『殺す!八つ裂きにしてやる!!』
モニターを通しても鳴海の怒りと異常さは伝わってくる。
「……桐山くん」
「奴が心配か?」
「当たり前でしょう!」
この戦いの仕掛け人・周藤に美恵は怒りを込めて怒鳴った。
「そう心配するな。この勝負、オレの予想では勝つのは桐山だ」
「え?」
「そうでなければ、わざわざこんな面倒なことはしない。
雅信なんかにむざむざ1000ポイントをくれてやるものか」
しかし、周藤は「だが」と付け加えた。
「奴も無事では済まないだろう」
「あの男を使って弱り切った桐山くんを殺そうというの?!」
「……さあ、それはどうかな?」
キツネ狩り―132―
「……坂持と、もう一人いるな。男子生徒と一緒だ、捕虜になったのか」
坂持の足跡があった。しかも、もう一つ。兵士のものではない。
兵士が履いている政府支給の軍靴の裏と足跡の模様が明らかに違うからだ。
だから、もう一人は生徒(サイズから男子だと)だと高尾は容易に推理した。
さらに追跡すると足跡が、もう一つ増えている。もちろん、これも生徒のものだ。
サイズから合流した者も男だとわかった。
また、しばらく歩くと高尾は足を止めた。足跡が途切れている。前方には小川が流れていた。
「…………」
チラッと後ろを振り返って点々と続く足跡をじっと見た。
高尾は少し考えたが小川にそって歩きだした。
その様子を近くの丘の上から見詰めている者たちがいる。
彼らは高尾の姿が森の木々で見えなくなるとホッと溜息をついた。
「どうやらまくことに成功したようだな」
「ああ……それにしても川田、おまえ随分と頭が切れる奴だったんだな」
坂持を連れた川田と三村は小川の手前まで来た。
その後、自分の足跡にそって後ろ向きで後退し、茂みに飛び移った。
野性のクマが獲物を捕まえる時につかう狩猟テクニック。
違うのは川田たちは敵から逃げるために使ったということだ。
足跡は小川の手前で消えている。
川田の思惑通り高尾は自分たちが小川にそって移動していると思ったのだろう。
下流に向かって歩いて行く。これで高尾とは、しばらく会うことはない。
後は他の転校生に鉢合わせしないように注意して移動すればいい。
「おまえが一緒だと心強いぜ」
「そう、おだてるな。オレは経験者だから、おまえたちより慣れているだけだ。
それよりも急ぐぞ。さっさと他の連中と合流して戦闘態勢を整えないとな」
「相馬と月岡は?」
「一緒に連れていってやりたいのは山々だが、居場所がわからない以上どうしようもない。
第一、二人は鳴海とかいう転校生に追われて行方不明になったんだろう?
奴とはさっき学校で会ったがとにかくヤバイ奴だった。
あんなのに目をつけられて無事でいられるわけがない。
残念だが今頃は島のどこかで冷たくなっている可能性大だ」
「……確かにその可能性はでかいな」
「非情だが今は二人を探すより、これからのことを考えるほうが先決だ」
「ああ、そうだな」
もはや戦意喪失となっている坂持を連れ二人は先を急いだ。
そんな二人を丘を見下ろすようにそびえ立つ崖の上から見ている者がいた。
「……!」
桐山は咄嗟に腕をクロスさせ顔の前に出した。狙われたのは顔面だ。
鳴海は殺し専門の工作員。急所である頭部を狙うのは当然だが、今の攻撃の理由は急所だからではない。
鳴海はただめちゃくちゃにしたかったのだ桐山の顔を。その顔か秀麗であればあるほど。
ただ潰したかった。それだけの理由で頭を狙ったのだ。
(……重い!!)
桐山は腕の骨が折れるのではないかというほどの衝撃を感じた。
それほど重いパンチだった。当然、腕に走る痛みも半端ではない。
だが痛みなどに気を取られている暇などない。
間髪入れずに左顔面目掛け蹴りが飛んできた。
咄嗟に上半身を後ろに反らした。さらに、そのままとんぼをきっている。
桐山の滑らかな動きは隠しカメラを通して見ていた周藤も感心していた。
「……全く無駄がない動きだな。まるで晃司を見ているようだ」
かつて弟や部下たちに襲わせた時とまるで違う。
動きも、そしてスピードも。
やはり、ある程度のレベルの人間が相手でないと実力は見せないというわけ……か。
「思った通り奴はオレたちと同じ種類の人間だ。殺す側の人間だ。
もし奴が桐山財閥のお坊ちゃんではなく、オレたちみたいな境遇だったら……」
周藤はフッと微笑した。
「間違いなく、特撰兵士になっていただろうな」
(……桐山くん)
美恵はじっと画面を見詰めた。
鳴海が怒りのままに攻撃を繰り返しているが桐山はそれを全て紙一重でよけている。
素人の美恵から見てもわかる、怒りで我を忘れているせいか、鳴海の動きはあきらかに桐山より悪い。
動きが大きいのだ。冷静さを取り戻した桐山のほうが有利に見える。
それなのに美恵は一抹の不安を拭いきれなかった。何故なら周藤がまるで焦っていないからだ。
鳴海の攻撃はことごとくかわされているというのに。
(何なの……この余裕は?)
「何を考えているか当ててやろうか?」
ふいに周藤が口を開いた。
「このままでは桐山が雅信を倒すのは時間の問題だ。
それなのに何故オレが落ち着いているのかがわからない。
不気味だ、何か理由があるんだろうかと思っている。そんなところか?」
「……!」
「図星か?」
「……そうよ。あなたは桐山くんが勝つと言った。
でも、簡単に決着がつくとは思っていないんでしょう?
その理由を教えて。一体、なぜ、そんな余裕な態度でいられるの?」
「理由か……簡単に言えば、おまえは雅信を知らないが、オレはあいつをよく知っている。
あいつには直人や徹にはない決定的なものがある。
オレは、それを何年も見てきた。だから、こんなことでは終わらないとわかっている。
それがあるからこそ坂持は奴を要注意だと言ったんだ」
「何なの、その決定的なものって?」
「見ていればわかるさ。もっともそれを差し引いても桐山には苦しい戦いになるだろう。
奴は直人や徹と全く戦闘スタイルが違う。二人は計算した戦いをする。
だが雅信には計算なんかない。あるのは野性の勘と本能だけだ。
そして桐山はどちらかといえば徹や直人同様計算した戦いをするタイプ。
そういう奴にとって、ああいう単純バカはかえってやりづらい。
自分と同じタイプなら、ある程度行動も予測できる。
だが、全く違うタイプ。それもセオリーを無視した行動をとる奴は、予測不可能だ」
とんぼをきった桐山は着地した時、すでに銃を取り出し構えていた。
「!」
少々驚いた。なぜなら鳴海は銃口を見ても全くひるまずにつっこんできたのだ。
いや、正確に言えば、銃など眼中に無い、そんな感じ。
もちろん、こちらは撃つだけだ。桐山は引き金にかけてある指に力を込めた。
銃声が鳴り響く前に鳴海の肉体がまるでワイヤーロープでつられたかのように一気に宙に浮いた。
そして空中で回転、逆さまの体勢になった。その両手は桐山の首に伸びている。
首の骨をへし折る気だ!
こんな体勢で、そんな無茶なことできるわけないが、桐山は直感でそう感じた。
だから、スッと銃口を上に向け発砲した。だが鳴海はひるむどころか、桐山の髪の毛を掴んだ。
頭が後ろに引っ張られ反射的に桐山は鳴海の腕に手刀をお見舞いした。
ドサッと背後で音がして、鳴海が地面に転がっている。
その右手には数本髪の毛が握られていた。
(……こいつ)
菊地や佐伯の洗練された動きとはまるで違う。
今までの敵とは違う、まるで野生の猛獣を相手にしているかのような感覚。
(危険だ……)
なぜかはわからない。桐山はそう感じた。
(今のうちに殺しておこう)
すぐに銃口を向けた。
鳴海が立ち上がった。立ち上がったというより、何かに引っ張られたような動き。
まるで鞭のようなしなやかさ。野生動物で言えば黒ヒョウが即座にイメージできる。
立ち上がると同時に、斜め後ろに、これまた引っ張られるように後ろ向きのままジャンプ。
もちろん桐山も銃口をスッと真横に向けなおした。
後は引き金を引くだけだったが、鳴海は右つま先が地面に接したと思いきや今度は大きく背面飛び。
きちんと着地する前に、片足だけで一気に大ジャンプ。
しかも、こともあろうに桐山目掛けて砂(先ほど地面に転がったときに掴んだのだろう)を投げていた。
桐山が目を瞑った。
「……桐山くん!!」
その様子を一部始終見ていた美恵はヤバイと思った。
鳴海がやっていることは小学生のケンカレベルかもしれない。
だが、桐山の視覚をたとえ一時的にしろ奪ったことは事実だ。
この殺し合いの最中、視覚を奪うということは実に有効的な攻撃手段といえよう。
「殺す!!」
桐山の背後に着地した鳴海が怒鳴りながら懐からナイフを取り出した。
「八つ裂きにしてやる!!」
鳴海はナイフを振りかざした。ナイフは空を切る。
桐山は前方に跳んでいた。そしてクルッと一回転して起き上がろうと思った。
思ったが、止めた。出来なかった。
「殺す、殺す、殺す!!」
鳴海がナイフを突き刺してきた為、回転しながら避ける羽目になったからだ。
桐山が回転するたびに、地面にドスドスと穴が空いた。
「相変わらず、頭に血が昇るとメチャクチャな攻撃を仕掛けるな、あいつは」
周藤は苦笑した。
「…………」
そして「わかっただろう?」と無言で二人の戦いを見詰める美恵に言った。
「奴は今本能のままに攻撃を仕掛けている。こういう奴はやりにくいんだ」
「…………」
美恵は周藤をキッと睨むと再び画面を見た。桐山は三回ほど回転すると立ち上がった。
「頭のいい奴だ。崖の上で視覚を失った以上、下手に動き回る事は危険だとわかっている」
周藤が言ったとおり、桐山が起き上がった地点は後一メートルで崖から真っ逆さまという場所だった。
桐山は目を開けた。痛むが見えないことはない。
だが、やはり、まだはっきりとは見えない。そのことは鳴海ももちろんわかっている。
「潰す!!」
桐山の顔目掛けて握った拳を炸裂させようとうちこんできた。
その拳にはいつの間にはめたのか、メリケンサックがキラリと光っている。
あんなもので殴られたら、桐山の完璧なまでに整った容姿に大きな傷ができるだろう。
いや、傷どころではない。
桐山は紙一重で拳を避けると、反対に鳴海がのばしてきた腕を掴んだ。
同時に、鳴海の足に蹴りを入れた。鳴海がバランスを崩し、大きく体勢を崩す。
そのまま、桐山は鳴海を崖下目掛けて投げ飛ばそうとした。
普通なら自分の身を守る為に回避しようとするが、鳴海は全く違った。
崩れたバランスを立て直そうとはせずに、桐山の顔に攻撃を仕掛けてきたのだ。
自分の身は一切省みない。相手を殺すことしか考えてない。
桐山の腕の力が僅かに緩んだ。
鳴海がメリケンサックをつけている方の腕は桐山が掴んでいる。
もう片方の腕の先は素手のまま。ただ拳を握っているだけ。
それで殴られても死ぬことはないだろうが、桐山は反射的に避けようとした。
その為、鳴海を投げ飛ばす力が半減してしまったのだ。
鳴海は崖下に落ちてない。一歩手前に落ちていた。
岩が露出した地面に落ちたのだ。
無事では済まないだろう。鳴海が地面に落ちた瞬間、鈍い音がした。
鳴海が動かなくなった。ピクリともしない。辺りがシーンと静まり返っている。
「……まさか、うちどころか悪くて?」
死んだの?美恵は思わず、鳴海の死を連想した。
鳴海はうつ伏せになって倒れたまま、まだ動かない。
「……天瀬美恵」
周藤の口調が変わった。低くなっている。
「おまえは知りたがっていたな。オレがなぜ余裕なのか」
「…………」
「よく見てろ。その理由がわかる」
「……どういう……こと?」
「見ていればわかる。……すぐにな」
ジッと動かなかった鳴海の指がピクッと動いた。
そして、ゆっくりと体を起し始めた。
「なあ川田、どこに向かっているんだ?病院には戻らないのかよ?」
「あそこには、もう誰もいない」
「どういうことだ?」
「高尾とかいう転校生が襲撃したんだ。学校にあった隠しカメラのモニター画面でバッチリ見た」
「……じゃあ杉村たちは」
「生きていればオレが指示した場所に移動しているはずだ」
三村は少しだけホッとした。あくまで少しだけだ。
「その前に確認しておく事がある」
そう言うと、川田は坂持のさるぐつわをはずした。
「おい坂持先生よ」
「……な、なんだ」
鳴海から解放されたとはいえ坂持は命の危険を感じ必要以上に強張っていた。
「そう硬くなるな。少なくてもオレたちは、おまえさんを拷問しようなんて趣味はない」
確かにそれはないが殺される可能性はある。それもかなり高い可能性で。
「まず、おまえさんの細かい任務内容を知りたい」
「い、今さら何を……」
坂持はぷいっと視線をそらした。
「せ、先生の任務はこのプログラムをとどこおりなく実行、監視することにある。
おまえたちの行動をしっかり記録にとることが先生の……」
そこまで言いかけた時、川田は坂持の言葉を遮るように言った。
「……政府が乗り込んでくるのはどんな状況になった時だ?」
坂持がギクッとなった。
「……な、なんだと?」
「おまえさんはプログラムを監視して、不測の事態が起きた場合は当然上に報告するんだろう?
プログラム実行部は、よりにもよって暴走した軍の士官によって壊滅状態。
これは当然上に報告するべきことだな?」
坂持の額から汗が流れた。
「鳴海雅信の裏切り行為は上に連絡したのか?」
三村もハッとした。
そうだ、生徒ならまだしも政府側の人間が反逆行為も同然のことをしたのだ。
当然、これは上に報告しなければならない。
そうなると、政府はもしかしてプログラムをいったん中止にするかもしれない。
だが、三村はだからといって、自分達の命がひとまず助かったとは思わなかった。
これほど非情なことをやってのける政府だ。自分達の命なんてなんとも思っていないだろう。
むしろ、こんな不始末を隠す為に自分達をさっさと殺しにかかるかもしれない。
三村はそこまで考えをめぐらせて坂持を凝視した。
坂持は少し俯いたが、やがて「当然、報告している」と言った。
「鳴海の行為は軍への、ひいては総統陛下に対する反逆行為。
断じて許されることではない。すぐに軍は軍隊を率いてこの島に乗り込んでくる。
プログラムはいったん凍結されるだろう。
川田、今すぐに先生を放せ。そうすれば、おまえたちのことは悪いようにはしない。
どうだ?悪い話ではないだろう?」
「そうか、よくわかった」
川田はニヤッと笑った。
「おまえさんは報告などしていない。いや、出来なかったんだな?」
坂持は図星をつかれてギクッとなった。
「川田、なぜそんなことがわかるんだ?」
「実はな三村。オレと桐山が乗り込んだとき、すでに鳴海は兵士を殺戮しはじめたらしいんだ。
あの時、すぐに報告していたのなら、今頃は海上に待機している軍が上陸しているはず。
だが、奴等今だにあそこに浮んでいるだけで、まるで動きを見せていない」
「……ああ、確かにそうだ」
三村は呑気に並んで浮んでいる艦隊を見て、そうはき捨てた。
「だが、なぜすぐに連絡しなかったんだ?自分の命がかかっているんだぞ。
他の転校生に助け求める暇はあっても、上に報告する暇はなかったってわけじゃないだろう?」
「報告することが出来なかった……と、いうことだな。
オレは少しくらいなら軍のことは知っている。
特撰兵士というのは、少年兵士の中から将来有望な少年を数年に一度選びだす。
そいつらに超エリートコースを歩ませる特別な制度らしい。
つまり奴等は、軍にとっては特別な存在なんだ。
その特別な奴等の一人が、よりにもよってプログラムの最中に突然反逆した。
これは当然坂持の責任問題だろう。減給どころじゃすまないな」
完全に図星だった。坂持はチッと舌打ちした。
「だから、上はこの事態を知らない。
助けに来るどころか、こいつがとらわれの身になっていることさえ知らない。
だが、このままの状況が続けば上の連中は気づくかもしれない。
例えば……こいつの任務に時間ごとにプログラムの進行状況を報告するようなことがあった場合だ」
坂持は驚いて川田を見上げた。
「……やっぱりそうか」
川田には何もかもお見通しのようだ坂持は観念して喋りだした。
「ああ、そうだ。先生は二時間ごとに上に進行状況を報告することになっている。
もしも時間を過ぎても報告しなければ上も何か合ったと気づくはずだ」
「……こんな事態になっていることがばれたらプログラムはどうなる?」
「当然中止だ!先生の将来も終わりだ!!」
「……生き残っている生徒は?おうちに帰してくれるのか?」
坂持はグッと黙り込んだ。その様子でだいたいわかった。
いざということは……生徒たちは『あくまでもプログラム中に死亡』ということになるようだ。
「……次回の報告時間はいつだ?」
三村が質問した。坂持は答えない。
「いつだって聞いてるんだよ!!」
坂持の襟首を掴んで揺さぶったが、それでも坂持は答えない。
それは言えば自分の命が危ないからだ。
「……どうやら、その時間は迫っているようだな」
川田の鋭い洞察力に坂持は三度ギクッとなった。
「そのことを言えばオレたちが逆上しておまえを殺す、そう思っているのか?
だからいえないんだろう?」
「…………」
坂持の額から、だらだらと汗が流れた。
「……言ってもらおうか?後どのくらいで上は動く?」
「…………」
坂持は答えなかった。
「答えてもらおうぞ坂持。オレたちも命がかかってるんだ。
もし答えないのなら、それなりのことをさせてもらう」
川田は坂持の首に手をのぼすと、いきなり締め出した。
「……や、やめ……っ!!」
坂持が苦しそうにもがく。
「か、川田?」
「こっちも命がかかってるんだ」
川田がいったん手を離すと、坂持はゲホゲホと咳き込んだ。
「言ってもらおうか坂持……答えなければ死んでもらう」
「……あ、後……後三時間だ!!」
「見えすいた嘘は言うな」
「……なんだと、なぜわかった?!」
「やっぱり嘘か」
坂持はゲッとなった。
「最後の忠告だ坂持。オレもバカじゃない、貴様が嘘をつけば、そのくらい見抜く。
さあ本当のことをいえ、今度デタラメをはいたら、オレは容赦なく、その額に銃を突きつけるぞ」
川田の迫力は脅しとは思えなかった。
「……わ、わかった……あ、後……後、一時間と十分後だ」
「……一時間十分」
「そうだ。五十分前に最後の報告をした。報告は二時間毎。
だから……一時間十分後に何の連絡もなければ上は動く。
まず最初に海上待機している艦隊から偵察ヘリがくるだろう」
「……そうか」
三村は青ざめて川田を見た。
「川田……オレたち、どうなるんだ?」
「どうも、こうもあるか。いいか三村、このことは誰にも言うな」
「……川田?」
「他の連中には絶対に言うな。パニックになる」
「……杉村や七原にもか?」
「そうだ。オレがおまえに聞かせたのはおまえなら大丈夫だと思ったからだ。
だが……他の連中が聞けば動揺する。大丈夫なのは、おまえと桐山くらいだろう」
確かに、こんなこと他の生徒にはいえない。
ただでさえ精神的に追い詰められているのだから。
「とにかく急ぐぞ。それまでに何とか策を立てなければいけないからな」
「……あ、ああ」
川田は坂持にまたさるぐつわをすると、「さっさと歩け」と命令した。
二人は知らなかった。歩いている自分達を見ている人間がいることに。
――誰よりも恐れた高尾晃司が崖の上から見ていることに。
【B組:残り18人】
【敵:残り3人】
BACK TOP NEXT