「三村くーん!!」

あ、あの声は月岡!それに車の音、もしかして!

「川田くん、ブレーキなんて踏まないでよ!!このままよ、このまま突っ込むのよ!!」
「やれやれ人使いの荒い男だ」
「失礼ね!レディと言ってちょうだい!!」
「生きて帰れたらいくらでもいってやるよ!」


川田はブレーキを踏まず、周藤目掛けてアクセルを踏み込んだ。狭い廊下だ。逃げ場などない。
周藤をこのままひき殺す。車は廊下にやっと入れるくらいのサイズだ。
それが壁とこすれながら一気に迫ってきた。
周藤は予定時間より早い到着にさすがに眉をひそめてはいた。
だが、こんなことは戦場ではよくあることだ。
何度も実戦を経験してきた自分が超えられないアクシデントではない。
その自信があるせいか、微動だにせず、スッと銃を持つ手を挙げた。


「全員、伏せろ!!頭を撃たれるぞ!!」


川田の声に、全員が体を伏せた。同時にパンパンと乾いた音が走る。
銃弾がフロントガラスを突き破り車中を走った。
美恵っ!!」
桐山は、美恵の上に覆いかぶさるようにして彼女を守る。
「ひぃぃ!ひぃぃー!!」
「ぎゃー!や、やめてくれー!!」
飯島と新井田は体を伏せるというよりは腰が抜けているようだ。
車のスピードは衰えない。一直線に周藤に向かってくる。
威嚇射撃に全くびびらない川田。周藤は銃を降ろすと、車に向かって走ってきた。




キツネ狩り―147―




「……ぐぼっ!」
激流にとらわれながら水面に何度も顔を出す杉村。
その度に必死に辺りを見回し探した。もちろん貴子だ。
「た、貴子!!」
皮肉なことに、この川はほんの数十分前に新井田が溺れた川。
時間差で新井田は川田に救出された。そんな奇跡は今度は起きない。
杉村は自力でこの窮地を脱しなければならなかった。
岸に泳いでいくことくらいなら出来たかもしれない。
しかし杉村は流れと戦いながらもそれはしなかった。貴子を見つけてない。
何度目に頭を浮上させたときだっただろうか?十メートルほど先に、ちらっとひとの頭が見えた。
見間違えるわけがない。貴子だ、あの茶髪は。杉村は必死にクロールをし、川に潜った。
やはり貴子だった。杉村は貴子を抱えると岸に向かって泳ぎだした。


「……ひ、弘樹?」
良かった、生きてる。
「大丈夫か貴子?」
「え……ええ」
「よし、岸に泳ぐぞ」
二人は自力で川岸にたどり着いた。荷物はほとんど流されたが命は捨てずに済んだ。
「ここは……どこなのかしら?」
「見当もつかない」
不幸中の幸いか、貴子がしっかり握っていたので銃だけは無事だ。
けれども銃弾は今頃川の底。残りはたったの三発。
「とにかく、こんなところにいるわけには行かないな。森を抜けよう」
杉村は貴子の手を取ると走り出した。
数分後、川岸で二人の足跡を発見した高尾の存在にも気づかずに――。














「何だと!!」
逃げるかと思いきや、反対につっこんできた周藤に川田は内心驚いた。
だが、だからといって踏み込んだアクセルは決して緩めない。
車と正面衝突と思われた周藤の体は飛び上がり、走行する車を飛越したのだ。
「くそ!」
川田は急ブレーキをかけた。
「きゃぁぁぁー!!」
助手席の月岡の声のおぞましさに気をとられる心の余裕もない。
車は先ほど周藤が壁を破壊して出来た穴に突っ込んだ。同時に、パンパンと乾いた音が後方から聞えた。


「車から飛び降りろ!!」
全員が、一斉に車から飛び降りる。その直後にカッと車が膨張し爆発。間一髪だった。
この建物が水浸しでなかったら、さらにひさんな二次災害があっただろう。
もちろん、これで全てが終わったわけではない。
「桐山くん、大丈夫!?」
美恵は、僅かに眉をゆがめる桐山を心配そうに見詰めながら、肩を貸した。
「……大丈夫だ」
とても、そうは見えない。桐山は怪我人なのだから。
「三村、無事だったんだな!」
「ああ、何とか命だけはな!」
だが、と三村は続けた。

「早く、あの殺人鬼を何とかしないと、その命も無くなるんだよ!」




炎上した車から立ち上る黒い煙。
「けほけほっ!ちょっと、三村くん、あたしを中毒死させたいの!?
さっさと何とかしないさよ!!」
「出来ればとっくにやってるんだよ!少しは落ち着けよ!」
「きゃぁぁー!三村くん、死ぬときは一緒よぉぉー!!」
光子に襟掴み上げられ、月岡には抱きつかれ、何とかしたくても、すでに金縛り状態の三村。
川田はレミントンを構えて、壁から周藤の様子を伺っている。
新井田と飯島など最初から頭数に入ってない。
桐山は、冷静すぎるほど冷静に状況を見ていた。
しかし、美恵が煙で苦しそうに口を押さえだしたのを見て突然立ち上がった。


「おい、桐山!?」
咄嗟に川田が止めようとしたが遅かった。
桐山は燃え上がる車を飛び越え、周藤に向かっていったのだ。
「ば、馬鹿な桐山!!」
「桐山くん!」
「きゃぁぁー!アタシの可愛い桐山くんがぁぁー!!」
慌てて川田も思わず飛び出しかけた。しかし、その前に美恵と月岡が飛び出しかけたので二人を止めた。
「行くな!今出たら、おまえ達まで死ぬぞ!!」
「で、でも桐山くんが!!」
「そうよ!!ああああああー!!き、っりやま、くぅぅーん!!」
月岡はすでに息子の身を案じる母親の心境にまで達していた。




「桐山?!」
煙と水によって遮られた視界の中から本命の桐山が姿を現したのは周藤にとっては少々意外だった。
何と言っても桐山は鳴海とやりあった直後、まだ動く事はきつい体だろう。
もちろん、このままじっとうずくまっているわけにはいかないだろう事も理解できる。
だから、誰かが攻撃を仕掛けてくるだろうと思った。
それは川田か、三村だろうと思っていたのに、桐山とは。
しかし、これは周藤にとっては嬉しい誤算でもあった。
他の連中に邪魔されないうちに一戦交えるのもいいだろう。
銃声が、周藤が身を隠している廊下の角に当たる。
周藤は、銃声がいったん止むのを待って、スッと銃口を向け引き金を引いた。


(いない!)
上か!周藤は、視線を天井に向ける。
先ほどの自分と同じだ。天井スレスレの位置でのジャンプ。
銃弾はもうつきた。弾を詰めないと!だが、遅い。桐山が、目と鼻の先に着地した。
着地と同時に、右足が周藤の顎目掛けて急上昇した。
その時、桐山は見た。周藤の口の端が微かに上がっているを。
そして、周藤はスッと背後に上半身をそらし、そのままバク転していた。
もちろん、桐山の反応も早い。あっと言う間に離された距離を詰める。
周藤が体勢を立て直す前、つまり着地と同時に頭部に攻撃だ。


桐山の目が微かだが大きくなった。
周藤は回転して着地、そのまま立ち上がるはずだった。
それにあわせて頭部へ攻撃するはずだったのに。
それなのに、周藤は立ち上がらず、反対に体全体を沈め、桐山のアキレス腱に蹴りだ。
「……く!」
体勢を大きく崩されたのは桐山のほうだった。このままでは、背中から床に叩きつけられる。
そうなったら終わりだ。周藤は一気にがら空きのボディ(つまり急所)に攻撃をしてくる。
咄嗟に、右手で床をつき、ギリギリで堪え、クルッと回転。その反動で立ち上がった。
立ち上がった桐山の頭部に周藤のかかと落しが。桐山は両腕をクロスさせて真上に突き出した。
ドン!と鈍い痛みが腕に電流のように流れる。逆襲だ。周藤は攻勢に出て失敗した。
今なら、守勢の体勢に出る前に攻撃を仕掛けられる!
桐山は、周藤の腹部目掛けて斜め下から足を持ち上げる。




「遅いな」
「何だと?」

周藤の腹部に炸裂するはずだった蹴りは、周藤に足首掴まれて簡単に止められていた。
「桐山!」
レミントンを構えた川田が睨んでいる。やっと桐山以外の奴がおでましってわけか。
「どいてろ桐山!そいつはオレが仕留めてやる!」
桐山と接近戦では銃を発砲するわけにはいかない。
桐山にまで当たってしまう。だからできない。周藤もわかっているから余裕綽々なのだろう。
むしろ焦っているのは川田の方だった。
(どういうことだ?)
川田は見ていた。ほんの短い間ではあったが桐山と周藤の戦いを。
そして、客観的に見ていたからこそ、気づいたのだ。


(桐山の……桐山の攻撃が全てかわされた)

確かに桐山は鳴海と戦った直後で怪我もしており体力も回復していない。
だからといって今までの桐山では考えられないことだった。一切の攻撃が通用しないなんて。
桐山は三人の転校生に連勝してきた実力者。
まして、今は愛する女を守る為に死力を振り絞っているのだ。それなのに。

(桐山より、あいつのスピードのほうが早いのか?いや……違う)

違う……桐山が動くより僅かに……ほんの僅かだが、あいつの方が動くのが早かった。
まるで……そう、まるで桐山の次の攻撃を読んでいるかのように。

(まさか……いや、だが)

川田は怒鳴るように叫んだ。


「そいつから離れろ桐山!おまえの動きは完全に見切られているぞ!!
そいつは……そいつはおまえの攻撃を予測して動いている!!」
「何だと?」
周藤はくくっと笑った。
「驚きだ。気づく奴がいたなんて」
桐山と周藤はパッとお互い数メートルの距離をとり離れた。
「……オレの動きを予測しているだと?」
「ああ、そうだ。……第三者のオレだからわかるんだ。
そいつは……そいつは、おまえが動く前にすでに、その動きを計算してる」
「そんなはずはない。こいつとやりあうのは初めてのはずだ」
そんな桐山の言葉に周藤はニッと笑みを浮かべながら言った。
「ああ、そうだ。だが、おまえの闘いぶりを見るのは初めてじゃない。
雅信はどうしようもない奴だったが、オレの役には立ってくれた」














「貴子、街だ」
森を駆け抜けた二人に前に街が現れた。
「寒いだろう?まずは着替えないとな」
「大丈夫よ。今はそんな時じゃないもの」
「でも、風邪でもひいたら。それに濡れた服は動きにくいだろ?」
杉村の意見も最もだった。幸いにもスーパーが見える。
「あそこなら衣料品もあるだろう。行ってみよう」
「そうね。それに食料や武器も手に入るだろうし」
二人は走った。二人はまだ気づいてなかった。
高台から二人を見下ろしている一つの影に――。














「桐山、断っておくが、個人戦ではもうオレには勝てないぞ」
「どういうことだ?」
「どんな超人でも自分では気づかないような癖がある。
その僅かな癖さえ知っていれば、どんな動きをするのか大体見当がつく。
おまえと雅信の戦いをオレは見ていた。データはしっかり取らせてもらった」
「……嘘を言うな!」
桐山は強烈な蹴りを押し出すようにはなった。
だが周藤は桐山が足を上げると同時に掌を突き出した。結果、蹴りは止められていた。


「ほらな。おまえがどんなにスピードのある攻撃を仕掛けても無駄だ。
先に動きを計算しておけば、オレはその動きに対処できる」
そして、と周藤は続けた。
「動きが読めれば、簡単にカウンターもだせるんだよ!」
周藤の足が桐山の腹部に炸裂していた。桐山の美しい顔がゆがみ、そのまま数メートル飛ぶ。
「桐山!」
川田が走った。
「桐山くん!」
「桐山くぅぅーん!!」

美恵と月岡の声。二人が駆けつけているのか?

「来るな美恵!!」
美恵を危険にさらすことになる。そう思った瞬間、桐山は再度周藤に襲い掛かった。
「まだ、わからないのか?」
しかし、またしても攻撃は当たらない。


(足音は二つだけじゃない。やれやれ、銃を持った奴が複数出てくるのは厄介だな)
周藤はナイフを出した。それも三本。
「桐山!今はいったんひいてやる、だが覚えておけ!!」
スッとナイフを構えた。
「貴様を倒すのは、このオレだ!!」
ナイフが桐山目掛け、一直線に飛んできた。
「!」
一本目避けた。二本目は叩き落した。周藤は?!
周藤は水のシャワーの中に消えた。逃がすか!だが三本目が飛んでくる。
避けようとした桐山の全身に痛みが走った。
やはり鳴海との死闘で痛めた肉体はまだ到底戦えるものではなかったのだ。ナイフが飛んでくる。




「桐山くん!」
血が噴出す。でも桐山に痛みは無い。
「……美恵」
痛みを感じ顔を歪ませたのは桐山ではない。美恵だった。
美恵っ!!」
桐山に抱きついた美恵が身代わりになっていたのだ。
美恵、しっかりしろ美恵っ!!!」
美恵が怪我をしたことで桐山は感情的になった。
「桐山くん……大丈夫?」
しかし、美恵は心配そうにうろたえる桐山にニコッと微笑んで見せた。


「私は大丈夫よ。それより桐山くんは大丈夫なの?」
「……美恵」
「本当に大丈夫よ、心配しないで。少しかすっただけだから」
「本当か?本当に大丈夫なのか?」
桐山は必死になって美恵の両肩に手を置いて問うた。
「本当よ。それより桐山くんのほうが」
「その、お嬢さんの言うとおりだ。おまえさんは自分を酷使しすぎる」
「オレは大丈夫だ」
「バカなこというな。おまえさん自身が一番自分の体のことをわかってないんだ」
「オレが大丈夫だといえば大丈夫だ……だから」
くらっと眩暈が桐山を襲った。体のバランスが大きく崩れる。


「桐山!」
咄嗟に川田が支えなければ、桐山は倒れていただろう。完全に意識を失っている。
「だから、いわんこっちゃない。手伝ってくれ三村、安全な場所に運ぶ」
「あ、ああ」
周藤は逃げたのではない。きっと、また襲ってくる。
「場所を移動するぞ」
どこでもいい。今はこの場所から離れる必要があった。
今だに気を失っている七原は月岡に運んでもらい、九人はその場を離れた。
十分、距離をとると木陰で一端休むことにした。
「三村、何があったのか、詳しく話せ」
「ああ」
三村は全てを話した。新井田には耳の痛い話だったが。




「……そういうことだったのか」
せっかく生き残った生徒達が集合できたのに二手に分かれて何人も死んでしまった。
「国信に関してはオレもどういうことなのか……」
「遺体を調べてみる必要があるな」
それから川田は杉村と貴子のことを考えた。
遺体はあの場所にはなかった。と、いうことは生きている可能性もある。
「新井田、飯島、おまえ達は本当に二人を知らないのか?」
「オ、オレは、途中で別れることになってさ……」
「オ、オレも……オレも知らない」
「だったら七原に聞くしかないな」
川田は七原の上半身を起すと、力を入れた。


「……ぅ」
「気づいたか七原?」
「か、川田……オレはどうしてここに?あ、あいつは……。
そ、そうだ、あいつは転校生はどこだ!?杉村と千草は!?」
「落ち着け七原、ここにはいない!!」
川田は七原に簡単に話をした。
「……そ、そうか……」
「おまえ、二人の居場所知ってるのか?」
「杉村が千草をつれて逃げたはずだ……でも行き先なんて。
で、でも助けないと。きっと、二人だけで心細い思いをしているはずだ」
「そうだな」
その時、七原はふと周りを見渡して、あることに気づいた。
「三村……慶時は?」
三村は反射的に目をそらした。


「……三村?」
「悪い七原」
「悪いって……?」
「本当にすまない」
「どういうことだよ。何を謝ってるんだよ三村」
「国信のことは本当にすまなかった。あれほど、おまえに頼まれていたのに」
「おい三村……何言ってんだよ。あいつは……」
目を合わせない三村に七原は全てを悟った。でも認めたくは無い。
「おい三村!!嘘だろ、何とか言えよ!!あいつ、別の場所にいるだけなんだろ!?」
「…………七原」
「冗談なしだぜ。なあ、からかってるだけなんだろ?いつもみたいさ、そうだろ!?」
「七原」
川田がそっと七原の肩に手を置いた。


「三村も全力を尽くしたんだ」
「うるさい、黙っててくれよ!!オレは三村に聞いてるんだ!!」
「オレも前回のプログラムで大事な人間を失った。恋人を守ってやれ無かったよ」
三村の胸元を掴んで激しく揺さぶっていた七原の動きが止まった。
「だから、おまえの気持ちもわかる。泣いてもいい。
でも、これだけは覚えておけ。どんなに泣いても命って奴は取り戻せない」
「……ぅ」
「どんな名医だろうと、どんな独裁者だろうと、それだけは絶対に出来ないんだ」


「うわぁぁー!慶時ー!!」

七原は地面に泣き崩れた。川田は言葉を続けた。


「泣くのはこれで最後にしろ七原」


「国信は死んだ。あいつの分までおまえは生き続けなければいけないんだ。
それが、おまえがあいつにしてやれる、たった一つのことでもあるんだからな」




【B組:残り11人】
【敵:残り2人】




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