「これでわかっただろう?奴等は普通じゃないが、その中でも、あいつは特別なんだ」
桐山は川田の話が終わるのを待って、静かに口を開いた。
「奴が強いということはよくわかった。奴を倒せば、事実上オレ達の勝利だ。
そういうことでいいのかな川田?」
川田は、「おまえは、やっぱりわかってないな」と、苦笑した。
「その勝利をもぎ取ることが容易じゃないから、オレはこの話をしたんだ。
あいつに勝てる奴なんて、もしかしたら存在しないかもしれないんだぞ」
「オレが負けるといいたいのか?」
「そうは言わない。だが、勝つためには万全を期す必要がある」
「オレは三人の転校生と戦った。そして三人に勝ったぞ」
「ああ、そうだな。桐山、おまえは強いよ。だが、これだけは言わせて貰う。
これからは、おまえ一人の力で勝てるような生易しい戦いではなくなる」
「なぜだ?」
「なぜだと?いいか、よく聞け桐山。おまえは確かに三人を倒した」
「だが、その幸運が今後も都合よく続くと思うか?オレは前のプログラムで優勝した。
自惚れているわけじゃないが、あのクラスではオレが一番強かったというも大きな勝因だと思っている。
だが、一番の勝因は運だとも思っている。
だからこそ、わかるんだ。一人の人間の運ってものはそう長続きするようなものじゃない。
特に……あんな化け物が相手じゃあな。第一、おまえは連戦して、怪我もしたし、体力の消耗も激しいんだ。
そんな体では勝つどころか、まともに戦えないかもしれないんだぞ。
もう、おまえ一人で戦おうとするな。これからは皆で戦うんだ。そうでなければ勝利は無い。そして敗北は死を意味する」
桐山は静かに川田の意見に耳を傾けていた。
「わかったか?わかったなら、なるべく早く出発しよう。三村達が心配だ」
美恵から得た情報が川田の心にひっかかっていた。
わざわざ美恵を逃がしたというのも気になるが、光子や月岡も逃がしたということもだ。
(もっとも目隠しの上、ヘッドホンを強要されていた美恵には、二人が本当に無事に解放されたのかは確かめようもなかったが)
せっかく捕獲した獲物を逃がすなんて何かある。
川田は鍵を持っていた。玄関の靴箱の上にあった車のキーだ。
「おまえの手当てが済み次第出発だ。車をとばすぞ」
キツネ狩り―142―
「おい新井田、どこに向かってるんだよ」
しばらくすると大木が早速痺れを切らして質問してきた。
(ちっ!まだ十分もたってねえのに、もう文句かよ!)
文句というほどのものではないが、大木の口調はいらだっており、新田にはそうとしか聞えなった。
大木からしてみたら、不安の裏返しにすぎなかっただろう。
何しろ、新井田にくっついて、三村達と袂をわかったまだはいいが、新井田は肝心のその先を言ってないのだ。
どういう方法で脱出するのかなんて、全く説明がない。
せめて、どこに向かって歩いているのかくらい教えて欲しいというのが本音だろう。
いつ、どこで、転校生が襲ってくるかもわからない静寂の闇の中。
目的地すら告げられずに、ただただ歩いているだけでは大木でなくても不安になって当然だ。
「安全な場所に向かってるんだろ?」
新井田は心の中で再度舌打ちした。
(安全!?あの化け物がうろついている島で安全な場所なんてあるわけねえだろ!!
でも、オレだけは安全だけどな。周藤さんがオレだけは助けてくれるんだから)
「どこに行くんだよ?こんな島にシェルターでもあるのか?……まさかな?」
(あるわけねえだろ、こんな田舎に!馬鹿じゃねえのか!?)
「なあ、何で何も言わないんだよ」
いい加減、うざくなってきたので、怒鳴り返してやろうとした時だった。
背後から、「おーい!おまえら、待てよ!」と大きな声。
全員、ギョッとして振り向いた。
滝口が、「あ、あの声は……七原くんだ!」と少し安堵して言った。
「おまえら、勝手なことするなよ!」
叫びながら駆け寄ってくる七原に、最初に怒鳴ったのは織田だった。
「ば、ばか!何、叫んでるんだよ!近くに転校生がいたらどう責任とるんだ!!
こんな時に、大声出すなんて、居場所教えてるようなものじゃないか!!」
「……あ、そうか」
七原は慌てて声のボリュームを下げた。
「こ、これだから貧乏人は嫌いなんだ!」
「悪かったよ。でも、織田、おまえだって、大声だぞ」
「う、うるさい!おまえが大声出さなかったら、オレだって、怒鳴ったりしなかったんだ!!
全部、全部、おまえが悪いんだ!!ひとのせいにするなよ!!」
「まあ……それは謝るけどさ」
七原は申し訳無さそうに、素直に謝罪の言葉を口にしたが、織田は納得出来なかった。
それは七原が織田にとって、クラスでもっとも嫌いな人間だったからだろう。
織田は、ハンサムで、背が高くて、下品な人間が大嫌いだった。
七原はハンサムで、織田よりも背が高くて、そして(ひとの好みの問題だが)下品な音楽を好んで演奏する男。
到底、織田が好きになれないタイプだったのだ。
「でも、おまえ達も酷いじゃないか。オレ達に断りも無しに勝手な行動とって。
こんな時だ。皆で力を合わせないと生きて帰れないんだぞ」
「う、うるさいな!どういう行動とろうと、オレの勝手だろ!」
織田は相手が七原だということで聞く耳持たずだ。しかし、大木と飯島は多少後ろめたいのか、目をそらしている。
滝口に至っては、「ごめん、オレがちゃんと皆を説得して止めていれば……」と、かなりシュンとなっている。
「なあ、とにかく戻ろう。こんな視界の悪い時間に外歩いていたら、それこそ敵の思う壺だろ?
戻って、もう一度話し合おう?オレ達仲間じゃないか?」
その時、突風が吹いた。全員、思わずビクッとなる。
「お、おい……七原の言うとおりだ。いったん戻ろうぜ……」
恐怖心がそう言わせたのだろう。大木は呆気なく七原の意見に賛成した。だが全てが遅かった。
カサ……微かな物音。全員が、再度ビクッと体を震わせた。
だが、ヒラヒラと落葉が一枚舞い降りてきただけだった。全員、ホッと胸を撫で下ろした。
――その次の瞬間だった!
影が一つ!落葉が地面に到達する前に一気に落ちてきた!
6人の群れの中央に。それは降り立った。
何かが落ちた。いや、降り立ったということは、全員一瞬で察した。
地面に、ドンと僅かな震動が走ったのだ。
落葉などでは到底無い。ましてや鳥や小動物でもありえない。
自分達と同じサイズだ。同じサイズの影が自分達の中に降りてきた。
そして、ほぼ同時に、雲の絶え間から、月光が差し込み、その影に自然のスポットライトを当てた。
七原の、新井田の、そして飯島の、滝口の、織田の、大木の――6人全員の目が一気に拡大した。
全員が同じものを視覚に捉えたのだ。
月明かりの中に浮んだ――恐怖の転校生――高尾晃司の姿を。
「うわぁぁ!!」
最初に叫んだのは飯島だっただろうか、だが、その声に全員がすぐに輪唱する。
静寂の闇の中、その絶叫は血まみれの惨劇の幕開けを告げる序曲となった。
「これでよし……動かせるか桐山?」
桐山は腕を数回曲げてみた。
「ああ、問題ない」
「そうか、よかった」
「川田くん、もって行くものこれで良かった?」
美恵が家の中から探してきたものを、やはり家のタンスから失敬したリュックサックに入れて持ってきた。
川田が美恵に指示したのだ。
救急箱、固形燃料、非常食、飲料水、懐中電灯……とにかく、サバイバルに必要なあらゆるものだ。
「ああ、助かる。お嬢さん、ついでに、隣の部屋にあるものも何かに詰めてくれないか?
武器になるようなものを集めておいたんだ。刃物や鈍器だから怪我しないような」
「ええ、わかったわ」
美恵が部屋から出て行くのを確認すると桐山は川田に言った。
「川田、オレの質問に答えてくれるだろうか?」
「オレに答えられる範囲だったらな」
桐山が質問なんて珍しいなと思いながら、川田はその質問がでるのを待った。
桐山がどんな質問をするのかなんて検討もつかないが、大したことでもないだろうとも思っていた。
だが、それは大きな間違いだった。
「川田、オレは天瀬のことが好きなのか?」
川田は包帯を巻いていた手を思わず止めた。
そして、呆気にとられて桐山を見詰めた。
おいおい、それは、こっちが質問したことだろう?
どうして、オレが、おまえに答えてやら無くてはならないんだ?
「どうした?おまえは質問に答えると言っただろう?あれは嘘だったのか?」
「いや、嘘じゃない。けどな……」
「だったら何だ?嘘じゃないのなら、さっさと答えてくれ」
川田は、頭を掻きだした。
(……まいったな。オレも人生経験豊富なつもりだが、こんなことは生まれて初めてだ)
「どうした川田?」
自分で考えろというべきなんだろうが、桐山の目は真剣そのもので、無下には断れない雰囲気があった。
川田は美恵が出ていったドアを横目で確認してから小声で言った。
「なあ桐山、おまえはどう思うんだ?お嬢さんのこと好きなのか?単純に考えてみろ。好きか嫌いかの二者択一だ」
「……よくわからないな」
(……わからないのかよ)
「だが……嫌いではないと思う」
「……そうか。そいつは安心した。おまえさんの感情も完全におかしいってことはないようだな」
「そうか。だったら、オレは天瀬の事が好きなのか?」
川田は困ったように笑顔を浮かべたが、桐山の肩に手をおくと静に語りだした。
「いいか桐山。一口に好きと言っても、色々な意味があるんだ。
オレが言った好きは、おまえが、あのお嬢さんを特別な意味で好きかどうかなんだ?」
「特別?」
「ああ、そうだ。つまりだ……簡単に言うと、お嬢さんを一人の女として好きか?という意味なんだ」
「そうか。だったらオレはどうなんだ?天瀬のことを好きなのか?」
「……そうだな」
慶子、おまえとの付き合いに失敗したオレが、こんな相談受けるなんて世の中何が起きるかわかったもんじゃないな……。
「桐山、おまえはどうして、ゲームに参加を決めた?おまえは親父が身代金を出したから生きて帰れた。
それなのに、なぜ命をかけて、このゲームに参加した?」
「それは天瀬がいたからだ」
「どうして、お嬢さんがいたから参加したんだ?」
「天瀬が殺されるかもしれないからだ。だから、守る為に参加した」
「どうして、守ろうと思った?」
「死んで欲しくなかったからだ」
「その為に、自分の命が危険にさらされてもか?」
「ああ、そうだ」
「天瀬が死ぬかもしれないと思ったとき、オレは残ることを決めた。
死んで欲しくなかったし、誰にも傷つけさせたくなかった」
「そうか。もう一つ質問するぞ桐山。お嬢さんがおまえ以外の男と付き合ったらどう思う?」
「オレ以外の男と?」
「ああ、そうだ。おまえ以外の男にいつも笑顔で話しかけて、おまえ以外の男とキスをする。
そうだな。もっと、先に進むかもしれないぞ。そうなったら、どう思う?
ここにはオレとおまえしかいない。素直に思ったことを言ってみろ」
「相手の男を殺す」
「……そうか」
殺伐とした返事に多少面食らった川田だったが、さらに話を進めた。
「なぜ、そう思う?」
「……さあな。考えたことも無い。でも想像したら胸が痛むんだ」
「桐山、おまえはお嬢さんを欲しいと思ったことはあるか?」
「……欲しい?」
「付き合うってことだ。抱きしめたりキスしたいと思うか?」
「……どうなんだろうな。考えたことも無い」
「考えてみろ。今すぐだ」
桐山は顎に拳を付けて、考えるポーズをとった。
「……悪くないな」
「それだけか?」
「いや……不思議なんだ」
「何がだ?」
「さっきは胸が苦しかった。でも……今度は胸が温かいんだ」
「天瀬がこれから先、ずっとオレのそばにいてくれたらと想像してみた。
オレは悪くないと思った。それどころか、それもいいと思うんだ。
天瀬のそばにいて、天瀬の笑顔を見ていたい。他の男には触れさせたくない。そばに近寄ることもさせたくない。
ずっと、オレだけを見て欲しい。そして、オレも天瀬だけを見ていたい。キスもしてみたいし抱きしめてもみたい」
「ずっと、ずっとだ……今も、明日も、一年後も。いや、何年たっても、オレが年をとっても天瀬が年をとっても。
他の誰にもこんな気持ちは持たない。天瀬だけだ。川田、オレは……生涯、天瀬と一緒にいたい。
いや……たとえ死んで生まれ変わっても、また出会って一緒にいたい。
オレが今の記憶を忘れても、天瀬が忘れても、それでもかまわない。永遠に一緒にいたい。他には何も望まない」
「…………」
「この気持ちは『特別な好き』に当たるのか?」
「桐山、残念だが、その気持ちは『好き』という言葉には当たらない」
「……そうか」
「いいか、よく聞け桐山。その気持ちはな、『愛している』というんだよ」
「何だって!新井田達を追いかけて七原が!?」
国信の病室。ベッドの脇に立っているのは長身の強面男・杉村弘樹だ。
「うん、秋也はすぐに戻るって言っていたけど、まだ帰って来ないんだ。
こんな時だし、心配でたまらないよ」
「……なんてことだ」
三村の提案で、見張りを強化することになった。悪いが国信の看病をしている余裕も無くなった。
七原にも見張りをしてもらおうと呼びにきたら、七原は影も形も無い。
ただ不安そうな表情をした国信が一人でベッドに横たわっていただけだ。
「七原はここじゃないのか?」と質問すれば、返ってきた答えは「外に出て行ったんだ」だ。
これには杉村もびっくり。どういうことかと国信の両肩を揺さぶると国信は詳しく話してくれた。
窓から新井田達が出て行く姿が見え、七原は慌てて後を追いかけたのだと。
「……こんな時に、新井田の奴、何考えてるんだ!」
腹も立つが、それ以上に先に対策練らないといけない。
杉村は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。三村は一階の正面玄関の見張りに立っている。
全速力で駆けつけると、豊が泣きそうな表情で三村と話をしている。
三村は、苦虫を潰したような顔をしいた。
「三村、大変だ!七原が……」
「七原もいないのか?」
「……『も』って。おまえ、新井田がいないことも知ってるのか?」
報告する手間が省けたなんて言ってられない。どうして三村が知っているんだ?
「豊に新井田や大木たちを呼びに行かせたらどこにもいないって言うんだ。
新井田や大木だけじゃない。飯島も織田も滝口もだ!
あいつら、オレ達に断りもなく、勝手な行動とりやがったんだ!!」
「どうしたのよ。何があったのよ!」
三村の怒鳴り声がよほどボリュームあったのだろう。
光子や貴子も駆けつけてきた。
「新井田が勝手な行動とりやがった!他の連中連れて出て行ったんだ!」
「何ですって?」
貴子は、新井田と聞いて、「やっぱりね」と言うような表情をした。
「連れ戻さないと大変なことになるぞ」
「何よ。相手は新井田なんでしょ?大変な目に合って貰おうじゃないの。
自業自得よ。連れ戻す必要なんてないわ。こっちだって危ないってのに」
貴子は平然と言い放った。
「そうよね。だって新井田くんなんて、元々あまり頼りがい無かったしね」
光子もあっけらかんと簡単に新井田を突き放した。
「何を言うんだ二人とも。新井田だけじゃないんだぞ。
大木も、飯島も、滝口も、織田も。それに七原も一緒なんだ」
「あら、足手まといばかりじゃない。ますますもって好都合よ。これで、あたし達の足かせが減ったってことじゃない」
光子は意味ありげな目で豊を見ながら言った。
(……え?減った……って、ことは、まだ残っているってことで……。
も、もしかして……相馬さんが言ってる足手まといってオレ?)
豊は別の意味で青くなっていた。
「相馬、言いすぎだぞ!とにかく、オレが連れ戻してくる」
「待てよ杉村!」
走り出した杉村を三村が制止した。
「他の連中はともかく、七原はオレ達を裏切ったりしないだろ。きっと、七原は連れ戻しに行ったんだ」
「さすがだな三村。そこまで推理できるなんて大正解だよ。
国信が言った。七原は連れ戻しにいったと。でも、それは一分や二分前のことじゃない。
七原が出て行ってから、十分くらいたっているそうなんだ。
でも、戻ってくる気配が無い。七原の足ならとっくに追いついているはずだろ?
説得に時間がかかっているだけなのかもしれないけど、何か気になる。
「胸騒ぎがするんだ。頼む、行かせてくれ三村」
「弘樹!あんた、何、バカなこと行ってるのよ!!」
貴子が杉村の胸元を掴み上げた。
「今出て行って、あんたまで危険な目に合ったらどうするの!?」
「それでも、行かなきゃいけないんだ……」
「馬鹿!あんたって、どこまでお人よしなのよ!!」
「……ああ、そうだよ。でも、ほっとけない。自分でも馬鹿だと思う。
でも、それがオレだからしょうがない。三村、わかってくれるよな?」
三村はわかっていた。止めても無駄だと。
杉村は普段は控えめで、常に他人の意見を尊重する受身的な性格だった。
でも、いざとなったときは、決して持論を曲げない芯の強さも持ち合わせている。
それが、状況によってはマイナスになることがあってもだ。
「止めてもおまえは行くだろうな……」
三村は持っていた銃を杉村に向かって放り投げた。
「さっさと戻って来いよ」
「ありがとう三村」
「……何言ってるのよ。もう付き合ってられないわ!!」
貴子は憤慨して、その場から走り去った。
「いいのか杉村?千草の奴、怒りの頂点みたいだぞ」
「……ああ、でも、貴子も後でわかってくれるさ。
オレが正しいと信じて行動したことは、どんなバカなことでも最後には認めてくれた。
それがオレとあいつの付き合い方だった」
「今回は状況が違うだろ」
「状況が違っても、オレとあいつの関係は変わらないだろ」
「……全く、言ってくれるぜ。羨ましいよ、そういう相手がいるってのは」
三村は、「さっさと行け。いいか、必ず生きて戻って来い」と付け加えた。
「ああ、おまえ達も気をつけろよ。いつ転校生が襲ってくるかわからないからな」
杉村は銃をベルトに差し込むと、裏口に向かった。
(……貴子)
最後に一言謝ってから行こうか?いや、そんなことをしたら未練が残る。
それに貴子はそういう女々しいことは嫌いな女だった。
「ごめんな貴子……帰ってきたら、ちゃんと謝るから」
裏口のドアを開けながら、杉村は呟くように言った。
「ごめんですめば警察は要らないわよ」
「……え?」
杉村は、ばっと顔を右に90度曲げた。
「た、貴子!?」
「あれだけ言ったのに、やっぱり行くのね。本当に馬鹿よ」
「…………」
「あんたって、こういう時は子供の頃から頑固だったわよね。
だから、あんたを怒鳴り散らして止めるのはやめたの」
「…………」
「その代わり、あたしも一緒に行くわよ」
「……な!」
「あたしの性格知ってるでしょ?ダメだって言っても無駄よ」
「た、貴子!外は危険なんだぞ!」
「そうよ。でも、決めたのよ。だから、さっさと行くわよ」
貴子は走り出した。
「ま、待てよ貴子!」
慌てて杉村も走った。二人の姿はすぐに暗闇に飲み込まれた。
「もっとスピード上げなさいよ。昔っから、あんたって足遅いんだから!」
「おまえが早すぎるんだよ!」
「弁解する余裕あるなんて、安心したわ。内心、震えてると思った」
「いつまでも苛められっ子じゃないんだよ」
「そうね。あの頃よりはマシになったからしら?」
「マシかよ……」
杉村は苦笑した。
「なあ貴子!」
「何よ!」
「ありがとうな」
「何よ。そんな言葉一つで許してやるほど、あたし甘い女じゃないわよ」
「そうだな
でも、本当に、おまえが一緒だと心強いよ……。
おまえがそばにいると、オレは強くなれるような気がするんだ。
子供の頃から、一番近くにいたおまえだから。これからも、ずっと一緒にいるのかもしれないな。
――最後まで、ずっと一緒に。
【B組:残り16人】
【敵:残り2人】
BACK TOP NEXT