それ以下の時間で決着をつけなければ。
「み、三村……オレに構わずに逃げろ」
「馬鹿な事言うな。そんな、くだらないこと言っている暇があったら、ベルトを外せ!」
だが非情にも、ベルトは外れない。
「オレはダメだ。あいつが来る前に逃げろ三村……」
バックミラーに映るトラックがエンジン始動。まずい!非常事態なんてものじゃない!
トラックが動き出した。つっこんでくるつもりか!
こんな車、あんな大型トラックにつっこまれたらひとたまりもない。
「く、くそ。ナイフ……ナイフは」
サバイバルナイフがない。何処に行った?
あった。座席の後ろに落ちている。三村は手を伸ばしたが届かない。
その間にも、トラックは向きを変え、こちらに向かって真っ直ぐ走り出した。
「もう少し、もう少しなんだ」
三村は腕を精一杯伸ばが、あと少しのところで届かない。トラックが迫ってくる。
「み、三村!!もうダメだ、ダメなんだよ!!」
「届いた!」
三村は、ベルトを切り離した。
「早く出るんだ!!」
七原を引きずるように車の外へ。直後、トラックが!
二人の目の前で、おそらくはまだ新車であった赤い車が一瞬で鉄くずと化した。
トラックは、キキッと音をたてクルッとUターン。
「走れ七原!」
七原が走った。三村も反対方向に走る。そして路地裏に飛び込んだ。
大型トラックでは、路地裏には侵入できない。だが七原は、まだ格好の標的。
三村は、火炎瓶に火をつけると、自分の真横を通り過ぎるトラックのマフラーに突っ込んだ。
「七原!土手だ、土手に上がれ!!」
七原は言われた通り、道路から土手に駆け上がった。
大爆発が起きた。トラックのエンジンが破壊され、ガソリンに引火したのだ。
「……七原」
高尾はどうでもいい。あの爆発で生きているわけがない。
少々呆気ないが、軍のエリートも、生身の人間だったということだろう。
気にするのは七原一人でいい。爆発に巻き込まれてなければいいが。
三村は煙の中をかいくぐって七原を探した。
「どこだ、七原!!」
「……み、三村」
かすかだが確かに声がした。三村は声の方向に向かって走った。七原が倒れている。
「無事か七原!」
「あ、ああ……何とかな」
「立てるか?」
「ああ……」
三村は七原に肩を貸した。
「やったんだな……オレ達、あいつに勝ったんだよな」
「ああ、やった。後は一人だ。あと一人倒せば終わりだ」
「そ、そうか……」
二人は歩き出した。煙と炎で視界は悪かったが今は希望が見える。
「……三村」
「何だよ」
「オレ……全てが終わったら美恵さんに告白するよ」
「そうか」
「川田がさ……この国では、もう生きていけない、アメリカに逃亡するしかないって。
あっちにいったら、オレ頑張るよ。彼女が頼れるような男になる」
「……そうか。頑張れよ」
「ああ。それから三村、オレ、もっとギター上手くなって……三村?」
三村がおかしい。急に立ち止まった。
「三村、どうしたんだよ?」
三村……まさか、おまえ震えているのか?
「……そんな、馬鹿な」
「おい、三村」
「七原……」
三村は懐に手を伸ばした。もう火炎瓶はない。あるのは銃だけだ。だが、弾が残り少ない。
「三村、どうしたんだよ」
三村の様子がおかしい。七原は、ゆっくりと顔を上げた。そして言葉を失った。
「……そんな」
煙に向こうに影が一つ。あれは……あれは人影。
どうして!!あいつは死んだ、死んだはずだ!!
まさか、もう一人の転校生のおでましなのか!?
三村が発砲していた。土手に沿って停車してあった車に向かって。
「み、三村!!おまえ、何してるんだよ!!」
「全速力で逃げるんだ七原!!」
車が爆発した。連鎖反応を起こして、停車してあった四台ほどの車が次々に爆発していく。
二人は、それを見届けることなく、クルリと向きをかえると走った。
オレとしたことが迂闊だった!!
あの時だ。奴は、オレがマフラーに火炎瓶を入れるのを、おそらくバックミラーで見たんだ。
そして運転席から外に出た。オレからは死角になって、それが見えなかった。
ドライバー不在でも、スピードに乗ったトラックは七原を追いかけた。
だから何の疑いもなく、転校生が乗っていると思ったんだ。
オレは空のトラックをぶっ壊しただけだったんだ!!
二人は、垣根を飛び越えた。そして、庭の隅にあった物置に飛び込んだ。
「……三村、これからどうする?」
「…………」
「おい、三村?」
「七原、一つ頼んでもいいか?」
「ああ、オレに出来ることなら何でもするぜ」
「そうか。それを聞いて……安心したぜ!」
ドン!七原の腹部に鈍い痛みが走った。
「……え?」
七原の腹に三村の拳が食い込んでいる。
「……み、三村?」
「一緒に戦うって言葉嬉しかったぜ。でもな、やっぱりダメだ。
最初の予定通り、命捨てないと、あの化け物には勝てそうもない」
「お、おまえ……何考え……て」
七原は三村にしがみついた。だが意識が薄れてゆくのか、ずずっと身体が下がっていく。
「サンキュー七原……七原、オレも」
七原の意識が遠のいていく。
「……オレも天瀬のことが好きなんだ」
最後の言葉は七原の耳に届かなかった。
七原を物置の隅にそっと横たわせ、その上にシートをかけた。
そして、覚悟を決めた目で立ち上がると物置から出た。
全速力で走った。電信柱やブロック塀を上手く利用して弾にあたらないように。
程なくして高尾が追いかけてきた。弾を無駄遣いしたくないのだろう、発砲してこない。
――そうだ。それでいい。これで七原から奴を引き離せる。
――さあ、追って来い、高尾晃司!
――七原なんかかまわずにオレを追って来い。
――この先には、おまえの為に用意した最終ステージが待ってるんだ。
――だから
――頼むから、オレを追って来い!
【B組:残り6人】
【敵:残り2人】
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