『ねえ。お兄ちゃんは見合い結婚と恋愛結婚どっちがいいと思う?』

当時、まだ小学生だった妹の無邪気な質問。
オレは笑いながら適当に答えはしたものの、心の中ではこう言っていた。

――郁美、オレは多分一生結婚はしない。

結婚ってのは二種類ある。
一つは、親父とおふくろのように、世間体とかそんな詰まらないものに縛られてするものだ。
だから、どんなに冷めた関係になっても、離婚だけはしない。
そんなものオレはごめんだ。オレは世間体なんか一切気にしない。
一生一人でも生きていける。新しい家族なんか必要としない。
もう一つは、本当に愛し合ってする結婚。これはオレにはさらに出来ない相談だ。


七原や杉村は、きっとこういう結婚をするんだろうなと考えていた。
あいつらは家庭を作る為に、いずれ惚れた女と結婚する。

オレと違って――。

オレには無理だ。
女の子と付き合うのは簡単だ。
キスをするのも簡単だった。
その先も呆気ないものだった。

でも、たった一人の女の子を心から好きになった事だけは一度もない。
そういう意味ではオレも桐山のように、どこか欠けている人間なのかもしれないな。
――だがな、郁美。今のオレはあの時のオレじゃない。
今は違う。たった一人の女が、心の底から好きだ。

だから、オレは戦う。彼女の――天瀬の為に。




キツネ狩り―160―




「三村、これでいいのか?」
「ああ、助かる。それから、今度は農協から、このメモに書いてあるものを揃ええてくれ」
「肥料なんか何に使うんだよ」
「爆弾の材料さ」
「え?こんなものが使えるのか?やっぱり、三村は凄いな」
三村と七原は街の中心地にいた。理由は簡単だ。ここが奴の墓場だから。
(はっきりいって、オレが真正面からぶつかって殺せるほど甘い相手じゃない。
だが、あいつも生身の人間。そこが狙いどころだ)
高尾は森を灰にした。もちろん、本人は炎にまかれる前に脱出しただろう。
しかし、脱出できなかったら?


(奴は死ぬ。高尾晃司、おまえ自身がオレにヒントをくれたんだ)
三村は叔父の形見のキーホルダーをじっと見詰めた。
(叔父さん、オレに力を貸してくれ。オレには、これしか手がない)
戦闘能力も、武器のレベルも、奴の方が断然上。だから、これしか手がないんだ。
(いくら人間兵器でも、爆風と灼熱の炎に巻かれれば死ぬしかないだろう)
ただし大人しく死んでくれるわけがない。爆発圏から逃げられたら終わりだ。
三村は、体を張って、高尾を足止めにするつもりだった。
それは――必然的に、三村自身の死を意味していたにも係わらずだ。
田舎の島で、一番建物が密集しているのは、この中心街。ここに奴をおびき寄せ死んでもらう。




「三村、集めてきたぞ」
「サンキュー」
「それから三村」
「何だ?」
「オレも一緒に戦うぞ」
「七原?」
「やっぱり、おまえ一人じゃ無理だ。だから、オレが一緒にいてやるよ」
「おまえは川田達のところに戻る約束だっただろ。戦闘準備を手伝ってくれただけで十分だ。
今は桐山があんな状態で、川田が一人で留守を守っている状態なんだ。
変な同情はやめて、さっさと戻って川田を手伝ってくれ」
「そうはいくか。正直言って、おまえ一人でなんて心配でほっとけないんだよ。
おまえ言ったよな。道連れにしてでも倒すって。そんなことさせてたまるか。
一人ならそうなるかもしれない。でも、オレとおまえが力を合わせれば、命を捨てなくても、きっと勝てるさ。
忘れたのか?オレとおまえのコンビで球技大会で優勝したこと」

覚えてるさ。思えば、あれがオレとおまえの始まりだったよな。
オレにとって一番大切な友達はずっと豊だった。
でも、豊を除けば、おまえが一番気のあった親友だったよ。

「もう生き残っているのはオレ達六人だけ。オレはもう、この内の誰が欠けても嫌なんだ。
普通の中学生だって、その気になりさえすれば、勝てるって事、オレとおまえで証明してやろうぜ」
「七原」
正直、三村は七原の明るさが羨ましかった。
「何、しけたツラしてるんだよ。大丈夫だ、サードマンとワイルドセブンのコンビに不可能なんてないだろ」
「……ああ、そうだな」
三村はちょっと強引だが笑みを浮かべた。
ほとんどは、「現実は甘くないんだぜ」という意を込めた苦笑。
でも、残りは、きっと、「サンキュー七原」だっただろう」
二人は、その後も、せっせと働いた。この小さな田舎町を高尾晃司の墓標にする為に。




数時間が経過した。三村が所々仕掛けておいた空き缶トラップは無反応だった。
だから、高尾(それと、もう一人の転校生)はおろか猫一匹、このトラップエリアに入ってない。
三村の特製爆弾。発火装置。七原が思った以上に頑張ってくれたのか予定より早く仕上がった。
「もう少しで完成だな。なあ、どうやって転校生をおびき寄せる?」
「そうだな。ベタすぎるが、何か目立つ事をして……」
三村が突然歩みを止めた。ほんの数メートル前には空き缶トラップ。
空き缶は落ちておらず、誰も糸に引っ掛かっていない。
それなのに、三村の目は見開かれ、その表情は強張っていた。


「三村?」
「……七原、銃を出しておけ」
「どうしたんだよ三村」
「いいから、出しておけ!」
呆気に取られる七原だが、言われた通り、とりあえず銃をだした。


「走るぞ!」
「ど、どうしたんだよ三村!」

転校生はいないじゃないか。何をそんなに慌ててるんだよ?
七原は三村の後を追いながら、何気なく背後にちらっと振り返った。
太陽の中心に陰があった。七原の目の中で大きくなってゆく。

なんだ、あれは?鳥……?
違う……あれは……あの飛んでいるのは……。

「転校生っ!!」

七原が叫ぶと共に、ぱらららと古びたタイプライターのような音が響いた。














「それで桐山くん、体のほうは大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。体力が回復次第、残りの二人を片付ける」
「頼もしいわぁ。頑張って、あたしと美恵を守ってよね」

おいおい相馬……お嬢さんとおまえさんだけかよ。

川田は煙草を灰皿に押し付けながら苦笑いした。
桐山さえ動けるようになれば勝つことも夢じゃなくなるが、それだけじゃだめだ。
川田には、心配事がもう一つ増えていた。


「川田くん」
それを察したのか、美恵が心配そうに声を掛けてきた。
コーヒー(インスタントだが、贅沢も言ってられない)を差し出しながら。
「……七原くんと三村くん、遅いわね」
「いや、このくらいの時間は想定内だ。心配するな」
「……そう」
七原と三村は、武器の調達と偽って外出していることになっていた。
三村の決意を知っているのは川田だけ。桐山も光子も、そして美恵も何も知らない。
知っていたら、美恵のことだ。きっと反対しただろう。


「あのひとの話が気になるのね……」
「そうだな。それもある」
あのひととは、もう一人の転校生・周藤晶だ。
周藤が話した、自分達は決して生きて帰れないという信じたくない話。
だが、おそらくは真実だろう。
転校生を倒しただけではダメだ。なんとか、この島から脱出して政府から逃げないと。


「あ、あの……」
「なんだ?」
「海上に軍艦が待機しているでしょ?上手く夜の闇に紛れて漁船で逃げる事は可能だと思う?」
「見付かってすぐに追いつかれるのが関の山だな」
「……やっぱり」
「残念だが、この島に軍より早い船なんかない」
「学校に……」
「学校?」
「学校に軍の車両がいっぱいあったでしょう?」
確かにあった。軍の装甲車をはじめ、最新鋭のものが数台。
もっとも、桐山の強行突破の際に破壊され、大半が焼け焦げた鉄クズになってしまったが。


「学校を出発したのは夜だったから、よく見えなかったけど、飛行機がなかった?」
「大したもんだ。他の連中は恐怖でそんな観察している余裕はなかったぜ」
軍用ヘリコプター、軍用輸送機、水陸両用飛行機、確かにそんなものがあったな。
「あれだったら、軍艦よりスピード出るでしょ?」
「いいアイデアだが、操縦できる奴がいない。オレに動かせるのは船舶と車くらいだ」
美恵が、がっくりと肩を落した。

「できるぞ」

りんとした静かな声がした。
「桐山、おまえ、今なんていった?」
「操縦ならオレが出来る。そう言ったんだ」
「本当か?」
「ああ、セスナとヘリの操縦くらいできる。基本さえわかっていれば、他のも似たようなものだ」
「おまえがいてくれて本当に良かったよ」
これで希望がでてきた。後は転校生だ。
あの二人を倒した後、すぐにこの島からトンズラすれば、死なずに済むかもしれない。














「み、三村、危ない!!」
七原の何を持ってリトルリーグ時代に天才と言われたかといえば、動体視力だった。
そして、その動体視力に対して、すぐに反応できる身体能力。
太陽を背にしたシルエット。何かをこちらに向けていることだけはわかった。
形からマシンガンだとわかった。その銃口が三村の背中を狙っている事も。
七原は三村に飛び掛っていた。直後に、ぱらららと嫌な音。
間一髪で、二人は塀の陰に飛び込むことに成功していた。
七原のシューズの踵が無くなっている。運よく足は怪我してない。紙一重だった。


「畜生!あいつ、空き缶に気づいてたのか!トラップ避けてたんだな!
でも、なんで、あいつが来てるってわかったんだよ三村?」
「あんな子供だましがプロ相手に通用するか自信なんてなかったんだ。
だからトラップの周囲所々に、ほんの少量砂をばら撒いておいたのさ。それに靴跡がついてたんだよ」
さすがは三村と、感心している余裕はなかった。
高尾が走ってくる。くそ!こっちだって銃があるんだ、舐めるなよ!!
七原は塀から少しだけ身を乗り出し、腕を伸ばした。
その腕の先には、拳銃がキラリと鈍い光をはなっている。
さらに、今度は火を噴いた。弾丸は一直線に高尾に向かって飛んでいくだろう。
だが、身を乗り出した七原は自分の目を疑った。
七原が身を乗り出すと同時に、こちらに走りこんできていたはずの高尾の姿が消えたのだ。
銃弾だけがむなしく空中を走っている。


「上だ七原!!」
三村の声。同時に、七原に何か影が覆いかぶさった。
七原は反射的に見上げる。あの一瞬で、高くジャンプしていた高尾が塀に着地。
「こっちだ七原!」
三村は咄嗟に持っていたライター(点火済み)を投げると、七原を引っ張るように立ち上がった。
ライターは塀の隅に置かれていた黒い袋に着火。
一見、ただのゴミ袋に見えるが、それはフェイク。三村が、日用品を元に作った爆発物だったのだ。
ドーン!と音がして、ほどなく爆風が砂煙をおこした。三村と七原は近くになったポストの陰だ。


「やったのか!?」
高尾が死体になっているという期待を込めて、砂煙が収まるのを待つ七原。
しかし、三村には、そのつもりはなかった。
「走るぞ!」
「え?何でだよ、死体の確認が……」
「あの程度のしろもので倒せるなんて思っちゃいないんだよ!」
作った三村が一番よくわかっていたが、材料がおそまつなら、出来上がったものも爆弾とまでいえないものだった。
ただ、敵の目をくらましたりと、役には立つ。
そう思って、三村が、戦場に選んだこのエリアの所々にしかけたものだった。

砂煙が収まる前に逃げるんだ!
奴は死んでなんかない。そのくらいで死ぬようなら苦労はしないぜ!

三村の考えはすぐに証明された。砂煙の中から、五体満足の高尾が飛び出してきたのだ。
「三村、あいつ生きてるぞ!!」
「ああ、わかってる。全速力で走れ!!」
二人の前方を遮るように車が路上駐車されている。
(こんな田舎の島に不似合いな赤いスポーツカーだった)
だが、二人とも運動神経にかけては非凡な中学生。ボンネットを滑るように飛び越えて、車の向こう側に。
直後にまた、ぱらららと嫌な音。




「くそ!飛べ七原!!」
焦る三村。そうだろう、撃たれたのは車だ。
ガソリンタンクにもしも被弾していたら、車が走行能力を失うだけでは済まない。
二人は走った。そして盗塁するかのように地面に滑り込む。
三村の予想通りだ。先ほどの爆発とは比べ物にならないほど大きな爆音が轟いた。
二人は頭を抱え、地面にしがみつく。その背中にぱらぱらと車の部品が降り注ぐ。
バン!と、やや大きめな音がして、七原のほんの十センチほど前にタイヤまで落ちてきた。


「じょ……」
下手したら後頭部に打撃を受けていた七原は顔面蒼白。
「冗談じゃないぞ!!」
車は激しく炎上。敵の姿が見えない。
見えないが、きっと、あの炎を飛び越えて、やってくるだろう。
「来た!」
炎の中から、何かが飛び出してきた。七原は立ち上がった。そして銃を構えた。


「お見通しなんだよ!」
七原は即座に発砲した。
「全弾ぶち込んでやる!!」
「ま、待て七原……」
爽快すぎるくらいリズムカルに銃声が続いた。

一発、二発、何発でも、おまえが死ぬまでぶち込んでやる!
炎の中から、蜂の巣になった姿が見えるまでな!!


「……え?」
何かが炎の中から飛び出してきた。七原の望み通り蜂の巣状態だ。
だが、それは人間ではなく、棒の部分が折られた看板だった。
「ど、どうして?」
呆気にとられる七原。次の瞬間、七原の背中に強い衝撃が走った。
「……くげっ!」
背中が腰の辺りで折れるのではないかという位に七原は反り返った体勢になり、その勢いで地面に激突した。
「な、七原!」
地面に突っ伏した七原。その背中に高尾が着地していた。
「き、貴様!」


いつの間に、背後に回ったんだ?
そんな疑問もあったが、三村は疑問より先に行動にでた。
すっと銃を向けた。この至近距離、頭、頭だ。容赦なく頭部を撃ちぬけ!
だが三村が引き金を引く前に、高尾がスッと、その長い脚を上げた。
同時にガン!と三村の手に痛みが走り、直後痺れ、銃が落ちる。
「く、クソ!三村ー!!」
七原はなんとか上半身をひねって、高尾に銃を向けた。
高尾は、何もせず、静止した体勢で、じっと七原をみた。七原は高尾に銃を向けた。
「無駄だ。その銃は弾切れだ」
「何だと?」
そんなこと。いや、こいつにわかるわけがない!
七原は引き金を引いた。
だが銃口は火を噴かず、ただカチャという乾いた音だけがやけに大きく聞えた。




「……バ、カ……な」
嘘だ、そうだ、きっと何かの間違いだ!七原は再度引き金を引いた。
しかし、今度もカチャ……と、無機質な音だけが鼓膜に届いた。
認めたくないが高尾の言葉に嘘偽りは無い。
高尾は、サバイバルナイフを取り出した。ギザギザした刃が七原の角膜に映し出された。
「七原!」
七原をみすみす殺されてたまるか!三村は、高尾に飛び掛った。
だが、高尾はスッと飛んだ。その真下に三村。
飛びながら、三村の後ろの襟首を掴み、クルッと空中で前方回転。
三村の体が不自然に引っ張られ、つま先が地面から離れる。反対に、高尾の足が地面に触れた。
同時に、高尾は片腕一本で、まるで砲丸投げでもするかのように三村を投げた。


「み、三村!!」
三村の身体が、数メートル先まで高く飛んでいる。
そして、電信柱に背中から激突して、やっと止まった。ずずっと、電信柱にそって落ちてくる。
「よ、よくも三村を!絶対に許さないぞ!!」
七原は怒った。怒ったが、今だに高尾に背中を踏みつけられ起きる事も出来ない状態。
「くそぉ!せめて……せめて身体の自由がきけば、おまえなんかに」
その願いがかなったのか、高尾が足をどけた。
一瞬、背中が軽くなる。だが自由になったと思ったのは、ほんの一瞬だった。
今度は七原が飛ぶ番だ。襟首をつかまれ、強引に引き上げられ宙に浮んだ。


「な、七原……っ!」
先ほど受けた全身への衝撃は、まだ激しい痛みとなって、三村の全身を支配していた。
それでも三村は必死になって身体を起こし、ズボンの裾をまくった。
川田から、万が一の為にと渡された、予備の銃。
七原が自分の二の舞になる前に撃て!三村は、銃を高尾の頭部に照準を向けた。
途端に、七原が投げつけられた。三村に向かって飛んでくる。


「なっ!」
再び、衝撃と痛みが三村の身体を襲った。
七原は幸か不幸か、三村がクッションになってくれたので無傷だ。
「三村!おい、三村、しっかりしろ!」
なかなか動かない三村に七原は焦った。高尾が、こちらに向かって歩いてくる。
そう歩いているのだ。随分と余裕なことで!
逃げようにも、背後は塀。左右も塀。何と言う不運。逃げ場がないではないか。
「三村、おい三村!起きろよ、やられるぞ!!」
「……てろ」
「なんだって?何て言ったんだよ三村!!」
今だに地面に伏せ俯いている三村が何か言おうとしている。
「どけといったんだ七原!!」
三村は、七原を突き飛ばした。その手には火炎瓶が握られている。
すでに火はつけられ、投げられるだけになった火炎瓶が。三村は、ありったけの力を左腕に込め投げた。


「勝負は最後までわからないんだぜ!オレが証明してやるよ!」




【B組:残り6人】
【敵:残り2人】




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