「こことここ……それから、ここだ」
地面に書き込まれた簡単な図。桐山は、その中の三箇所にX印を刻み込んだ。
「地図があればいいんだが、そんなものない。かといって、そういくつも出口があるわけじゃない。
数は絞れる。後は確率の問題だ」
「桐山、オレは工事現場のバイトをしていたことがある。意見を言わせて貰うが後二箇所は抑えておいたほうがいいぞ。
……そうだな。こことここ。ここが小さな島でよかったな。街中だったら、こうはいかない」
桐山と川田は、美恵達にはわからない会話をしている。


「いいか、なるべく殺すな。生け捕りにするんだぞ桐山」
「ああ、なるべくなら、そうしてやる。解毒剤を手に入れるまではな」
二人が立ち上がった。川田がディバックから何かを取り出す。
「いいか、慎重に扱え。危険物だからな」
川田は、それを美恵達に渡した。
「おまえさんたちも、しっかりやってもらうぞ。何しろ、おまえ達の命がかかってるんだからな」
三人は無言のまま頷いた。




キツネ狩り―155―




「み、三村……あ、あの声は……!!」
七原は、飯島の悲鳴にひきつけられるように立ち止まり振り返った。
「馬鹿野郎、振り向くな。行くぞ!!」
三村が七原の腕を掴み、強引に走り出す。
「で、でも飯島が……!」
裏切り行為を働いたとはいえ、やはりクラスメイト。
あっさり切り離すことは七原には難しいが、三村は七原よりは冷静かつ非情だった。
「引き返したところで、もう手遅れだ」
三村の言葉に七原は衝撃を受けた。しかし、それが現実。


「今、一番危ないのはオレ達のほうなんだ!」


三村は正しかった。背後からバシャバシャと水が跳ねる音が聞える。
その音は瞬く間に大きくなっているのだ。
三村と七原はクラスの中では駿足を誇っている。
きっと県内、いや全国大会でだって、十分上位を狙えるだろう。
しかし、それは周藤とて同じ事。まして二人が今走っているのは整備された運動場ではない。
汚れた水が足元にまとわりつく下水道なのだ。
周藤は特殊部隊のエリート。当然ながら、周藤のほうが圧倒的に有利。
その証拠に、足音は小さくなるどころか、大きくなるばかり。
三村と七原が、どれだけ自慢の足を動かしても、その距離は縮まるだけ。もはや時間の問題だ。
二人の行く先が二つに分かれていた。どっちだ?どっちの道を行けばいい?
迷っている暇は無いが、かといってあてずっぽうで選ぶのも怖い。
もしも行き止まりだったら、残っているのは絶望だけなのだ。




「七原、おまえはそっちだ!」
三村は咄嗟にそう判断した。
「三村?」
「二手に分かれるんだ!二人揃って死ぬことは無い!」
三村の判断は正しいといえるだろう。
二手に分かれれば、少なくても一人は死を免れることは出来る。とりあえずは。
しかし、七原には、これ以上仲間と離ればなれになるというのは耐え難いことでもあった。
「い、嫌だ!もしもの時は一緒だ三村!」
「馬鹿なこというな!オレは感傷的になって言ってるわけじゃない!
いいか、どちらかがあいつから逃げ切って、このことを川田達に伝えるんだ。
このまま犬死にしたいのか?おまえだって、そのくらいわかるだろ?」
七原はグッと唇を噛み締めた。そうだ、三村は正しい。
川田だって、いざという時は三村の判断に従えと言っていたではないか。


「わかった。三村、絶対にここから出て川田たちと再会しような」
「ああ、お互いにな」
二人は、最後に笑い合うと、二手に分かれて走り出した。
追いかけてくる足音は、ますます大きくなっている。走りながら七原は思いっきり叫んでいた。

「畜生!追いつけるものなら、追いついてみろ!!

オレは簡単にはつかまらない。たとえ追いつかれても、ただでは殺されない!
オレは戦ってやる!慶時の、おまえに殺された皆の仇をとってやる!!

その覚悟があるなら、オレを追って来い!さあ、追って来いよ!!」

これだけ挑発したのだ。七原は我ながらぞっとした。
あいつは、きっと恐ろしい形相でオレを追いかけてくるだろう。
銃で呆気なく瞬殺か?それとも嬲り殺しか?
どうなろうとただでは死なない!おまえも殺してやる、吠え面かくなよ!!




バシャバシャ……シャ……。
「……え?」
だが大きくなるはずだった足音が途端に小さくなった。
そして、聞えなくなった。七原はキョトンとして、その場に立ち尽くした。
「……どういう……ことだ?」
戦うつもりだった。あいつを殺してクラスメイト達の仇をとるはずだったのに。
七原の命をかけた弔い合戦のシナリオは冒頭からストーリー変更になった。
七原はわけがわからなくなった。あいつは、どうして追って来ない?どうして足音が消えた?
足音どころか、気配も全くない。まるで、ここにいるは自分一人だ。


「どうして追いかけるのをやめたんだ?あんなにしつこく追ってきてたのに」
まさか、オレの迫力に気圧されして?七原は無意識に首を振った。
そんな奴なら、とっくに返り討ちに成功しているさ。あいつは、殺しを途中でやめるような人間じゃない。
それがどうしてオレを追いかけるのを止めたんだ?三村なら、きっと、すぐに理由を推測できるけれど……。
と、ここまで考えて七原はハッとした。同時に手足が震えだしていた。

「……ま、まさ……か」

二手に分かれた自分と三村……いくら転校生が戦闘のプロでも、生身の人間である以上、二人同時には追えない。
どちらかを選ばなければいけない。どちらかを……。
自分を追いかけてこなかった転校生。
遠くなった足音……三村……三村……は。

「……あ、あいつ」

七原は真っ青になって、その場にガクッと倒れかけた。

「あいつの目的は、最初から三村のほうだったんだ!!」














「ちっ、思った通りだ。来たな」
三村は軽く舌打ちした。額からは嫌な汗が流れている。

(さっさと逃げろよ七原。今なら、おまえだけでも助かるんだ)

このクソゲームはポイント制。当然、奴の狙いは得点の高い生徒。
悪いな七原。おまえとオレとじゃあ、オレのほうがずっとポイント上だって自信はあるんだ。
多分、桐山と川田くらいじゃないのか?オレより上の生徒なんて。
これは自惚れなんかじゃないぜ。だから、奴はオレを追ってきた。
そうだ、それでいい。オレを追って来い。七原を殺すより、オレを殺したほうが、おまえの点稼ぎになるはずだ。
だから、オレを追って来い。頼むから、オレを追って来い。


(……行き止まり!?)
前方に壁が見える。三村は全身が凍りつきそうになった。
だが幸いにも行き止まりではなかった。曲がり角だ。
三村は、角を曲がった。そして、銃を取り出すと、壁に背をぴったりつけて足音が近づききるのを待った。
(……一発だ。一発で仕留めろ。大丈夫だ、オレはサードマンだ、やるときにはやれる男だ)
この暗闇だ。相手も自分もお互いの姿はよく見えない。だからこそ、こちらにもチャンスはある。
一発だ。一発で仕留めるんだ。もし外せば、次は警戒される。
それどころか、相手も銃を持ち出してくるだろう。だから一発目。一発目で仕留めるんだ。
十分過ぎるほど距離が縮まった。今だ!!三村は壁から腕を出すと、引き金を絞った。
銃口が火を噴く。やったか?!期待と不安が三村の胸をほぼ同時に貫いた。

神様、もしいるんなら、一度だけでいい。オレのお願い聞いてくれ!
もし聞いてくれたら二度と女遊びはしない。
無事に生きて帰ったあかつきには、洗礼受けて敬虔なクリスチャンにでも仏教徒にも何でもなってやるよ。

当たれば血が一気に噴出するはず。もし外れれば……。




「……!」
三村の目の前で兆弾が壁と天井に三角飛びをするのが見えた。

外れた!いや、読まれていたのだ!!

腕を伸ばした瞬間、周藤晶は自分の体を大きく飛ばしていた。
相手は戦闘のプロ。素人の中学生の坊やの考え読むなんて朝飯前ってことですか?
「クソ!」
しかし、落ち込んでもいられない。三村はすぐに再度引き金を絞った。
二発、三発。弾が一瞬のみだが、暗闇を明るく照らす。ただの一発も当たらない。
「畜生!!」
三村は焦っていた。冷静沈着なサードマンといえども、やはり人の子。
まして命のやりとりに不利な立場に立たされ冷静沈着になれというほうが無理だ。
救いがあるとすれば、周藤が飛び道具を持ち出してないことだった。

桐山との戦いに備えて弾の無駄遣いをしたくないのか?
それとも、オレを侮っているのか?だとしたら――。


「オレを舐めすぎだぜ!!」
三村は発砲しながら、ポケットからお手製の小型爆弾を取り出した。
プラスチック製のトランプを利用して作ったちゃちなしろものだけどな。
でも、体勢を整えるくらいには役に立つだろ!
三村は、素早く点火すると周藤に向かって投げた。そして、自分は走りながら爆発と同時に伏せた。
「やったか!?」
振り向いた。だめだ、ケロッとしてやがる。三村が爆弾を投げたと同時に周藤も素早く対応していた。
爆弾なんて、威力が小さいものならば、まともに受けずに伏せれば防げる。
しかし、周藤は爆発を避けようと三村から距離をとった。僅かだが、今なら距離がある。
三村は走り出した。周藤も即座に追いかけた。恐怖の鬼ごっこが再開した。














「み、三村……どうしよう、このままじゃあ三村が殺される!」

七原は焦った。三村を殺されてたまるか!!
しかし、今から三村を追いかけて、はたして追いつけるか?

それどころか、この暗闇の中、自分の位置すらはっきり特定できない。
仮に三村を見つけ出す事に成功したとして、二人力を合わせればなんとかなる問題じゃない。
それが出来るなら、逃げる必要なんてそもそもないのだ。そのくらい七原でも判断できた。


「クソ!どうしたら……どうしたらいいんだよ!!」
川田は三村の判断に従えといったが、その三村自身が命の危機にさらされているんだ!
「……川田」
こうなったら、オレが一刻も早くここから脱出して川田達にこのことを伝えなければ!
はっきりいって、時間を考慮すれば最良の策とはいえないが、それが一番に思えた。
「待ってろ三村、必ず川田達を連れて戻ってくる。それまで持ちこたえてくれ!」
七原は走った。走ることに関しては桐山以上だという自負もあった。
そこが足場の悪い下水道だということも忘れて風のように走った。

出口!出口はどこなんだ!?

暗闇の中、ずっと向こうに小さな光が見えた。
さながらパンドラの箱に最後まで残っていた希望の光だ。
「出口だ!」
七原は走った。よかった、これで助かる!三村を助けてやれる!!
三村は喜び勇んでいた。そして、その勢いのまま一気に出口から飛び出した。
「やったー!!」
ばさぁ!そんな嫌な音が上から降り注いできた。
「……え?」
七原は反射的に頭上を見上げた。
小学生時代、何が七原を天才野球少年と言わしめたのか。
それはずば抜けた身体能力と共に、並外れた動体視力があったからだ。
その動体視力に連動しているかのように、反射神経もまた素晴らしいものがあった。




その七原の視界に映ったのは網だった。おそらくは漁師が使うものだろう。
それを見た瞬間、なんでこんなものが落ちてくるんだ?という疑問の前に七原は咄嗟に体を引いていた。
疑問より先に反射神経を優先していなかったら、七原はまさに蜘蛛の巣にかかった蝶状態になっていたことだろう。
反射神経に従った結果、七原はそうならずに済んだ。
しかし、完全に網を避けられたわけではない。左足に絡み付いてしまった。
「な、なんなんだ、これは!なんなんだ!?」
七原の頭に一瞬過ぎったのは高尾晃司の存在だった。
なぜなら周藤晶は三村を追いかけて、今はここにはいないのだから。
他には高尾しかいないと七原が思うのも当然の成り行きだっただろう。
しかし七原が考えをめぐらせる暇もなく、今度は石が落ちてきた。


「!!」
十センチほどの大きさだが、その数が一個や二個ではない。
「うわぁ!!」
(打ち所が余程悪くなければ)死にはしないが、当たれば怪我は免れないだろう。
「畜生!転校生め!!」
網を引きずりながら七原は、歓喜と共に出たばかりに下水道にまた飛び込んだ。
冷静に考えれば、恐怖の転校生・高尾がこんな子供じみた罠を仕掛けるはずはない。
しかし、七原にはそこまで考える心のゆとりはなかった。
足に絡みついた網を外すと、下水道を逆走。再び、暗闇のランナーに戻ってしまったのだ。
走り出した直後に、「み、光子やめて!今の声は七原くんじゃないの!?」と声がした。
しかし、すでに走り去っていた七原には、その声は届いてなかったのである。




「七原くん?確かに、言われてみればそうね。転校生なら逃げずに反撃するでしょうし」
出水道の出口。その真上から美しい少女が飛び降りた。
「正解よ美恵、ほらこれ」
光子は『七原』と指名が書き込まれている運動靴を拾い、それを高く掲げた。
七原は網を取り外した際に、靴も一緒に脱いでしまったのだ。
「早く追いかけないと!」
「無駄よ。もう影も形も見えないわ。まあ、しょうがないわよね」
光子はやれやれと溜息をついた。


「おかしいと思ったのよ。たかがこんものくらいで悲鳴あげるんだもの。
でも転校生か、それとも三村くんか七原くんかなんて確認してから襲うわけにはいかないわ。
だから、しょうがないわよね。痛めつけて動けなくしてやってから確認しようと思ったのに。
それなのに七原くんったら避けて逃げるんだもの。何考えてるのかしら?」
「……み、光子?」
「とにかく、ここからは転校生は出てきそうもないわね。
他の出口はどうかしら?川田くん達、上手くやってくれればいいけど」
「とにかく七原くんのこと桐山くんや川田くんに報告しましょう」
「ええ、そうね。そうだ、川田くんの指示通り、トラップ仕掛けておかないと」
二人は三味線糸(新井田の支給武器だった)を目立たないように下水道の出口に張った。
その先端には桐山と川田が作った発火装置付きの火炎瓶。
「……本当に大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。威嚇程度にしかならない威力だって二人とも言っていたじゃない」
心配する美恵とは反対に光子はけらけら笑っていた。




それから光子はトランシーバーを取り出した。川田が民家を物色して探し出したものだ。
アウトドアに使用される程度のしろものだが、範囲が狭い為十分に役立つ。
「川田くん、あたしよあたし」
『相馬、どうだ?』
「一人飛び出してきたわよ。でも残念ながら逃がしちゃった。
ああ、ちなみに相手は七原くんよ」
『……まさかとは思うが、おまえさん、七原を襲ったのか?』
「当然でしょ。相手を確認してから行動してたらこっちがやられるもの。
桐山くんだって言っていたじゃない。攻撃あるのみだって」
『…………』
トランシーバーの向こうで川田が頭を抱えていた。


「何よ。元々、この作戦は桐山くんが言い出したのよ」
『……わかった。もうオレは何も言わん』
光子は次に桐山に連絡した。
「こっちは七原くんを取り逃がしただけよ。そっちはどう?」
『動きは一切ない。罠だけ仕掛けて、オレは他の出口で待機する』
「ねえ、この出口にまた来ると思う?」
『そうだな。普通なら来ないが、その裏をかいてくるかもしれない。
それに七原は、その出口を使えないと思うだろうが、転校生は何も知らない。
今度来るとしたら転校生の可能性が高い。容赦なく攻撃しろ。躊躇すると殺されることになる』
「わかってるわ」




「やっぱり桐山くんは話がわかるわね♪」
光子はトランシーバーをしまい、「さあ隠れて待ち伏せよ」と美恵を連れて近くの藪に姿を潜めた。
「最初に桐山くんに丘の上に連れて来られた時は彼が何を考えているのかわからなかったわ」
でも、丘の上から見下ろすと、先ほどまで自分達が隠れていた小屋があった。三村達と一緒にいたあの小屋が。
そして桐山が、「奴が必ず襲ってくる」と言ったとき、全てがわかった。
転校生は桐山達が立ち去ったことを知っているはず。内通者がいれば、必ず、そのことは筒抜けになっている。
それを逆手に取ったのだ。立ち去ったと思わせて、実は高い位置から存在を気取られないように待っていたのだ。
桐山達の目の前で、三村達が襲われた。そして、下水道に逃げ込んだ。
そこまで見届け、桐山のとるべき道は決まった。下水道の出口で待ち伏せして転校生を攻撃する。


「本当に桐山くんって、いい性格しているわよ」
「…………それは」
「だって、三村くん達は下手したら囮扱いされてるんじゃない?
まあ、あたしは安全だから全然かまわないけどね♪」
「ねえ光子……」
「何?」
「七原くん、一人だったわよね?」
「ええそうよ。足音や声は一人だけだったもの」
「三村くんと飯島くんはどうしたのかしら?」
「そうね……あ、ちょっと待って。月岡くんから連絡が来たわ」
光子はトランシーバーを耳に当てた。


「獲物はかかった?……え?本当?わかったわ。うん、気をつけてね」
光子は静かにトランシーバーを置いた。
「どうしたの?」
「月岡くんが目的場所に着いたらしいけど、飯島くんの死体があったそうよ。
桐山くん達にはすでに連絡したって。間違いなく転校生の仕業よ。
しかも、まだほとんど死後硬直は始まってなかったって」
「それって、つまり」
「そうよ。殺されたばかりってことね。転校生は近くにいるわ。
桐山くんと川田くんは、そこから推理して近くの出口で待機するって」
「……また一人」
美恵は俯いた。


「大丈夫よ美恵。何人殺されようが、最後にあたしとあんたが生きていれば、あたし達の勝利よ」




【B組:残り7人】
【敵:残り2人】




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