「川田くん、桐山くんは大丈夫なの?」
「ああ、体力が戻ってないのに無茶するから体に響いただけだ。
心配するな、お嬢さん。おまえさんがそばにいてやればすぐに回復する」
川田は、美恵に「さ、手を握ってやれ」と促した。
言われた通り美恵は桐山の手をギュッと握った。
桐山は気を失って意識がないにもかかわらず、美恵の手を握り返した。
「……桐山くん、早く良くなってね」
桐山の寝顔は何だか安心したようにも見える。そのくらい、やすらぎに満ちた表情をしていたのだ。


「お嬢さん、桐山はおまえさんにまかせた。後は頼む」
川田はライフルを手にとって立ち上がった。七原と三村も一緒だ。
杉村と貴子、二人をこのままにしてはおけない。国信の死因もきちんと把握しておく必要がある。
そこで川田は七原と三村を連れて、二人を捜しに行くことにしたのだ。
本当なら今ばらばらになるのは避けたい。せっかく生き残った生徒が集まったのだから。
しかし、国信の死因がどうも気になるのだ。それが川田を動かした。後は月岡たちに任せることにした。
桐山は今は戦える状態ではない。月岡が一番の頼りだ。
やっと三村と再会した月岡は、「ああ三村くんと、また引き離されるのぉ?」と嘆いたが。
ともかく、三人は周囲に注意しつつ、その場を後にしたのだった――。




キツネ狩り―148―




自動ドアの真下に来てもドアは開かなかった。
政府の急の命令にもかかわらず、このスーパーの店長はしっかり戸締りしてから島を出たらしい。
「まいったな……」
「弘樹、邪魔よ。どいて」
杉村がハッと振り向くと、どこから持ってきたのか、貴子が大きなスコップを抱えていた。
しかも、それを大きく持ち上げる。杉村は慌てて下がった。
ガシャンと派手な音がして、ドアの一部が粉々のガラスの残骸と化した。


「おまえ、無茶するな。それ、どこにあったんだよ?」
「そこの植木に立て掛けてあったのよ。さあ行くわよ」
二人は自動ドアにポッカリ空いた、いや今空けた穴に自らの体をくぐらせた。
まずは二階のファッションコーナーに行った。
何でもいい。この濡れた制服とはおさらばしなければ。
訂正、何でもいいというわけにはいかない。サバイバルに向く丈夫で動きやすい服装でないと。
それさえクリアすれば後はOKだ。こんな時にデザインに注文することなどない。
二人はジーンズを基調に、すぐに服を選んだ。
条件とサイズさえクリアすればOKなので、すぐに決まった。


後は、必需品をいくつかそろえることだ。武器はたった三発の銃弾だけ残った銃。
三発撃ったら、もう何の価値も無い、ただの鉄の塊。
今はもっとも頼れる武器であるその銃が、ただの鉄の塊になった時のことを考えて用意しておかなければ。
こんなスーパーに気の利いた武器があるわけがない。
あるとすればナイフなどの刃物くらいだが、無いよりはずっといい。
貴子が刃渡りのあるナイフを選んでいるいる間に杉村はモップを加工して格闘用の棒を作った。
武器だけではない、救急箱も必要だ。それに食料もあったほうがいい、大忙しだ。




「貴子、固形燃料なんかもいるか?」
「あったに越した事ないけど、荷物は重すぎてもいざってとき動きが取れないでしょ?
それを計算に入れて行動しないと後が辛いわよ」
「そうか、そうだよな」
一通り、必需品をそろえると、杉村はそれをリュックに詰めた。
リュックも、このスーパーのアウトドアコーナーから拝借したものだ。
「そろそろ行こうか」
杉村が貴子の手を引いて、歩き出した時だった。
「……待って弘樹」
貴子の様子がおかしい。幼馴染だからこそわかる微妙な変化。


「この島に到着した時、雨は降っていた?」
この島に到着した時?確か気絶していて目が覚めたときはすでに夜だった。
でも、雨がふったのはその後だった。
「どうした貴子、雨がどうかしたのか?」
「このスーパーは戸締りしてあった。そうよね?」
「ああ、そうだが」
「あれを見て……」
貴子が指差した先。何も無い。ただのフロアーが広がってるだけだ。


「何もないじゃないか、どうしたんだ貴子?」
「床よ……床を見て」
「床?」
やはり何も無いではないか。多少、汚れているだけで何の変哲も無い只の床。
「床がどうしたんだ?」
「足跡よ……」

足跡……確かにくっくりとついている。
でも、スーパーの床にそんなものあってもおかしくないだろ?




「貴子、一体どうしたっていうんだ?足跡くらい何でもないだろ?」
「ただの足跡……ならね」
どういうことだ?杉村は、もう一度足跡を見た。ただの足跡じゃないか。
「どういうことなんだ。説明してくれよ貴子」
「濡れているのよ……あれは雨の中を歩いた靴がつけた足跡よ」
杉村はハッとしてもう一度見た。確かに濡れている。
「……逃げるのよ弘樹」
「貴子?」
「いるわ……転校生が、この中にいる」
「落ち着けよ貴子……生徒の誰かが入った時についたものかもしれないだろ?」
「忘れたの弘樹!このスーパーは閉まっていたのよ!
あたしたちはドアを壊して入ったわ。それ以前は誰も入ってなかったのよ!!」
今度は杉村も反論しなかった。それどころか顔面蒼白だった。


「すぐに出よう!」
杉村は貴子の手を引くと走り出した。
ピン……何かが足に引っ掛かった。その違和感に杉村はハッと足元を見た。
何も無い。いや無いのではなく、一瞬見えなかった。
見えにくい糸状のもの……つまりピアノ線。
ピアノ線が、普通こんなことこで張られているわけがない。
張られているのは、何者かが故意にしたことだ。つまり転校生によるトラップだ!!
「貴子!!」
杉村は、貴子を抱きしめると、床を蹴って跳んでいた。
直後に、杉村の耳につんざくような大きな音がこだました。














「……慶時」
七原は、兄弟同然に育った国信の変わり果てた姿にガクッとひざを床につけてうなだれた。
「ごめん……慶時」
一番大事なときにそばにいて守ってやれなくて。
七原の頬を再び熱いものが伝わり、ぽとぽとと床に雫を落した。
「七原、感傷にひたっているところわるいな」
川田は国信の衣服を手にするとグイッと引っ張り顔をしかめた。


「三村」
「何だ?」
「転校生はなんて言ってたか、もう一度言ってくれ」
「とにかく妙なことさ。もう死んでいるから殺す必要ないみたいなことを。
まるで、国信が死ぬ事を予言しているようだった」
「予言なんかじゃないさ。あいつは、すでに国信殺害を実行した後だったんだ」
「どういうことだ?」
「見てみろ」
川田が指を差した箇所を見て、二人は目を見開いた。


「なんだ……これは?」
傷、傷だ。だが、ただの傷じゃない。
ナイフで切ったものか?切り口からはそう推察できる。
しかし、その切られた部分が紫色に変色して盛り上がっているのだ。
「毒だ」
三村と七原の表情が強張った。
「あいつは、国信とずっと前に出会っていたんだろう。
その時に、すでに毒を仕込んだ刃物で、国信に致命傷を負わせていたんだ」




「で、でも!国信はオレと再会した時は元気だったんだ!!
その後もずっとだぞ。具合が急変したのは、ほんの数時間前なんだ!」
「七原、おまえさんは毒はあっと言う間に死に至らしめるものしかないと思っているのか?
毒といっても色々と種類がある。これは遅効性の毒だったんだろう。
だから国信はすでに命が消えかかったことには気づかなかった。
そして、最初はただの病気だとおまえさんたちも考えたんだ」
「……ナイフ」
三村は全身の体温が一気に下がるのを感じた。
「おい川田!あいつは刃物に毒塗っているのか!?」
「ああ、傷跡から考えるとそうだ」
「……天瀬」


あいつは、あいつは天瀬に何をした?
軽傷だと思って気にもしなかった。だけど、だけど……!
あいつは桐山にナイフを投げた。桐山を庇った美恵にナイフが切りかかった。
軽傷だが、もしあれに毒が塗ってあっとしたら、十分致命傷になる。


「……川田」
「気づいたか三村」
「……嘘だろ?」
三村は眩暈がした。
「いいや現実だ。あいつは戦闘のプロだ。やるからには徹底的にやるだろう」
二人の会話を聞いていた七原は、川田と三村を交互に見詰めた。
「なあ、何の話してるんだよ?」
不安そうに質問してきた七原。
「七原……いいか、よく聞け」
川田が説明してやろうとした時だった。




「川田、あれ!」
三村が指を差した方向に煙。三人は揃って窓から身を乗り出した。
「……あ、あの方向は」
確か、川の下流の先にある街だ。転校生だが何かしたんだ。
「……杉村」
七原の脳裏にぞっとする光景が浮んだ。
「助けに行かないと……あそこだ、あそこに杉村がいる!!」
残念だが国信は死んだ。一番の親友だったのに。
もう二度と声も聞けない。もちろん生き返るなんて奇跡は絶対に起きない。
しかし杉村は違う。殺されていなければ助けてやることが出来る。
いや、絶対に助けてやらなければいけないんだ。


「行こう川田!!杉村を、杉村と千草を助けるんだ!!
きっと、まだ二人は生きている。早くしないと殺されてしまう!!
オレ達で、二人を転校生から救ってやるんだ。もう一人も仲間を失いたくない!!」


「落ち着け七原。オレもおまえと同じ気持ちだ。だからこそ慎重にならないと行けないんだ」
杉村と貴子だけではない。もう一人、転校生の手によって殺されかかっている人間がいる。
その人間は桐山の戦う理由だ。彼女が死んだら桐山は戦う気力を失ってしまうかもしれない。
いや、愛する女を殺された怒りで、より強い戦闘意欲を持つかもしれないが。
どっちにしても、美恵をほかっておくわけには行かない。
「川田、オレがいったん戻る。おまえは七原と一緒に行ってくれ」
川田の気持ちを察したのか、三村がそう提案してきた。
「わかった。いいか、くれぐれも注意して行動しろ。単独行動が一番危険なんだからな」
「ああ、わかってる。絶対に杉村と千草を死なせないでくれ」
三村は、七原と張り合うスピードを誇る脚力で、その場を後にした。




「七原、オレ達も急ごう」
「ああ」
二人は階段を駆け下りると、破壊した玄関から飛び出した。
そのまま走り続けようとした七原に川田が大声で制止をかける。
「どこに行く七原、こっちだ!」
「どこって……早く駆けつけてやらないと!」
「いくら、おまえさんが早くても、あそこまで行くのに、どれだけ時間がかかると思ってる!?
いいか、人間の身体能力には限界って奴があるんだ!!」
川田は駐車場に止めてあった三台の車の中から一番走りそうなものを選びドアに手をかけた。
幸いにも鍵は掛けられていない。


「早く乗れ!!」
「でもキーがないと運転なんか出来ないだろ?」
「直接つなぐ」
川田はライフルの柄で、強引にキー挿入部を叩き壊した。
そして、何かいじっていたが、すぐにエンジンがかかった。
「行くぞ七原、しっかり掴まってろ!!」
車が急発進。そして瞬く間に加速していった。ミッションであるため、川田の左手も忙しく動く。
あっと言う間にハイトップまでギアを上げていったのだ。
「川田、どのくらいでつく?」
「さあな。余計なことは考えるな七原。到着したら即戦闘になることを覚悟しておけ」
「ああ」
東の空が明るくなってきている。

あの太陽が完全に姿を現すまで、二人は無事でいてくれるだろうか?
これが最後の朝日にならないだろうか?

「杉村、千草……オレがつくまで持ちこたえてくれ」














「ば……爆弾」
トラップを仕掛けていた。同じ事は前もあった。
あいつ、あの高尾晃司という長髪の化け物に違いない。貴子は瞬時に理解した。
もちろん、他の転校生だって戦闘のプロなのだから、このくらいのこと出来る可能性は十分ある。
だから断定は出来ない。しかし貴子は直感で高尾だと確信したのだ。
体に痛みは走ってない。幸いにも怪我はしなかった。
でも貴子の心は安堵感などとは無縁だ。それは、すぐそばに転校生がいるからではない。
杉村だ。自分が無事なのは杉村が自分をしっかり抱きしめて、己の肉体でガードしてくれたからだ。
でも杉村は守ってくれたものなんてなにもない。


「弘樹、あんた大丈夫なの!?」
「……ああ」
良かった。無事だった。
「は、早く……早く、ここから逃げるのよ!」
「わかってる」
二人は立ち上がった。すぐに外に出なければ。だが立ち上がった途端に二人はギョッとした。

「……転校生!」

忘れもしない恐怖の代名詞。貴子の直感は正しかった。
腰まである長髪の男が冷たい目で二人を見ていたのだ。
壁に背をもたれ、腕を組んだ姿勢でじっと二人を見ている。
しかし、二人が後ずさりしたと同時に組んでいた両腕をほどいた。
そして、一歩前に出た。瞬間、貴子は杉村を突き飛ばした。


「弘樹!逃げるのよ!!」


貴子は銃口を高尾に向けた。今、銃を持っているのは自分だ
だから戦うのも自分。勝てるなんて思ってない、でも杉村が逃げる時間くらいは稼げる。
いや、そうしなければならない。杉村が自分を守ってくれたように、今度は自分が杉村を守る。
一方的に守られるだけの関係なんかじゃないのだ。幼い頃から、お互い支えあってきた。ギブ&テイクだ。
だから、今度は自分が杉村を守る。


「やめるんだ貴子!!」

銃口が火を噴いた。杉村は、視線を高尾に移動させた。
どんな超人でも鉛の玉をくらって平気な人間はいない。
銃弾が命中さえすれば勝てる。そう命中さえすれば。
だが、その弾道の先にいたはずの高尾がすでにいなかった。
高尾の肉体は貴子が照準を定めた瞬間、床から離れ吹き抜けに浮いているのではなかというくらい高く飛んでいた。
当然、貴子が放った銃弾は高尾に当たらず壁に穴を空けたにとどまっている。
スーパーの吹き抜けを飾っていた、色鮮やかなシャンデリアの上を飛越している高尾。


「今度こそ!」
貴子は即座に銃口を上に向けた。素人離れした反応の良さだった。
その貴子の瞳に映ったシャンデリアが、角膜の中で急激に巨大化していった。
高尾だ。高尾がシャンデリアを飛越した瞬間、天上から切り離したのだ。
シャンデリアが貴子目掛けて一気に落下してゆく。
「貴子ぉ!」
杉村が貴子に向かってタックルしてきた。
間一髪、貴子がつい先ほど立っていた場所に派手な音と共に衝突するシャンデリア。




「大丈夫か貴子!?」
「え、ええ!」
「くそ……転校生め!!」
杉村は貴子の手から銃を奪うと二階の踊り場に着地した高尾の背中にそれを向けた。
「動くなよ、転校生っ!!」
二度、銃が爆音を放った。しかし、杉村が脳裏に描いた高尾の絶命シーンはそこにはなかった。
踊り場に着地した高尾が、背面飛びで、再び空中を舞っていたのだ。
「……なっ」
まるで、オリンピックの体操選手のような華麗な動きに、杉村も貴子も一瞬目を奪われた。
高尾の体は、空中で三回転して二人の背後に。
視界から消えた高尾の姿を追おうと、二人は同時に後ろに振り向いた。


「……ぐっ」
振り向いた瞬間、杉村の表情が凍り付いていた。
「……ひ、ろき」
貴子の表情もだ。高尾の腕が杉村の腹に食い込んでいたの。
「弘樹ぃぃー!!」
またしても空中に人間の体が舞った。ただし、今度は高尾ではなく、杉村の体が。
ガシャンッ!と杉村の体が重ねられていた買い物カーに衝突。
ガラガラガラッ!と、買い物カーが、そばに陳列してあった商品に激突。
二次被害で、あっと言う間にスーパーの中はハリケーンが通過した後そのものだった。


「弘樹ー!!」
駆け寄ろうとした貴子だが、体が動かない。高尾の手が貴子の肩にあった。
「さ、触らないで!よくも、よくも弘樹をっ!!」
貴子は、上着のポケットからナイフを取り出した。
先ほど、スーパーのアウトドアコーナーにて手に入れたものだ。
強力なサバイバルナイフの切れ味、あんたの体に味合わせてやるわよ!!
しかし、貴子がナイフを突き上げるより先に、大きく体のバランスが崩れていた。
いや、崩された。貴子の体が宙に浮いていた。


「……な」
いくら、男と女の体格差があっても、片手一つで、人間の体を簡単に持ち上げられるとは。
そのまま貴子の体は猛スピードに乗った。
「貴子!!」
そして壁に衝突することでやっとスピードが消えた。
「……ぁ」
貴子が床に落ちる。全身に痛みが走った。
高尾晃司、この男は例え相手が女だろうと一切容赦などしない。
それを貴子は身をもって知ることになったのだ。
それでも貴子は立ち上がろうとするが、全身を強くうった衝撃はハンパではなかった。
立ち上がろうとするが体が言う事をきかない。


(……体が……動かない)

そんな貴子に足音が近づいてくる。顔を上げ確認するまでもない。
高尾がとどめを刺す為に近づいてきているのだ。

(どうして、どうして動かないのよ!そんな柔な体じゃないはずじゃない!!
陸上で鍛えた丈夫な体だったんじゃないの?どうして動かないのよ!!)

すぐそばまで足音が。もうダメだ。そう思った時だった。


「それ以上、貴子に近づくなっ!!」

ハッとして顔を上げた。杉村がオイル缶を手に立ち上がっていた。

「殺すなら、オレから殺せ!!女の貴子より、オレのほうが厄介なはずだ、そうだろう!!」


「貴子を殺すなら、オレを殺してからにしろ!!さあ殺せっ!殺してみろっ!!」




【B組:残り11人】
【敵:残り2人】




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