「エンジン全開よ!」

月岡はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
ガレージを飛び出すどほぼ同時に第二の爆発、まさに危機一髪だ。
その爆風で車は数メートル飛んび、バウンドして着地。
当然、二人にも衝撃を受け、着地した瞬間、わずかに体が浮いた。


「大丈夫、光子ちゃん!?」
「平気よ!それよりスピードアップよ!!」
「わかってるわ!!」
月岡はギアをハイトップに入れた。スピードが加速する。


「月岡くん!!」
「何?」
「あいつが!」

バックミラーにオートバイで追い掛けてくる周藤が映った。


「捕まってたまるものですか!!」


月岡はハンドルを一気に左に90度回。微かに左側のタイヤが浮いた。
ガンッと座席から車の衝撃が二人の全身に伝わる。進路変更と同時に月岡は再度アクセルを踏んだ。
「行くわよー!!」
車は猛スピードで駆け抜けた。


「あの方角は役場の方だ」

どうせ、あの二人を片付けたら戻るつもりだったのだからちょうどいい。
ただ、あそこで気を失っている美恵とご対面となるとややこしくなる。
その前にさっさと片付けてやる。




キツネ狩り―136―




頭部を一突き。頭のてっぺんから喉までナイフは貫通するだろう。
即死は間違いない。それで全てがおわる。
完全に気配も殺気も消している。物音もたてていない、完璧だ。
桐山は勝利と鳴海の死を確信した。
だが桐山が勝利を確信した、まさにその瞬間、鳴海が飛んでいた。
「!」


気付いていたのかっ?!


鳴海は空中で、まるで鉄棒の後ろ上がりをするように回転。
桐山が手にしていたナイフを蹴り上げる。そして二人はほぼ同時に着地。
完璧だった。気配も殺気も消していた。
自力では消せない影も木の影におおわれ消えている。
だが一つだけ消えてないものがあったのだ。
それは血の臭い。桐山はあまりにも血を流し過ぎた。
例え止血したとはいえ、臭いがなくなるわけではない。
鳴海の嗅覚は、それを見逃さなかったのだ。


「桐山和雄、殺すっ!!」


チェーンソーが回転しながら桐山に襲い掛かった。
桐山は体全体を反射的に沈めた。
その真上をチェーンソーが枝を粉砕しながら通過してゆく。


「死ねぇ!!」


鳴海はチェーンソーを高く持ち上げた。そして桐山めがけて振り落とす。
かすっただけでも流血どころではない。
桐山は除けると、すぐに反撃に出た。鳴海の頭目掛けて回し蹴りだ。
鳴海もすぐに反応した。再びチェーンソーを持ち上げ、桐山を一刀両断にしようとしたのだ。
だが桐山の動きの方が早かった。鳴海の右こめかみに衝撃が走る。
鳴海も、やはり人の子。チェーンソーを持っていた為に、僅かに桐山の方が動きが勝っいたのだ。
軽い目眩が鳴海を襲う。それほど桐山の蹴りは重く鋭かった。
さらに鳴海の体がふらっと後ろに傾いた。
桐山はそれを見逃さず、間髪入れずに鳴海の胸部と腹部に二段蹴りをお見舞いした。
鳴海の体が背中から引っ張られるように飛んだ。
さらに数メートル地面と摩擦しながら仰向けの体勢で倒れ込んだ。
桐山は素早く後ろに手を回すとベルトに仕込んでいたナイフを取り出すと鳴海の心臓目掛けて飛んでいた。














「キャア!追いつかれるわ!!」

月岡と光子が命を預けている車は軽自動車。
どれだけ気合いを入れてアクセルを踏もうと性能の限界は超えられない。
瞬く間に周藤が数メートル後ろまで迫ってきた。


「な、何とかしなさいよ月岡くん!!」
「それが出来ればとっくにやってるわよ、無茶言わないでちょうだい!!」
「元をただせば、それもこれも三村くんや七原くんのせいよ!!
あの時ちゃんと金髪男を撃退してくれていたらこんなことにはならなかっわ!!
絶対に許せない再会したあかつきには、きっちり復讐してやるわ!!」




――その頃、七原は――

「……う!」
「どうした七原?」
「何でもないよ杉村……」
「でも顔色が悪いぞ」
「……ちょっと悪寒が走っただけだ。何でもないさ……何でも」
そう言いつつ七原は嫌な予感を拭い切れなかった。




「こうなったら、何が何でも生き残ってやるわよ!!
帰ったら、まず最初にあの二人を美少年好きの変態に売り飛ばしてやる!!」
「三村くんは是非アタシに売ってちょうだい!!」
「売るわ!!」




――その頃、三村は――

「……な、何だ……この悪寒は……」
「どうした三村?こんな時だ、震えている暇はないぞ」
「ああ、わかってる川田。ただ上手く言えないけど命の危険とは別の脅威を感じたんだ」
「こんな状況だ。おまえが必要以上に緊張するのはわかる。だが三村、非情なようだがそんな弱音ははくな」
「あ、ああ……悪いな」
気を引き締めないといけないと思いながらも、三村はおぞましい予感を拭いきれなかった。




「そろそろ片付けさせてもらうか」

周藤は銃を取り出した。
その姿はバックミラーを介して光子の視覚に映る。


「た、大変よ!銃よ、あいつ銃を出したわ!!」
「な、何ですって?!」

乾いた音がして車体が大きく傾いた。

「キャア!!」
「タ、タイヤが!!」


タイヤがパンクした車は完全にバランスを失った。
しかし、そのスピードのせいで勢いは止まらず、右に左に激しく蛇行しながら暴走を続けた。
車内では光子と月岡の体が、まるで嵐に煽られた木の葉のように揺られている。
さらに周藤はもう一発発砲した。大きな音をたて、先程よりさらに車が大きく傾いた。
もはや月岡の腕をもってしても運転不可能。かといってブレーキをかけるわけにもいかない。


「ど、道路が!!」
そんな月岡の目に飛び込んできたのは行き止まりの標識。
「冗談じゃないわよ!!」
月岡は思わず必死にハンドルをきりまくった。車は横道に入り、そのまま坂道を駆け上がる。


「――しまった」

周藤は少しだけまずいと思った。
あのまま行き止まりの道路を突っ走り数秒後にはコンクリートの壁に激突する、それが周藤の筋書きだった。
だが予想外の粘りを見せた月岡はそれを回避。
今、走行している坂道を駆け上がると、美恵がいる役場に一直線なのだ。




「あの女を見つけられる前に片付けないとな」
周藤はスピードを上げた。
「月岡くん、あいつスピードを上げたわよ!」
「嫌ぁー!この若さで死ぬなんて真っ平ごめんよぉ!!」
光子はガタガタと揺れる車内で必死になって後部座席に移動した。
「何かない!?何か!!」
座席の後ろにオイル缶を発見。蓋を開けて窓から投げた。


「……チッ!」

周藤は軽く舌打ちした。いくら何でもオイルの上はまともに走れない。
巧みな運転でオイルを除けながら走った。猛スピードで暴走する月岡たちとの車間距離が僅かだがひらく。

「月岡くん、あれ!!」

建物が見える。大変、避けないと!!

月岡はハンドルをきってよけようとした。
だがタイヤが破損した車では思うように運転できない。


「キャアーッ!!」


車は建物の玄関に突っ込んだ。
「……痛っ」
「光子ちゃん、大丈夫!?」
「何とか」
「だったら、すぐに車からおりるわよ!!」
二人は壊れかけて、なかなか開かないドアを蹴り開けると全速力で走った。その直後に周藤も到着。
「派手にやってくれたな」
周藤もバイクからおりるとすぐに後を追った。




「あ!行き止まりよ!!」
廊下の突き当たりまできた二人は慌てて引き返そうとした。
しかし廊下の向こうから足音が聞こえる。それはあっという間に近付いてきた。
「いやあ!アタシのような美人はめちゃくちゃにされてから殺されるに決まってるわっ!!」
「何馬鹿なこと言ってるのよ!こっちよ、こっち!!」
光子は目の前にあったドアを開け月岡にも入るように促し飛び込んだ。


「鍵!鍵をかけるのよ!!」

もちろん鍵をかけるだけではダメだ。
二人はそばにあった机や椅子を物凄い早さでドアの前に積み上げる。
あっと言う間に即席のバリケードを作り上げた。


「……これで少しは大丈夫なはず」

乱暴な音がドアの向こうから聞えた。


「ひいぃぃー!ドアを蹴破ろうとしてるぅぅー!!」
「このままじゃあ時間の問題よ!!すぐに窓から逃げるのよ!!」

二人はドアと反対側に向きを変えた。その時、とんでもないものを発見してしまった。
部屋の壁いっぱいに並んでいるモニター。
何より、あれほど捜し求めていた大切なものがいたのだ。


「……え?」
「……どうして?」

二人は同時に叫んだ。




「「美恵(ちゃん)っ!!」」




あれほど捜していた美恵が床に横たわっている。二人は美恵に駆け寄った。

美恵!!」
美恵ちゃん、しっかりしてっ!!」


呼吸はある。体温も温かい。よかった気を失っているだけだ。
生きている。怪我もない。


美恵、美恵!!目を開けて!!」

光子は美恵の肩を掴み激しく揺さぶった。


「……ん」

美恵の瞼が僅かに開いた。

美恵!」
「……み」
「あたしよ、わかる美恵?」
「光子……本当に光子なの?」
美恵の瞳にはっきりと光子の姿が映った。


美恵ちゃん、アタシもいるわよ!」
「月岡くん、よかった無事だったのね!」
美恵はすぐに起き上がろうとしたが、両手を縛られているせいか上手く起き上がれない。
美恵、待ってて。すぐにほどいてあげるわ」
光子は美恵の自由を奪っていたロープをナイフで切った。
「さあ逃げましょう。早くしないとあいつが……」
来るわ、と光子が続けようとした時だ。
ドアが軋んだ音がして、外側から少し曲がったかと思いきや一気に破壊された。




「キャアァァー!!」

絹を裂くとは言い難い月岡の悲鳴が部屋中にこだまする。


「案外しぶとかったが、これでおまえたちも終わりだな」
「やめて!!二人に近付かないで!!」

美恵は必死になって二人の前にでると両腕を広げた。


「そこをどけ。おまえも死にたいのか?」
「死にたいわけないわ。でも……光子も月岡くんも私の大切な友達なのよ。
二人を失うなんて絶対に嫌よ!!」
「…………」

全くお人よしなくらい仲間思いだとは思っていたが、それ以上に気が強いな。

周藤は銃を取出し、スッと銃口を美恵に向けた。
美恵は青ざめるも、ますます必死になって二人を守ろうとする。


「いい加減にしてお友達の命はあきらめろ。オレはお情けをかけてやるような甘ちゃんじゃない。
ましてその二人はポイントが高いんだ。見逃してやる道理がないだろう」
「……私を利用する代わりにいったん皆の所に帰してやると言ったわ。
だから二人も一緒に。どうせ最終的には皆殺しにするつもりなんでしょう?」
「オレが約束したのはおまえだけだ。そいつらには何の約束もしていない」
万事休す。もはや何を言っても無駄だ。三人で立ち向かっても勝てるわけがない。




「……桐山」

その時、周藤の口から桐山の名が漏れた。
周藤の目線が美恵達ではなく、その背後のモニターに移っている。


(……桐山くん?)


美恵は振り向いた。美恵だけではない、光子も、月岡も。
モニターの中に桐山がいた。高い木の上にいる。その木の真下に鳴海がいるではないか。
「桐山くん、桐山くんよ!ナイフを持ってるわ。きっと飛び降りてあいつをやっつけるつもりなのよ!!」
自分の立場も忘れて月岡がやや興奮気味に叫んだ。
そして全員が見つめる中、桐山が飛び降りた。
だが鳴海は桐山の攻撃を読んでいたかのように飛び、桐山が持っていたナイフを蹴り上げる。


「桐山くん!!」


鳴海の猛攻開始。チェーンソーが桐山に容赦なく襲い掛かっている。
桐山は全ての攻撃をかわしているものの戦局は明らかに鳴海有利。
鳴海があの勢いで攻撃を続ければ桐山がチェーンソーの餌食になるのは時間の問題だ。
ほんのちょとでも桐山が鳴海に遅れをとれば大怪我につながってしまう。
あのチェーンソーの刃に少しでもかすろうものなら流血だけではすまない。
そんな中、桐山が反撃に出た。鳴海のこめかみに強烈な蹴りを炸裂。
さらにバランスを崩した鳴海に連続蹴りをお見舞いしたのだ。




「桐山くん、素敵よぉ~っ!頑張ってぇっ!!」

お世辞にも可愛いとは言い難い声援に周藤がジロッと睨んできた。
慌てて美恵の背中に隠れる月岡。そんなやりとりなど関係なくモニターの中の戦いは続いている。
桐山がナイフを手に鳴海に飛び掛かった。


「いけぇ、桐山くーん!!」


桐山の勝利を確信しているのか再び野太い声で絶叫する月岡。
そして声こそ出さなかったが美恵も桐山の勝利が決まったと思った。
しかし美恵は見た。周藤がニヤっと笑みを浮かべたのを。


(……え?)

その時、月岡が悲鳴を上げた。一瞬桐山から目をはなしていた美恵はすぐにモニターに視線を戻す。
そして見た。勝利目前のはずの桐山に何が起きたのかを。
鳴海のそばに横たわっていた倒れた木が桐山を襲っていたのだ。


「土壇場で形勢逆転だな」


周藤が面白そうにそう言った。
鳴海は木を掴むと、飛び掛ってきた桐山をそれで殴ったのだ。
三十センチほどの太さで、五メートル近くあるソレでだ。
いくら倒木とはいえ軽いわけがないソレを鳴海は片手で持ち上げ桐山にぶつけた。
もちろん、その衝撃は痛いなんてレベルじゃない。




「そんな……桐山くん!!」

月岡はその光景が信じられなかった。
二年ちょっとの付き合いだったが、桐山がケンカで敵の攻撃を喰らったことなど一度もみたことはない。
桐山は常に無敵であり最強の男だった。敵の攻撃などでダメージをくらうわけがない。
月岡は心の底でそう信じていた。桐山が信じさせてくれていた。
たとえ相手が戦闘のプロだろうと桐山の強さが色あせることなどないと思わせてくれるほどに。
だが今目の前で繰り広げられた光景も紛れもない真実。


「な……なんて奴なのよ……片腕であんなものを……」


光子も呆気にとられた。月岡と違い桐山の強さを自分自身の目で見たことはない。
しかし桐山や月岡同様不良のレッテルを貼られている光子だ。
他の生徒は知らない桐山の武勇伝を聞く機会はいくらでもあった。
噂というものは大袈裟ということを除いても、それは輝かしいばかりのものだった。
その桐山が……地面に沈んだ。


「…………桐山……くん」


あまりのことに美恵は言葉すら出せなかった。やっと搾り出したのは桐山の名前だけ。
「相変わらず馬鹿力だな、あいつは」
周藤はククッと笑った。

「普通の奴なら、あの一撃で動けなくなる。打ち所が悪ければ即死だってありうるぞ」

その言葉に美恵はガクッと体が崩れかけた。
実際、光子と月岡が支えてくれなかったら倒れていたかもしれない。


「勝者に必要なのは才能と運だ。今日の桐山の運勢が大凶でないことを祈るんだな」




【B組:残り16人】
【敵:残り3人】




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