「おい起きろ」
「……ん、ダメよ三村くん。ああ……っ」
「起きろ!」
「きゃあ!」
耳元で怒鳴られて月岡は跳び起きた。視界に飛び込んできたのは愛しい三村どころか恐怖の転校生。
目隠しをされていたとはいえ、いつの間にか寝ていたとは。
月岡の神経の図太さに晶は半分呆れ半分感心していた。
三人の視覚と聴覚を奪っていた目隠しとヘッドホンも外された。


「な、何よ!」
「おまえたち死にたいか?」
周藤はナイフを月岡の首にピタッと当てた。
「ひっ!」
「もう一度聞くぞ。おまえ死にたいのか?」
ナイフの先端が僅かに首に刺さり血が滲んだ。


「死にたいわけないじゃない!!そんなこともわからないの、この馬鹿っ!!」


月岡ではなく光子が叫んでいた。途端にナイフが飛んでくる。
そして光子の腕を微かにかすった。腕から血が滲み出ている。
「馬鹿は余計だ。二度と言うな」
さすがの光子も黙り込んでしまった。


「一度だけチャンスをやってもいいぞ。オレとの取引に応じれば一度だけ逃がしてやる」


三人はお互いの顔を見合った。こんな上手い話があるはずがない。
まして月岡と光子はポイントの高い生徒、それをみすみす逃がしてやるなんて。
「……あなた何企んでるの?」
「随分なお言葉だな」
「桐山くんをはめる為に私を拉致した男だもの。絶対に怪しいわ」
「それもそうだ。おまえみたいな女はオレは好きだぞ」
美恵の言葉に光子も月岡も疑心に満ちた目で周藤を睨んだ。


「そう睨むな。わかった本音で話そうじゃないか」




キツネ狩り―140―




「おまえたちも知っての通り、このゲームは獲物をより多く片付け、そのポイントで優勝者を決める。
ポイントの高い生徒ほどオレたちには恰好の獲物になる。
さっき片付けた山本を50人やろうが桐山のポイントのほうがはるかに上だ」
「何が言いたいのよ」
「晃司が川田と三村を尾行している」
「何ですって、アタシの三村くんを?!」
「おまえのものかどうかは知らないが、はっきり言えることはおまえたちよりもポイントが高いと言うことだ。
しかもだ。どうやらあいつらは仲間の元に戻るらしい。
杉村を始め、まだ生き残っている生徒たちはポイントの高い連中が多い。
そいつらを晃司たちにむざむざとくれてやったらオレの優勝はなくなる。
おまえたちを殺したところで、とてもじゃないが晃司に追い付かない。
だから、どうしても晃司の狩りを阻止したいんだ。わかるだろ?」


三人は青ざめてお互いの顔を見た。
つまり、今は自分達のみならず、桐山を始め全ての生徒が危険な立場にいる。
戦闘のプロに勝つ方法はたった一つ。残っている生徒が結束することだ。
残念ながら、個人で戦っていては到底勝てない。あの桐山ですら、転校生達との連戦で体力を使い果たした。
仲間同士協力することが唯一の勝利への道なのだ。


天瀬美恵、おまえは約束通り逃がしてやる」

周藤は美恵の体の自由を奪っていたロープをナイフで切った。

「月岡、相馬、おまえ達がオレとの取引に応じるのなら、一度だけ逃がしてやろう」














「川田……無事でいろよ」

いや、大丈夫だ、川田なら。あいつはオレなんかより、ずっと大人だ。

三村は後ろ髪引かれながらも先を急いだ。
自慢の足も疲れ切っているせいか、時々痺れるくらいに痛い。
坂持を引きずるように引っ張りながら必死に歩いた。
もうすぐだ。もうすぐ七原達と再会できる。三村は森を全速力で突き抜けた。


「だ、誰だ!」
警戒と恐怖の篭った声が聞える。
しかし、すぐに「三村?三村じゃないか、おまえ無事だったんだな!?」と嬉しそうな声が聞えた。
「……杉村か」
三村は安心したせいか足がもつれ倒れそうになった。気が抜けたのだろうか視界がぼやけて見える。
そのぼやけた視界の中で、背の高い男が必死に駆け寄ってきた。


「良かった、無事だったんだな!」
杉村だ。この強面、間違いない。
「ああ……何とかな」
三村は、ニッと、あの独特の笑みで杉村に応えた。
「良かった。おまえ達と生きて再会できて嬉しいよ。
後は川田に桐山、それに月岡と天瀬が無事でいたくれたら……」
「おまえ……『達』?」
三村はきょとんとして杉村を見詰めた。
「オレ以外にも誰か?」
「ああ、さっき相馬がな。これで、川田達が戻ってくれば全員集合だ」




「おい……こいつ!」
三村との再会に気をとられた杉村だったが、三村の連れを見てギョッとした。
おそらく、今生き残っている生徒たちが最も苦々しく思っているであろう男・坂持。
「おまえ、よくも!」
杉村は、坂持の胸倉を掴み上げた。坂持が小さく悲鳴を上げる。

「オレと川田の手土産だ」
「……そうか」

縛られている坂持を見て、杉村も事情は察したようだ。
坂持は哀れにも、川田の手に落ち捕虜となってしまいましたとさ。
めでたしめでたし。


「こいつを人質にして、こんな馬鹿げたゲームを終わらせるんだな?」
「いや、こんな奴人質になんかならないさ。川田がそう言っていた」
「じゃあ、生かしておく必要なんかないじゃないか」
「確かに人質としては役に立たないが、こいつは情報を持っているはずだ。
だから連れて来たんだ。このさい、顔の醜さには目をつぶれよ」
三村は皮肉めいた口調で冗談めいたことを言ってはいたが、笑える雰囲気などまるでない。
坂持もその気配を察しているらしく、ただただ青くなっているだけだ。

(こ、こいつら、何するかわからない……なんとか高尾や周藤に連絡とらないと……)














「あの男ほんとに何考えてるのかしら?でも、自由になればこっちのものよ」
月岡は森の中をスルスルと猿のようにすばしっこく駆け抜けていた。
その、ごつい体には似つかわしい豹の様な身のこなしだ。
「ただ問題は美恵ちゃんなのよね……」
月岡は美恵をことを思い出していた。
周藤は、高尾に生徒たちを殺させるのを阻止したいと言った。
そして自分が生徒達を殺す為に有利になるように仕向けたいと。その為に自分と光子を解放すると言った。
高尾は川田と三村を尾行していたらしいが、二人は途中で別れたらしい。
周藤は月岡は川田の近くに、光子は三村の近くにて解放した。


『隠しカメラは、その後晃司の姿を捉えてない。どちらを追ったのかはわからない。
カメラが最後に川田を捕らえたのはここ、三村はこの地点だ。
そこにおまえ達を離す。川田や三村に接触しろ。
おそらく、二人のどちらかは、仲間の元に戻っている途中だろう。
おまえ達は、川田や三村に接触して、晃司に尾行されていることを教えるんだ。
もちろん、晃司の尾行を振り切った後で、お仲間を連れて、ここに戻ってもらう。
それまで、この女は人質として預かっておく』


周藤はそう言った。美恵と共に三人は車に乗せられ、それぞれ下されたのだ。
もちろん美恵は解放されなかった。しかも美恵は目隠しヘッドホンを再び装着されたていた。




「自由の身になった以上、誰が大人しく言うこと聞くものですか。
反対に、自分の身が危険だって、あの男わかってんのかしらね?
アタシ達がこっそり攻めて自分を殺すってわからないのかしら?」
月岡は、周藤が立てこもっていた建物の敷地、見取り図、さらには監視カメラの位置まで、しっかり覚えていた。
周藤は自分達を見くびっている。裏をかかれることなど無いと思っているはず。

その油断を逆手にとって反撃してやるのよ!

「もっとも、高尾って転校生の尾行を知らせてやるって条件だけは実行してやるわよ」


でも、その後は、あんたの思い通りにはならないわ。
皆で一致団結して、周藤を、そして高尾を倒す。


「問題は美恵ちゃんを助けること……ね」

人質か……あーあ、厄介だわ。それに桐山くん、無事かしら?

目隠しとヘッドホンのおかげで、桐山と鳴海の戦いの結末を見ることが出来なかった。
ただ周藤は、『隠しカメラの死角に入られた。どうなったかオレも知らない』と言った。
周藤も桐山の生死、勝負の行方は知らないらしい。
「もしかして、まだ、どこかで戦ってるのかしら?」
心配だわ。でも、今は川田くんに一刻も早く合流しないと。彼に会って、これまでのことを全て話すのよ。
皆で相談すれば美恵ちゃんを救出する方法がきっと浮ぶわ。月岡はスピードアップして走った。


「ああ、それにしても!」
月岡はチクッと小さな痛みを感じる首筋にを忌々しそうに指で触れた。
「あいつ、乙女の柔肌を傷つけてくれちゃって……本当に最悪よ!」
周藤にナイフのサキで突かれて出来た小さな傷。
たいしたことはないが、それでも美を尊ぶ月岡からしてみれば、自分のもち肌に傷があるのはもっての他だった。
「絶対に仕返ししてやるわ!」
月岡は待ったく気付いてなかった。
その小さな傷が微かに黒っぽく変色していることを――。














「……川田?」
「気がついたようだな桐山」
ここはどこだ?桐山は天井を見詰めていた。どうやら、集落に並んでいた家の一つらしい。
「転校生もムチャクチャだったが、おまえはその上を行くらしいな。
もっとも、そのおかげで、転校生が一人片付いた。まったく、大した奴だよ。おまえは」
「……天瀬」
「ん?何か言ったか?」
「……天瀬があきらめるなと言ってくれた。だから、勝てた」
「そうか」
川田は少しだけ笑った。


「桐山、天瀬のことが好きか?」
「……わからない」


「やれやれ……本当に手のかかる若様だな」
川田は手際よく包帯を巻きながら、そう言った。
「ここまで命懸けになれる女相手に、自分の気持ちに気付かないなんて。
おまえ、本当に不器用な男だな」
「…………」
「痛むか?」
「……いや」
「そうか。こんな民家じゃあ、ろくな治療は出来ないが、まあ勘弁してくれ。
おまえさんにはな、天瀬だけじゃなく、他の生徒達の命もかかってるんだ。
いいか、これからは全員で戦う。おまえは無理やりにも連れて帰るぞ」
「帰る?……どこにだ?」
「皆が待っている場所にだ。そこに全員いる、まあ、行方不明の月岡や相馬、それに……」
川田は、やや躊躇って「天瀬以外の生徒限定だが」と付け加えた。




「……天瀬」
桐山はハッとして上半身を起した。
天瀬!天瀬は!」
「落ち着け桐山!!」
「捜しに行く」
「おい!おまえ、自分の体のことわかっているのか?!」
「ああ、問題ない」
桐山は立ち上がると、さっさと歩き出したが、ふらっと足元がもつれかけた。
すぐに体勢を立て直し、そのまますたすたと部屋から出たが、肉体が悲鳴を上げているのは一目瞭然だ。


「嘘付け!何て、世話のかかる若様だ!!」
川田はディバッグを引き寄せ、薬瓶等を急いで詰めると立ち上がった。
そして、慌てて桐山の後を追った。
「待て桐山!オレも捜すから……」
部屋から出て廊下に出た川田。桐山はすでに玄関のドアノブをまわしている。
「おい桐山!少しはオレの言うことを聞け、年長者には少しは敬意を払ってだな……ん?」


桐山の動きがピタッと止まっている。どうしたのだろうか?


「……天瀬」
確かに、桐山は言った。『天瀬』――と。
天瀬だと?」
川田は桐山の後ろに近づくと、その肩越しに外を見た。少女が立っている。
今まで何があったのか、随分と憔悴しきっていたが、その瞳には確かに生気が宿っている。
そして、美しい瞳から透明の雫があふれ出ていた。
それは哀しみの色ではなく喜びの色で染まった雫だった。嬉し涙という名の。


天瀬!!」


桐山は、走っていた。














「うわぁ!お、おまえ……おまえ達、覚えてろよ!!
せ、先生に……っ、先生にこんなマネをしてただで済むと思うな!!」
ロビーの中央の床に投げ出された坂持は両足をジタバタさせて叫びまくった。
「うるさいわよ。今すぐ逝きたい?」
光子のカマが坂持の首にスッとあてがわれる。
「ひ!」
「大人しくできる?」
坂持はコクコクと何度も頷いた。
「そう、良かった」
坂持が大人しくなったところで貴子が本題に入った。


「光子、本当なの?美恵は今、周藤って男に捕まってるって話」
「ええ、そうよ。早く助けてやらないと何されるかわかったもんじゃないわ。
あの周藤って奴が新井田くんみたいな性格だったら、凄くやばいわよ。
一つ屋根の下に男と女が二人きりだもの」
新井田が「心外だな。あんな男と一緒にするなよ」と発言。
途端に、貴子が、目で「あんたは黙ってなさいよ!」と警告。新井田はすぐに口を閉ざした。


「それに高尾って奴がすぐそばにいるかもしれないのも問題だな」
杉村は格闘家だ。神経を研ぎ澄まして見張りをしていた。
そんな気配は全く感じなかったが光子が嘘を言っているとは思えない。
「そうよ。二分の一の確率だけどね」
「クソ!オレのミスだ。もしも、あの化け物が、この近くにいるとしたら……。
オレが、あいつを連れて来たってことになる」
「シンジ、落ち着いて。シンジのせいじゃないよ」




「とにかく、すぐに見張りを強化しないと。下手に出て行ったらすぐに殺されるわ」
貴子の提案に、杉村はすぐに賛成した。
「ちょっと待てよ。美恵さんはどうするんだよ?早く助けてやらないと!」
「落ち着きなさいよ七原。その周藤って奴は光子にこう行ったんでしょ?
『連中を上手く騙して、ここに連れて来い』って。あいつは、その場所にいるのなら、のこのこ出向くことはないわ。
じっくり作戦ねって、奇襲を仕掛けてやるのが一番よ。その前に高尾って奴がいないことを確認してからだけど」
「で、でも……もし、あいつが新井田みたいな性格だったら」
「その心配は無いと思うわよ。あいつとは一度戦ってみたけど、新井田とは目が違ったもの。
こんな時に、変なマネするようなプロ意識のない男じゃないと思うわ」
「そうか……よかった」
「よくねえよ!」
新井田が叫んだ。


「なあ、おまえら、一つおかしいことに気付いてねえか!?」
一斉に新井田が注目された。
「相馬だよ、相馬!なんで、相馬は転校生に捕まっておきながら殺されなかったんだよ!」
新井田はさらに続けた。
「おまえら、相馬の言うこと鵜呑みにしてねえか!?」
「どういうことよ新井田くん」
「だって、そうだろ!あいつらの目的はオレ達殺すことだぜ!
なのに、おまえは殺されずにここにいる。おかしいじゃねえか!」
「何が言いたいのよ!」
「おまえ、とっくに転校生に魂売ってんじゃねえのか!?
尾行されてるとか人質とか嘘なんじゃねえのかってことだよ!
おまえ、自分が助かる為に、オレ達を転校生に売ったんだろ!」














「晃司はどうやら、三村への尾行を選択したようだな」

まだ、はっきりとは断定できないが、おそらく間違いないだろう。
川田は桐山を助けに行ったはず、そして三村は仲間の元に。
坂持は三村が連れて行った。それを見て高尾は三村は仲間の元に戻ると判断したはずだ。
気まぐれな奴だから、時々あいつの考えは読めないが、今度はマニュアル通りに動いてくれた。
敵の本部を撃破しろは、戦闘の基本中の基本だからな。


「後は、あの馬鹿『達』が指示通りに動いてくれればいいが……」
それから空を見て一言だけ呟いた。


「悪かったな。おまえらが力づくでも欲しかった女を桐山に返して」


月岡と光子を降ろした後、周藤は集落から離れた浜辺に車を走らせた。
そして、美恵を降ろし、目隠しとヘッドホンをとってやった。




「一キロほど先に集落がある。そこに桐山はいる。あの怪我だ。まだ、動いていないだろう。今なら会えるぞ」
美恵は驚いて周藤を見上げた。
「何を驚いている?オレは約束だけは守る男だ。次に会った時は遠慮なく殺すから、そう思え」
「……本当に守ってくれるとは思わなかったわ。それに月岡くんと光子はどうしたの?」
「あいつらは途中で降ろした。安心しろ、今はまだ死んでない」
「……この先の集落に桐山くんが」
「ああ、そうだ。もう時間がないから、せいぜい最後の楽しい思い出作りに励むんだな」
時間が無い……その言葉が、このゲームの意味を再度美恵に示す。
「おそらく、今夜が最後の夜だ」


「最後の思い出に桐山に抱かれるんだな」


「……な、何を言って」
美恵は震えながら周藤を再び見上げた。
「チャンスは今夜だけだ。だから、愛する男と最後の思い出作りくらいしろ。
忘れるな。夜が明けたら、オレは今度こそ、おまえを殺す為に来る」
周藤は車に乗り込むと、走り去った。
脅しや冗談じゃない。今度、出会った時は、本気で殺しにくるだろう。


「いいえ……」

いいえ、そんなことにはならないわ。
桐山くんが、川田くんが、皆が協力し合えば、きっと勝てる。
私は何もできないけど、でも自分に出来ることを精一杯やろう。
今は、桐山くんに早く会わないと。




美恵は走った。そして集落まで来た。ある家の前で止まった。
理由は無い。直感で思ったのだ。『此処』だと――。
やがて、扉が静かに開いた。


「……天瀬」


桐山が立っていた。包帯だらけで、つかれきった顔をして。
でも、確かに生きている桐山がそこにはいた。
桐山の後ろから、他の人間の声がしたような気がした。
でも、そんなものにはかまってられなかった。桐山しか見えなかった。




天瀬っ!!」




桐山が走ってきた。


「桐山くんっ!!」


美恵も走っていた。
そして――美恵は桐山の温もりに包まれていた。


「無事だったんだな……」
「……桐山くん……良かった」


抱きしめあう二人を川田が目を細めて見詰めていた。




【B組:残り16人】
【敵:残り2人】




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