頭部から腰まで、左半身に衝撃が走った。鈍い音が体内から響く。
その直後、体が地面にたたき付けられ全身に痺れが走った。

「…………っ!」

呻き声すらまともにでない。しかし、寝転んでいる暇もない。
桐山はすぐに立ち上がろうとした。
思うように体が動かないが、それでも気力で上半身を起こし瞼を開け鳴海を見た。
「!」
その時、桐山は目の前を見て僅かに眉を動かした。
瞼を開けたはずなのに、そこに広がる光景は目を閉じた時と全く変わっていなかった。

(どういうこと……だ?)

目の前には、はてしない暗闇が広がっている。黒一色、ただそれだけ。光が一遍も無い。
今は夜ではないのに。いや、たとえ夜でも、これほど深い闇ではないはずだ。
ウィィーンッ!あの悪魔の電動音が再び桐山の鼓膜に鳴り響いた。


「桐山和雄……殺すっ!!」


空気を切り裂く音。桐山は反射的に後ろに飛んだ。
何かに当たった。おそらく木だろうが確認することができない。
桐山は己の身に何が起きたのかやっと気付いた。


――何も見えない。




キツネ狩り―137―




「ほら坂持、さっさと歩け」
「お、おまえたち先生にこんなマネして……お、覚えてろよ」
「この状況で、よくそんな口がきけるものだな坂持。
おまえさんは官僚で軍人ではないが、それでも捕虜がどんなものかくらいはわかっているだろう。
はっきり言ってどんな目にあわされてもおかしくない立場だってことくらい自覚することだな」
「……ぅ」
坂持は青ざめて黙り込んだ。すぐに殺されることはない。
しかし、その他の保証は何もないのだ。


今はまだ殺されはしないが生かす理由がなくなれば……。
その先は考えたくも無い。想像しただけでぞっとする。

(高尾~!助けてくれえ~!先生の命は風前の灯だあ~!!)

坂持はひたすら願いが高尾に届くように天に祈った。
その高尾がすぐそばにいるとも知らずに。




「七原たちは灯台で待っているはずだ、急ぐぞ。
今は一刻も早く集合して全員で力を合わせて戦うんだ」
「そうだな川田、おまえの言う通りだ」
だが、川田は何かを考え出した。
「三村、悪いが坂持を連れて先に行っててくれないか?」
「どうしてだ?」
「あの若様をこのままにしておくわけにはいかなくてな」
「桐山を?」


「ああ、あいつをほかっておくわけにはいかんだろう。
オレの目的である坂持捕獲も遂げたことだし、心配していた転校生の追跡もかわした。
後はこいつを連れて七原たちの元に戻るだけだ。
他の生徒ならとても一人にはできないが、おまえなら大丈夫だろう。
だからオレは桐山を助けに行こうと思っている。
あいつ一人に転校生全員まかせるわけにはいかないからな」
「……川田」
「この場所は桐山が向かった崖と森を挟んでちょうど反対側だ。
森を突き抜ければ最短距離で桐山の元に行ける」
三村は頼れる仲間と離れることに多少躊躇したが、すぐにニッと笑うと「ああ、わかった」と、快諾した。
三村も川田同様、桐山一人に全てを押し付け続けるわけにはいかないと考えたのだろう。


(桐山一人にいつまでもカッコつけさせられないからな。オレだって天瀬にいいとこ見せないと)
「じゃあ三村、こいつを頼む。くれぐれも逃がすなよ。こいつにはまだ色々と聞きたいことがあるんだ」
「OK」
川田は「気をつけてな」と、念を押すとレミントンを構え歩きだした。
「さて…と。こっちもぐずぐずしてられないな。
さあ歩け坂持、休憩なんかしている暇なんてないんだぞ」
三村は坂持の背中を突き飛ばすくらいの勢いで押した。














見えない……何もかもが。だが嫌な金属音と凄まじい殺気だけは消えない。

「……削るっ!!」

鳴海がチェーンソーを高く持ち上げ桐山の頭目掛けて振り落とした。
何も見えない。見えないが感じる。
桐山は勘だけでそれを除けた。だが完全には除けきれなかった。
襟元がバックリと割れた。
かすったのは衣服だけだが一歩間違えたら桐山の皮膚が削り取られ血が吹出して終わりだった。




「桐山くん!!あ…危なかったわぁ……。でも、さすがは桐山くん、紙一重で除けるなんて」
月岡はホッと胸を撫でおろした。


「それはどうかな?」


周藤の言葉に三人は即座に反応した。

「わからないのか?桐山の動きが極端に悪くなったことが」
「ど……どういうこと?」

美恵の心臓がドクン……っ、と大きく鳴った。

「動きが急に鈍くなった。それだけじゃない」

ドクン……ドクン……っ。


「桐山の目線が合ってない。目の前にいるはずの雅信が今の桐山には見えてないらしいな」


ドクン……っ。


「あの一撃で視力を失ったんだ」


美恵の鼓動が一瞬止まった。目の前の景色がグニャっと歪む。

(桐山くん……桐山くんの目が……)

美恵は何も考えられなかった。
ただ周藤がはなった残酷な言葉が頭の中で何回もリピートしている。




「いい加減なこと言わないでよ!!」
「そうよ、そうよ!医者でもないあなたにどうして桐山くんが視力を失ったなんてわかるのよ!!」
立っているだけで精一杯の美恵に代わって光子と月岡が抗議の声をあげた。
「信じようと信じまいと、それはおまえたちの勝手だ。だがオレは事実しか言ってない」
「だからそれが嘘だっていってるのよ!!
変なことを言って美恵を不安にさせることはあたしが許さないわ!!」
「光子……いいの」
「よくないわよ!」
「その男が言うのなら本当だわ……」
美恵?」
「……くだらない嘘を言うような男じゃないもの」


一緒にいた時間こそ短いが美恵はそのことをわかっていた。
この男はそんなつまらない嘘を口にするようなタイプではない。
だからこそ、その言葉には真実味がある。


「そ、そんな!いくら桐山くんでも目が見えないのに勝てるわけがないわ!!
これじゃあ一方的すぎるわよ、不公平だわ!!
桐山くんに、あの金髪パーマにいたぶり殺されろって言うの!?」


月岡の言う通り、これでは勝負にならない。
だが、このゲームそのものがルール無用の殺人ゲーム。今さら卑怯もクソもない。
「うるさい奴だな」
周藤の目付きが変わった。


「これ以上騒がれるのはゴメンだ。そろそろ逝ってもらおうか?」














「死ねぇ、桐山っ!!」

またチェーンソーの音が近づいてきた。背後には障害物がある、これ以上は下がれない。
桐山は前に出た。数歩だけ助走し飛んだ。
高く、可能な限り高くだ。鳴海を飛び越え、その背後に着地。
だが視力を失った桐山には着地地点も勿論見えない。
ぬかるんだ地面に足をついた途端にズルッとバランスが大きく崩れた。


「潰すっ!!」


地面に倒れた桐山に鳴海の声とチェーンソーの回転音が闇の中から聞こえた。
回転音が迫ってくる。
「……くっ!」
桐山は手元に転がっていた石を手にとると回転音に向かって投げた。
キンッと鈍い音が聞こえた。どうやらうまくチェーンソーに当たってくれたらしい。
鳴海が舌打ちする音も聞こえた。しかし、それは勿論時間稼ぎでしかない。
鳴海はほんの一瞬僅かにバランスを崩しただけだ。
すぐに再びチェーンソーで襲いかかってくるはずだ。桐山は向きを変えると走り出した。




「貴様っ!!」
鳴海の怒声。鳴海は激怒した。なぜなら桐山が逃げだしたのだ。
桐山を八つ裂きにしなければ気が済まない鳴海はすぐに後を追う。
桐山は必死に走ったが瞬く間に鳴海の足音が背後に迫ってきた。
11秒そこそこで疾走できる桐山だが、それはあくまでも視力が万全ならという条件の上での数字。
視力を失った今の状態では、とてもじゃないがそんなスピードは出せない。
まして障害物が多い森の中では。
それでも桐山は走った。今はまともに戦うことなどできない、一旦引くしかないのだ。
視力を失ったのは頭を殴られたことによる一時的なものだろう。
(そんな保証はなかったが桐山はそう考えた)
視力が戻るまでだ。視力が戻るまでは鳴海から距離をとる。
それが最善の方法。いや最善ではなく、唯一と言ったほうが正しいだろう。














「桐山は一旦逃げることにしたらしいな」
視力を失った以上仕方ないかと、周藤は意地悪そうに笑った。
「何か言い残すことはあるか?」
周藤は少しだけ憐れみの目をして光子と月岡を見た。
「アタシまだ死にたくないわ!!だって花で言ったらまだ蕾なのよぉ!!
咲き切っていないうちに摘み取られるのは嫌!!だから殺さないでぇ!!」
「却下だ」
周藤が引き金にかけた指に力をこめようとした時だ。
周藤の視界にある映像が飛び込んだ。
一番隅にあるモニターに小さく映っていたために気付かなかったが、その画面の中には三人の人間がいた。
一人は服装からすぐに坂持だとわかった。

(まだ生きていたのか。くたばりぞこないめ)

周藤は自分を見くびった人間を決して許しはしない。
まして坂持のようにたいした実力も実績もなく、威張り散らしている奴は大嫌いだった。
虎の威を借りる狐、いや国家権力に巣くうウジ虫だ。


(一緒にいるのは川田に三村か……坂持ごときが人質にならないことくらいわかっているはずだ。
三村ははともかく、前回優勝者の川田ならそんな甘い考えは持っていないはずだ。
持つだけ無駄ということは嫌というくらい身にしみてわかっているはずだぞ)


おそらく情報を聞き出したいだけだろうが大した役には立たないぞと、周藤は心の中で呟いた。
その映像は周藤にとってあまり価値のあるものではなかった。
だが、周藤はそれが間違いだったことを次の瞬間知った。




(……今、一瞬だが画面の隅に影が横切った?)

木々の影が重なり合っているのでわかりずらかったが、確かに何かが横切った。
周藤は月岡たちに銃を突き付けたまま、その映像を巻き戻しスロー再生した。

(……晃司!?)

ほんの一瞬だが高尾の影らしいものが確かに横切っている。
(川田たちの後を追っているのか?)
周藤は少々焦った。川田も三村もポイントが高い(桐山を除けば最も高い)
しかも川田たちは坂持を連れて移動している。
ただ漠然と歩いているはずがない。おそらく他の生徒と合流するつもりなのだろう。
今生き残っている生徒たちは新井田からの密告でほとんど把握していた。
桐山や今ここにいる美恵たち、そしてモニターの中にいる川田たち以外は全員集合している。

高尾が川田たちが合流したのを見計らって奇襲をかければどうなる?

そんなこと考えるまでもない。
川田たちは高ポイントの生徒な上に銃火器をいくつも所持している。
武器ポイントも相当なものだろう。
何千点も高尾にポイントが入り、高尾は優勝を確実のものとする。
たとえ周藤が桐山を、そして月岡や光子を殺しても人数の差を考えると残念ながら及ばない。

(……これは困ったな。何とかしないと)














桐山はIQが高い、驚異的と言ってもよかった。当然、記憶力もずば抜けている。
だからこそ、この辺りの地形を記憶力に頼って、ある程度動きをとることが出来た。
だが、やはり限界というものがある。
チェーンソーを持っているため動きが鈍くなっている鳴海にあっという間に追い付かれてしまったのだから。


「終わりだ桐山」
「!!」


背後から鳴海の声が迫ってきた。あの嫌な回転音も聞こえる。
アレを、あのチェーンソーを何とかしなければ。


「死ねえ、桐山!!」


鳴海がチェーンソーを振りかざしながら飛んだ。勿論、着地地点には桐山がいる。
桐山は頭のてっぺんから一刀両断され真っ二つにされ殺されるだろう。
普通ならそうなるが目は見えなくとも桐山には絶対音感がある。
チェーンソーの発する音から、自分との距離を把握し、最小限の動きで除けた。
そして桐山にとって幸運だったのは、手をのばした所に蔓があったことだ。
桐山は力任せに蔓を木から引きちぎるとチェーンソーに向かって投げ縄のように投げた。
蔓はチェーンソーに何十にも回転してからみついた。
勿論チェーンソーは蔓をズタスタに切り裂いたが、その勢いは長くは続かない。
歯の間に蔓が絡み付いた為、チェーンソーがその動きを止めたのだ。


「……ちっ!」
鳴海は忌ま忌ましいそうに舌打ちするとチェーンソーを投げ投げた。
「……いない」
鳴海がチェーンソーに気を取られていた、ほんの僅かな隙に桐山が消えていた。
気配も物音も完全に消えている。
だが近くにはいるはずだ。そしてじっと息をひそめているだろう。
少しでも動けば音が出る。鳴海はどんな微かな物音でも聞き逃さない。
だから桐山は動くことが出来ないはずだ。仮に動くことがあっても蛇のようにゆっくりとだ。
鳴海は注意深く周囲を見渡した。辺りは先程までの騒々しさが嘘のように静まり返っている。


鳴海はゆっくりと歩きだした。
(……この先は住宅街。街に出たのか?……いや、違う。街に行くには吊橋を渡らなければダメだ。
だが吊橋が揺れる音など聞こえなかった……)
木の葉が一枚落ちてきた。鳴海は発砲。銃声が静寂を撃ち消した。
だが落ちてきたのは大量の木の葉だけ。桐山どころか猫の子一匹落ちてこない。

(……どこに行った?)

鳴海は怒りにまかせて辺り一面に発砲しまくった。
たとえ正確な居場所がわからなくても、そばにいる以上銃弾の餌食になる可能性は十分にある。
そう思っての乱射行為だろう。実に単純な考えだ。
しかし何度発砲しても飛び散るのは木の葉ばかり、肝心の桐山に当たる気配はまるでない。




(……銃声が止んだ)

桐山は鳴海から5メートルほどはなれた場所にいた。
桐山は敵の気配を正確に読みとることができる。今、鳴海は自分を捜して動き回っている。
幸い自分が居る場所とは反対方向に気をとられているが。
何とか距離をとって時間を稼がなければならない。視力が回復するまでの時間を。
桐山は全神経を聴覚に集中させた。


(……奴の現在位置とオレとの距離は5……いや6メートルか)

足音が聞こえる。

(数歩前に出たな……もう少し距離をとるか?……いや、今動けば確実に気付かれる)

また音が聞こえた。

(……体の向きを変えたようだな。こちらに来るのか?)


だが足音は聞こえない。代わりに凄まじい銃声が轟いた。
桐山が身を隠している木に当たりバラバラと木の実がまるで雹のように落ちてきた。
怪我を負った身では木の実の雨はきつかったが、だからといって避けることも受け止めることも出来ない。
動けば必ず物音が生ずる。鳴海はどんな微かな物音も決して見逃さないだろう。
今見付かれば勝ち目はない。一方的な虐殺ショーの始まりだ。
幸いだったのは桐山がいる場所が風下だったこと。
そのため鳴海に血の臭いを嗅ぎ付けられなくて済んだことだった。
微かに物音がした。鳴海の目の色が変わる。そして鳴海はゆっくりと歩き出した。


――奴が動いた。オレも動くなら今しかない。




【B組:残り16人】
【敵:残り3人】




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