「七原!みんな、大丈夫か!!!」
「す、杉村!!」
暗闇の中から駆けつけるのは銃を持った長身の男。
並行して走っている長髪の少女もいる。顔は見えなくても貴子だとすぐにわかった。
「逃げろ七原!!」
杉村は引き金にかけてある指に力をこめる。二度、三度。
その度に、手に反動を与えながら、鈍い音が空を切り裂いた。
「杉村!」
七原は思わぬ助っ人に心の底から「助かった」と一瞬安堵した。
しかし、次の瞬間、とんでもないことを思い出した。
銃を持っているは敵も同じ。しかも素人の杉村と違い銃の扱いには馴れている。
織田は死んだ、大木も、そして滝口も。三人も殺され、今は自分も殺されようとしている。
その危険に杉村と貴子が足を踏み入れようとしているのだ。
このままなら最悪自分と飯島が死ぬだけだった。
犠牲者が二人増える。七原は咄嗟にそう考えた。
最悪のシナリオを頭の中で書き上げた瞬間、七原は叫んだ。
「来るなっ!逃げろ、杉村。逃げるんだ!!来るんじゃない、おまえたちまで死ぬぞっ!!」
七原の必死の叫びは杉村の耳にこそ届いたが、その決意を変えることは出来なかった。
七原達、クラスメイトを助けなければという決意だ。
七原は尚も叫んだが杉村が逃げる気配は全くない。
それどころか、あっと言う間に七原と杉村との距離は縮んでいった。
杉村の顔がはっきり見えるほど距離が縮まった時、木の影から何かが飛んでいた――。
キツネ狩り―145―
「く、国信……」
三村は呆気に取られた。転校生は指一本触れてないはず。
それなのに国信は死んだ。脈をとり確認したわけではないが間違いない。
なぜだ!?確かに国信は体調を崩して、ずっと寝込んでいた。
だが、ただの風邪だろう?急死するなんてありえない。
まさか、伝染病?いや、それなら、ずっと一緒にいた自分達も感染しているはずだ。
だが、誰一人、国信と同じ症状を訴える者は一人もいない。食中毒もありえないだろう。
国信はほとんど食物を口にしておらず、僅かに食べた物を自分達と同じもの。
わけがわからない。しかし、三村には引っ掛かることがあった。
それは周藤が発した「もう、とっくに死んでいる」という意味深な言葉。
どういう意味かはわからないが、周藤は国信の死に関わっている。
「おまえが殺したんだな……」
「そうだ」
呆気なく周藤は殺害を認めた。
「どうやって殺した?」
それは重要な情報だった。国信の死因を知っておかなければ次は自分がああなるかもしれない。
「知ってどうする?次はおまえだ」
周藤はすでに息絶えた者達からは完全に好奇心を失っていた。
三村は得点の高い生徒だ。国信と瀬戸を合わせても、ずっと上。
周藤の視線は完全に三村に移行している。三村も勘のいい男だ。すぐに、そのことに気付いた。
簡単に殺されてたまるか、それも豊を殺した男なんかに!!
三村は、銃口を上げた。そして間髪いれずに引き金を絞った。
部屋中に鉛が飛び出す音が響く。
しかし、三村の視界を覆ったのは血しぶきではなく、羽毛の乱舞。
「……!」
三村はしまったと思った。
撃とうとした瞬間、周藤がそばにあったベッドのシーツを引っ張った。
まるで幕のように、三村と周藤の間を遮る。発砲とたん、部屋中に羽毛が飛び散っていた。
弾は枕に被弾したのだ。それが、この現象を作り出した。
部屋中、羽毛だらけ。それが一瞬とはいえ視界を遮ったのだ。
三村がしまったと思ったのも当然。いない。前方にいるはずの周藤の姿がなかったのである。
一瞬で、部屋の中から逃げられるわけがない。
まして、透明人間のように姿を消し去ることができるはずもない。
部屋の中だ。いるはずだ!!
三村は、頭を左右に投げしく振った。しかし、邪魔をするように飛び続ける羽の群れ。
(どこだ、どこにいる!!)
「後ろだ」
「!」
もし、これが普通の生徒なら、恐怖で動けなくなっていただろう。
だが三村は違った。中学生とは思えない精神力の持ち主なのだ。
三村は、すぐに振り向きながら、引き金にかけた指に力を込めた。
いや、込めようとした。込める前に、周藤が、その手首を掴みあげてきたのだ。
手首に激しい痛みが走る。何て怪力だ!
見た感じは渋谷で颯爽と歩いていそうなイケメンに過ぎないのに!!
「悪いな。さよならを言ってやる暇もない」
そう言った周藤の手に、キラリとナイフが光っていた。
アレを突き上げられてボディに刺さったらおしまいだ!
三村の反応は早かった。反射的にそれを蹴り上げていたのだ。
こんなに素早く反応できるなんて、三村も驚きだった。
それもこれも、格闘技を教えてくれた叔父の教育の賜物だろう。
しかし、その敬愛する叔父に感謝している余裕もない。
周藤は僅かに表情を歪ませた。実に面白くない、そんな表情。だが、すでに反撃もしていた。
三村の蹴りが決まった直後、三村は腹部に衝撃を受けガクっと倒れた。
膝蹴りだ。先ほどの蹴りのおかえしとばかりに。
しかも、三村が蹴り上げたはずのナイフ。
クルクルと宙を回転して落ちてきたそれを周藤は綺麗に受け止めていた。
つまり、ふりだしに戻ったのだ。銃はダメだ。ガッチリと手を掴まれている。
三村は、フリーの右手に渾身の力を込め、周藤の顔面目掛けてはなった。
ジェット気流のように凄まじいパンチ。下から一気に突き上げるそれ。
決まれば周藤は激しい痛みで床をのた打ち回るはず。
ところが、不発に終わった。周藤はスッと上半身を後ろにそらしていた。
ただ、それだけの小さな動き。でも三村の拳はかすりもせずに通過している。
クソっ!三村は舌打ちした。どうする?とにかく、こいつから離れないと。
こんな状態では、まともに攻撃することも引くこともできない。
だが、周藤はしっかり三村の手を握り締めており、ビクともしない。
「メインデッシュが来る前に、おまえには逝ってもらう」
周藤が手にしたナイフが再び鈍い光を放った。
もう――ダメなのか?
「そこまでよ、転校生!!」
周藤の動きが止まった。三村も何事かと声の方に目を向ける。
「こんなに早く再会するとは思わなかったわ。ふふ」
周藤はゆっくりと振り向いた。
「さあ、武器を捨てないよ。そのナイフだけじゃない、持っている武器全部よ!」
光子だった。周藤に対して強気の態度。その理由は光子が連れていた坂持だ。
ロープでぐるぐる巻きにされ、さるぐつわまでされた哀れなセンセイ。
ロープの先端は光子がしっかり握っている。坂持は涙目で周藤に必死にサインを送っていた。
『助けてくれ周藤ー!!』そう、目で訴えている。
「形勢逆転ね。さあ!このキモ親父を殺されたくなかったら、武器を捨てなさいよ!!」
光子は坂持のこめかみに銃口を押し当てた。
「んんんー!!」
どうやら坂持は絶叫しているようだが、口をふさがれている為、ハンパな叫びだった。
「早くしなさいよ。こっちは人質がいるのよ!!」
周藤は冷たい目で坂持を見ていたが、僅かに手が緩んだのだろう
三村が周藤から離れ、光子のほうに走った。
「相馬、助かったよ」
「あら、いたのね三村くん」
「……おい」
「まあ、いいわ。それより、あんた、あたしの要求が聞えないの?
武器を捨てろって言ってるのよ。それとも、この馬鹿殺して欲しい?」
「好きにしろ」
坂持の表情が凍りついた。
「官僚は国の奴隷だ。有事の際は当然、国に命を捧げる覚悟くらい出来ているはずだ。
坂持先生も口を塞がれてなかったら、きっとこう言っただろうぜ。
『かまわず、こいつらを殺せ』とな。そうだよな坂持先生?」
「んどぅー!ふんふぇわぁふぉんなばぐごんでんぅんんー!!」
(訳:周藤ー!センセイはそんな覚悟できてないー!!)
「っ!」
何かが手に当たった。杉村は痛みで顔を歪める。
石、ただの石だ。でも、この暗闇の中、正確に杉村の銃を持った手に命中してきた。
さらに、もう一個石は飛んでいた。
「うぁ!」
杉村は右目を押さえ、倒れこんだ。
「弘樹!」
貴子が駆け寄る。
「弘樹、大丈夫なの弘樹!!」
杉村は右目を手で押さえている。貴子はギョッとなった。
まさか眼球をやられたのでは?暗闇のため、傷の状態をみることも出来ない。
しかし、貴子は大事な幼馴染を抱きかかえる暇はなかった。
杉村が銃を離した瞬間、木の陰から何かが飛び出したのだ。
七原はそれがなんなのかわかった。同時に叫んだ。
「に、逃げろ杉村!!逃げろ千草ー!!奴だ!転校生だ!!」
貴子は数メートル先に転がっている銃に向かってダイブした。
小学生時代の七原に引けをとらない見事なスライディング。
(銃!銃を!!)
何とか手にした!!起き上がる暇もない、その体勢のまま上半身を捻った。
それを見た瞬間、高尾のターゲットは杉村から貴子に変わった。
銃声が森に轟く。やった!至近距離なのだ、はずすわけがない!!
間違いなく、高尾の胸部を貫いたはず!
しかし、貴子はギクッとなった。倒したと思った男が倒れてない。
(そんな!間違いなく被弾したはず!!)
しっかりと銃を両手で構えたのだ。反動に耐え切れず弾道をそらしてもいない。
それなのに、なぜ!?
「……あ」
その答えは簡単だった。暗闇のせいで最初はわからなかったが、弾は高尾に当たってなかったのだ。
高尾は、胸部の手前に手を挙げていた。心臓をガードするように。
もちろん、いくら高尾が人間離れしていても生身の体で銃弾を防げるわけがない。
まして、この距離だ。掌を突き破り、そのまま胸部に命中するはず。
だが高尾はただ手を挙げただけではない。その手に何かを握っていた。その何かが銃弾を止めていた。
特撰兵士なら誰もが常に携帯している勲章。身分証明書であり、名誉の証し。
それが銃弾を止めていたのだ。ぽろ……と、銃弾が地面に落ちた。
「そ、そんな……!」
焦る貴子。でも、今、銃を持っているのは自分だけだ。
負けてたまるか、勝ってやる、生き残って杉村達と一緒に帰るのだ。
自分には帰る家がある。待っている家族がいるのだから!!
「誰が殺されてやるものですか!!」
貴子は、再び銃口を高尾にセットした。
だが、それは高尾にとっては『殺してくれ』と言っているも同然の行為。
Ⅹシリーズは人間兵器。武器を手にした者を最優先に始末する冷徹な殺人機械なのだ。
「きゃあ!」
貴子が発砲するよりも高尾の運動量のほうが上だった。
貴子が発砲しようとした直前に、一気に間合いを詰め、手刀を炸裂していたのだ。
銃が貴子から離れる。つまり貴子は完全に丸腰になった。
「……あ、あぁ」
高尾は何もない表情で貴子を見下ろしていたが、スッと右手を上げた。
どんなに気が強くても、高尾から見ればか弱い女の子。
その首の骨をへし折ることなど、赤子の手を捻るも同然。
「や、やめろぉーー!!」
杉村が高尾にタックルしていた。
その勢いで押し倒そうとしたのだが、腰に飛びついたにも係わらず高尾はビクともしない。
「に、逃げろ!!今のうちに逃げるんだ貴子!!」
「弘樹!」
「オレがこいつを止めている間に早く!!
おまえの足なら逃げ切れる!!おまえは……おまえだけは逃げてくれ!!」
それは、どんな冷酷な人間でも感情を揺さぶられるシーンだっただろう。
だが、高尾は眉一つ動かさない。それどころか、杉村の背中に肘うちを食らわせた。
「……!」
杉村の顔が歪む。何度も拳法大会で痛い思いをしたが、こんな衝撃は初めてだ。
ドン!!さらに、もう一撃。今度はさっきよりも重い!!
「……ぅ!」
それでも杉村は高尾を離そうとしなかった。高尾の腰に回した腕にさらに力を込め唇を噛んだ。
「に、逃げろ貴子!!は、早く……!!」
「す、杉村!!くそっ!杉村を殺されてたまるか!!」
七原が棍棒状の枝を手に突進してきた。
ゴン!……「う!」が、高尾の腕が伸び、頬に強烈なパンチをくらい、そのままダウン。
「く、くそ……す、杉村……」
頭がクラクラする……まるでパンチドランカーになったみたいだ。
「逃げろ、逃げてくれ貴子!!」
景色がグニャっと曲がって見える七原だったが、その視界の中でも何度も肘うちをくらい続ける杉村の姿があった。
「……す、杉村」
「オ、オレに構わず……ゲホっ……な、七原を連れて早く……」
「弘樹……」
恐怖で硬直していた貴子だったが、キッと高尾を睨みつけると立ち上がった。
そして、そばにあった石を拾い上げる。高尾の視線が杉村から貴子に移る。
「た、貴子……だ、ダメだ!!こいつは……こいつに逆らったら!」
「……冗談じゃないわよ」
「戦おうなんて考えるな貴子!!おまえだけでも逃げるんだ!!」
「あんたを置いて逃げられるわけないでしょ!!
あんたと一緒に戦って死んだ方がまだマシなのよ!!」
「何バカなこと言うんだ貴子!!オレの一生の頼みだ、お願いだから……」
「うぉぉぉぉぉぉー!!」
突然の絶叫。何事かと視線を声が聞えた方向に向けた。
男が立っていた。暗闇で顔が見えないが貴子は本能的に、そいつが嫌な奴だとわかった。
「に、新井田?」
あんた、まだ生きてたの!?
「杉村ー!おまえの熱いハート、確かに受け取ったぜっー!!」
「な……何ですって!」
「おまえの気持ち無にしないぜ!!おまえに答えるためにもオレは全力で逃げる!!」
新井田は陸上部員かと思わせるほど見事なスタートダッシュを切っていた。
「オレはおまえのために逃げるんだぜ!!おまえの心を尊重する為に!!
おまえの死を無駄にしないために、オレは必ず生き残る!!」
「はぁはぁ!こ、ここまで来れば……」
調子よく走っていた新井田の足元が突然ぐらついた。
「……え?」
暗闇だったのと、無我夢中で走っていたせいで全く気付いてなかったのだ。地面が切れていることに。
自分がいつの間にか、川のほとりに来ていることに。新井田の体が大きく傾いた。。
「あ……アレ?」
傾いた次は、宙に浮んでいた。いや、浮んだと感じただけだろう。
新井田の体はニュートンの法則に従って落下。程なく、ボチャン!と派手な水音。
「うわぁぁー!!」
新井田は激流の最中に放り投げこまれたのだ。
うねる水流が新井田の体にまとわりついてくる。まともに泳ぐことすら出来ない。
「た、助け……!」
いや、泳ぐどころか、浮ぶことすら困難だ。顔が水面より上に上げられない。
「た、助け……助けてくれぇぇー!!」
ほんの一瞬、顔が水から出る度に、新井田は必死になって叫んだ。
だが、奇跡でも起きない限り、助かるわけがない。
それでも新井田は叫んだ。流されながらも必死に叫んだ。その声は徐々に弱まってゆく。
(し、死ぬのか?嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ!!
オ、オレは生きて帰れるんだ!!それなのに、それなのになぜー!?)
「い、嫌だ……」
新井田にはっきりと『死』の一文字が見え出した。
「嫌だー!死にたくない!!逝きたくないぃぃー!!」
その時、奇跡が起きた。
「ぐえ!」
何かが飛んで来て新井田の首にはまった。首しめ状態になる新井田。
「新井田!それにつかまれ!!」
声が聞える。川岸からだ。新井田に、その声の主を確認する余裕は無いが。
「さっさとしろ!!死にたいのか!!?」
新井田に飛んできたものは投げ縄のように先端が丸くなっているロープだった。
新井田は、とにかくそれにしがみついた。
「いいか、しっかり掴まってろ!今、引き上げてやる!!」
新井田の体が少しずつ岸に近づいていく。そして、完全に川から引き上げられた。
「……た、助かった」
でも誰だ?
「こんな時に川で泳いでるなんて、随分楽しそうじゃない新井田くん」
「そ、その声は……」
見上げると、オカマのドアップ。
「ぎゃぁぁー!!ば、化け物ぉぉー!!」
「失礼ね!!」
新井田の頭にパンチが炸裂。
「つ、月岡?」
月岡だけではない。川田もいる。ロープを投げて助けてくれたのは川田だったのだ。
桐山や美恵までいる。
「驚いたぞ、おまえの悲鳴が聞えたから念のために来て見れば」
「そ、そうか……助かったぜ」
「何があった?おまえは三村たちと一緒じゃなかったのか?」
「ま、まあ……色々あってよ。実は転校生に襲われて逃げてたんだ」
「何だと?」
「じゃあ、三村くんたちは?」
「あ、あいつらは無事だろ……その、ちょっと事情があってな」
新井田が三村に黙って勝手な行動を起したことを知らない美恵達は根堀葉堀聞き出した。
「どういうことだ?何があった?」
「アタシの!!アタシの三村くんは無事なのー!?」
「貴子は?光子は?皆はどうしたの!?」
「襲ってきたのは誰だ?」
「一度に喋らないでくれー!!」
「そうだな。話は車の中で聞こう。行くぞ」
五人は車に乗り込んだ。
「急いだほうがよさそうだ。頼むぞ月岡」
「勿論よ!このまま真っ直ぐ行って!!森を突き抜ければ公道に出るわ!」
「よし、掴まってろ!!全速力で突っ走る!!」
暗闇の彼方。東の方角から微かに光が見え出していた――。
【B組:残り11人】
【敵:残り2人】
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