高尾は軽い火傷を負った腕に包帯を巻きながら、背後に気配を感じ振り向かずに言った。
「オレに何か用か晶?」
周藤が背後に立っていた。
「ハデにやったようだな。誰をやった?」
「杉村弘樹と千草貴子だ。残りの生徒も見つけ次第殺す」
「あいつらか……ポイントの高い生徒だ。オレがやるつもりだったんだがな」
まあいい。桐山と川田さえ抑えておけば、最後に笑うのはオレだ。
「ところで晃司、それは外さなかったのか?」
高尾は腕の先、手首に目をやった。パワーリストが巻かれている。
両手だけではない、足首にはパワーアンクル。さらに言えば胴体にもパワーショルダーを装着していた。


「ああ、外してない。上からの命令だからな」
中学生相手に、ただ勝つだけではダメだ。
だから、最初からハンデを背負って戦えというのが科学省の命令だった。
高尾は忠実にそれを遂行している。
かつて杉村との戦いで、それらを外した周藤は苦々しそうに表情を歪ませた。
「全部で何キロだ?」
「15キロだ」
「最後まで外さないつもりか?連中の中にも貴様に匹敵する天才は存在するぞ」
「だから何だ?」
木の枝に引っ掛けてあった学ランを取り、歩きながら袖を通した。

「オレはこのままでいい。それがオレの任務だ」




キツネ狩り―152―




「……杉村」
七原は車の後部座席の隅にうずくまり、膝に額をつけた姿勢で顔をあげようとしない。
「七原、気持ちはわかるが、死んだ人間は生き返らない。
今は、勝つことだけを考えろ。余計なことは考えるな」
川田の言葉に七原は途端に切れた。


「なんだって、おまえ、そう冷たいことが平気で言えるんだよ!!
杉村はおまえにとっては単なる顔見知りだっただろうさ!
でもオレにとっては大事な親友だったんだぞ!!」


川田は、七原と別れた直後、幸いにも代わりの車を手に入れることができた。
それに乗って七原を迎えに来てくれたのだ。
泣き崩れる七原を引きずるように車に強引に乗せ、今に至っている。
せめて杉村と貴子の遺体だけでも回収するとダダをこねる七原を無理やり連れて来たのだ。
今だ、杉村の死から立ち直ってない七原にとって川田の行動は無情にも思えた。
だが川田は感情的になっている七原と違い状況を正確に把握していたのだ。
杉村と貴子は死んだ。何もなくて死ぬはずが無い。現場には転校生がいたはずだ。
七原が見付からなかったのはラッキーだったとしか言いようが無い。
だが、その転校生が気まぐれで戻ってきたらどうなる?一刻も早く現場を離れる必要があったのだ。


「……畜生。なんで……なんで杉村たちを置いて……」
「今、さっさと戻らないと今度死ぬのは三村や天瀬だぞ」

その言葉に七原はハッとした。
「七原、オレだって大事な人間を失った経験が無いわけじゃない。
だがオレは今生きている。死にたいとも思わない。
たとえ今の人生が対して価値の無いものだとしてもだ。
いや、だからこそ、その価値を捜す為に生きることも大事なんじゃないのか?」
七原は黙って聞いていた。

「嫌な予感がする……いいか、死んだ人間は生き返られないが、生きている人間を守ることは出来る。
そして守るということは転校生に勝つことだ。結果的に杉村たちの仇も取ってやれる。
今は、それだけを考えろ。泣き喚く事は全てが終わった後、好きなだけやればいいさ」














「ほら、これでいいわ」
「ありがとう月岡くん……」
「どうしたの?」
「……うん、貴子のことが気になって」
「大丈夫よ」
「……そうね」
美恵、美恵!」
光子が走ってくる。
「どうしたの?」
「三村くんが帰ってきたのよ」
「え?アタシの三村くんが!!」
「……誰がおまえのだ」
苦々しそうな表情をした三村が光子の肩越しに見えた。
途端に月岡は大ジャンプ。三村の胸にダイブした。


「会いたかったわぁー三村くぅーん!!」
「よせよ、ど、どいてくれ月岡!!」
「あらあら見せ付けてくれるわね。邪魔しちゃ悪いわ、あたしたちは先に帰りましょ美恵」
光子は美恵の手を引いて歩き出した。
「あ、相馬、おまえ!!」
「じゃあ仲良くね♪」
美恵の手をとって上機嫌で小屋の前まで戻ってきた光子だったが、妙な感じを受けた。
それは美恵も同じだ。なぜかといえば、飯島が一人で小屋の外の草むらの中で震えていたからだ。


「飯島くん、あなた、こんなところで何しているのよ?」
「な……何って……に、新井田が……ちょっと席外してくれって言うから……」
「何ですって?どういうことよ」
「そ、そんなこと知らないよ。だから、オレ、外に出たんだけど怖くって……だから……」
嫌な予感がほぼ同時にと美恵光子の胸に横切った。
こんな時に新井田の行動はあまりにも怪しすぎた。
では、今、小屋に中には新井田と気を失っている桐山の二人だけと言うことになる。




「桐山くん!」
美恵は小屋の扉に飛びつき開けようとした。嫌な予感が消えるどころか増大している。
しかし、開くはずの扉が開かない。中から鍵がかかっている。
「新井田くん開けて!」
扉を叩くと、中から「……天瀬っ」と、まるで『しまった』というニュアンスを含んだ新井田の声が聞えた。
美恵の不安はさらに急上昇した。新井田は一体何をしているのだ?
「早く、ここを開けて!」
新井田の返事は無い。
「ちょっと新井田くん、あなた何しているのよ!早く開けなさいよ!!」
光子も扉を叩いた。だが相変わらず新井田の返事は無い。
中にいるのは傷ついて意識が無い桐山と、そして怪しい行動をとっている新井田だけ。


「おい、どうしたんだよ!」
何とか月岡の手を振り切り駆けつけた三村も、すぐに異常事態だと察した。
「新井田くん、どうして開けてくれないの!?桐山くん……桐山くんをどうするつもりっ!?」
美恵の焦りは頂点に達してきた。

「殺してやる、桐山くんに何かしたら、あなたを殺してやるわ!!」


「どけ天瀬!!」
今度は三村が扉に体当たりをした。扉が大きく傾きだした。
「……ひっ。ま、まずい……早くしないと!!」
扉にはつっかい棒がしてあるが、三村の勢いにどれだけ耐え切れるか。
新井田は桐山の腕を取ると震える手で注射器を近づけた。
(これでオレは殺人者か……で、でもしょうがないんだ。こうしないと死ぬのはオレなんだ。
だから、これはいわば緊急避難ってやつだ。悪いな桐山さん、化けて出ないでくれよ)
注射針が桐山の腕に突き刺されようとした時だった。
パリンっ!そんな音がして小屋の隅に注射器が飛ばされ壁に激突して割れていた。


「……え?」
新井田は何が起きたのか一瞬わからなかったが、すぐに理解した。
「き、きききき……桐山さん!!」
先ほどまで意識を失っていたはずの桐山が覚醒して、注射器をたたき飛ばしたのだ。
新井田はびびって尻餅をつくと、そのまま数メートル後ずさりした。
「あ、あわわわわ!!ち、違う、違うんだ!!こ、これは……そ、その!!」

な、なんだって急に起き上がるんだよ!!
あんた意識不明じゃなかったのか!!?

新井田には理解出来ないだろうが、桐山を目覚めさせたのは新井田の殺気だった。
優れた兵士は、たとえ熟睡していても敵の存在を嗅ぎ付ければ即座に肉体が動く。
桐山はそういう意味では生まれながらの一流の兵士だった。
今度は背後から物凄い音がして扉が床に叩きつけられた。
振り向く新井田の視界に恐ろしいものが飛び込んできた。
明らかに自分に向けて疑心に満ちた恐ろしい目をした三村たちの姿だった。
「……新井田、おまえ何してるんだよ?」
三村の質問に新井田が素直に答えられるわけがない。
何か必死に訴えようと口を動かしているが、いい言い訳が思いつかないのだろう。
口をパクパク動かしているだけで、言葉が全くでないのだ。




「桐山くん、大丈夫?!」
美恵が、そして月岡が桐山のそばに駆け寄った。
「桐山くん、何があったの?」
桐山は静かに小屋の隅を指差した。全員の視線がその一点に集中する。
新井田はもはや顔面蒼白で気を失いそうだった。
三村たちの背後では、飯島が新井田と同じくらい蒼白くなって立っている。
注射器の残骸を目にした三村は新井田に近づき、その胸倉を掴んで持ち上げた。


「新井田、おまえ、一体何をしようとしてたんだ!!?」
「そ、そそそそ……それは……その……あの……」
「オレ達に言えないようなことしようとしてたのかよ!!
おまえ、今の状況がわかっているのか!?いいか、よく聞け!!
オレ達は全員協力して転校生と戦わないと死ぬんだぞ!まして天瀬は、あの転校生に……」
そこまで言って三村はハッとして言葉を止めた。


「……私?」
自分の名前が出て美恵は訝しげに三村を見た。三村は目を逸らした。
「私が……どうしたの?」
美恵の名前に反応したのは美恵本人だけではなかった。
「……どういうことだ三村?」
桐山が立ち上がった。月岡の制止もきかず三村に近づく。
美恵がどうした?」
三村はグッと唇を噛んだが、ここで隠すのも得策では無いと考えたのだろう。
観念したかのように白状した。




「国信の死因は……あの周藤って転校生に遅速性の毒を使われたからなんだ!
多分、ナイフに塗ったんだと思う……だから、だから……」

三村の言葉が終わらないうちに桐山は美恵の手首を掴んでいた。
忘れもしない。周藤の投げたナイフが自分を庇った美恵の腕をえぐった事。
桐山はその腕を持ち上げた。ナイフによる傷が痛々しい。

「……き、桐山……くん」

美恵が震えていた。考えなくてもわかる、自分は国信を殺した毒におかされているかもしれない。


美恵!」

桐山は美恵を抱きしめた。

「大丈夫だ。オレが何とかする」
「……桐山くん」

自分の命がカウントダウンに突入した可能性があると知ったのは美恵だけではなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよ……冗談じゃないわよ!!」
「そ、そうよ!!そんなことアタシ認めないわよ!!」

光子と月岡の突然の絶叫。
毒におかされているのは美恵だけかと思っていた三村は、驚いて二人を凝視した。


「……ま、まさか……おまえ達も?」
「あ、あの陰険男!!やっぱり、あたし達を生かしておくつもり全然なかったのね!!」
「いやー!!この若さで死にたくない!!だってうら若き乙女なのよ、アタシ!!」
なんて事だ。事態は思ったより深刻だった。
三村は収拾のつかなくなった事態に頭痛がしたが、それでも、やらなければならないことはわきまえていた。
「新井田!おまえ、何していたのか説明しろ!!」
まずは、この怪しい行動を取っていた新井田を詰問する事だ。
しかし、新井田は「オ、オレは何もしてない!仲間疑うのかよ三村!」と全く答えにならない返事ばかりだ。




「……新井田、まさか、おまえオレ達を裏切るつもりじゃないだろうな?」
新井田の心臓が大きく跳ねた。つもりどころか、すでに裏切っているのだ。
「桐山の死体を土産にすれば転校生に取り入れるとか、ふざけたこと考えてるんじゃないだろうな!!」
「な、何言ってるんだ三村、いくら温厚なオレでも怒るぞ!そ、そんな卑怯なことオレが考えるわけねえだろ!!」
新井田は反撃するも状況証拠からして新井田の不利は明らかだった。
「あ、あのさ」
それまで蒼白い顔でただ突っ立っていた飯島が口を開いていた。


「に、新井田は……桐山さんのこと献身的に看ていた……よ」
新井田を庇う発言に、三村は「ただの演技だろ」と一蹴。
しかし、飯島は、「こ、こんな時だよ……きちんとした証拠もなしに仲間疑うのはやめろよ」と珍しく引こうとしない。
「証拠だと?だったら、あの注射器はなんだっていうんだ!あれを桐山に討って何をするつもりだったんだ!?」
「で、でも……さ。注射の中身もわからないのに……」
飯島の援護を得て、元々調子のいい新井田は「そ、そうだぜ。飯島の言う通りだ!」とやけにでかい態度にでた。
そんな時だった。七原をつれた川田が戻ったのは。
川田は事情を聞くと、「だったらオレが調べてくる」と注射器の中の液を取って出掛けた。
こんな時だ、離れるのは得策ではないが、仲間同士で争うわけにはいかない。
元は断たなければならない。それまで新井田は拘束されることになった。
杉村と貴子の死は川田が七原に口止めした。こんな状況ではとても話せなかったのだ。














「そろそろ、あの馬鹿が失敗している頃だな」
周藤は、パソコンを取り出すと地図を表示した。
この島の地図だ。一箇所だけ赤く点滅している部分がある。
それは周藤の現在位置を示すものではない。
「話の内容からして川田は離れたようだな……」
周藤は携帯の音量を最大限にしながら次なるターゲットを絞っていた。
「ここまでさらけ出してやったんだ。裏切りに気づいて当然。
後は、どこまで、麗しき仲間意識とやらに加担する熱血漢がいるかだな」














川田は、「くれぐれも仲間割れはするな」と念を押した、その五分も立たないうちにそれは起きた。
「とにかく、あの男を探し出して解毒剤を手に入れるんだ。それから……」
三村が、今後の対策を練っていた時だった。
「三村」
横になっていたはずの桐山がとんでもないことを言い出したのだ。


「今すぐ、全員の身体検査と荷物検査をやれ」
「……なんだって?」

桐山は上半身を起すと、さらに言った。


「今すぐだ」
「新井田のなら調べただろ。怪しいものはこれといってなかったぞ」

壊れた注射器だけだった。そして怪しいのは新井田だけ。
その新井田を調べたというのに、桐山は満足していないようだ。
「オレは全員調べろと言っているんだ三村」
桐山は全員の顔を見渡すと、一番おどおどしていた飯島を指差した。


「そいつからでいい。さっさとしろ」
当然ながら飯島は泣き出しそうなほど取り乱して、「オ、オレを疑っているのか?」と叫ぶように言った。
「ど、どうして!オ、オレ……オレは……七原ぁ!オレなんにもしてないよ!」
飯島はそばにいた七原に縋りついた。
「泣いてもいい。とにかく調べさせてもらうぞ。三村、さっさとやってくれ。でないとオレは安心できない」
途端に、七原が飯島を背中に回し反論した。
「いい加減にしろよ桐山!こんな時なんだぞ、仲間同士疑うようなこと言って楽しいのかよ!!
お互い信頼し合って助け合うべきじゃないか!おまえは間違っている!!」
目の前で杉村を失った七原は、もうこれ以上仲間を失いたくない一心で飯島を庇った。
「転校生のターゲットはオレ達全員の命なんだ!仲間を疑うなんて、おまえどうかしてるぞ!」
「そうか、だったら、それもいいだろう。美恵、行こう」
桐山は美恵の手を取ると立ち上がった。




「桐山くん?」
「オレは自分の意見が間違っているとは思えない。それが受け入れられないのなら、ここにいる理由も無い」
これには三村も七原も顔色を失った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。美恵を連れて行くんなら、あたしも行くわよ」
「ア、アタシも。三村くんとは離れたくないけど正直言って桐山くんと一緒にいるほうが生存率高いもの」
光子と月岡も桐山に賛同しだした。七原の怒りは頂点に達した。
「ふざけるな桐山!おまえ、自分がどれだけ身勝手なこと言っているのかわかっているのか!
仲間を疑ったり、勝手に袂を分かとうとしたり、そんな身勝手なこと許されると思うのか!!
謝れ!!今すぐ皆に、飯島に謝れよ!!それが嫌ならこっちからおまえとはさよならしてやる!!」
「そうか、七原、おまえとは初めて意見が一致したな」
「……え?」
「オレは謝るつもりはない。だから、さよならだ」
桐山は自分のディバックを手に取ると、美恵の手を取り、そのまま歩き出した。光子と月岡も慌てて後を追う。


「ま、待て桐山!!」
三村が慌てて桐山の前に出て両腕を広げた。
「落ち着け、話し合えば済むことだろ。こんな時なんだぞ」
「オレは話し合うつもりはない」
その言葉に七原怒りは再度沸点を迎えた。
「くそ、桐山!!」
七原は小屋の壁に掛けてあったロープを手に取ると、背後から桐山の体にそれを回した。
「七原くん、何するの!桐山くんは怪我をしてるのよ!!」
慌てて美恵が七原を止めようとするが、今の七原は桐山を止めなければいけないという責任感が優先されていた。
「三村!桐山を拘束するんだ!川田が戻るまで勝手な行動起させるな!!」
「七原……!」
「何してる。さっさとおまえも抑えてくれよ!でないと、こいつ、本当に出て行くぞ!!」
「……あ、ああ」
仕方ない、非常事態だ。三村が桐山を押さえようとした時だった。




「……うぐっ」
七原が腹を押さえて、その場にひざまづいた。
「な、七原!」
桐山の肘が七原の腹に食い込んだのだ。
驚く三村だったが、今度はそれが自分に向かってきた。
怪我人とは思えない動きだった。桐山が一瞬で、自分と接触するくらいに位置まで距離を縮めた。
そのあっと言う間に動きに気をとられた次の瞬間、腹部に痛みが走った。
三村は思わず、腹を押さえてバランスを崩した。
だが衝撃は二度目があった。今度は後ろ首に桐山の手刀だ。
三村の体は完全に床に沈んだ。本当に、あっと言う間の出来事だった。


「行くぞ」
桐山は美恵の手を取ると小屋を飛び出した。月岡と光子も慌てて追いかける。
桐山は小屋の近くに路上駐車されていた車のドアの鍵を壊し無理やり開け中に入った。
「待って桐山くん」
「あいつらと一緒にいたら死ぬことになるぞ」
光子と月岡はちゃっかりとすでに後部座席に乗り込んでいる。
美恵」
美恵の手を握る桐山の手に、さらに力が入った。痛いくらいだ。
「約束する。おまえはオレが守る、死なせはしない。だから――」


「生きたかったら、オレについて来い」




【B組:残り9人】
【敵:残り2人】




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