「……はぁ……はぁ……しゅ、秋也……」
「国信、しっかりしろ」
「……秋也……せ、先生……」
「ど、どうしよう……こんな時に川田さんがいてくれたら……」
豊はオロオロとしながらも、せっせと国信の額のタオルを取り替えた。
国信の容態は悪化の一路で、計ってないがおそらく40度を超える高熱だろうことは容易に想像できる。
取り替えたタオルがすぐに温かくなってしまうのだ。
二日前まで元気だった国信。それが今では起き上がることも出来ない。
最初は風邪がプログラムのストレスで悪化したのだろうと単純に考えた。
しかし、これは、どう見ても、ただの風邪ではない。
今、残っている生徒は三村、光子、そして豊と国信だけ。
本来なら豊も見張りに立たなくてはならないが、国信の容態が急激に悪化したので豊が看病することになったのだ。
「……どうしよう。もしも……」
もしも死んだら……豊は頭をぶんぶんと左右に振って、それを否定した。
(オレ、何考えてるんだよ、こんな時に!!
信史も相馬さんも見張りで手が離せないんだ。オレがしっかりしないと)
こんな時に転校生が来たら、それこそ終わりだ。
今の国信には、転校生どころか、ねずみすら倒せない。
「わ、悪いな瀬戸……オ、オレなんかほかって三村たちの所に行けよ」
「何、言ってるんだよ!」
「こんな時に役立たずで……足引っ張って……。
せめて、せめて、そのくらい……今、見張り少ないんだろ?」
「大丈夫だよ!信史は強いんだ、もしも転校生が来たって、やっつけてくれるよ!」
「……でも」
「オレ、気休めで言ってるんじゃないぞ。信史なら楽勝だよ。なんなら、今すぐ矢でも鉄砲でも持ってこいって言うんだ」
「……瀬戸……あ、あれ……あの光なんだ?」
「光?」
豊は国信が指差す方向に顔を向けた。光が近づいてくる。それが徐々に大きくなる。
ダンプカーのヘッドライトだ。ノンストップで走ってくる。突っ込むつもりなのか!?
「うわぁぁぁー!!」
キツネ狩り―144―
「桐山くん、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「さあ急げ、お二人さん。時間が無いぞ」
桐山と美恵が後部座席に乗り込むと同時に川田はアクセルを踏み込んだ。
「川田くん、皆のところまで、どのくらいかかるの?」
「こんな小さな島だ。大した時間はかからないよ、お嬢さん。ただ直通のバイパスがないのが痛い。
まず、集落から出たら海岸線を走るしかないな。地図に間違いが無ければ、15分くらいかかる」
川田はギアをトップに入れた。胸騒ぎがする急がないと。
転校生は残り二人、こっちは(死亡者放送がないので、断定はできないが)十六人だ。
(川田は知らないが、すでに三人減って十三人だ)
数の上では圧倒的に、こちらが有利。だからこそ全員で共闘すれば、普通なら負けるはず無い。
武器も十分にある。そう、こちらが有利だ、普通なら。
しかし、数の上では有利だったにもかかわらず、すでにクラスの3分の2近い生徒が殺されたのだ。
まして、転校生を倒すことができたのは、ここにいる桐山一人の手柄。
残っている連中は自分や桐山と違い、銃の扱いに慣れてない。
危険だ。今、襲われたら、一気に人数を減らされそうな気がする。
急がないと。すぐに駆けつけて残っている連中をまとめ上げないと。
すぐに駆けつけたいと思っているのは川田だけではなかった。
美恵にとって、貴子も光子も大切な親友。いや、残っている生徒は全員大切な仲間だ。
離ればなれになっている間に殺されたりしたらと思うとぞっとする。
キキィーと、アスファルトとタイヤが摩擦する嫌な音がして車が停止した。
「川田くん、どうしたの?!」
まさか、転校生?しかし、それは違った。
「……なんてことだ」
川田は眉間にシワを寄せた。前方には『工事中』の看板が。
こんなものまでは、地図に載っていなかった。
「くそ!」
川田はハンドルを叩いた。こんな所で、時間をロスする羽目になるなんて!
遠回りの地図が看板に書かれているが、これがまた距離のあるルートだった。
「……仕方が無い」
こんな所で足止め食らってしまうなんて。川田はすぐにハンドルを切り横道に入った。
だが、すぐに眉をひそめた。おかしい、やけに道路の幅が狭くなっている。
現れた看板には、「ここより先、車両通行禁止」の文字が。
「何だと、どうなっているんだ!」
地図はしっかり頭に叩き込んだ。単純なルートだ、間違えるわけがない。
しかし、これ以上は通り抜けられそうも無い。
「……どういうことなんだ?」
「川田、どうした?」
「どうしたもこうしたもあるか。おかしい……」
桐山は、少し考えていた。美恵を解放した周藤晶のことを。
周藤は、集落で襲ってこなかった。それはなぜだ?
美恵を解放してやるという約束を律儀に守っただけか?
いや、違う。自分達が集落にいるであろうことは予想できたが、正確な位置までは知らなかったからだろう。
「川田、引き返せ」
「ああ」
それしか無さそうだ。川田はUターンすると、再度車を走らせた。
「川田、おまえが転校生の立場だったら、オレ達を襲うか?」
「桐山?」
「相手の居場所がわからないのに、のこのこ出向くよりも、はっきり居場所がわかっている連中を叩く。
オレなら、そうする。下手に探し回っていたら、自分の方が相手に見付かり射撃の的になる可能性もあるからな。
だったら、先に他の連中を殺してから、待ち伏せしたほう安全だ」
「すでに三村たちを襲っている可能性があるってことか?」
「確認したいことがある。さっきの工事現場に戻ったらいったん停車しろ」
川田は言われた通りにした。桐山は車から降りて、例の看板を懐中電灯で照らした。
「桐山、それが気になるのか?」
「思った通りだ、見てみろ川田」
川田も下車して看板の近くに来た。そして心の中で、しまったと舌打ちした。
看板から、真新しいペンキの臭いがする。
地図の一部に上塗りされていたのだ。つまり、地図は書き換えられていた。
「オレ達がここを通るかどうかもわからないのに小細工か。いちいち、ご丁寧なことしてくれるものだな」
「父が言っていた。出世する連中はあらゆる予測をするものだと」
「そのようだな」
川田は看板を蹴り倒した。こんな役立たずの地図は必要ない。
「まずいな。三村たちは襲われている可能性が高い」
「そうだな。オレもそう思う。それから川田」
「何だ?」
「オレは殺されている可能性が高いと思っているぞ」
「……遅いな。杉村も七原も何をグズグズしてるんだ?」
まさか、何かあったのか?
そして、その何かとは、この状況では転校生以外にはありえない。
「早く、戻ってくれ」
三村は銃を持っている手にさらに力を入れた。
(坂持という人質なんか役に立つとは思えない。
いざというときは、あいつら簡単に坂持を見殺しにするんじゃないのか?)
建物の周りには糸を張っておいた。それに引っ掛かれば敵の侵入が感知出来る。
(ただ戦闘のプロがそんなものにひっかかるかどうかといえば確実な自信は無い)
表は三村、裏口は光子が銃を持って見張っている。だが、やっぱり、完全に人員不足だ。
転校生は特殊な訓練を受けた連中だ。
自分達に気付かれずに建物に侵入することなんて朝飯前だろう。
もしかしたら……もうすでに。三村はハッとして、後ろに振り返った。誰もいない。
(……気のせいか。オレも疲れてきてるんだな)
大丈夫だ、なんとかなる。それに川田が今頃桐山を見つけて、こっちに向かっているはずだ。
それまで持ちこたえればいい。
「……ん?」
三村の目に光が映った。
「……なんだアレは」
その光が徐々に大きくなっていく。それも猛スピードで。
暗闇と、光の眩しさで三村は目を細めた。
視覚の中で、一気に大きくなった光、それはダンプカーのヘッドライト。
「転校生か!」
三村は銃を向けたがダンプカーは三村が立っていた正面玄関にノンストップで突っ込んで来る。
三村の耳に、ダンプカーとは別のエンジン音が聞えた。
同時に、ダンプカーの荷台から何かが飛び出してきた。
暗闇の上空。月明かりをバックに、それは三村の視界に飛び込んできた。
バイクに乗ったまま宙を舞う男の姿を。
「転校生!!」
そう確認した瞬間、ダンプカーが突っ込んで来た。
もの凄い衝撃。それは当然のことながら、建物全体に影響を与えた。
「な、なに……何なのよ!!」
裏口にいた光子は、突然の破壊音に表情を歪ませていた。
三村はというと、無事だった。ダンプカーが突っ込むより早く、廊下に飛び込んで直撃を避けていたのだ。
「くそ、来たな!!」
派手なことしてくれるぜ。これなら見張りなんか意味ないも同然だ!
もたもたしてられない。三村は走った。
三村は確かに見たのだ。ダンプカーが突っ込む寸前に荷台から飛び出した転校生を。
あれは、確か……そうだ、周藤晶という男だ。
バイクは宙を飛んでいた。そのまま、二階に飛び込んだらしい。
二階には寝込んでいる国信と豊がいる。
あの二人が転校生に襲われたら、ものの数秒で殺されてしまう。三村は全速力で階段を駆け上がった。
「くそ、結局、ここまで引き返すことになるとはな」
川田は悔しそうに唇を噛んだ。集落の近くまで戻らざる得なかったのだ。
これから別のルートを使って三村たちの元に行くわけだが、すでに無駄な時間を費やしている。
「……オレのミスだ。あんな偽地図信じてなければ」
「川田くんのせいじゃないわ。あの男、怖いくらいに用意周到だったから……」
「とくかく急ごう」
今から行っても間に合わないかもしれないが……。
川田がハンドルを切った時だった。前方に影が飛び出した。急ブレーキをかけた。
「何だ!?」
「川田くん、どうしたの!?」
一瞬、犬か何かだと思った。しかしライトの中いたのは、そんな可愛いものではなかった。
「きゃー!アタシよぉ、ひき殺さないでぇ」
「つ、月岡!」
「川田くん……きゃあ桐山くんに美恵ちゃんも!ラッキー!日頃の行いがいいからよね。うん!」
「な、何を言ってるんだ、おまえさんは……」
転校してきてから口もきいたことなかったが、外見といい口調といい、まともな人間では無いと思っていた。
どうやら正解だ。この男(失礼ね、レディよ!)この状況理解できてるのか?
「とにかく乗せてちょうだい!」
月岡は、さっさと助手席に乗り込んできた。
「桐山くーん、心配したのよ。ああ、良かったわ、綺麗なお顔がメチャクチャになってなくて」
月岡は、桐山の顔を両手で挟んだ。
普通の男なら、「げ!」と思うだろうが、桐山は平然としている。
「おい、月岡。感動の再会はそこまでだ。とばすから、ちゃんと座れ」
「どこに行くの」
「皆のところに決まってるだろ」
「きゃぁぁー!三村くんに再会できるのね!いやってほどアタシのキスを捧げてあげなくちゃ」
「そうかそうか。好きにしろ。だから、座れ」
走り出すと、月岡が妙なことを言い出した。
「わかったわ。あら川田くん、この道……」
「どうかしたのか?」
「ダメよ。こっちは遠回りじゃない」
「残念だが、仕方ないんだ。最短ルートは工事中で通れなかったからな」
「うふふ」
突然、月岡が妙な笑い声をだした。背筋に冷たいものが走る川田。
「こっちじゃダメよ。ほら、こっち」
月岡が指を指した方向。森の方だ。
「何を言ってるんだ月岡。車が通れるような道じゃないと」
「地図に載ってなかったでしょ。でもね、アタシはずっと森の中にいたのよ」
月岡の目がらんらんと輝いていた。
「だから地図に載ってない道もたくさん覚えることが出来たわ。
きちんと整備されたアスファルトの道路じゃないけれど、この車ならなんとか通れる道よ」
川田はブレーキを踏んで月岡を見詰めた。
「直線コースだから時間はかなり短縮されると思うわよ。でも石ころだらけの田舎道だから、走り心地は最悪よ。
それでもいいなら案内するわよ。どうする川田くん?」
「決まってるだろ。ナビ頼むぞ月岡」
「ふふ。OK」
「うわぁぁー!!」
豊は座っていた椅子ごと床に倒れこんだ。何がなんだかわからなかった。
ヘッドライトが大きくなったと思ったら窓からバイクが飛び込んできたのだから。
相手はもちろん転校生だ。
「お、おまえは……!」
意識も朦朧としていた国信だったが、その時だけ、はっきりと意識が覚醒した。
その転校生の顔を見忘れるはずがなかった。
「まだ生きていたのか」
周藤は意味ありげな言葉を吐いた。
「だが、時間の問題だな」
国信には何のことか最初わからなかった。しかし、周藤は追い討ちをかけるように、こういった。
「おまえが選んだんだ。すぐには死にたくない――と」
「……え?」
瞬間、国信は思い出した。周藤が言った言葉を。
『今死ぬのと、後で死ぬのと、どっちがいいか』という、あの時の意味不明は言葉を。
あの時、なぜか殺されなかった。
ナイフで傷つけられはしたが、不思議にも逃げた自分を、この男は追いかけなかった。
混乱している国信に周藤は決定的なことを言った。
「最後だから教えてやる。オレの支給武器は毒だった。
即効性の毒と、遅効性の毒、二種類の毒だ。オレは、それをナイフにつけて使用している」
「!!」
瞬間、国信は全てを悟った。
「く、国信!国信に近づくな!!」
国信を殺される。そう思った豊は周藤と国信の直線上に立ちはだかった。
銃を構えているが、その手はガクガクと震えて、今にも銃を落としそうだ。
「おまえ達なんか殺しても大したポイントにはならないが」
周藤はニヤッと笑みを浮かべた。
「おまえが銃を持っていて良かった。武器ポイントが入る」
周藤が動いた。豊の全身がビクッと硬直する。
撃て!撃つんだ!!引き金を引きさえすればいい!!
そうすれば倒せる。この至近距離なら絶対に外さない!!
豊は引き金にかけた指に力を込めた。
「……ぁ」
だが、銃弾は周藤ではなく床に当たっていた。豊が撃つ前に、周藤の攻撃が豊のボディに決まっていたのだ。
その瞬間、豊は前のめりになり、銃口が床に向き、そして発射。
弾は周藤にはかすりもしなかった。ドン!そんな鈍い音が首の後ろから聞えた。
「……信史」
豊の体がガクッと落ちた。
「せ!……瀬戸!」
国信の目の前で豊は床に倒れた。そして二度と動かなかった。
周藤の手刀で豊は首の骨を折られ、その短い生涯を閉じた――。
「豊、国信!!」
三村が部屋に飛び込んできた。だが遅かった。
「……豊!」
一番の仲良しだった。七原よりも杉村よりも。
頼りないけど、お調子者だけど、ずっと一緒にいた親友だった。
その親友が床に倒れて動かない。それだけでわかった。豊はもう……。
「おまえ……おまえ、豊を!!」
「ああ殺した。他に質問はあるか?」
「畜生!」
こんな時でもなければ泣き叫びたかった。豊を抱きしめて、号泣したかった。
しかし、悲しいかな、三村は感情よりも理性を優先させていた。
豊は死んだ。悔しいが、これは事実だ。
今は悲しみや怒りに身を任せてカッとなっている場合ではない。
この殺戮者をなんとかしなければ。それに国信はまだ生きている。
苦しがってもがいているが、まだ生きている。止めはささせない。豊のように殺させはしない。
「国信から離れろ!国信まで殺させてたまるか!!」
周藤は笑みを浮かべている。
「何がおかしい!」
「オレはもうこいつには手を出さない。だす必要がないからな」
「どういうことだ?」
「こいつは、もうとっくに死んでいる」
「……な、何だと?」
三村の前で国信が苦しそうに胸を抑え、「うぅ!」と叫んだ。そして、バタッとベッドに倒れ、動かなくなった。
「……く、国信?」
「だから、言っただろう」
「こいつはもう死んでいる――と」
【B組:残り11人】
【敵:残り2人】
BACK TOP NEXT