桐山の瞳の中で一気にチェーンソーが拡大した。

「……く!」

桐山はそばにあった木の枝を素早く掴むと、それをチェーンソーの前に突き出した。
途端に木の削りカスがもの凄い勢いで辺り一面に飛び散った。


「殺す!ひき肉にしてやるっ!!」


鳴海の殺意に反応しているかのように木屑がさらに増産される。
鳴海は力任せにチェーンソーを押した。


(もたない……!)

枝が鈍い音を発したかと思うと真っ二つに折れた。
回転するギザギザの刃が桐山に襲い掛かる。
ガンッ!!そんな音が弾けてチェーンソーが地面に激突していた。
桐山は間一髪、頭を右にそらし除けたのだ。
凄まじい勢いで地面をえぐる回転の刃。桐山の顔や服にあっという間に土が飛び付いてくる。


「殺すっ!!」

鳴海は直ぐにチェーンソーを高く持ち上げ再度桐山目掛けて振り落とした。
だが桐山もおとなしくやられているわけがない。
仰向けの体勢からブリッジ、そして倒立から一回転して立ち上がった。
さらに鳴海の眉間と心臓目掛けてナイフをはなつ。
鳴海はチェーンソーで飛んでくるナイフを叩き落とした。

「……いない」

桐山がいない。鳴海がナイフに気を取られた一瞬をついて姿を消していた。




キツネ狩り―134―




「……あんた、あたしに逆らおうっていうの?」
光子の迫力に山本は今にも倒れそうだった。

いや、いっそうのこと気を失うことが出来たらどんなに幸せか!!

だが、それは叶わぬ夢。
もはや恐怖で凍りついた神経は失神すら許してはくれなかったのだ。


「和くん、遅かれ早かれ、戦わなければならないのよ。でないと生きて帰れないもの。
私たちだけだったら心細いけど月岡くんや相馬さんもいるから……」
「な、なななな何言ってるんだよ、さくら!!
相手は戦闘のプロなんだぞ!!かなうわけないじゃないか!!
逃げるしかないんだ……それしか生き残る方法はないじゃないか……」
「……和くん」


優しいひとだと思っていた……いつも山本は自分の意見を尊重してくれたから……。
いつも、どんなときも、例えばデートの時もさくらが行きたい場所にいつも行ってくれた。
映画を見る時も、さくらが見たいものを見ようと言ってくれた。
「これ似合う?それとも、こっちの水色のワンピースのほうがいいかな?」
どこにショッピングに行っても山本の答えは決まっていた。
「さくらは何を着ても似合うよ」
いつも、そんな嬉しい言葉を与えてくれた。いつだって、さくらが喜ぶことしか言わない。
山本は自分の価値観に殉じてくれていた。さくらはそれを山本の優しさだと感じていた。
自分より何より恋人のことを優先しているのだと。
だが、山本は単に自分が主体になれないだけの依存性の強い男だったのだ。




「ああ、もう話にならないわ!!さくらちゃん、案内してちょうだい」
「……え?でも和くんは?」
「山本くん〜?彼、全然頼りないし、いてもいなくても一緒よ。さあ行くわよ」
月岡はさくらの手をひくと強引に歩きだした。もちろん光子もそれに続く。
「え?」
一人取り残された山本はしばらく呆然としていた。
さくらは山本の様子が気になるようで何度も振り返っている。
振り返っているが月岡の強引さに逆らえないらしく、そのまま引きずられるように歩いていった。


山本はそんなさくらを映画でも見ているかのように見詰めている。
しかし、やがて真っ青な表情で三人の後を追い掛けた。
まるで絶対に行かないと駄々をこねていた幼児が、いざ母親に置いていかれると慌てて後を追うように。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば、もし結果が全てなら。
そして、生きることが唯一の目的だと仮定するなら山本は正しかったかもしれない。
生きるということが最優先で、その為なら他のことは全て犠牲にしてもいいならば。
この時、逃げる選択をしていれば、山本とさくらは死ななかったかもしれない。
もっとも月岡たちとたもとをわかったとしても生き延びる時間がほんの少し長くなっただけだろうが。














「……森の中に逃げたな」

鳴海はスッと屈んだ。血痕が残っている。
それを見た鳴海は嬉しそうにニヤリと笑った。




「……あの人、笑ってる」

鳴海の笑顔には心底ゾッとした。

「あいつは狩りが好きなんだよ」
「狩り……ですって?」


には信じがたいことだった。
つまり、あの男はこの狂ったゲームを楽しんでいるということなの?


「オレたちのような人間は少なからずそういう面がある。
直人も徹もそうだった。もちろんオレもだ。
だが正確にいえば、オレたちは『戦う』ことが面白いが、雅信は『殺す』ことが面白いんだ」
「……それも、あなたがいう、あいつと徹たちとの違いってわけ?」
「そうだ。よくわかっているじゃないか」
「…………」




血痕は一定の間隔ごとに落ちていた。しかし、その血痕が途中から消えた。
「……チ」
鳴海は小さく舌打ちする。どうやら応急処置で止血してしまったようだ。
これでは桐山の居場所がわからない。気配も全く感じない。
「……まあいい。そのほうが殺し甲斐がある」
鳴海はチェーンソーを背負うと銃を取り出し、ゆっくりと歩いた。


「……どこだ……どこにいる?」
鳴海は全神経を集中させた。相変わらず気配は感じない。
桐山は完璧に気配を消していた。だが近くにいる。
理屈ではなく鳴海の野生的勘がそう告げていた。
そして実際に桐山はすぐそばにいた。鳴海の斜め後ろから様子を伺っている。
銃で鳴海の後頭部を撃ち抜くのが一番確実な方法だったが運が悪いことに木々が邪魔してそれは出来ない。


(……せめて奴の体の向きだけでも変われば)


桐山は小石を拾うとおもいっきり投げた。鳴海の斜め左前方にそびえ立つ岩壁に。
即座に鳴海は反応した。鳴海は岩壁の上に敵がいると思い、そちらを向くはずだ。
そうすれば鳴海は一瞬だが桐山にはっきりと姿をさらす。
後は引き金を弾くだけで、頭部から血を噴き出している鳴海の姿を拝めるはず。
ところが鳴海は桐山が予測したものとは全く違う動きを見せた。
音がした方角に振り向かず、体全体を低くしたかと思うと前方回転して自分の位置を変えた。
そしてクルッと一回転して片膝を地面につけたままの状態でスッと銃を持っている腕を後ろに延ばした。
銃声が辺りに轟く。桐山はすぐに木の幹に姿を隠した。


銃声が連続して鳴り響く。鳴海が持っている銃は一つではない。
両手に銃を持つと連続して引き金を引き出したのだ。
桐山の周りの木々が瞬く間に形を変えてゆく。
もちろん桐山が身を潜めている木も例外ではない。
このままではやられるのも時間の問題だ。
しかし、だからといって、この弾丸の嵐の中、飛び出すわけにもいかない。
弾切れを待って、その一瞬をついてひとまず、この場から逃げ体勢を整えのなければ。




「アイデアはよかったが、雅信には通用しなかったな」

周藤は面白そうに笑っていた。
一方、は顔面蒼白だ。周藤の声など聞こえない。


「雅信は物心ついたときから暗殺のイロハを叩き込まれている。
だから考えるより先に体が動くんだ。
普通なら物音が聞こえたら、まず敵の姿を確認する。
だが雅信は確認するより先に標的である自分の位置を変える。反射的にだ。
結果的にそれが奴の命を守ることになっている。
そして次に敵を確認するが物音がした岩壁に敵がいないことで即座に反対方向にいると察し背後に向けて発砲した。
頭で考えてやったことじゃない。奴は本能で動いただけなんだ」




鳴海の銃の弾が切れた。その瞬間を待っていたかのように桐山が木の影から飛び出した。
鳴海は銃を二つともほうり出すと、すかさずベルトにさしていた銃を取り出した。
今度も二丁だ。そして再び銃声が鳴り響く。
間一髪、岩陰に飛び込んだ桐山は無事ではあったが、戦局は明らかに桐山の不利。

いったい、いくつ銃を持っているんだ?

それに、あれだけ銃を持っているということは、当然弾も沢山持っているだろう。




「武器に関していえば雅信のほうが、はるかに有利のようだな」

しかし周藤は「だが、今のあいつは弾の配分なんて考えていない。それが痛いな」と付け加えた。
周藤の言った通り、鳴海は無茶苦茶なくらいに発砲しまくっている。
弾は無限ではない。この調子で撃ち続ければ、そのうちに弾は尽きる。
弾さえ切れれば銃など何の役にも立たない。
もっとも、それまで桐山がもつかどうかが問題だが。




桐山は菊地や佐伯との戦いで、かなり弾を使ったので無駄遣いはできない。
それゆえに今は威嚇程度にほんの隙をみて発砲する程度に留めている。
最初は笑みさえ浮かべていた鳴海だったが、徐々に表情が固く険しくなっていった。


「……桐山」


これだけ命の危機にさらしてやっているのに桐山は恐怖を感じていない。
戦闘訓練を受けた軍人ですら少しは焦りがでてくるものだが桐山にはそれが全くない。
それどころか全然冷静さを失っていないのだ。
桐山が恐怖に支配される様を見ることを楽しみにしていた鳴海にはそれが面白くなかった。


「……つまらない」


獲物が恐怖で必死になって泣きわめく様を今まで幾度となく見てきた鳴海には桐山の態度が許せなかった。
桐山にはこれ以上ないくらいの恐怖と屈辱に満ちた醜い表情で死んでもらうはずなのに。


(……直接、弾を体にぶち込んでやる!)

鳴海は走った。




「……バカめ。痺れを切らしやがって」




モニターを見ていた周藤は呆れていたが、もちろん鳴海が知る由もない。
そして一気にジャンプ。桐山が盾にしていた岩を踏み台にさらに高く舞い上がった。
空中でクルリと回転しながら、桐山に両腕をスッと伸ばす。
桐山は突然妙な位置から姿を現した鳴海に即座に反応し銃を構えていた。
鳴海の表情が変化する。桐山の反応のほうが早い。
慌てて、鳴海は空中で横に回転した。
銃声が鳴り響く。そして鳴海のわき腹をかすめて弾が飛んだ。














「も、もうすぐよ……気をつけないと……」
さくらはビクビクと震えていたが山本はそれ以上に怯えていた。
「あそこから見えるはずよ……さんの死体が……」
さくらは本当に怖くて、その場に跪いてしまった。
仕方なかったとはいえクラスメイトを見殺しにしたのだ。
その罪の証しともいうべき無残な死体など見たくも無い。
月岡と光子は、そんなさくらと山本には振り向きもせずに数メートル歩き丘の先端まできた。


「……ねえ、どういうこと?」
「……ど、どういうことって?」
「どこに死体があるのよ?」
「……え?下に……すぐに見える場所に……」
「……そんなものないわよ、さくらちゃん」
「……ええ?」
さくらは思わず走った。そして見た。
「……ない……どうして?」


あの転校生の姿も見えない。なぜ……?


「……ちょっと待ってて」
月岡は細心の注意をはらって辺りを確認した。どうやら転校生はいないらしい。
それを確認すると傾斜をおり、辺りをよく見たが、やっぱりの死体はない。
あるといえば蛇の死体だけだ。それも明らかに刃物の類で殺された。


「……ちゃんが生きている可能性大ね」


光子も降りてきて、やはり辺りを見渡したが何も無い。

「……だとしたらはどこに行ったのかしら?」
「……さあ、ちょっと待って」


月岡は支給された地図を広げた。
「……アタシたちが今いるのはここよ」
「……ふーん。周りは森だらけだけど、少し歩けば集落に出るわね」
「そうね。手近なところから探しましょうか?」
「そうね」
「で、あの二人はどうする?」
「はっきり言って面倒みるのも疲れたし、どうでもいいわ」
「光子ちゃん、はっきり言うのね」
月岡は丘を見上げると、「アタシたち集落に行こうと思うの。あなたたちもどう?」と声を掛けた。
二人はお互いの顔を見詰め合って何も言わない。どうやら決断できないようだ。


「あらあら、どうする光子ちゃん?」
「どうするって、そこまで面倒みきれないわ。さっさと行きましょう」
二人が歩き出すのをみて、さくらと山本は慌てて追いかけた。
やがて集落に出たが、どこからを探せばいいのかわからない。
小さな島の小さな集落だが、それでも一軒一軒探すのは骨が折れる。
まして、は転校生の一人と一緒にいるのだから。

「……まず、あそこの家から探しましょう」

とりあえず一番大きい家が月岡の目に飛び込んできた。
その家の前にある木には隠しカメラが設置されていたが、4人は全く気づいてない。














「……っ!」
鳴海の顔が歪んだ。そのまま鳴海は地面に落ちる。
だが、落ちたと思った瞬間、地面を蹴り上げていた。
そして、人間とは思えない動きで一気に背後に大ジャンプし茂みの中に飛び込んでいた。
もちろん、桐山も後を追う。追いながら、銃を構えた。
だが、引き金を引いた瞬間聞えたのはカチっという無機質な音だった。
それを聞いた瞬間、桐山はすぐに岩を飛び越え走った。
弾切れだ。最悪の事態。
茂みの中で鳴海は確かに聞いた。銃声ではなく、ただの金属音がしたのを。
ニヤッと、鳴海は笑みを浮かべた。
そして背負っていたチェーンソーを下ろすと、それを肩にかけてゆっくりと歩いた。
本当に嬉しそうな笑みを浮かべて。




「……あのひと」

鳴海の異常性を肌で感じ取ったはガクガクと震えだした。
一度は鳴海に監禁され、容赦なくメチャクチャにされかけた経験があるだけに鳴海が怖い。
怖いが、今はそれ以上に桐山のことが心配だった。


「安心しろ。雅信は銃は使わない」
「……どうして?」
「わからないのか?奴は楽しんでいるんだ。
その楽しみを弾丸一発で終わらせようなんてセコイことは考えないだろう」
「それって……嬲り殺しにするってこと?」
「そうとも言うな」

は立ち上がるとドアに向かって走った。
これ以上、こんな男に付き合って、何もせずに、ただモニターを見ていることなど出来ない。




ヒュンっ!と何かが顔の真横を通り過ぎた。
そして、ドカッ!っと嫌な音がしてドアにナイフが突き刺さった。
「…………」
思わず固まる
「オレは忠告しておいたはずだぞ。オレから逃げようとするな。
オレは徹や雅信と違って、おまえに特別な感情を持っているわけじゃない。
だから、あいつらと違って、いつでもおまえに危害を加えることができるんだ。
元々、それがオレの任務だからな。
この戦いが終われば一度は帰してやると約束したが、それはおまえが大人しくしていればの話だ。
二度と逃げようなんて考えるな。次はないぞ」
「……桐山くんが」
は悔しいのか悲しいのかわからない涙をグッと堪えた。


「桐山くんが、殺されるのを黙って見てろと?」


「随分と消極的な考えだな。オレは勝つのは桐山だと言ったはずだぞ」
「どうして、そんなことがわかるの?あの男は異常だと言ったのはあなたよ」
「簡単だ。あいつの目は晃司にそっくりだからだ」
突然、高尾晃司の名前を出されは途惑った。
「……晃司って……高尾って転校生よね?」
「そうだ。あいつはオレたちのような十代の軍人の中では最強だ。
その晃司と同じ目をしているんだ、桐山和雄は」

確かに……それは自身も感じていた。

「だから雅信に勝つとオレは判断した。奴に勝てるのは晃司かオレくらいだ」
「……あなたも勝てるの?……どうして、そんな自信が?」
「オレにあって奴にないものがある。それは経験値だ。
あいつがオレたちのように軍で特殊な教育を受けていた人間ならともかく所詮は民間人」
「…………」


「経験値のレベルだけは、どんな天才でも超えられない。
そして、オレは奴を決して過小評価していない。
だから雅信を使って、データをとって全力で殺しす。
直人は奴を舐めてかかった。徹にいたってはくだらない感情で己を見失った。
オレは直人や徹とは違う。オレは誰にも負けるつもりはない」


(……この男)


は鳴海とは違う意味で心底周藤を怖いと感じた。
周藤の言うとおり鳴海に勝利したとしても桐山はこの男と高尾を相手に戦わなければならないのだ。
ただでさえ今まで何度も死闘を繰り広げ体力的にも限界だろうに。


私が……私が貴子や光子みたいに強い女だったら……。
少しは桐山くんの役に立てるのに……。


は今ほど自分を情け無いと思ったことは無い。
今でも敵の一人のそばにいるのに、何も出来ない。





「……何よ」
「おまえは確か月岡彰や相馬光子とも親しかったな」
突然、月岡や光子の名前を出されは何事かと顔を上げた。
「……どうして、今そんなことを?」
「見ろ。招かざる客だ」
周藤が指差したモニターを見たは驚愕した。


「み、光子!月岡くん!!」


「……飛んで火にいる夏の虫だ。あの二人はポイントが高い」
「…………」
「一緒にいるおまけは……こっちは二人合わせて30ポイント程度だがな」
周藤はチラッと桐山や鳴海を監視しているモニターを見た。


「……こっちは長期戦になるな」
それから地図を広げた。
「……往復で三分程度か」
周藤は立ち上がった。は反射的にドアの前に立ちはだかる。


「光子や月岡くんをどうするつもり!?」
「わかりきったことを言うな」


「光子たちを殺そうっていうの!?」
「それがオレの仕事だ。こいつらを倒せば一気にポイントが加算される」
「やめて!光子や月岡くんに手を出さないで!!」
は必死になって周藤を止めようとした。
「聞き分けの無い女だ」
途端に首筋に周藤の手刀が入った。さらに周藤は念のためにの両手を後ろ手で縛った。
「五分で帰ってくるから、それまで大人しくしてろ」
周藤はそれだけいうと部屋を後にした。




【B組:残り18人】
【敵:残り3人】




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