「川田!見たか?」
「ああ」
月岡が自分の居場所を教える為に空に放った赤い光。
「急いだほうがよさそうだな」
「そうだな。おい、桐山、早く中に乗れよ」
三村はドアを開けると、今だに車の上に乗っている桐山に中にはいるように促した。
「桐山?」
おかしい。返事がない。桐山は元々無口な人間ではあったが様子がおかしかった。


「どうしたんだよ桐山」
三村は車から身を乗り出した。その時、何かが落ちてきた。
ドンと、地面に落ちたものを見て三村はさっと血の気が引くのを感じた。
「桐山!」
落ちてきたのは桐山だ。油汗、それに苦しそうに微かに震えている。
瞳は固く閉じられ、起き上がろうとしない。
「桐山、しっかりしろ桐山!!」
三村は、車から飛び出し、桐山を抱きかかえた。

「桐山っ!!」




キツネ狩り―159―




「川田くん、桐山くんは大丈夫なの!?」
は自身も倒れそうなほど顔面蒼白になって川田に詰め寄った。
「こればかりは本人の気力に頼るしかないな。
普通の人間なら、何度も死んでいたんだ」
川田は桐山の脈を計りながら、冷静に答えたものの、心の奥底では焦っていた。
敵は二人。内1人は、あの人間兵器だ。もし、ここで桐山を失えば、戦力は大きく低下する。
いくら気丈とはいえ、も光子も女。とてもじゃないが、軍のエリート相手にまともに戦闘はできない。
七原にしたって身体能力こそ非凡だが、戦闘訓練なんかとは無縁の素人。
三村は民間人の中学生にしては上出来だが、それでもやはり戦場では素人だ。
銃を持ち、まともに戦えるのは自分ひとり。


(……いや、所詮はオレも付け焼刃。あいつらとは経験値が違いすぎる。
とてもじゃないが、こいつらを守りながら、あの二人を倒すなんて不可能だ)
桐山の脈はとても弱弱しかった。
(しっかりしてくれ桐山。おまえだけが頼りなんだ。
おまえが、どんな過去を背負っているかはわからないが、おまえは軍のエリートどもを倒した天才。
そのおまえの力が必要なんだ。頼むから、こんな所でくたばらないでくれ)
それから川田はチラッとを見た。涙を必死に堪え、桐山の手を握り締めている

(それに、おまえさんが死んだら、このお嬢さんはどうなる?
オレは、おまえ達に、オレや慶子の二の舞は踏ませたくない)




「……な、なあ三村。桐山、大丈夫かな?月岡まで死んで、あいつまで逝ったら」
「黙っててくれ七原。今は、そんなこと言っててもしょうがない」
「……そうだよな」
別室では三村と七原、それに光子が、やはり青い顔をして長椅子に座っていた。
あまりにも最悪なことが続きすぎた。
月岡の残した目印を元に現場にたどり着いた七原達三人が見た壮絶な光景。
炎のサークルの中心に月岡が倒れていた。それを見たは月岡に駆け寄った。光子も同じだ。
そして何度も月岡の名を呼びながら、月岡の体を揺さぶったが、月岡が起き上がることはなかった。


七原は月岡とは、あまり話もしたことなかった関係だった。
それでも、月岡は殺しても死なないというイメージがあった。
その月岡が倒れて動かないなんて、七原は夢を見ているようだった。
これが夢なら、これ以上ない最悪な悪夢だ。そんな七原が、あるものを見つけた。
それは光子との命のタイムリミットを無効にする、月岡からの最後の贈り物。
おかげで二人は死なずに済んだわけだが、月岡と仲が良かったには喜ぶ心の余裕はなかった。
後から駆けつけた川田に、残念だが月岡の遺体を埋葬する暇なんて無いと言われた時も一番悲しんでいた。


その悲しみに浸る間もなく、今度は三村が苦しそうに最悪の告白をした。
それは杉村と貴子の死。
月岡の死を悲しむには残酷すぎるものだったが、いつまでも隠し通せるものではない。
は、月岡と貴子、二人の親友を一度に失ったのだ。
その後は、川田が地図を片手に、アジトになりそうな建物へ移動。
死んだ者への悲しみは消えないが、今は桐山の看護が最優先となった。




「桐山くん、しっかりして……」

月岡くんが死んだ。貴子も、杉村くんと一緒に……。
もう、生き残っているのは、私達、6人だけなのよ。
43人のうち、たったの6人。お願い死なないで桐山くん、お願いよ。


「オレは最善は尽くした」
川田は疲れて入るが、はっきりした口調で言った。
「後は、この若様次第だ」
川田は立ち上がった。
「川田くん、どこに行くの?」
「言っただろう。。オレはやるべきことは全部やった。後は、この若様次第だ。
もう、オレがそばにいようといまいと関係ない。桐山の生きようとする気力の問題なんだ。
そして、それを支えてやれることができるのは、、おまえだけなんだ」


「でも、私は川田くんみたいに医療に役立てることは……」
「医療の知識なんか関係ない。いいか、よく聞け。
今、桐山のそばにいて、こいつを助けてやれるのは、おまえだけなんだ。
おまえさんにしか、それは出来ない」
「……私にしか?」
「そうだ。なぜなら、おまえさんは桐山が戦う理由そのものだからな。
オレがどんなに医療の知識があっても、桐山の最後の手助けはできない。
それが出来るのは……世界中でたった一人、桐山が必要としている、おまえだけなんだ」














「何か用か?」
高尾は、背後から近づいてきた周藤に振り向かずに言った。
「さすがだな。気配は完全に消したつもりだったのに」
それから周藤は、高尾が持っているものに指差した。
「それは何だ?」
高尾はそれを懐にしまった。チラッとしか見えなかったがガラスの小瓶だった。
「上から、もしものときにと渡されたものだ」
「上から?」


妙だな、と周藤は思った。
もしもの時という言葉に、周藤は高尾の敗北を即座に連想した。
もしもの時は敵に殺される前に自決しろ。それは、軍の美学でもあった。
だから、自決用の毒薬を渡されていたとしても不思議は無い。
不思議は無いが、それは特撰兵士以外の少年兵士の場合だ。
特撰兵士は、覚悟を常に持てという意味で、自爆用の小型爆弾を常に携帯している。
第一、もしもの場合は、毒薬なんかわざわざ渡されなくても、なんらかの方法で自決くらいする。
それなのに、そんなものを渡すなんて、科学省は何を考えているんだ?
周藤は単純にそう考えた。それが毒薬ではなく、痛み止めの薬とは知らずに。


「月岡彰は片付けた。残りは、たった6人だぞ」
「ああ、そうだな」
「桐山は、オレが片付けさせてもらう」
「いや、あいつはオレが片付ける。上も、あいつだけはオレの手で殺せとうるさかったからな」














「……桐山くん」
は桐山の手を握りながら、ただ、その覚醒を待っていた。
待つ事しか出来ない。なんて嫌なことだろう。
「……貴子、月岡くん」
友達の多いだったが、二人は特に仲のいい親友だった。
貴子は姉のような存在、月岡はちょっと毛色の変わった母のような存在だった。
その二人は、もういない。ほんの数日前まで、修学旅行のバスの中で笑い合っていたのに。
もう乾いたと思ったのに、涙が止まらない。


「貴子……月岡くん……お願いだから、桐山くんを守って……。
これ以上、大切なひとに死なれたくない……お願いよ……お願い……」

俯いていたの頬に何かが触れた。


「!」
ハッとして目を開けた。頬に手が添えられている。
「……桐山くんっ」
桐山は目覚めていた。そして、表情を出さずに言った。
「……泣いていたのか?」
「……桐山……くん」
「誰が泣かせた?」
「……え?」
「誰かがを泣かせたんだろう?オレは、その相手と戦ってやる」
「…………」
「だから泣くな。おまえに泣かれたら、オレはどうしていいかわからない」
の目から溢れる涙の量が多くなっていた。




「……どうした?また辛いことが起きたのか?」
「……違うの」
「何が違うんだ?」
「この涙は……違うのよ」
「よく、わからないな。さっきと、どう違うんだ?」
「貴子と月岡くんが死んだの……桐山くんまで死にそうで……。
だから、私、悲しくて、自分が情けなくて……。でも桐山くんが助かったから……だから……」
「だから?」
「桐山くんが助かったら、嬉しくて泣いてるんじゃない」
「嬉しくて……?」
は桐山の手を握ったまま、ただ泣いていた。
もう言葉も、発せないくらいに。桐山は、黙っていたが、ふいに口を開いた。


「……オレは、こういう時、どういう顔をしたらいいのかわからない」


「桐山くん?」
「……きっと嬉しいとは思う。でも……わからないんだ」

は、自分の頬に添えられた桐山の手の上に、そっと自分の手を重ねた。

「嬉しいときは、笑えばいいのよ」
「……笑う」

桐山は上半身を起こした。
「大丈夫?」
慌てては腕を伸ばして、桐山の体を支えた。
その時――。


桐山の表情に微かな笑みが浮んでいた――。




「―――」
は言葉を失った。
「どうした?」
そう問うた桐山の表情は、いつもの無表情で。
「……あ、な、なんでもないわ」
「そうか」
ほんの一瞬、それはが見た幻だったのかもしれない。
でも――。



桐山はを抱きしめた。
「桐山くん」
「しばらく、こうしていてもいいか?」
「……うん」
は桐山の背中にそっと腕を回した。
桐山の体温がを安心させる。それは生きている証しだから……。


「お願いよ……」
の腕に力がはいった。
「お願いだから死なないで桐山くん……貴子たちのように、もう会えなくなるのは嫌」
「オレが死んだら、は悲しいのか?」
「当たり前じゃない!だから……死なないで」
「ああ、おまえが望むなら、オレは死なない」

二人は、ずっと抱きしめ合っていた――。




――所詮、惚れた者同士の間には入れないってことか。

部屋の外。ドアの横の壁に背を預け、二人の会話を、聞いていた者がいた。

『いつか、おまえにも、女の子に真剣になれる日が来るといいな。
早く、そういう素敵な彼女を見つけて、オレを安心させてくれ』

かつて、そう言ってくれたひとがいた。


(おじさん、一足遅かった。オレって、どうやら本命に対しては不器用だったようだ。
ごめんな、おじさん。あんなに、あんたが期待してくれていたのに)

でも、オレは、一生、女に惚れる日は来ないと思ってた。
女と付き合うことは簡単だった。しばらくするとキスするのも簡単だった。
その先のステップを踏む事も、難しいことじゃなかった。
でも、たった一人の女を心から好きになったことはなかった。
やっと、その相手が現れたとき、彼女は他の男に惚れていた。
今まで、遊んできたつけがまわってきたのかもしれないな。


――

彼女は泣いていた。
無理もない。親友の貴子や月岡を失い、愛する男をも失うかもしれないのだから。

『お願いだから死なないで桐山くん』

――、泣くな。


三村は拳を握り締めた。その目には決意と覚悟の光が宿っている。


オレが絶対に、おまえには、そんな想いはさせやしない――。














「な、何だと?三村、おまえ今なんて言った?」
珍しく川田が焦っていた。
七原などは、驚きのあまり声もでない。
「言った通りだ。安心しろよ、やけになってるんじゃない」
三村は、己の覚悟と決意を決行することにしたのだ。


「高尾晃司を殺す」


「お……まえ」
「川田、おまえもわかっているだろう。このゲームの鍵を握っているのは奴だ。
あいつの息の根を止めない限り、オレ達に明日は無い」
「そんなことわかってる!だが、おまえ一人で奴と戦うってのはどういうことだ!
奴は、全国の少年兵士のトップに立つ人間なんだぞ!!
そんな戦闘のプロ相手に一人でやろうなんて自殺行為だ!!
第一、そんなプロ相手に、勝てると思っているのか!?
おまえは確かに中学生としては上出来だが、オレから見たら射撃訓練一つしたことのない未熟な坊やなんだぞ。
オレでさえそうなんだ。まして、あいつにしたら、おまえは完全な素人に過ぎないんだぞ。
オレは死体を一つ増やすだけの犬死を黙ってみているわけにはいかないぞ!!」
「誰も勝つなんて言ってないぜ川田。でもな――」


「道連れにすることなら出来るだろう?」


「!!」
今度は川田も言葉が出なかった。
「確かに奴は軍の中でも特別だ。オレは奴を見くびってなんかいないぜ。
命を捨てなければ、あんな化け物には勝てやしないことくらい理解してる」
「……三村、おまえ」
「そう暗い顔するなよ。運が良ければ、オレの命もなんとかなるだろうぜ。
なんてったって勝負は時の運だからな」
三村は、いつもの、あの独特の笑みを浮かべた。
だが、その笑みは、僅かだが口の端が引き攣っていた。


(正直言って、オレだって命は惜しいぜ。怖くて、体が震えるくらいだ。
だがな、殺されるよりも、サードマンがプライドと信念を失うことのほうがオレにはずっと怖いんだ。
月岡のように、最後の最後まで、自分自身を通せるのならやってやるぜ)


「……三村」
「川田、おまえはいいリーダーだったよ」
それから七原を見た。
「七原、おまえのことが一番心配だ。おまえ、後先考えない面があるからな。
けど、おまえの馬鹿なくらい正義感の強いところ、嫌いじゃなかったぜ。
二人とも後は頼んだぜ。奴さえ殺せば、もう一人はおまえ達でもやれるだろ?
桐山には、もう十分働いてもらったんだ。後はおまえ達が頑張ってくれよな」
「三村……三村……オレ」
「ばーか、何、泣きそうな顔してんだよ七原。オレが誰か忘れたのか?天才サードマンなんだぜ」
三村は、笑いながらグッと親指を立てた。


――三村信史、最後の戦いの幕が上がろうとしていた。




【B組:残り6人】
【敵:残り2人】




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