「月が隠れるな」

周藤は、暗雲が月を覆い隠すのを見届けるとバイクに跨った。
そして、上着のポケットからサングラスをとり、装着する。
少々荒っぽい突入を強行するために必要だ。目をガラスや壁の破片から守らなくてはいけない。
携帯を耳にあて、最終確認をとった。


「オレだ。そうか、上手くいっているのか。どのくらい距離をとった?だいたいでいい、答えろ。
何だと、その程度のこともわからないのか。役たたずめ」
携帯の向こうから『す、すみません……』とかそぼい声が聞える。
「まあいい。何かあったら、すぐに連絡しろ。おまえはとくかく目立たない行動をとれ。
どんな時も、周囲の連中の一番後についていき、言動も控えろ。
もっとも貴様みたいな低脳な小心者は言わなくても主張する行為は出来ないだろうがな」
携帯の向こうから、先程より小さい声で『そ、そうですね』と聞えた。
周藤は顔をしかめた。利用しておいて何だが、周藤はこういう人間は生理的に嫌いなのだ。


『あ……』
「何だ?」
『だ、誰か追って来ます……』
「なんだと?」


使えない奴だ。あれほど慎重に行動しろと言ったのに抜け出すのを見られたのか?
まさか、得点の高い生徒じゃないだろうな?


『な、七原みたいです……』
「七原か。あいつなら、まあいい。もう切るぞ」
周藤は一方的に携帯を切った。


(三村信史、杉村弘樹、千草貴子、オレの目的はあいつらだ。
相馬光子は、すでに片付けたも同然だが、念には念をいれておくか。
オレの仕掛けより先に晃司に殺されないとも限らないからな。
天瀬美恵からオレの情報を聞き出した川田と桐山は、ここに駆けつけるはずだ。
その前に、連中を皆殺しにしておく。その後は本命の桐山と川田との決戦だ)

一分、一秒でも時間が惜しい。周藤は、バイクのエンジンをかけた――。




キツネ狩り―143―




「よし、じゃあ、オレは車を玄関まで回してくるから」
川田は腰を上げると、部屋から出て行った。
美恵は桐山に「本当に大丈夫なの?」と心配そうに何度も尋ねている。
「ああ、問題ない」
「……でも」
問題ないわけは無い。普通の人間なら、とっくに死んでいたはずだ。
それほどの戦いを桐山は三度も繰り返してきたのだから。
桐山が、桐山和雄でなければ、今頃は冷たくなって、横たわっていたことだろう。
美恵が心配するのは当然だった。


「立てる?」
「問題ないと言っているだろう。なぜ気にする?」
「気にするわよ!桐山くんのこと……心配だから」
「オレが心配?」
「そうよ」
桐山は少し考えている。そして、とんでもないことを言った。


「オレを愛しているからじゃなくて、心配だから言っているだけなのか?」
「……え?」


美恵は桐山が何を言ったのか一瞬理解できなかった。
でも、頭の中で何度も桐山の言葉を反復させているうちに自然と顔が赤くなった。
同時に、なぜ桐山が突然こんなことを言い出したのか疑問も湧いた。




「……どうして」

美恵は思わず両手を握り締めた。

「どうして、そんなこと言い出すの?」
「オレはずっと前からおまえを見ていた」

美恵は全神経で、その言葉を聞いていた。


「クラスの女の中で、おまえだけがいつも視界に入ってくる。おまえの笑顔をいつも見ていたいと思っていた。
反対に、他の男には見せたくなかった。近づくのも嫌だった。プログラムに残ったのも、おまえを守りたかった。
ただ、それだけだ。でも、オレは、おまえのことを好きでは無い」


「……好きじゃない?」
「ああ、そうだ」

美恵はわけがわからなかった。自分のことをいつも見ていると言ってくれたのに。
他の男には見せたくないと嫉妬しているようなことまで言ったのに。
そして、自分を守る為にプログラムに残ったとまで言ったのに。
それなのに、好きではないと桐山ははっきり口にしたのだ。
愛の告白かと思った。こんな時だというのに、美恵は桐山のその言葉に熱い想いを抱いた。
状況が状況だけに、嬉しいなどとはしゃぐ気持ちにはなれないが、それでも心に何かが響いたのを感じたのだ。
それなのに、桐山ははっきり言った。『好きではない』と。


「……そう」
酷く落胆している自分がそこにはいた。
桐山の気持ちはどうあれ、自分は桐山のことが好きだったから。
告白する前に失恋してしまった。
でも、好きでは無いなら、なぜ自分の為にプログラムに残ったのだろうか?
悲しい気持ちもあったが、その疑問のほうが先だった。
その疑問に答えるように桐山は再び口を開いた。

「オレはおまえのことは好きでは無い。オレは――」




「オレはおまえを愛している」




「……!」
俯いていた美恵はパッと顔を上げた。
その表情が驚いているものだということは桐山でもわかったようだ。
「何を驚いている?」
「……だ、だって……あの……」
「オレはおまえを愛している。だから、ここにいるんだ」
桐山は美恵の頬にそっと手を添えた。
「おまえの気持ちが知りたい。おまえはオレのことどう思っているんだ?」
「……私……私は」
「オレのこと……嫌いなのか?」
「そんなことない!」
美恵は思わず声を上げてしまった。
慌てて口を押さえ、そして緊張して表情で必死に言葉をつむぎだした。


「私……桐山くんのこと嫌いなんかじゃない。
その……反対。私も桐山くんのこと、ずっと気になっていた。
桐山くんと離れて……怖い目にも遭って、もう会えないかもしれないと思ったとき、すごく苦しかった。
桐山くんにずっと会いたいと思ってた。だから、会えた時嬉しかった。私は……」
これ以上は口に出来なかった。
そんな美恵の気持ちを察したのかはわからないが、桐山は美恵の顔を両手で挟んだ。
そして美恵の唇に自分のそれを重ねていた。数秒後に離すと、名残惜しそうに美恵を抱きしめた。
美恵は何が起きたのか把握しきれずに、ただ桐山の胸の中にいる。




「愛している」
「…………」
「おまえはオレが守る。絶対に死なせない、約束する」
「……うん」
美恵は、このゲームが始まって以来、初めて悲しみ以外の涙を流した。
そして、桐山の背中に、そっと腕を回した。


(……良かったな、お嬢さん。やれやれ、本当に世話の焼ける若様だったが、オレも安心したよ)
二人が出てくるのが遅いので迎えにきた川田。
廊下から二人の姿を見て、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
(……なあ慶子)
他のカップルのように特別仲睦まじいわけでもなかった。
少なくても慶子は自分のことを大切に思ってくれていただろうが、川田は淡々としていた。
思えば冷たい彼氏だった。だから、いざという時、信用してもらえなかったかもしれない。

(でもな慶子……オレは言葉や行動にあらわしてやることは出来なかったが)


オレは、おまえのこと、好きだったよ。
取り返しはつかないが、それでも、おまえのこと好きだった。
オレ達は遅すぎたが、この二人はそうじゃない。
オレ達のようにボタンを掛け違えなくて本当に良かった。
なあ、慶子。あの時、おまえが死んでオレがなぜ生き残ったのか。
オレは、そのことにずっと疑問をもって生きていた。

でも、今やっとわかったよ。

オレは、こいつらを、オレ達の二の舞にしないために、今ここにいるんだ。
二人を守ってやろう。必ず幸せになってもらおう。

川田は、そう決意していた。
不幸な結果に終わった自分と恋人の分まで幸せになってもらおうと――。




美恵」
桐山の声。もう、その呼び方は天瀬ではなく、美恵となっていた。
「愛している美恵」
「……桐山くん」
「そう、川田が言っていた」
「……え?」
「オレはおまえのことを愛している。川田はそう言った」
「…………」

川田は思った。まだまだオレも安心できないと――。














「うわぁぁー!!」

飯島は、自らの両頬を手で挟み、ムンクの叫び状態になって叫んだ。

「ひ……!こ、ここ……こいつはぁぁー!!」


新井田もすでにパニック状態。
群れの中央に降り立った高尾は、全ての終結を象徴する死神に見えた。
高尾は瞬時に全員の顔を見た。暗闇でもわかるほど、蒼白くなったその顔を。
新井田、大木、織田、飯島、滝口、そして七原。
高尾は持っていた銃を上着にしまった。六人の顔を確認した瞬間に判断したのだ。
『こいつら相手に銃は必要ない』――と。


来るべき、桐山和雄との戦いの前に銃弾は一発でも無駄にしたくない。
こいつら相手なら肉弾戦で片がつくと考えたようだ。
高尾が銃をしまったことで、即銃殺されると思い思考がふっとんだ新井田は復活した。
そして、自分の一番そばにいた大木の背中を突き飛ばす。


「な、何ぼーとしてやがるんだ!!あいつは銃を持ってない!!
やれ!!さ、さっさと殺せよ、この馬鹿野郎ー!!」


大木も恐怖のあまり声も出せずに凍っていたが、突き飛ばされたことによって意識が回復した。
そ、そうだ!奴は銃をしまった!!
体格なら引けをとらない。むしろ中背の高尾より体育会系の自分のほうが上に見えた。
戦闘のプロといっても、それは銃火器があってこそのもの。
同じ中学生同士。肉弾戦では引けをとらないはずはない。
まして、自ら丸腰も同然の状態となった高尾と違い、自分にはナタという強力な武器がある。
今なら自分の方が強いはずだ!!
高尾が銃を下げたとはいえ大木の恐怖は完全には収まってない。
それどころか、『今のうちに殺さなければ、今なら殺せるんだ!』という思い一色になった。
再び銃を手にされたら、勝機は一切無い。
だが、今なら勝てる。この冷酷非情な殺戮マシーンに今なら!!




「し、死ねえー!!」
大木はナタを振り上げた。この距離、そして位置は高尾の背後、つまり死角。
後は、ナタを振り下ろせばいい。どんな訓練受けた人間だろうと、ナタをくらって無事なわけない。
大木は渾身の力をこめて、ナタを振り下ろした。
次の瞬間には頭が真っ二つになった高尾の死体が出来上がるはず。
だが、大木の頼みの綱のナタは高尾の頭部に到達する前に、その動きを止めていた。


「え?」
大木は目を見開いた。ナタが空中でピタッと止まった。
大木はさらに目を拡大した。暗闇のせいでよく見えなかったが止まったのではない。
止められていた。高尾は振り向くことなく、スッと右手を上げていた。
そして、ナタを受け止めていたのだ。今も、全く此方を向いてはいない。
「ば……!」

バカなバカな!!なんで素手なんかで受け止められるんだ!!
ナタだぞ!!手のほうがざっくりいっちまうはずじゃないか!!

気が動転している大木にはよく見えなかったが、高尾は掌で受け止めたわけではなかった。
中指と人差し指、その二本の指で、ナタの刃を真剣白刃取りの要領で止めていたのだ。
大木の疑問が答をだすことはなかった。
ナタを止めた次の瞬間、高尾は振り向くことなく、大木の手首に蹴りをお見舞いしていた。
「うぉ!」
新井田に向かって大木の体が飛んでくる。大木は新井田ごと、岩壁に激突していた。
ナタだけが、今だに高尾の手の中。
だが、高尾は相変わらず振り向くことなく、まるで手品師がカードを投げるように、ナタを背後に向かって投げた。




「お、大木!!ど、どけよ、さっさとどきやがれー!!」
必死に自分に覆いかぶさっている大木を押し返す新井田。
しかし、大木はぴくりともしない。
「お、おい!さっさと……ひぃぃ!!」
大木が動くはずが無い。大木の首にはナタが食い込んでおり、首の真ん中まで刃は到達していた。
首がちぎれかけ、カクカクと動いている。大量の血が新井田の体を染め出した。
「ひぃぃー!!」
新井田も恐怖だが、それを見ていた他の連中だって同じだ。
真っ先に動いたのは織田だった。とにかく、逃げるんだ!だが、皮肉にもその動きに高尾も反応していた。
織田が駆け出そうとした瞬間、高尾の拳が織田のボディ目掛けて飛んできた。
織田のボディに高尾の拳がヒットする。高尾の眉が僅かに歪んだ。それを見た織田は思った。


(ざ、ざまあみろ!!オレには……オレ様には防弾チョッキという心強い味方がいるんだ!!)

血筋も家柄も経歴も何も持たない下種にオレのような至高の存在が殺されるわけがない。
神もそれを理解して、自分にこのような武器を与えてくださったのだ!
だから、どんな攻撃だろうと、この神に愛された肉体にダメージを加えることなど絶対にない!

「…………」
高尾の僅かに歪んだ表情が、元の冷酷な何も無い表情に戻った。
「……え?」
その瞬間、グッと織田のボディが軋み出した。
「え……え……?」
戦闘には全く素人の織田でもわかった。高尾のパワーが一気に増幅したのだ。
「うわぁぁー!!」
それに気付いた瞬間、織田の肉体は飛んでいた。
防弾チョッキが高尾のパワーを吸収しきれず、織田は五メートル先の岩壁に背中からもろに激突。
頭部にガンと鈍い音がして、織田はそのまま地面に落ちた。
ピクピク……と、微かに動いてはいるが、誰の目にも時間の問題だというこは理解できた。




微かに、まだ生きている織田に向かって、高尾が歩き出した。
止めだ。たとえ、どんな状態でも最後の息の根を止める、それが戦場の鉄則。
その鉄則に高尾は忠実に従おうとしている。
「や、やめろぉぉー!!」
ここに来て、最初は固まっていた七原が動いた。
高尾が出現してから、まだ十秒ほどしてたってない。
さしもの七原も、僅か数秒の間に繰り広げられた惨劇に思わず硬直した。
だが、やっと自身を取り戻した。これ以上、クラスメイトを殺させはしない!
七原は、そばに落ちていた木の棒を拾い上げると高尾に突進した。


「……何!?」
だが、棒を振り下ろしたと思ったら高尾が消えた。
「……ど」
どこだ!そう思った瞬間、持っていた棒に重みが加わった。
途端に七原の腕が下がる。棒の先に高尾が立っていた。
そして、七原の腕が下がった瞬間、今度は飛んでいた。
七原の頭上で華麗にクルッと一回転して、七原の背後に着地。
だが七原は一瞬の出来事に対応しきれなかった。
消えたと思った高尾が自分の持っている棒の先に降り立ち、次の瞬間また消えた。
イリュージョンでも見ているかのような光景に呆気にとられ、高尾が背後に降り立ったことにまだ気付いてない。
付け加えると織田はもう息絶えていた。
高尾の手がスッと上がった。手刀だ。戦闘のプロの高尾なら七原の首を一撃でへし折ることなど容易いことだった。
だが、高尾は一瞬手の動きを止めた。

(……近づいてくる。一人……二人……誰だ?)

気配が二つ猛スピードで近づいてくる。




「七原くん後ろ!!」
高尾の攻撃が一瞬止まった。同時に滝口が叫んでいた。
飯島はというと腰が抜けて木の陰にうずくまって身動き一つ出来ないでいた。
もっとも飯島はそのため一番目立たなくなっており、結果的にはラッキーだった。
滝口の声に七原はハッとした。この時、後ろに振り返っていたら、七原は死んでいたかもしれない。
しかし、七原は思わず、前に向かって飛んでいた。
野球の天才少年と呼ばれていた時、何度も決めたスライディングのどれよりも早かった。
高尾の手刀が七原の頭上を通過する。
紙一重で七原はからくも高尾の攻撃をかわした。
もちろん、終わりではない。高尾を倒さなければ殺されるのはこっちだ。
だが、どうする?七原は考えた。でも何も浮ばない。


(こ、こいつ……凄いのは銃の腕前だけじゃない!格闘もオレ達とはレベルが違う、違いすぎる!!
どうやって勝てっていうんだ!こんな奴相手に!!)

自分と高尾の距離はほんの二メートルほど。距離だ、とにかく距離をとらないと。
七原は素早く後ずさりした。しかし、三メートルほど下がってすぐに岩壁に当たった。
これ以上は後ろには逃げられない。
高尾もそれをわかっているらしく、すぐに距離を詰めようとしない。ゆっくりと、一歩を踏み出してきた。
(どうする?!右か……左か……どっちかに逃げないと)
だが、高尾はすでに七原を自分の攻撃のテリトリー内に捕らえている。
どちらに逃げようと、駆け出した瞬間に、七原より素早く動き、次の瞬間には七原は殺されるだろう。




(……な、なんだかわからねえが……今なら逃げられる……)
やっと大木の死体の下から抜け出すことに成功した新井田はそろりと歩き出した。
高尾は七原に気をとられているらしく、こちらには全く気付いてないようだ。
(よし今だ!)
新井田は一気に走り出した。全力疾走だ!高尾は相変わらずこちらを見てない。
高尾は足元にあった木の枝(かなり大きくて先端が尖っている)の先っぽを踏んだ。
テコの原理で、その枝が立ち上がり、もう片方の先端が高尾の手に。
高尾は、その枝を掴むと、やはり振り向かずに背後に向かって投げた。


「うわぁ!!!」
ドスッという響きと共に、枝が新井田の学ランの肩口を貫いて、そのまま木の幹に突き刺さった。
新井田は悪運強というか、肉体そのものは貫かれてなかったが、着ていた学ランが木の幹に貼り付けられた状態。
当然、新井田も学ランと一緒になって張り付かれた状態だ。
新井田は叫びながら何とか枝を抜こうと必死だが、その体勢から思うように力が入らない。
第三者から見ればお笑いのコントのような滑稽なジタバタぶりだ。
もちろん、この状況で、笑うものなど一人もいないが。


(に、新井田くん……ど、どうしよう……あいつ、オレ達を逃がすつもり全然無いんだ!)
今は高尾は七原を狙っている。
でも、だからといって他の連中の動きに全く気付いてないというわけではない。
それどころか、全員の動きを視覚に捉えることなく把握してるんだ。
このままでは、全員逃げることも出来ない。
滝口は必死になって考えた。か弱いと思われがちな滝口だが芯は強かった。
だから必死になって考えたすえにアイデアが浮んだ。それは、咄嗟に思いついた場当たり的なものだったが。
滝口が今立っている場所は七原が追い詰められている岩壁の上だ。
列の後ろから二番目を歩いていた滝口と飯島は、もたもたしていて岩から降りる前に高尾の強襲にあったというわけだ。
幸いにも、そのおかげで、高尾から最も遠い位置にいた。




滝口は辺りをキョロキョロト見渡して偶然見つけたのだ。
岩壁の上に生えていた木の根元にある大きな丸い岩。
今にも落ちそうだが、かろうじて木にかすかに引っ掛かっていて何とか均衡を保っている状態のそれ。
それは、位置からして、もし落下すれば……高尾に直撃だ。
滝口は幸運にも、太い枝が落ちているも発見した。
それを手に持つと、岩に向かって走り、岩の下にあった隙間に枝を差し込んだ。
テコの原理なら、僅かな力で大きな物を動かせる。
それを滝口は実証した。岩は動いたのだ。高尾目掛けて!


「や、やった!!」
あんなものが直撃すれば、どんな化け物でも一巻の終わり。
これで終わりだ。勝った!こんな自分でも転校生を倒せたんだ!
滝口はそう思ったが、それは一瞬だった。目の前で岩がコナゴナニに粉砕した。
「……そんな!」
滝口には何が何だかわからなかった。
滝口からは岩が障害となって見えなかったが、高尾は岩が落ちると同時にメリケンサックを左手に装着。
どんな硬い岩にももろい部分はある。
微かに亀裂が入っているのだ。そこに強い力を加えれば、亀裂は一気に広がる。
もちろん、そんな亀裂、普通の人間には見極めることはできないだろう。
だが高尾は普通では無い。人間離れした動体視力で一瞬にして亀裂の位置を把握。
その亀裂に拳を打ち込んだのだ。結果、岩は粉砕した。


「そんな、そんなぁ!!」
作戦失敗。だが、滝口の悲劇はそれでは終わらなかった。
粉砕した岩の中から現れたように、高尾が跳んで来たのだ。
それを視覚で確認した時には滝口の意識は消えていた。
だから、自分の首に高尾の手刀が決まったことも、首を折られた事も気付かないまま――逝った。

「よくも滝口を!!畜生、この悪魔ー!!」

七原は岩壁に駆け登った。たとえ殺されても最後まで戦ってやる。
そんな悲痛な思いで高尾に向かうも、また高尾の姿が七原の視界から消えた。
後ろだ。またしても、七原の後ろに瞬間移動していた。
高尾の手がスッとあがる。滝口にしたように首を折る気だった。
その時だった。銃声が暗闇に響き渡った。
攻勢一方だった高尾が、身を翻してそばにあった木の陰に飛び込んだ。


その銃声は、杉村がはなったもの。そして、新たな戦いの始まりを告げるものだった――。




【B組:残り13人】
【敵:残り2人】




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