「……一体何やってるのかしら?」
月岡は火柱を遠くに見つめながらブルッと震えた。
始まったのだ、殺し合いが。あの方角は桐山がいる方角。
「大丈夫かしら桐山くん……」
桐山が死ぬようなことはないとは思うが、相手も戦闘のプロ。
坂持が言っていたではないか、「こいつらは軍のエリート」だと。
まして桐山は本調子では無いし心配だ。だが月岡は川田のように現場に向かうことはしなかった。
(だってアタシみたいなか弱い女の子がむかったって桐山くんの足手まといになるだけよ。
ここはやっぱり、アタシにできることをやるべきじゃない?)
月岡は携帯を取り出した。転校生は、あちらに現れたのだから、もう見張っている必要もない。
だから、さっさと美恵や光子に連絡とって一緒にいないと。
後々の事まで考えて素早く行動する。それが賢い人間のやることと、月岡はすぐに実行した。
「ええアタシよ。アタシたちか弱いレディ達が散り散りになっているわけには行かないでしょ。
すぐに迎えに行ってあげるわ。どのくらいで着くかって?そうね多分……」
そこまで言って月岡はハッとした。排水溝の出口にその視線を注ぐ。
月岡は小声で携帯に囁いた。
「……ごめんなさい。また、後でかけるわ」
茂みに隠れて様子を伺う。確かに微かだが聞えたのだ。排水溝の奥から、水を跳ねる音が。
転校生のはずはない。転校生は桐山とやり合っているはず。
おそらく七原だろう。そう思っていても、月岡の第六感が告げていたのだ。
――危険だ。厳重注意しろ、と。
キツネ狩り―157―
「……切れたわ。どうしたのかしら?」
「ねえ光子。心配だわ。月岡くんのところに行きましょう」
「そう言われても、あたしたちか弱いレディは動き回るべきじゃないでしょ?」
「……でも」
「本当に優しいのね美恵は。でも、あなたはあたしにだけ優しければいいのよ。
ああ、桐山くんは例外でもいいわよ。だって恋人だもんね」
「そんな、恋人だなんて」
「何よ、今さら。ふふ、あなたって本当にウブなんだから」
「そんなことより月岡くんが心配だわ。なんだか様子がおかしかったじゃない」
「そうね。しょうがないわ、美恵がそこまで言うなら迎えに言ってあげようじゃないの」
二人は武器を詰め込んだディバッグを肩にかけて歩き出した。
「……そうだ光子」
「何?まだ、何かあるの?」
「七原くんはどうしてるかしら?」
その頃、地下水道にて、「……ここはどこだ?」と呟いている七原の姿があった。
「うわぁ!」
跳ね上げる車。後部座席にいる三村の体も一瞬宙に浮いた。
無理もない。道とはいえない場所を、猛スピードで駆け抜けているのだから。
「川田、もういいだろ!」
川田はまだギアをトップに入れたままハンドルにしがみついていた。
「このままじゃあ車がいかれるだろ!落ち着けよ!」
「ああ……わかってるさ」
川田は、ゆっくりとギアを落していった。車はようやく重労働から解放されて、静かに停止。
「……桐山、大丈夫か?」
川田は窓から身を乗り出した。桐山はスッと車から地面に着地。
よかった。どうやらダメージを負ってはいないようだ。
「おまえさんを殺されなくて良かったよ。大きな戦力ダウンになるところだった」
川田は心底ホッとして、そう言った。
助かった……一瞬、安堵感を覚えた三村ではあったが、同時に胸が締め付けられた。
「桐山、おまえの言うとおりだった。飯島が裏切り行為をしていた」
三村は額を組んだ両手に付け、顔を伏せて語りだした。
「オレの責任だ。オレが甘かった。七原は何とか逃がしたが離ればなれになった。
おまえの言うとおりにしておけば、こんな自体は避けられたはずだ。
オレの甘さが全てを招いた。面倒かけて、本当に悪かったな」
川田は「気にするな。それに七原は無事だ」と付け加えた。
「もっとも相馬のおかげで、また行方不明だろうが、死んではいないだろう」
それから川田は桐山を見た。桐山はじっと今は遠くになった火柱を見詰めている。
「どうした桐山?」
「……戻らなければ」
「おい、何言ってるんだ」
「周藤晶、奴が持っている解毒剤が必要なんだ」
(ど、どうして?どうして、あいつが此処から出て来るのよ!)
月岡の心臓はこれ以上ないくらい大きく跳ねていた。
排水溝の出口から現れたのは七原ではなく、周藤晶だったのだ。
もう、此処からは転校生は来ないと踏んでいた月岡は予定が狂って内心ドキドキ。
(桐山くんったら、あいつを取り逃がしのね!もう、しょうがない子!)
周藤はチラッと辺りを見渡している。月岡は茂みに完全に身を隠してジッと固まった。
物音一つ立ててはいけない。立てたら、それは死に直結する。
地面に腹ばいになって伏せ、茂みの根本の隙間からジッと様子を伺った。
ポトッと背中に何かが落ちてきた。一瞬、全身に電流が走る。
ただの木の実だが、普通の生徒なら、びびってギャーと大絶叫だろう。
しかし、そこは、さすがの月岡。そんなかそぼい神経の持ち主ではない。
周藤がこちらを見た。月岡はドキッとした。
(大丈夫、大丈夫よ……だって、アタシ、物音一つ立ててないもの)
周藤はジッとこちらを見ている。
(……大丈夫よ……大丈夫……で、でも……)
何だか不安になってきた。あいつ、どうしてこっちを見るのかしら?
まさか気づいたの?月岡が最悪の自体を想定して青ざめた。
ところが周藤はふいっと視線を逸らし歩き出した。
(よかった。どうやら気づかれては無いようね……)
月岡は今度こそホッとした。ホッとしたが今度は焦りだした。
(ああ……あいつが行っちゃうわ。ど、どうしよう~~)
周藤にこのまま逃げられたら月岡も光子も、そして美恵も国信の二の舞になる。
(嫌!嫌よ、この年で死ぬなんて!アタシ、まだキスもしたことないのに!)
月岡の人生計画は半分も終わってないのだ。
素敵な学園生活、三村との燃えるようなロマン、輝けるキャリアウーマンとしてデビュー。
そして何より!三村との幸せな結婚生活(出来たら赤ちゃんも欲しいわね♪)
(……ぁ)
そんな妄想を巡らせている間に周藤の背中が小さくなってゆく。
周藤を取り逃がしたら、全てが終わる。そう一巻の終わりだ!
一度取り逃がしたら、次にその姿を補足するのはいつだろうか?
(まずい、まずいわ……)
本当なら危険な行動は避けるべきだ。避けるべきだけど……。
(しょうがないわね。背に腹は返られないわ)
月岡は意を決して周藤を追うことにした。
尾行には自信がある。それだけなら誰にも負けない自信が。
月岡は距離を保ちつつ、その長身を巧に木々や茂みに隠しながら後を追った。
周藤は特殊部隊で鍛えただけあってアウトドアには慣れているようだ。
岩場や小川を軽やかに超え、無駄な動きが全くない。
それを追う月岡の身のこなしも素晴らしかった。
物音をほとんど立てずに、一定の距離を保ちつつ周藤にぴったりくっついている。
(……動きが早くなったわね)
周藤の動きが早くなりだした。しかも、その動きは人間離れしている。
ひょいひょいと本人は苦も無く簡単に動いているが、あの足場の悪いところでよく動けるものだ。
(まいったわ。どうしよう、引き離されちゃう)
月岡は焦りだした。周藤との距離が徐々にだが開きだしたのだ。
そして、周藤は崖をカモシカのように軽やかに下りだした。
(あ、あんなところを……!)
そして森の中に入っていった。
(まずいわ。このままじゃあ見失っちゃう。早く、追いかけないと)
と、言っても、いくら月岡とはいえ、崖を降りるのは一苦労だった。
(早く、早く追いかけないと!)
月岡は必死になって(もちろん極力物音は出さないように注意して)走った。
(あら!)
森の中に入ってすぐに周藤発見。
良かった、見失うと思ったけど、あいつ立ち止まっていたのね。
と、言っても、木の幹の向こう側にいるので、此方からは背中の一部しか見えない。
どうやら、木の幹にもたれて座り込んでいるようだ。
軍のエリートと言っても生身の人間。疲労したので休憩しているのだろう。
月岡は近くの茂みに身を潜めて様子を伺うことにした。
(それにしても全く動かないわね。もしかして寝てるのかしら?)
それなら好都合だ。早く皆に知らせてやらないと。
月岡は携帯を取り出した。もちろん声は出せないのでメールで連絡だ。
月岡はボタンを素早く押し出した。通常の月岡ならば愛らしいマークを文中にいっぱい入れる。
だが、こんな時なので、そんなお遊びは一切抜きだ。
ボタンを押している最中でも周藤からは目を離さなかった。その周藤は本当に微動だにしない。
(きっと眠っているのよ。ああ、危険冒して尾行して本当によかったわ)
全く動かない周藤に月岡は完全に安堵した。
「……これはチャンスよ。千載一遇のチャンスだわ」
小さいが、思わず本音が声となって出てしまったほどだった。
「何が千載一遇のチャンスだと?ぜひ、教えて欲しいものだな」
その冷たい声は月岡の背後から聞えていた――。
「おかしいわね。月岡くん、どうして電話にでないのかしら?」
「確かに変よね」
美恵と光子の疑問は不安に変わっていった。何かがおかしい。
それは現場に到着した時、確信に変わった。
「月岡くん……?」
いない。居るべきはずの月岡の姿がどこにもないのだ。
「月岡くん、私達よ。どこにいるの?」
もしかして転校生に警戒して隠れているかもしれない。
だから、やや小さめの声で呼びかけてみたが反応は無い。
「どういうこと?」
もしかして転校生に殺されたのでは?という恐ろしい想像が頭をよぎった。
だが、幸いにも、その最悪の想像を裏付ける証拠は一切ない。
辺りには争った形跡はまるでない。もちろん死体はおろか血痕も。
「あら?」
代わりに光子が妙なものを見つけた。
「どうしたの光子?」
「あそこに、ほら」
光子が指差した方角にキラリと何かが光った。近づいてみると、それはアクセサリーだった。
でも光子はそれを見て妙な顔つきになっている。
「これがどうかしたの?島の住人の落し物でしょう?」
「……これ、月岡くんが店で物色したものなのよ」
光子の話はこうだ。光子と月岡は一時期二人だけで行動していた。
その折に、何か役立ちそうなものをと思って、島の店を渡り歩いたのだ。
アクセサリーなんて役に立たないという光子に、月岡は「だって、やっぱり欲しいわよ。女の子だもの」と一言。
「月岡くん、かなり盗んでいたわよ。これは、その一つの間違いないわ」
「じゃあ、これは月岡くんが落したの?」
「あのちゃっかり者の月岡くんが落すとは思えないけど……」
タイミングよく携帯にメールが届いた。
「月岡くんからだわ」
「良かった無事だったのね」
「えーと……『追いかけて来て。目印はアクセサリーよ』何よ、これ」
「それだけなの?」
「ええ、そうよ」
「とにかく追いかけないと」
「でも、あたし達だけで?か弱い女が二人きりで動き回るのは危険すぎるわ」
「それは……確かにそうだけど」
「ちょっと待って。川田くんや桐山くんにも一応連絡しておく」
光子はすぐに携帯のボタンを押し出した。そして耳に当てる。
あの戦闘が終わっていれば、そして勝利もしくは逃げる事に成功していれば繋がるはず。
光子の顔がパッと明るくなった。どうやら嬉しい知らせが聞けそうだ。
「桐山くんも川田くんも無事よ。転校生とはやりあったけど逃げ切ったみたいだわ。
それに三村くんも一緒みたいね。すぐに、こっちに来てくれるって」
「そう良かった。でも……」
月岡のことが気になる。
「ねえ光子。私達だけでも先に月岡くんを追いかけない?
嫌な予感がするの。月岡くんだけ一人なのよ。心配だわ」
「そうねえ……でも、あたし達だけじゃあ」
光子がハッとして、「し、静かに!」と言った。
その眼光は鋭く排水溝の出口を突き刺すように睨んでいる。
「ど、どうしたの光子?」
「……耳をすませて」
美恵は目を閉じて聴覚に全神経を集中させた。
「……足音?」
「ね、聞えるでしょう?凄い速さでこっちに向かってるわ……」
「まさか転校生?」
「わからないけど……そう思ったほうがいいわ」
会話中にも、どんどん足音は大きくなってきた。
「ち!こうなったら仕方ないわね!」
戦うしかないわ!光子は素早く銃を取り出して排水溝から飛び出してきた人影に発砲した。
「うわぁー!!」
外した!しまった、と光子は思ったが、収穫が全くないわけではない。
そいつは銃声に驚いて足を滑らせたらしく、転倒したのだ。
起き上がる前に首かき切ってやる!!
光子はカマを手に、飛び掛った。そして、そいつに馬乗りになってカマを振り上げた。
「待って光子!!」
光子の手がぴたりと止まった。
「敵じゃないわ」
光子は改めて自分の下になっている男の顔を見た。
「……あら、七原くん」
「……あ。そ、そそそ……相馬……」
「なんだ、あなただったの。驚かせないでよ」
「……驚いたのはこっちだよ」
光子が持っているカマの先がキラリと光っている。七原の額からツツーと嫌な汗が流れていた。
「良かった。七原くんも無事だったのね」
「美恵さん……」
「光子、七原くんも一緒なら心強いわ。そうでしょ?」
光子は冷めた目で観察するかのように七原を見詰めた。
「……そ、相馬。いい加減におりてくれないか?」
「そうね」
光子が腰を上げると、七原は慌てて立ち上がった。
先ほどのカマの恐怖のせいか、まだ心臓がバクバクいっている。
「七原くん、いいところに来てくれたわ」
「どうかしたのか?」
「うん、実はね……」
美恵はこれまでのいきさつを説明した。
「じゃあ月岡は単独行動とってるってことか?危ないじゃないか」
「そうなの。桐山くん達が到着するまでには時間がかかるし。だから、私達だけでも追いかけようと思ったの。
だけど男のひとが一緒じゃないから不安だったの。七原くん、一緒についてきてくれるでしょう?」
「もちろんだよ」
好きな女の子に頼りにされて七原は俄然張り切った。
背後から見詰める光子の目が少々冷ややかで痛かったが……。
「…………」
月岡の頬を冷たい汗が流れていた。
その汗は顎の部分で一端止まり、そしてポトッと地面に落ちる。
「聞えなかったのか?」
幻聴ではない。その証拠に再度声が背後から。月岡はデリンジャーを握り締め振り向いた。
振り向き様に引き金を引こうとしたが、その瞬間手首に痛みが走る。
すごい力で握り締められていた。さらに、腕ごと手首を上に上げられる。
「……痛いッ」
相手の顔を見た。確認するまでもないが転校生だ。
自分が尾行していた相手・周藤晶。
だが、周藤はこの先にある木の幹に背をもたれて座り込んでいるはず。
月岡は、その矛盾に頭がこんがらがったが、何よりもまず命の危険が最優先された。
月岡の体は乱暴に木の幹に押し付けられた。まずい!これでは背後に引くこともできない。
それならば左右に……左はダメだ。木々が邪魔だ。だから右に逃げないと。
そう月岡が判断する前に、周藤がドンと左手を月岡の頭の右隣についてきた。
さらに周藤は今度は右拳を握りしめ、それを高く上げているではないか。
きゃぁ!!この男、女の顔を殴るつもりよ!!
「きゃー!か、顔だけはやめてぇー!!」
月岡は両手を広げて、顔の前に突き出し必死にガードしようとした。
その仕草は完全に女のそれで、周藤は思わず「ちっ」と呆れたように舌打ちした。
そして、握っていた拳を広げると、それを急降下させた。月岡の頬からパンと乾いた音。
「きゃあ!」
拳を平手打ちに変更とはいえ、それでも(自称とはいえ)女の子にはきつかったらしい。
月岡はその場に倒れこんだ。
「ど、どうして……!」
月岡の疑問は聞かなくてもわかる。
「ああアレか?」
周藤は足元にあった拳大の石を拾った。
「簡単なことだ」
周藤はそれを投げた。そして当たった。
デイバッグに学ランをそれらしく掛けただけのものがカタンと倒れた。
周藤の突然の出現に驚いて焦り気づかなかったが、周藤は、今、学ランを着ていない。
「……い、いつからなのよ?」
一体、いつから尾行に気づいていたのか?
「最初からだ。おまえ、あの茂みからオレを見てただろ」
「ア、アタシ……物音なんか出してなかったし、姿だって完璧に隠して……」
「だが気配までは絶てなかった。残念だったな」
月岡はしまったと激しく後悔した。
「危険を冒してまでオレを追いかけてきた理由はこれか?」
周藤は懐から小さなガラス瓶を取り出した。
「そ、それは!」
「おまえ達が欲しがっているはずのものだ。これを飲めば命の制限時間は無効になる」
「よ、よこしなさいよ!」
「オレを尾行した勇気自体は褒めてやるが、おまえの行動は賢いとはいえないな」
周藤は、さも哀れむようにニッと笑った。
「おまえの行動は、自らタイムリミットを早めただけだ」
【B組:残り7人】
【敵:残り2人】
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