「んどうー!!んどうー!!んずげでぐりゃえー!!」
(訳:周藤ー!!周藤ー!!助けてくれー!!」)
坂持は必死になって叫んだ。
「何だって?『オレごと敵を撃て』だと?見直したぜ先生。あんたは官僚の鑑だな」
「!!!!!」←坂持の心の叫び。
「ちょ……ちょっと、あたしは本気よ。ただの脅しなんかじゃないのよ!」
坂持を盾にしても全く降伏する気配を見せない周藤に光子は焦りを感じた。
「嘘だと思うんなら証拠見せてやるわ!」
銃声が轟き、坂持の目玉が飛び出しそうなほどひん剥かれた。
しかも赤く充血している。変化したのは目だけではない、顔全体だ。
「んぎゃぁぁぁー!!」
さるぐつわをされていても、その絶叫は凄まじかった。
光子は銃口を床向けて撃っていた。その先にあったのは坂持の右足。
「んぁぁぁぁー!!」
坂持はのた打ち回り悶絶する。
「どう?これで、あたしの本気わかってもらえたかしら?」
「大した女だぜ。ターゲットでなかったら、軍の特務機関に迎えたいくらいだ」
これには三村も顔色を失った。何の躊躇も無く発砲した光子も、まるで動じない周藤も、ある意味怪物だ。
(こいつ本気?本気で、この糞オヤジを見殺しにするっていうの?)
最初は強がっていると思ったが、周藤は坂持の命を守ろうとする意思が全く見られない。
「誤算だったな。もういいだろう?とりあえず、死んでもらおうか?」
キツネ狩り―146―
「冗談じゃないわ!!」
貴子はくるりと体を翻すと県大会で優勝した時以上の素晴らしいスタートダッシュを切っていた。
銃だ。やはり、銃がなければ、この化け物を殺せない。
ほんの数メートル先に転がっているのだ、あれを手にとるだけでいい。
後は照準を合わせて引き金を引くだけだ。
先ほどは油断したのだ。今度は確実に頭部を狙えばいい。
どんな化け物でも銃弾だけは避けれない。避けきれるわけがない。
貴子は、滑り込むようにして銃を手にした。そして、もう一度、高尾に向かって銃口を……が!
「ど、どうして……!」
高尾の姿がそこには無かった。その代わりに背後に微かな物音。
まるで葉が落ちたような、些細な音。
貴子の全身の神経がぞくっと逆立った。振り向いて確認する必要など無い。
「貴子ぉぉー!!」
杉村が自分目掛けて走ってきた。そして、貴子に飛び掛ってきた。
その勢いのまま、貴子を抱きしめたまま、杉村は数メートル飛んでいた。
それは高尾でも驚きだったに違いない。
貴子の後ろ首に手刀に振り落とすだけで良かったのに、そこに杉村が飛び込み、貴子もろとも飛び逃げていたのだから。
間一髪だった。杉村の一瞬の判断がなかったら、貴子は首をへし折られていただろう。
だが、高尾の次の判断も早かった。その判断に伴う運動量も。
杉村が貴子の手を取り立ち上がった時には、高尾はすでに、そのすぐ目の前にいたのだ。
まるで瞬間移動したかのように。
「に、逃げろ杉村!!」
七原がふらふらになりながらも立ち上がり、高尾目掛けて突進してきた。
「こ、この化け物!!オレが倒してや……」
ドン!腹に鈍い重みが食い込んだ。
「……ぅ」
七原は地面に膝をついた。何て重さだ?
これが本当にオレたちと同世代の人間のパンチなのか?まるでボクサーとしか思えない。
「に、逃げろ……杉村……」
「七原!」
「お、女の子は守って……やるものだろ……?」
杉村はハッとして貴子を見た。
七原は大切な友人だ。だが、杉村にとって貴子は、その何倍も、いや比較にならないほど大切な存在。
杉村は絶対に秤にかけてはならないものを秤にかけてしまった。
そのくらい貴子が杉村とって重い存在だったということだろう。
「すまない七原!」
後で必ず戻る……貴子を安全な場所に移したら、すぐに戻る!!
杉村は貴子の手を取って走り出した。
(……そうだ、それでいい杉村)
高尾の視線が走り去ろうとする杉村と貴子に向いた。
(……こ、こいつ)
七原は悟った。
(オレじゃなくて、杉村と千草を見てやがる!)
思い出した。このクソゲームが『ポイント制』だと云う事を。
高尾にとっては、自分より杉村と貴子のほうが『優先するべきターゲット』なのだ。
「く、くそ!二人を追わせてたまるか!!」
七原はナイフを取り出した。七原が支給された武器だ。
高尾の喉目掛けて下から突き上げた。
「!」
だが、高尾は左手の人差し指と中指だけで、真剣白刃取りのごとく受け止めている。
「く!」
押しても引いても動かない。それどころか再び七原の腹部に痛みが走った。
そして七原は背中から背後にふっ飛んでいた。それに続くように、高尾も飛んでいる。
木の幹にぶつかり、地面に落ちた七原の頭部目掛けて高尾の蹴りが迫ってきた。
「うわ!」
七原の天才的身体能力が功を奏したのか、咄嗟に頭を下にさげ、避けきれた。
だが、その代わりに七原は、また高尾が並の人間ではないことを思い知らされる。
バギ……妙な音。高尾の足が幹にヒットしたのだろう。
普通の人間なら痛みで足を押さえて悶絶するはず。
だが……バキバキバキっ!七原の中で何かが凍りついた。何だ、この音は?
高尾は何事もなかったかのように足を振り、七原はゆっくりと背後を振り向いた。
「う……嘘だ!」
木が……木が倒れてくる!!
逃げなければ!だが、その場にしゃがみこんでしまった体勢ではすぐに起き上がれなかった。
ドォーン!と音がして、七原の上に木が倒れこんでいた。
「……ぅ」
七原は木の下敷きに……いや、幸運にも枝と枝の間に挟まる形になっている。
押しつぶされてはいない。いないが、まったく衝撃を受けなかったわけではない。
「……慶……慶時」
オレが死んだら誰があいつを守る?第一、こいつは委員長を、幸枝を殺した。
オレが、他の誰でもないオレが倒さなきゃいけないんだ。
なのに、なのに、もう目が開けない。意識が遠のいていく。
霞む視界の片隅で、飯島が震えながら恐る恐る岩の陰から此方をのぞいているのが見えた。
頼む、手を貸してくれ。
心の中で必死に懇願したが、飯島が飛び出し来る気配は無い。
このまま七原を見殺しにするつもりだろう。だが七原に飯島を恨む気持ちなどなかった。
こんな化け物が相手だ。赤の他人の自分の為に命かける方が不自然なのだ。
(ごめんな幸枝……)
七原はついに意識を手離した。それを見ていた飯島はガクガクとただ青ざめている。
腰が抜けているせいか、尻餅をついたままの姿勢で。
(ど、どうしよう……な、七原が殺されたら次はオレ、オレが殺される!!)
助けを……そ、そうだ助けを呼ばないと!!
オ、オレは生きて帰るんだ。こんな、ところで殺されるなんてまっぴらだよ!!
助けてもらうんだ。それしかない!!
飯島が学ランの内ポケットに手を伸ばした瞬間だった。
「!」
高尾が七原から目をそらし、全く違う方向を睨みだした。
(……え?)
飯島には何も感じなかったが、高尾は気付いたのだ。
「……来る」
「ひ、弘樹!」
「喋るな!今は逃げるんだ!!」
すまない七原!おまえは……おまえと三村は同性の友人で一番の親友だった。
でも、オレに貴子とおまえ達の、どちらかを選べといわれたら。
例え、おまえ達でも、貴子には勝てはしない。一生、かかってもだ。
「おまえを安全な場所に隠したらすぐに戻る。だから……」
ずる……と、足元が滑った。
杉村と貴子は傾斜を走っていた。雨が降り注ぎぬかるんだ傾斜を。それも、全力疾走だ。
一度、バランスを崩せば、当然二人の体は放り出される。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
二人は倒れた。ただ、倒れただけではない。自然のジェットコースターの洗礼が待っていた。
二人の体は、凄いスピードで傾斜を滑り出したのだ。もう止まらない。
そして、二人の体は宙に投げ出された。
投げだれた直後に水音。二人は激流に飲み込まれていた。
飯島は高尾が見詰める先を見たが何も無い。
何を気にしてるんだ?あの戦闘マシンが殺戮を中断してまで、一体何を?
「……来る」
これは本能、いや第六感だった。
来るのだ。直感が、全身の血が、高尾にそう警告していた。
飯島の目にもやっと見えてきた。
光だ。徐々に大きくなってゆく。それと共にエンジン音も聞えてきた。
「あ、あれは……」
車!車だ!!誰だ?
運転席の窓から細い銃身が出て、銃声が何度も連発しだした。
「七原ー!!」
川田さん!他にもいる!桐山に月岡、美恵。新井田まで。
運転席からだけではない、他の窓からも銃口が高尾を狙って銃弾を発射した。
高尾は、一瞬で数メートルジャンプ。
木の枝に掴まると、大回転して、そのまま、枝を飛び移りながら暗闇に姿を消した。
「に、逃げたのか?」
い、いや……あ、あの方向は……杉村達が逃げた方向。
あいつ、ここで無謀な戦いをするよりも、逃がした大物を仕留めることを選択したんだ。
今なら、あの二人だけ。他に味方もろくな武器も無い。
ゲームなんだ。あいつにとっては、あくまでも自分に都合のいいルートを選択すればいいゲーム。
でも、とにかく一応助かったのだ。
「七原!」
エンジンを止めると川田はすぐに飛び降り、七原を木の下から引きずり出した。
「七原、大丈夫か!?」
パンパンと往復ビンタ。反応は無い。
川田は七原の口元に耳を近づけた。良かった死んでない。息をしている。
「不幸中の幸いだったな……他の連中は間に合わなくて悪かったが」
滝口、そして大木や織田の死体を見て川田は顔をゆがめた。
だが、非情なようだが、その死を悼んでいる暇などない。
七原を無理やり後部座席に詰め込むと、自分も運転席に戻った。
「三村たちが心配だ。急ぐぞ!」
「うわぁ!ま、待ってくれよ、オレを置いてかないでくれ!!」
飯島は腰が抜けていたが、それでも這うように岩から飛び出した。
「あら飯島くん。残念ね、この車、もう座席あいてないのよ」
「おい月岡、意地悪なことはいうな。飯島、おまえは後ろの荷物置き場だ」
「わ、わかったよ。荷物置き場でも何でもいいよ」
飯島は車の一番後ろに乗り込んだ。
「よし、しっかり掴まってろ!」
川田は車のキーをまわすと、再びアクセルを踏み込んだ。
「おまえと七原だけか?」
「……え?」
「他に生き残っている奴はいないのか?」
川田は一応確認しておいた。七原は気絶しているのだ。
そして新井田は途中で逃げ出した。詳しい戦況を説明できるのは飯島しかいない。
「……オ、オレ……オレ何もしらねえよ!!」
余程怖かったのか、飯島は膝に顔をぴたっとつけて、それ以上は何も語らなかった。
「み、三村くん……」
「何だよ……」
光子は坂持を三村に向かって突き飛ばした。
「後はお願いね!あたしを逃がす為に時間を稼ぐのよ!!」
「な……!」
光子は颯爽と走り出した。
「逃がすか」
同時に周藤も動く。
「く、くそぉ!」
三村も銃を持った手を敏感に反応させた。だが周藤の方が早かった。銃口が三村にセット。
銃弾が額に命中していた。急所を狙う、それが周藤の鉄則。
だが周藤は眉を歪ませた。銃弾を受け体を傾けたのは咄嗟に三村が盾にした坂持だったのだ。
どさっと坂持が床に倒れた。生死確認はもう必要ない。
脳天貫かれて起き上がるなんて、Ⅹシリーズでも不可能だ。
「名誉の殉死だな坂持先生。上にはそう報告しておくぜ」
光子と三村が階段を駆け下りる音が聞える。
すぐに追いかけて息の根止めてやる。
「!」
走りかけた周藤だったが一端足を止めた。
携帯が震動している。こんな時に、どっちの方だ!?
メールが一件着信されている。戦闘中に邪魔ではあったが、それは重要な情報でもあった。
「晃司が杉村弘樹と千草貴子を追いかけて行っただと?」
それだけではなかった。
「桐山と川田がこっちに向かっている?!」
バカな、早すぎる!オレの予定では、最低でも後15分は遅いはずだ!!
周藤は携帯を握り締めた。
「何があった!?」
予定外の出来事に周藤は苛立った。
電話ではなく、メールで送ってきたということは、電話できない状況にあるということ。
つまり、この密告者は、桐山たちと一緒にいるのだ。
これでは、こちらから電話をかけ、詳しい話を聞くこともできはしない。
仕方が無い。こうなったら時間との勝負だ。
光子と三村を殺害する。あいつらを生かしておいたら厄介だからな。
周藤は二階の吹き抜けから一気に飛び降りた。
「きゃ!!と、飛び降りるなんて卑怯よ!!」
ちょうど階段をおりたばかりの光子は青ざめた。
「み、三村くん!さっさと時間稼ぎしなさいよ!!」
「……で、出来るものなら、とっくにやってる!!」
三村は焦った。ダメだ、冷静だ、冷静にならないと!
あいつが今立ってる位置からは、幸いにもこちらは壁に体を隠せている。
だが飛び出しても、階段を駆け上がっても、その姿は周藤の前にさらけでる。その途端に銃が火を噴く。
「何か……何かないかよ」
三村は、ポケットの中に手をつっこんだ。
何かが当たった。取り出したそれは100円ライター。
「何よ!そんなものであいつを焼き殺そうっていうの!?」
「その反対だ。水攻めにしてやる!」
三村はライターを点火させると、全力で投げた。
ライターは、廊下の天井に向かって飛んでいく。天井に備え付けられている防火装置にむかって。
ライターが、見事に的中。防火装置はライターの炎に反応した。他の防火装置もだ。
一斉に、建物中の防火装置が水のシャワーを噴射した。それが一瞬だが、周藤の視界を曇らせる。
「こっちだ!」
三村は光子の手を引いて猛ダッシュ。こんなものは時間延ばしに過ぎない。
逃げるんだ!とにかく逃げるんだ!!
「……な」
だが、運命の皮肉か。それとも、さすがの三村も焦っていたのか。
「い、行き止まり……!」
廊下の先に無情に壁が立ちはだかっていた。
「ちょっと!どうしてくれるのよ!!あいつが追いかけてくるじゃない!!」
「……くそ」
「どうするのよ!さっさとなんとかしなさいよ!!」
「こっちだ相馬!」
三村は一番近くの部屋に飛び込み、内側から鍵をかけた。
「窓だ!窓から逃げるんだ!!」
「ま、窓って言ったって!」
倉庫に使われていたらしい部屋でまともな窓なんてない。
おそらく空気の入れ替え用らしいサイズの小さい窓が天井に近い部分にあるだけ。
「ちょっと!!なんで、他の部屋選ばなかったのよ!!」
「うるさいな!文句言う暇があったら手伝えよ!!」
三村は、手当たり次第、ついたてになるものをドアの前に運び出した。
「バリゲードだ。とにかく奴の侵入を防ぐんだ!!」
「しょうがないわよ!高くつくわよ!」
かつて光子と三村がこれほどまで息があったことがあっただろうか?
二人はまるで長年のパートナーのように、手際よくバリゲードを築き上げていった。
「こ、これなら大丈夫よね?」
「ああ……とりあえずはな」
「とりあえずはですって!あんたって、どこまで頼りにならない男なのよ!!」
「おまえこそ、文句ばかり言って何したんだよ!!」
「これからどうするのよ!!」
「待つんだ……川田と桐山が戻って来るのを」
「あ、あのねえ……ヒーロー映画じゃあるまいし、そんな都合の良い事起こると思ってるの!!」
「思うわけないだろ!けど、今は信じるしかねえじゃないか!!
他にどんな手があるんだ!!?言ってみろ、今すぐ実行してやるぜ!!」
光子は黙り込んだ。
「……耐えるんだ。とにかく、今は篭城するしかない」
ドン!ドン!
「み、三村くん……!」
「あ、あいつ……ドアを蹴破ろうとしている」
「ちょっと……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ターミネーターじゃあるまいし生身の人間なら……」
三村の言うとおり、すぐに音は止んだ。バリゲードの存在に気づいたのだろう。
「あ、あいつ……あきらめてくれたかしら?」
「だといいがな……下手な希望は持たないほうが良い」
「……それにしても静かね。水の音しかしないなんて」
物音を全く立てないってのも厄介だわ。あっちが何してるのかもわからないもの。
光子は廊下と接する壁に耳を当てた。ペタペタ……何か音がする。
「なんだろう?変な音がするわよ」
「何だと?」
三村も光子同様、壁に耳をピタッと当てた。
確かにペタペタと変な音がする。何かを貼り付けているような音……。
最初は疑問符付きの表情を浮かべていた三村だったがハッとして光子に飛びついた。
「ちょ……ちょっと何するのよ!あたしは高い女なのよ!!」
三村は光子を抱いたまま部屋の奥目掛けて跳んでいた。
直後にドーン!!と音がして、壁が長方形の形に綺麗に倒れてきた。
「な、何……?」
「畜生……プラスティック爆弾までご持参かよ」
三村は悔しそうに唇を噛んだ。
篭城作戦も失敗。ここまでか?
そんな三村の耳に微かに聞えてきたエンジン音。
その音に他の誰よりも周藤が反応している。
直後、物凄い破壊音が聞えてきた。玄関を何かが突き破った音。
「あ、あの音は……もしかして」
立ち上がった三村は確かに聞いた。聞きなれたくも無かった声を。
「三村くぅぅーん!助けにきたわよぉぉー!!」
【B組:残り11人】
【敵:残り2人】
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