(天瀬っ!!)
桐山は例の崖に辿り着いた。美恵がいるはずだ……最悪の場合、美恵の死体が。
だが、そこには桐山の予想しなかった光景が広がっていた。
崖の上には美恵の姿がなかったのだ。影も形もない。
しかし痕跡だけはある。血だ。大量の血液、そしてナイフは残っている。
「……どういうことだ?」
ナイフを手にとった。
「これは……」
ナイフにべったり付着している血液。それは本物の血ではない。
偽物、つまり血のりだった。と、いうことは美恵は生きるているということだ。
桐山は心の底からホッとした。ホッとするとともに疑問がわいてきた。
何故こんなマネをしたのだ。やったのは転校生には違いない。
学校にいた鳴海は違うので周藤が高尾かのどちらかだが目的は何だ?
単純に標的を殺さずに、こんな厄介なことをする目的は?
「何故標的を殺さずに……」
そこまで考えて桐山はハッとした。
(……標的を一人にしぼっているのか?)
美恵は囮、つまり標的は自分だ。1000ポイントの自分をおびき寄せる為に仕組んだこと。
だとしたら、すぐにこの場を離れなければ敵の思う壺になる。
その時、背後からガサッと物音が聞こえた。
キツネ狩り―131―
「んー!んー!」
通訳すると『高尾ー!高尾ー!!』と叫んでいる。
もっともさるぐつわをされている身では、どんなに叫んでも音量はでない。
「静かにしろ!いいか坂持、オレは七原たちのようにお優しくないんだ。
おまえには色々と聞きたいことがあるから、とりあえず生かしてやっているだけだ。
だが、これ以上騒ぐと無理矢理静かになってもらうぞ」
「…………!」
「大人しくなるのか?それとも永遠に沈黙したいか、どっちだ?
大人しくするか?するのかと聞いているんだ」
坂持は黙るとこくこくと頷いた。
「よし、じゃあ先を急ぐぞ。さっさと歩け」
川田がせっつくと坂持は必死になって歩きだした。
ロープで両腕の自由は奪われているため、思うようには動けなかったが歩くだけなら支障はない。
(さて……今はまず学校から距離をとることが先決だ。あの化け物にだけはとてもじゃないが勝てる気がしない。
それに桐山が政府のシナリオをことごとく変更している以上、奴らがこのまま黙っているとは思えん。
これ以上、奴らご自慢のエリートたちが負けるようなことがあれば……。
連中は必ず汚い方法でそれを闇に葬ろうとするはずだ)
川田は前方にかすかに人影を見た。
「……!」
川田は歩みを止めた。
(誰かいる……転校生か?)
川田は残っている三人の転校生を思い浮かべ考えた。
(あの化け物や金髪のサイコ野郎は違う……。
と、なると周藤とかいうもう一人の転校生の可能性大だな。
だがクラスメイトかもしれん。少し様子を見るか……)
川田は坂持を地面に俯せの体勢で押し付けると茂みの影からじっと気配のする方を見詰めた。
5分程たった。しかし相手は何の動きも見せない。
(……どうやら違うようだな)
川田は転校生ではないと判断した。転校生なら攻撃を仕掛けるだろう。
しかし、相手はこちらの様子を伺っているようで一向にに攻撃する気配がない。
第一、戦闘のプロなら気配を消さないはずがない。
しかし相手は上手く隠れて物音も完全に消してはいるが気配までは消してないのだ。
川田はゆっくりと茂みがら姿を現した。もちろん警戒はしていたが。
相手も飛び出してきた。
「川田!!」
「三村、おまえだったのか」
敵ではない。それも足手まといにならない数少ないクラスメイトだ。
川田は少しだけ、今日は運がいいなと思った。
「どうして、おまえがこんな所にいるんだよ。学校の方から来るなんて」
「まあ色々あってな。おまえさんこそどうして学校に向かって歩いていたんだ」
「オレのほうも詳しく話すと長くなるんだ。
省略すると相馬と月岡を捜していたら坂持の放送が聞こえたんだよ。
異常事態がおきたようだから様子を見ようと思って学校に行こうと思っていたんだ。
もしかしたらオレたちにはラッキーなアクシデントが起きたかもしれないと思ってな」
「そうか」
「おまえは?」
「ああ、我侭な若様が無謀なことを考えてな。仕方ないから付き合ってやっていたんだ」
「桐山は?一緒じゃないみたいだがどこに行ったんだよ」
「詳しいことは後て説明する。それより土産があるんだ」
「土産?」
川田は顎をクイッと動かして茂みを指した。三村は茂みに近き覗いてみた。
さるぐつわに、ロープで拘束されている坂持が恐怖に満ちた目でこちらを見ていた。
「……和くん」
「…………」
さくらの声に山本は応えなかった。
クラスで一番仲のいいカップル。流行の言葉でいえばバカップルの域まで達している二人だった。
だから、いつでも山本はさくらに声を掛けられると本当に嬉しそうに応えていた。
それなのに、今は黙って歩いている。こちらを見ようともしない。
助けようと思えば出来たはずなのに助けなかった。
思えば美恵とはあまり口もきかない顔見知り程度の関係。
でも見殺しにした。あの男が美恵の胸をナイフで刺すのを黙ってみていた。
いや、恐怖のあまり叫びそうになるのを必死に押さえた。
自分の存在がばれるのが怖くて(周藤は気づいていたが)
さくらは山本が後悔しているだろうと思った。女の子を見殺しにしてしまったことを後悔して落ち込んでいると。
そう思った。いや、思いたかった。だが山本が口にした言葉はさくらの願いとは逆だった。
「……さくら、月岡たちには……その内緒にしておこう」
「……和くん?」
「ほ、ほら……月岡も相馬も……彼女と仲良かったし……。
い、いくら仕方ないとはいえ……結果的には見殺しにしてしまったかもしれないし」
結果的にはではない。結果的とは偶発的におこった事の結末のこと。
あれは、はっきりした意思を持っての行動だったはず。
「オレだって、本当は助けてやりたかった。でも、仕方なかったんだ。
ああしなければオレたちだって死んでいた。オレは……さくら、君を守りたかった。
君を守る為にああした……だから、黙っていたほうがいいと思うんだ。
さくら……オレたちの……いや、君のためにも……」
「……私のため?」
「うん、そうだよ。二人にばれたら、きっと二人はオレたちを見捨てる。
だから、黙ってよう。後は……オレはさくらの気持ちに従うよ」
そんな話をしているうちに元の場所に戻ってきた。
「ああ、やっと帰ってきたわよ光子ちゃん」
「本当、どこで何してたのかしら。おまけに手ぶらよ」
二人はハッとした。そうだ、確かロープか橋の代わりになるものを探していたんだった。
「……たく、使えない男ね。ほら、しっかり受け止めて」
月岡が何かを投げてきた。拳大ほどの大きさの石。蔓の先端に、その石をつけて投げてきたのだ。
「あんたたちがあんまり遅いから、アタシが探してきてあげたのよ。
ほら、その蔓を、その木の幹に縛って」
「……え、えっと……この木?」
「そうよ。ほら、さっさとしなさいよ。でないと今度こそ置いていくわよ」
「ま、待ってくれよ。すぐにやるよ」
山本は急いで言われた通りに木の幹に蔓を巻きつけ縛った。
「じゃあ、早くその蔓につかまってこちらに来なさいな」
「あ、ああ……じゃあ、さくらから行けよ」
「……う、うん」
山本に言われて、さくらは先に崖を渡った。
渡りながら考えていた。本当に仕方なかったのか?と。
七原はただのクラスメイトに過ぎない自分を自分の命の危険と引換えに守ってくれた。
でも山本は見殺しにしたことを後悔することより見殺しにしたことがばれるのを恐れている。
さくらの為にやったことだといった。
(……それって、私の為なの?……本当に?それとも……)
それとも……私のせいにして罪の意識から逃げているだけなの?
「さくらちゃん、ほら後少しよ」
さくらはハッとした。月岡が両手を出して「つかまりなさい」と言ってくれている。
「あ、ありがとう月岡くん」
「水くさいわね。同じ女同士、協力しないと」
女同士?少々気になる単語だったが、月岡が頼りになるのは確かだった。
二年も付き合ってきた山本には申し訳ないが、はっきりいって山本より月岡のほうを頼りにしてしまいそうだ。
今までは不良ということで避けていたからわからなかったが月岡は意外にも優しい。
それに頭もいいし、度胸もある。
山本は自分を愛しているし優しいが、はっきり言って愛情しかない。
「次は山本くんよ。さっさとしないさよ」
「あ、うん」
山本が渡りだした。
「ちょっと遅いじゃない。早くしなさいよ」
短気な光子はご立腹のようだ。蔓を掴み揺さぶりをかけ出した。
「そ、相馬!止めてくれよ!!」
山本は青ざめて蔓にしがみついた。
「だったら早くしなさいよ。出ないと今度はカマで蔓切るわよ」
山本は慌てて渡りきった。
「じゃあ行きましょう。それにしても美恵ちゃん、どこにいるのかしら?」
美恵の名前が出た。山本が思わずビクッと反応した。
「……どうしたの山本くん?」
「何よ、その反応……もしかして美恵のこと何か知ってるの?」
「……し、知らないよ。知るわけ……ないだろ」
山本は必死になって平然を装った。
装ったつもりだが、台詞が棒読みになっている。
「……本当?それにしてはやけに大袈裟な反応してるじゃない」
「ねえ、何か隠してない?」
す、鋭い!!山本は内心汗だらだらだった。
いや、あまりの緊張感からか、汗など一滴も出なかった。
恐怖が全身の体温を一気に下げていたのだ。
「ほ、本当だよ……天瀬さんと転校生なんて見てないよ。な、さくら?」
「……う、うん」
さくらは心が痛んだが、見殺しにしてしまったことがばれるのはやはり怖かった。
だから不本意ながらも山本の提案を受け入れたのだ。
しかし、そんな二人の浅知恵など、大人の裏の面すら知っている二人に通用などしなかった。
「本当に何も知らないの?」
月岡が再度聞いた。
「本当だよ、何だよ、さっきからしつこいな!本当に何も見てないって言ってるだろ!」
心の中を見透かしているような月岡の視線に山本はたまらず大声を上げてしまった。
「……そう、わかったわ」
良かった……なんとか、誤魔化せた。
山本はホッとした。しかし、次の瞬間、月岡はとんでもないことを言った。
「ところで山本くん、アタシは『何か知ってる?』って聞いたわよね」
「……そ、そうだけど」
「それに対して、あなた、なんて返事したか覚えてる?」
「……え?」
返事?慌てて否定しただけだ、特に変なことは言ってないよな?
「あなた言ったわよね」
「美恵ちゃんと『転校生』なんて見てないって、あなた、そう言ったわよね。
アタシ、転校生の事なんて一言も質問してないわよ。
それなのに、あなた、転校生のことまで口に出していたわ。
第一、アタシの質問に普通は『何も知らない』って言うわよね。
でも、あなたは『何も見てない』って、そう『見てない』ってこたえたのよ」
山本はハッとして、へなへなとその場に座り込んだ。さくらも震えだした。
月岡に続き光子も静かな口調でこういった。
「それに、あなた月岡くんが再度質問したとき逆ギレしたわね。
あのね、教えてあげようか?
人間って、聞かれてまずいことをしつこく質問されると感情的になるのよ。
本当にバカな男。嘘つくなら、もっと上手につきなさいよ」
月岡と光子から見たら山本など同世代の人間ではない。
それほど二人は精神的には大人なのだ。
「な、何……何……言って……オ、オレは……オレは……」
もはや完全にばれている。それでも山本は必死に言い訳した。
いや言い訳しようとした。でも言葉が出ない。
「……ごめんなさい!!」
さくらが泣きながら地面に両手をついていた。
「私……私達……見たの」
「さ、さくら……何言ってるんだよ!!」
「和くん、もう隠し通せないわよ。全部打ち明けましょう。
私……やっぱり、こんなの嫌……。殺されるのも怖いし嫌だけど……だけど……。
だけど……このまま嘘ついて自分だけ安全な場所にいるなんて……」
山本はもはや何も言えなかった。
「さくらちゃん、何があったの?全部、話してくれるわよね?」
「ええ……実は」
「……ん」
美恵は胸の辺りに妙な感触を感じ目を開けた。
まるで何かに這われているような、そんな妙な感触
(私……どうしたの?)
ゆっくりと記憶をたどる。確か周藤に突然鳩尾に拳をくらい気を失ったのだ。
そう、美恵はナイフで胸を刺され死んだのではない。
気絶させられ死体のふりをさせられたに過ぎない。
そして今やっと覚醒したのである。そして目を開けた瞬間ギョッとなった。
周藤がナイフを持っていて、その先端に蛇が刺さっていたからだ。思わず言葉を失う美恵。
「毒蛇だ。もう死んでる」
周藤は淡々とそう言った。女の子はたいてい爬虫類が嫌いだ、美恵も例外ではな。
すでに死んではいるが、今だに尻尾がクネクネと動いている蛇を見て青くなっている。
寝ている間に這われたことは黙っていてやろう。
「目が覚めたのなら、この先は歩いてもらうぞ」
「…………」
「それともオレに抱き抱えられたいか?」
「歩くわ!!」
「OK、それでいい」
(……何とか隙を見て逃げないと)
「断っておくが隙を見て逃げようなんて考えるなよ。オレには隙なんてないんだ」
「……!」
図星だった。美恵はグッと言葉を飲み込んだ。
「じゃあ行くぞ」
美恵は観念して周藤の後をついて歩いた。
やがて森を抜けると海が見えた。海岸ぞいに集落が見える。
「どこまで行くの?」
「あそこだ」
周藤が指をさした先に目を向けると、この島の村役場が見えた。
(何の用があるんだろう?)
周藤は役場にたどり着くと玄関の鍵を開けた。
「入るぞ」
村長室にはまた鍵がかかっていたが、やはり周藤は簡単に開けてしまった。
「……これ何?」
モニターがずらっと並んでいる。
「この島に取り付けられている隠しカメラのモニターだ。
もし万が一学校がプログラム実行出来ない状態になった場合、こちらに実行部が移動することになっていた。
つまり、予備のプログラム実行室というわけだ」
周藤はモニターの電源を入れた。
「桐山くん……!」
その画面の中に桐山の姿があった。
「天瀬……天瀬は何処に行ったんだ?」
正確にいえば、何処に連れて行かれたんだ?だろう。美恵は生きている。それは間違いない。
本当に殺したのであれば、擬装工作などする必要がない。
だから生きていると確信できる。だが美恵の居場所がわからない。
敵の標的が自分である以上、すぐにここを動く必要がある。
敵のシナリオなどにしたがってしまえば、美恵はどうなる?
今は生きていると確信できるが、いずれは殺される。その前に捜しだして守ってやらないといけない。
そのためには、すぐにここから立ち去って、美恵を一秒でも早く見つけ出さないと。
そこまで考えをめぐらせた時、その声は聞えた。
「美恵っ!!」
背後から声。振り向く、金髪の転校生が青ざめた表情で立っていた。
「貴様は……」
突然現れた鳴海に桐山はすぐに構えた。
鳴海は恐ろしい表情で桐山を凝視した。正確にいえばナイフを握っている手をだ。
鳴海は混乱していた。それこそ精神の糸が張り詰め切れる寸前なのだ。
美恵の死体をモニターで見てとんできた。だが美恵の姿は影も形もない。
代わりにいたのは血のついたナイフを手にした桐山。鳴海の全身の血が逆上した。
血っ!美恵の……美恵の血っ!!
美恵がいない、いない、いない!!美恵の血がついたナイフ!!
美恵の胸に刺さっていたナイフ!!美恵を……美恵を殺したナイフ!!
それを持っている男!貴様、貴様が美恵を!!
もはや鳴海に一片も理性など残ってなかった。
「殺すっ!貴様を八つ裂きにしてやるっ!!」
「さあゲームの始まりだ」
その様子を離れた場所で見ていた周藤は笑っていた。
【B組:残り18人】
【敵:残り3人】
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