「ここにはいないようね」
「ねえ月岡くん」
「なあに光子ちゃん」
「一々、一軒一軒調べるなんて効率悪すぎるわよ。時間がかかるし」
「そうだけど、まさか大声だして美恵ちゃんの名前呼ぶわけにもいかないでしょ。
絶対に今でも転校生がそばにいるに決まってるわ」
「そうよね……美恵を見つけるってことは転校生がもれなくついてくるってことだもの」
「そうそう。美恵ちゃんを見つけられて、尚且つアタシたちが安全な方法なんて……」
そこまで言いかけて月岡と光子はハッとした。そして同時に「「囮よ。囮!」」と、叫んだ。


「囮を使って転校生をおびき寄せれば美恵もついてくるわ」
「転校生が囮に気をとられているうちにアタシたちは美恵ちゃんをつれて逃げればいいのよ」
「そうよ。どうして、こんな簡単なことに気がつかなかったのかしら!」
二人は名案が浮かんだことに大喜びだったが、反比例して青ざめている男がいた。


(……お、囮……?ま、まさか……い、いや、ありうる……あ、あの二人なら)

無意識に山本は後ずさりしていた。
「和くん、どうしたの?」
不思議そうに言ったさくらの声に月岡と光子がクルッとこちらを振り向いた。


「……ひっ!」

まずい気付かれた!!山本はクルリと向きを変えた。

「光子ちゃん!囮が逃げるつもりよ!!」
「何て奴なの!そうはさせないわ!!」


「うわぁぁっー!!」




キツネ狩り―135―




山本は走った。自分でも信じられないほどのスタートダッシュだった。
「「お待ちっ!」」
階段でこけた。当然、山本は転がり落ちる。
これが他愛のない日常の一コマならば、その痛みに顔を歪ませていただろう。
だが今の山本に痛いなんて思っている余裕などない。
それどころか恐怖のあまり痛みなど感じていないのだ。


「だ!誰か助けてぇー!!」
「「逃がさないわよ!!」」


迫りくる恐怖。山本は死に物狂いになって全速力で走った。
そして縋り付くように玄関のドアにたどり着くとドアノブを回し一気に押し開けた。
続いて猛スピードで飛び出した。いや飛び出そうとした。
だが、どういうわけか山本は外を見た途端に固まったのだ。
それこそ、まるで銅像になったかのようにピクリとも動かない。もっとも、それは一瞬だった。
次の瞬間、山本はドアを思いっきり閉め、今しがた走ってきた廊下を顔面蒼白で暴走。
当然、後を追っていた月岡たちに呆気なく捕獲されてしまった。


「捕まえたわよ!観念したらどう?」
ジタバタと暴れまくる山本を床に押さえつけ光子は叫んだ。
「全く、引き返してきたから改心したかと思ったのに」
「いい加減に心を入れ替えなさいよね。
あたしのパパたちのほうがいざという時、ずっと肝が座ってるわよ」
何と言っても世間的には大物だものねパパたちは。
「あんたもパパたちを見習って少しは根性出しなさいよね!」
「光子ちゃん、ちょっと待って。山本くんの様子が変だわ」
「変?」
光子は山本を押さえつけている手を緩めた。


「……あ、あああ……い、つ……」

山本が口をパクパクさせている。やっと聞き取れるくらいの小さな声。


「い……い、い、い……いるぅぅ!!」
「ちょっと何て言ってるのよ。山本くん、言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどう?」
「いー!!いいいいるんだぁぁー!!」
「いる?」
「て、ててててぇー!!転校生が外にいるぅぅー!!!」













「……どこだ?どこにいる桐山……」

鳴海はチェーンソーを片手で持ちながら辺りを見渡した。
カサッ……。背後で微かな物音。


「そこかあぁ!!」


鳴海は大きく背面跳びをした。同時にチェーンソーが嫌な音を盛大に奏でる。
木が裂かれる音がして、小鳥が慌てて飛び去った。


「……違う……何処に行った?」


今度は前方5メートル先にある倒れた大木の影から物音がした。
鳴海はちょっとだけ助走すると飛んでいた。
大木がチェーンソーによってあっという間に辺り一面に木屑を撒き散らす。
「キィっ!!」
イタチが猛スピードで大木の影から飛び出し逃げて行った。


「……違った。何処に行った桐山……」

気配は感じない。しかし鳴海の動物的本能が告げていた。近くに桐山がいると。

「……何処だ……観念して削られろ……」

鳴海はチェーンソーを引きずりながら木々の間を練り歩いた。




(……奴がもう少し近付いたら飛び降り一気に急所を貫く)

鳴海の第六感は正しかった。桐山はすぐ近くにいた。
それも鳴海の半径3メートルと離れていない場所。正確にいえば平面的にはだ。
桐山が身を隠している場所は鳴海を見下ろせる大木の枝の上だった。
桐山はナイフを構えた。鳴海が真下に来たら飛び降りナイフで頭を突き刺す。
どんなに化け物じみた奴でも、それで終わりだ。
鳴海は桐山が自分の頭上にいることには気付かず桐山の真下にやってきた。

(――今だ)

桐山は飛び降りた――。














「い、いたんだ転校生がぁ!」
「何ですって!?」
「い、い、いるんだよ。家の外に!!」
「このバカ!何でこっちの準備もしてないうちに呼び寄せるのよ!!」
「そ、そんな!!」
「光子ちゃん、今は山本くんに制裁している暇なんてないわ。早く逃げないと!!」
「そ、そうね!!」
月岡と光子は揃って裏口に向かって走った。
キッチンに入った瞬間、凄まじい音がして窓ガラスが粉砕するのが見えた。
二人は咄嗟に床にふせた。バラバラと背中にガラスの破片が落ちてくる。


「な、何なのよ……!」
「裏口はダメだわ!」


二人は見た。炎が渦巻き、そして見る間に巨大化してゆくのを。
おそらく裏口から逃げないようにプロバンガスを爆発させたのだろう。


「何てこと……だったら他の出口から逃げないと!!」

ぐずぐずしていたら、すぐに炎に囲まれてしまう。しかし一階の出入口はもはや使えない。
何処から出ようと転校生に先回りされ飛んで火にいる夏の虫とばかりに殺されるだろう。
こうなったら戦うことを覚悟して玄関から飛び出すか?
そんなことを考えているうちに煙が充満してきた。こんなところにいたら焼け死ぬ前にガス中毒で死んでしまう。




「二階よ。ひとまず二階に逃げるのよ!!」
月岡と光子は全速力で階段を駆け上がった。
「い、今の爆発は何なの!?」
元いた部屋に戻ると、さくらがガタガタと部屋の隅で震えていた。
「転校生よ!転校生がやったのよ!!」
月岡は急いで部屋のドアを閉めようとした。
「ま、待ってくれ!!」
一階に取り残されていた山本が慌てて階段を上がってくるのが見える。
その山本が見たのは自分に構わずにドアを閉めようとしている月岡の姿だった。
山本はまるで盗塁でもするかのように部屋の中に滑り込んだ。


「あら、ギリギリセーフね」
「このままだと焼け死ぬのを待つだけよ。何とかして逃げないと」
月岡は窓を開けた。
「屋根からガレージの上に飛び降りるのよ!!」
「そうね。急ぎましょう!!」
凄まじい音がした。


「な、何なのよぉ!!」


突然の爆音。そして爆風。
焼けた空気が窓ガラスを粉砕しながら月岡達を襲った。
爆風に煽られながらも月岡は見た。ガレージが燃えているのを。
車のガソリンタンクに発砲され、車が爆発炎上したのだ。


「何てこと……!」
「月岡くん、どうする?」
「どうするって言われても選択肢は二つしかないわ。
煙と炎を承知で一階に下りるか、あの燃えてるガレージに逃げるが二つに一つよ。
アタシは一階に下りた方がいいと思うの。
だってガレージには確か車が三台あったでしょ、二次爆発する危険性があるもの」
「そうね」
「じょ……冗談じゃないぞ!!」
山本は真っ青になって反対した。


「転校生が待ち伏せしてるってわかってるのに自分から行くなんて!!
そんな馬鹿なことできる道理がないだろ!!」
「だったらガレージに飛び移る?」
「どっちも自殺行為じゃないか!もっと安全で確実な方法はないのかよ!?
オレはともなく、さくらは女の子なんだぞっ!!」
「こんなクソゲームで安全で確実な方法があるわけないでしょ!」
その時、階段の方から微かにキシッ……と、音が聞こえた。




「月岡くん!」
「……どうやらおいでなさったようね」
「え?何が?……何の話だよ!!」
山本はますます興奮状態に陥っていたが、月岡と光子にはもう山本の相手をしてやる余裕などなかった。


「もう選択肢すらないわ。ガレージに飛び移って逃げるのよ」
「そうね」

月岡と光子はベランダに出た。


「二人とも何しているねよ。さっさと来なさい!!」


「う、うん」
さくらは勇気を振り絞ってベランダに出た。だが山本がついてこない。
「和くん、早く!」
「な、何言ってるんだ!外に出たら、あいつに殺されるんだ!!
今は……無理だっ!!あ、あいつが、去らない限り出られないんだ!!」
「……和くん!」
「もう付き合ってられないわ!!行くわよ、さくらちゃん!!」
月岡はさくらの手を引いた。


「……すごい炎」
さすがの光子も燃えるガレージを直視して迷いがでた。
「ためらってる暇はないわよ。さっさとしないと完全に逃げ道がなくなるわ」
しかし月岡の言葉ですぐに迷いをたった。
「そうね……こんなところで立ち止まっている時間なんてないんだったわ」
光子は覚悟を決めるとベランダの格子にしっかり手を添え飛び越えた。
立ち止まることなく屋根を走る。そして屋根からガレージに飛んだ。
「…………っ」
熱い。覚悟はしていたけれど、物凄い熱さだ。
直接炎に触れたわけではないのに火あぶりにされたようだ。




「さあ、アタシたちも行くわよ!!」
「……和くん」
「急いで!!」
その時、さくらは月岡の手を振り払った。
「さくらちゃん、どうしたの。怖いなんて言っている暇なんてないのよ!!」
「……私」
「さあ早く!!」
「月岡くん、ごめんなさい……私、私やっぱり和くんのこと見捨てられない!」
さくらは部屋の中に戻って行った。


「あなたも死ぬつもりなの?!」

仕方ないわ。後ろ髪引かれる思いだったが、こうなっては仕方ない。
さくらが自らの意志で決めたことだ。
月岡はクルリと向きを変えると、光子がしたように軽やかにベランダを越えた。
屋根を全速力で走ってガレージの上にジャンプ。


「さくらは?」
「残ったわ。山本くんを捨てられないって」
「何て馬鹿なの。男は愛するものじゃなく利用するものよ」
「そうね、全く同感だわ。でも選ぶのは、さくらちゃん自身だもの。
あの子が自分の意志で選んだ以上、アタシたちに口出す権利はないわ。
アタシたちにも時間がない。すぐに脱出よ」
月岡と光子は灼熱地獄の中、ガレージの屋上から階段を駆け下りた。
車が一台おしゃかになっている。
入り口付近にある車は窓ガラスは粉砕していたが、何とか動きそうだった。
「乗って光子ちゃん!!」
二人は車に乗り込んだ。


「行くわよっ!!」














「和くん!」
戻ってきたさくらを見て山本は思わず泣きそうになった。
「さくら……やっぱり戻ってきてくれたんだね」
「和くんを置いては行けないもの」
「あ、ありがとう。オレ信じてたよ」
恋人同士の感動の抱擁を邪魔するかのようにドアがぶち壊された。
山本とさくらはドアの方をみる。二人の恐怖は頂点に達した。


「……残っているのはカスだけか」


相手はもちろん周藤晶だ。
山本とさくらは反射的に後ずさりした。すぐに壁に背中から激突する。
周藤はチラッと窓を見た。
「あそこから逃げたのか」
周藤が一歩前に出た。


「く、来るなぁ!!」
山本は部屋の隅に置かれていた勉強机の上にあったカッターナイフを手にした。
「く、来るなあ!!近付いたら承知しないぞ!!」
「…………」
「い、今すぐ、こ……ここから出て行け。出ていけよ!でないと殺す……殺してやるぞっ!!」
山本は全身全霊でもって周藤を威嚇した。しかし周藤は怯むどころか呆れているだけ。
山本はさらに叫んだ。悲しいくらいの叫びだった。

「お、脅しじゃないぞ!!本当に……本当に殺してやる!!
し、死ぬのが嫌なら、さっさとここから消えろ!!」




「おまえが、オレを殺す?」

周藤はククッと押さえた笑いをした。滑稽で仕方なかったのだ。
勘違い野郎が自分との能力の差に気づかずに大口を叩くのは許せない。
しかし、相手が戦闘能力ゼロで、虚勢ですらない場合は怒りなど起こるわけもない。


「おまえなんかにやられるような奴は特撰兵士はおろか一般の少年兵士の中にも一人もいないぜ」


「だ、黙れっ!!」
山本は必死に反抗したが、全身が硬直したように動かない。
「か、和くん……!」
背中にしがみついているさくらが震えている。
守らないと!さくらを守ってやらないと!でも本心を言うと守って欲しいくらいだった。
「おまえたちなんかにかまっている暇はないんだ」
周藤はさらに一歩前に出た。途端に山本はムンクの叫び状態になった。


「く、くくくく来るなぁぁー!!」
恐怖のあまり目を瞑り、手にしたカッターナイフを投げた。
そして震えながら目を開け、周藤の胸にナイフが刺さっていたらと神に祈った。
が、願いは届かなかった。周藤は二本の指でナイフを受け止めてしまっていたのだ。
さらに、そのままナイフを投げ返してきた。山本の足元にナイフがささる。
「く、来るなっ!近づくなっ!!」
山本は必死になって、そばにあった分厚い辞書や万年筆。
それにナイフ類を投げたがかすりもしなかった。
紙一重で避けてしまう周藤に山本は何度目かの恐怖の絶頂を味わった。




「な、何でだ!!なんで当たらないんだよっ!当たれば、当たれば……勝てるのにっ!!」
「……勝てる、だと?」

その時、周藤の目つきが変わったが、山本にはそれに気づく精神的余裕は無い。


「だったら、これでも使ってみろ」


周藤は懐から銃を取り出すと山本に向かって投げた。
「……え?」
床に落ちた銃に山本は何が何だかわからず、ただ目を見開いてみた。


「どうした?オレに勝てる自信があるんだろう?」


「……う、うわぁ!!」
山本は慌てて銃に飛びついた。自分達と周藤との距離はほんの5メートル弱。

至近距離だ。当たる!これなら確実に勝てる!!
いくら強くても相手は生身の人間。弾をくらって死なないはずがない!!


山本は銃口を向けると、震える指を絞り込んだ。
鼓膜をぶち抜くような銃声。さらに激しい衝撃が指から全身に伝わる。
思わず、背後に飛ばされ、さくらにぶつかってしまった。


で、でも確かに撃った!弾は発射された!!

「……そ、そんな……!」


銃を持っている手がガクガクと震えだした。
周藤は平然と立っている。そして、周藤の後ろの壁に穴が一つ。

外した!そんな、こんな至近距離で!!




「照準を合わせたつもりだったようが銃口がそれてたぞ」

周藤は見下すような口調で言った。


「もっとも、この距離なら、それでも当たっていただろうな。おまえが銃の衝撃に耐え体勢を崩しさえしなければ」
「……そ、そんな」
「その銃は素人には、まず使えない。反動が大きすぎるんだ」
周藤はさらに言った。

「おまえが弾を外した一番の理由を教えてやろうか?」

次の瞬間、周藤がまるで瞬間移動するかのように、一気に山本の手前に来た。
「う、うわぁぁ!!」
反射的に銃口を上げる山本。しかし、銃口を上げたと同時に銃が山本の手から消えた。


「――1番の理由は」


つい先ほど山本が持っていたはずの銃。それは周藤の手の中に握られていた。
そして、銃口は山本の眉間にセットされている。山本の瞳がこれ以上ないくらいに拡大した。


「ぼうやだからさ」


銃声が二発轟いた。
そして、白い壁が一瞬にして紅に染まった――。




【B組:残り16人】
【敵:残り3人】




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