*注意
作中に猟奇的描写がありましたので、その部分のみ省略して簡単なあらすじのみとします。
よって、急にストーリーがスリップしますが、どうかご理解お願いします。
「ギャァァァー!!」
こ、殺されるっ!!
それもチェーンソーで真っ二つというこれ以上ない残酷な殺され方で!!
坂持はたまらず教壇から飛び出した。
「……やっと出て来たな坂持」
鳴海がニヤッと笑っていた。
キツネ狩り―129・130―
「な、七原ぁ……」
飯島は涙目になりなからビクビクと歩いていた。
学校まで百メートルちょっと。
いくら飯島に七原のような身体能力がなくてもニ十秒もあれば十分到着する距離なのだがまだ着かない。
理由は二つ。一つは七原に置いて行かれたことで飯島は一人ぼっちになり恐怖の度合いが加速したこと。
二つ目は例の爆発音だ。どう考えても恐怖の転校生が関係している。
駆け付けたところで殺されたらと思うと自然と足の速度が遅くなるのだ。
「な、七原酷いぜ……置いていくなんて……」
背後から物音がした。
「ひいっ!!」
飯島は全身硬直した。もう一歩も歩けない。
「あ……ひぃ……」
もうダメだ。飯島は己の最後を容易に想像した。
「飯島?」
(え……?)
この声は……もしかして。
「飯島じゃないか。無事だったんだな」
聞き覚えのある声に飯島は振り向いた。
「に、新井田……大木、織田……」
はっきり言って頼りになると断言できるメンバーじゃない。
だが一人で震えていた飯島には勇者に見えた。
「ひ……ひぃぃー!!」
転びそうになりながらも走る坂持。
だが、その走りが三歩も進まないうちに坂持は見事なまでに転倒した。
左足に何か違和感が走ったのだ。慌てて見ると靴の踵にナイフが刺さっている。
「な……!」
すぐにナイフを取ろうとしたが、それどころじゃなくなった。
鳴海が教壇の上から飛び降りたからだ。
「っっ……!!」
坂持は靴を脱ぎ捨て再び走りだした。
「だ、誰かっ!!」
助けを求めても、もちろん誰も来ない。
坂持を守るはずの兵士たちは全員死亡。頼みの綱の高尾はまだ来ない。
周藤にいたっては助けにくるつもりなど毛頭ないのだ。
「く……来るなぁ!!」
坂持は一か八かで持っていた解剖用のナイフを投げた。
ナイフ投げは得意中の得意。もちろん狙うは鳴海の額のど真ん中。
当たれば命は助かる。宝くじの比ではない。
そんな坂持の希望を打ち砕くように鳴海はまるでハエのようにナイフを叩き落としてしまった。
こうなったらもう全速力で逃げるしかない。
坂持は先程駆け上がってきた階段を今度は猛スピードで駆け降りた。
しかし踊り場にてチェーンソーを持った鳴海が坂持の前に飛び降りてきた。
「!!」
逃げ道を塞がれた。坂持は叫び声すら出ない。
鳴海は坂持の胸倉を掴むとグイッと引き寄せた。
「終わりた坂持」
「な、何故だ……何故先生をこんな目に!!」
「五月蝿い」
鈍い音が坂持の顎に響いた。
「あ…あが……!」
思うように声が出ない。顎を砕かれたのだ。
続けて鳴海は坂持を投げ飛ばした。
坂持の体は階段を転がり落ちて動かなくなった。
鳴海はゆっくりと近く。坂持はピクリとも動かない。
「……この程度で気絶か。やわな奴だ」
鳴海は坂持の後ろ襟首を掴むとズルズルと引きずりだした。
「……さよなら委員長。野田も谷沢もさようなら……。
あの世でも仲良くな……典子さんもきっと待っててくれてる。
委員長のグループは……すごく仲良かったから……うぅ……っ」
七原は目を閉じさせ両手を組ませることしかしてやれなかった幸枝の遺体に呟くように言った。
最後の台詞を言ったときは涙声で上手く言葉を出せなかった。
こんなところに幸枝の遺体を置いて行きたくなかったが仕方ない。
「七原もう行こう。ここは転校生にばれている。また襲って来るかもしれない」
「ああ、わかってるよ。川田の指示に従って別の場所に移動しよう」
その時豊が「あ、あれ?」と、声をあげた。
全員、豊が指差す方向に視線を向ける。
途端に貴子が「あんたたち、どこに隠れていたのよ!!」と、凄い剣幕で怒鳴った。
杉村が「止めるんだ貴子」と、貴子の肩を掴んで止めた。
止めはしたが気持ちは貴子と同じだ。
あの惨劇の中、新井田と織田はどこにいたのだ?
(飯島と大木というおまけもいたが)
「ま、待ってくれよ!!オレたちはずっとここにいたぜ。
で、でもいきなり凄い音がしただろ。パニくってさ……気付いたら走っていたんだ。
でも落ち着いて考えたら、おまえたちのこと思いだして……。
やっぱり仲間は見捨てられないから戻ることにしたんだよ」
新井田は言い訳をした。一応筋は通っているが貴子の厳しい視線は変わらない。
「新井田の言う通りなんだ。でも慌てて逃げていたから走ってきた道もわからなくて。
戻りたくてもなかなか戻れなかったんだよ……」
新井田の言い訳に織田も調子よく話を合わせる。
「それで迷って歩いている途中で大木と飯島に会ったんだ」
貴子はまだ疑っていたが杉村と七原はもう何も言わなかった。
特に七原は非常事態だったとはいえ飯島を置き去りにしてきたのだ。
その飯島を無事に連れてきてくれた新井田に感謝すらしているようだ。
「そうかわかった。じゃあ行こうか」
「弘樹、あいつら絶対に怪しいわ。あたしたちを見捨てて逃げたに決まってるわよ」
まだ新井田と織田の言い分を信じられない貴子に杉村は諭すように言った。
「貴子、まだそんなことを言っているのか。
新井田たちはちゃんと説明したじゃないか。オレは二人は信じるよ」
「そうだよ。こんな時だ、誰だって思わず逃げ出すことはある。
新井田たちは戻ってきてくれたんだ。それでいいじゃないか」
七原も杉村同様に素直に新井田たちの言い分を信じてしまっている。
「とにかく今は言い争っている暇はない。すぐに移動しよう」
「そうだね秋也、すぐに……」
「慶時?」
七原はギクッとなった。国信の体がグラッと大きく体勢を崩したからだ。
慌てて倒れかけた国信を抱き抱える七原。
「慶時、どうしたんだ?!まさかどこか怪我したのか?!」
「な、何でもないよ秋也。ちょっと疲れただけなんだ」
「本当か?嘘だったら承知しないからな」
「本当だよ」
この時はそう思っていた。ただ疲れが出ただけだと――。
――これより先は猟奇的描写が多々はいりますので簡単なあらすじのみとします――
①坂持、調理室で目を覚ます。拘束されて動けない。
②鳴海の壮絶な拷問をこれでもかと受ける羽目になる。
③仕上げにチェーンソーで胴体切断されそうになる。
④桐山と川田の会話がスピーカーを通して鳴海に聞える。
⑤鳴海、桐山の様子からヒロインに何かあったと察知して坂持殺害の手が止まる。
――簡単なあらすじ終了――
鳴海の動きを止めたのは校内放送だった。
『天瀬、天瀬、天瀬っ!!』
『落ち着け桐山、落ち着くんだ!!』
スピーカーがオンになっていたことに気づいてない桐山と川田の声だった。
『……天瀬……天瀬がっ!!』
……美恵……美恵がどうした?
坂持への拷問に夢中になっていた鳴海はやっと理性を取り戻した。
『助けなければ……川田、オレは天瀬の元に行く』
助ける?……どういうことだ、美恵の身に何かあったのか?
『落ち着け桐山』
『落ちつけだと?オレには出来ない!!天瀬が……天瀬が……』
美恵がどうしたというんだ……?
『胸にナイフを刺されて倒れているんだっ!!』
な……んだと……?
『あ、待てっ!!桐山っ!!』
『止めるな川田。オレは行く』
『仕方ないな……オレは坂持を追う』
そこで会話は途切れた。しかし鳴海の思考は中断したままだ。
(……何が起きた?)
胸にナイフだと……?まさか……まさか、オレの美恵が……。
鳴海は全身ガタガタと震えだした。
何があったんだっ!?
「美恵っ!!」
鳴海はチェーンソーを持ったまま走り出していた。
もはや坂持のことなど存在自体忘れていた――。
「まったくわがままな若様だ」
あっという間に見えなくなってしまった桐山に川田は溜息をついた。
だが同時に感情がないと思っていた桐山に人間らしい一面を見て安堵もした。
(無機質な人間かと思ったが……それだけじゃなかったようだな)
あのお嬢さんは桐山にまかせてオレは坂持を捕まえないとな。
川田はモニターに視線を移して一瞬表情を凍らせた。
「さ、坂持……?!」
桐山と美恵に気を取られて気付かなかった。調理室での地獄絵図に。
「……なんてことだ」
坂持の状態は憎いはずである川田から見ても哀れなものだった。
どうして、人間があんな残酷なことが出来るんだ?
しかし、川田には坂持に同情する暇もつもりもなかった。
何故なら坂持をあんな目に合わせたであろう鳴海の姿がそこになかったからだ。
(どこだ?奴はどこにいる?)
モニター全てを見た。そして見つけた。
走っている。そして扉に飛び付いた。
(あの扉……奴が入ろうとしている、あの部屋は!!)
川田の全身に緊張感が走った。
直後、背後から物凄い勢いで扉を開ける音がした。
同時に銃弾が川田目掛けて飛んできた。
「あ、あの……」
「なあに山本くん?」
ここに奇妙なチームがいた。恋人同士の山本とさくらが一緒なのは当然だ。
だが、何故か二人には不似合い過ぎる光子と月岡がくっついている。
いや正確に言うと光子と月岡に二人がくっついているのだ。
「あの……二人はどこに向かっているんだい?」
何の迷いもなく突き進む二人に黙ってついてきていた。
しかし一向に目的地らしい場所にたどり着く気配はない。
さすがに不安になって尋ねてみた。すると二人は口を揃えていった。
「「特に当てなんかないわよ」」
「……え?」
山本とさくらの形相の温度が数度下がった。
「ど、どういうことだよ。まさか、ただ歩いていたっていうのかよ!!」
「まあ、そういうことになるわね」
「だって、あたしたち逃げるのに夢中で気がついたらあの場所にいたのよ」
「そ、そんな無責任だよ!!」
山本は涙目になって怒鳴りだした。
「二人を信じてついてきたオレとさくらはどうなるんだよ!!」
「だったら今からでも遅くないわ。別行動とる?」
光子の言葉に山本はぐっと言葉を飲み込んだ。
文句はあるが、それを口にだせるほどの器は全くないのだ。
「ほら、文句より前方注意よ」
五メートルほど手前で地面がぱっくりと割れている。
ちょっとした崖だ。巾ニメートルちょっとというところか。
「跳び移るわよ光子ちゃん」
「OK」
月岡と光子はすぐに助走をつけてジャンプした。
「山本くん、さくらちゃん、あなたたちも早くいらっしゃいよ」
ところが二人は跳ぼうとしない。
「ちょっとどうしたのよ」
「……で、できないよ」
「私も……」
「ちょっと二人とも何言ってるのよ。このくらい跳べない距離じゃあないでしょう」
「出来ないわ。私……あんまり体育得意じゃなかったもの」
「そうだよ。それに整備された運動場ならともかくこんな森の中じゃあ」
月岡は呆れはてたが、度胸のない凡人に期待するだけ無駄なので別の方法を考えることにした。
「じゃあ何かロープか橋の代わりになるもの捜して来なさいな」
「ロープか橋の代わりって?」
「ああもう!そんなこともわからないの?!木の蔓とか、大きめの枝よ!!」
「わ、わかったよ」
山本はさくらを残して一旦その場を離れた。
一人で行動するのは怖かったが、いざとなれば月岡と光子が助けてくれると思ったのだろう。
ちなみに二人にはそんなつもりは全くなかった。
「くっ……!!」
川田はその体形からは想像もつかないほど素早い動きでソファの影に飛び越えだ。
当然、あっという間にソファはズタズタ。
返品どころかリサイクルショップにも売れなくなった。
もちろん川田にソファを気遣う余裕はない。
すぐに第ニの発砲が川田を襲うだろう。
川田は猛ダッシュして隣の準備室にまるで盗塁するかのように飛び込んだ。
銃弾がそれに続く。間一髪だった。
川田はそのまま後ろも振り返らずに逃げた。
いつもの鳴海ならすぐに後を追って川田を殺していただろう。
しかし鳴海にそんな心の余裕はなかった。
鳴海はモニターに飛びついた。そして目を見開いた。
「美恵っ!!」
30ほどあるモニターの一つに横たわって動かない美恵の姿があった。
それも単に横たわっているだけではない。
左胸、つまり心臓にナイフが刺さっているのだ。
血も流れている――。
「……あ……あぁ……」
血など見慣れている。この手で何度も何度も流してきた。
だが、愛する女の血だけは見たことがない。
鳴海は生まれて初めて流血にショックを受けた。
「……嘘……だ。美恵、美恵、美恵……」
誰が、誰が、誰がおまえをこんな目にっ!!
「美恵っー!!」
鳴海は窓ガラスを突き破って外に飛び出していた。
一階ではない。落ちれば死ぬ。
もちろん鳴海は死のうなんて考えていない。
クルクルと回転して着地。同時に猛ダッシュしていた。
「美恵ー!!」
目的地は唯一つ。美恵が倒れていたあの崖。
そこに先客がいるとは露知らず鳴海は全力疾走した。
「……な、なんだったんだ、あいつは……」
川田は呆気にとられていた。
間違いなく追いかけてくるだろうと思ったのに違った。
鳴海は自分には目もくれずに窓ガラスを突き破って、そのまま走り去っていったのだ。
「……天瀬の名を呼んでいたな」
それも、あの様子からすると美恵は殺しのターゲットなどではない。
少なくても、あの狂気を秘めた男にとっては。
(信じられないが、どうやらあの男は天瀬に惚れているようだな)
桐山でさえ惚れさせた女だ。ありうることなんだろう。
悪魔が天使に首ったけ……か。
まったく、こんな時にロマンチストなことだ。
「とにかく奴が行ってくれて助かった……坂持を連れ出してすぐにここから出……」
川田はこれ以上ないくらいギョッとした。いや全身凍りついていた。
モニターの一つ(学校正門に仕掛けられているもの)にとんでもない人間が映っていたのだ。
「……あ、あいつだ……きやがったか」
川田は懐の煙草に手を伸ばした。
一本取り出して震える手で火をつけた。
(来るのはわかっていたが……こんなに早く……)
煙草を口にくわえようとしたが、煙草は川田の指をすり抜けて床に落ちた。
(……二度も地獄を体験したはずなのに、な)
オレもまだまだ恐怖というものは捨て切れなかったらしい。
(時間がない、急がないと……)
モニターの中に、風に髪をたなびかせながら高尾晃司が立っていた。
「……え……と、何か……何か……ないかな」
山本は必死になって探したが、思うようなものは見つからない。
もっと行動範囲を広げればいいのだが、正直って月岡たちから距離をとりたくはなかった。
いざという時(それはもちろん転校生と遭遇したときだ)すぐに皆の元に戻れるように。
「急いで戻らないと、急いで……あれ?
数メートル先……崖になっている。
これ以上はいけないや……仕方ない、引き返そう。
そう思った山本だったが、その場に動けなくなった。
「…………ひ」
全身がガタガタと震える。そしてへなへなとその場に座りこんだ。
「……な、なんで……?」
崖下、そのずっと向こうに人影が見えた。
山本にとって不幸なのはそれがクラスメイトではなかったからだ。
そう、転校生だった。背が高く、ちょっとクセっ毛の。
山本は地べたにぺたっと這いつくばった。
見つかったらやばいという本能から必死になって身を隠したというのも理由だ。
しかし、本当の理由はそんな冷静なものではない。
恐怖のあまり立っていられなかったのだ。
茂みや木々で自分の姿は完全に隠れている。
それに仮に見つかったとしても、自分は崖の上にいる。
崖下から距離のある位置にいる転校生に掴まることはない。
見つかったときは全速力で逃げればまず掴まらないだろう。
もしも鉄砲で撃ってきても、角度を考えればあたることはまずない。
「……す、すぐに……逃げ……あれ?」
そこで山本は気づいた。転校生が女生徒を肩に抱えているのを。
「……あ、あれは……」
山本は目が悪いわけではないが、だからといって人一倍いいというわけではない。
だから、最初は誰だかわからなかった。
まして、こんな心理状態なのだから。
しかし、恐る恐る茂みからちょっと身を乗り出して凝視してみると誰なのかすぐにわかった。
「あ……あれは天瀬さん?」
美恵だ、間違いない。どうして天瀬を連れているんだ?
しかも、その天瀬は目を閉じてピクリとも動かないではないか。
ゲームの性質上、山本はすぐに天瀬は殺されたんだろうと思った。
ただ、死体をなぜ転校生が持ち運ぶ必要性があるのかまではまったくわからなかった。
まして、そこまで考える余裕も無かった。
「……と、とにかくだ……に、逃げ……逃げないと……」
その時だった。背後から「和くん、遅いから私もきたわ」と声がしたのは。
「……っ!」
山本は全身の血が凍りつくのを感じた。
さくらが足音や声を立てれば転校生に気づかれる!!
「さ、さくら!!」
山本はほとんど口パク状態で叫んだ。
そして手振りで「声をだすな」と必死に訴えた。
幸い、さくらは山本の言わんとすることを理解してくれたようだ。
理解したと同時に、危険がそばにあることを知り山本同様へなへなと座り込んだ。
「す、すぐに……すぐに帰ろう。な?」
山本は声を出さずに唇だけを動かした。
さくらは無言で何度も頷いた。
その時だった、山本を恐怖に陥れている転校生がチラッとこちらを振り向いたのは
(ひぃぃ!!)
山本は必死になって両手で口を押さえた。
大丈夫!!声は出してない、だから気づかれていないはずだ!!
逃げなければと思いながらも体が思うように動かなかった。
転校生は肩にかけていた美恵をそっとおろした。
そして二、三歩こちらに歩いてきて、じっと此方を見ている。
(ま、まさか……まさか、気づいたのか!?
そんなはずない。物音なんか全然だしてないし、こんなに離れているんだから!!)
山本は心臓がバクバクいうの感じながらそっと後ずさりした。
(……さっきから視線を感じると思ったら、あれは出席番号21番の雑魚)
転校生・周藤晶はとっくに山本の存在に気づいていた。
ただ、完璧なまでに気配を全く消していないので、大した相手ではないと思い無視していただけなのだ。
そして先ほどチラッと見てやった時、すぐに山本とわかった。
その後に、気配がまた一つ現れた。
気配だけで、山本以上に弱い相手だとわかった。
すぐに山本の恋人・さくらを連想した。
大物ならば追いかけてすぐに始末するところだが、山本とさくらなので無駄な労力使うのは嫌だったのだ。
(奴等を片付けたところで30ポイントにもなりはしない。
追いかけている間に桐山と雅信が到着したら大事なゲームを見逃してしまう)
桐山一人を倒せば1000ポイント一気に加算される。
山本とさくらなど周藤にとっては全く惜しくない相手だった。
ただ一つ懸念があるとすれば、連中が仲間を呼ぶこと。
仮にも仲間であるクラスメイトがここにいるのだ。
美恵を助ける為に仲間を呼んで戻ってくるかもしれない。
そうなれば、せっかくセッティングした桐山VS鳴海の試合が台無しにされる。
だが新井田というせこいスパイのおかげで生存者の居場所は周藤にはほぼ特定出来ていた。
仲間のほとんどは病院にいる。移動した可能性も高いが、ここからは離れているから問題ない。
桐山以外の大物の川田は学校にいる。
(後、注意すべき奴はせいぜい三村くらい……だが単独なら恐れることもない)
周藤は二人のこと今はほかっておいてもいいだろうと思った。
だからクルリと向きを変えると美恵の元に戻った。
そして僅かに顔をしかめた。
(……それにしても彼女……本当に死んでいるのかな?)
殺されたに決まっている。でも、もしもまだ生きていたら……。
山本は僅かに良心が痛んだが、すでにどうするかは決めていた。
美恵を見捨てる。下手したら見殺しになるかもしれない。
でも仕方ないんだ。戦ったって勝てる相手じゃないから。
だから仕方ない。オレが悪いわけじゃない。
誰にも責められるようなことをするわけじゃないんだ。
だが次の瞬間、山本はギョッとなった。
周藤の手にキラリと何か光るものが見え、それがナイフだとわかったからだ。
ナイフ……つまり、彼女をアレで?
と、いうことは……美恵はまだ生きている?
だとすれば助ける方法を考えるべきだが、山本は逃げることしか頭になかった。
その時、いつの間にかすぐ後ろにきていたさくらが「あ、あれ天瀬さんじゃない」と言った。
「大変、殺されるわ。助けないと!」
「だ、ダメだよ、さくら。そんなことしたらオレたちも殺されるんだ」
「で、でも……あいつをひきつけるくらいなら……。
ほら、ここにいれば私達は安全でしょ?いくらなんでも、崖をすぐに登ってこれるわけないわ。
その間に天瀬さんに逃げるチャンスが出来るかもしれない」
「だ、だめだよ。絶対にダメだ!!」
その時、二人は見た。周藤が美恵の胸に向けてナイフを構えるのを。
「あ、危ない天瀬さ――」
思わず叫びそうになったさくらを山本は慌てて手で口を押さえた。
(和くん!!)
見殺しにするの?七原くんは、自分の危険もかえりみず私を助けてくれたのに!!
私達は安全な場所にいるのに、それなのに見殺しにするの!?
さくらの目の前で美恵の胸にナイフが刺さった――。
「……い、痛い……痛いよぉ……」
坂持は泣いていた。泣いていたが致命傷は負ってない。
一番痛む顔の傷は激痛ほどすごいが皮膚が皮一枚溶けただけ。
命に別状は無い。切り裂かれた腹の傷は軽傷だった。
もちろん、すぐに手当てをするのが理想だが。
坂持は必死になって両手を必死に動かした。
その甲斐あってようやく左手がロープから抜けた。
いや、強引に抜いたのだ。ロープの摩擦で手の皮がすりむけ血が出ている。
とにかく片手が自由になれば後は簡単だった。
そばにあった出刃包丁で、右手と胴体と両足を固定しているロープを切った。
自由の身だ。早く逃げなければ。
坂持はひぃひぃ言いながらも裏口のドアに手をかけた。
「おっと、どこに逃げようっていうんだ?」
鳴海とは違う声。しかし味方でないことはわかる。
坂持は振り向き、ぎょっとなった。
「か、川田!!!」
「おまえさんには色々と聞くことがあるんだ」
「だ、誰がおまえなんかに!!」
坂持は出刃包丁で川田に襲い掛かった。
しかし鳴海から受けた拷問で弱っている体で川田に勝てるわけが無い。
呆気なく川田に取り押さえられて、しかもさるぐつわをされる羽目に。
「すぐにここを出る。悪いが急いでいるんだ、奴に見つかったら厄介だからな」
(……全員死亡なのか?坂持はどこだ?)
あるのは死体ばかり、そして坂持はいない。
坂持だけではない。反逆を起したという鳴海も。
学校内は静かで、もうすでに事は終わったようだ。
一応確認の為、まずモニターを見てみることにした。
そして高尾も見たのだ。美恵が崖の上で倒れている映像を。
「…………」
ピクリとも動かない、その映像をジッとみた。
冷静さを失った桐山や鳴海同様、最初は死体だと思った。
しかし、高尾はその映像に何か違和感を感じた。
だから、ジッとモニター画面見詰めた。
「……そういうことか」
高尾はすぐに部屋を出た。一応上官である坂持を探そうと思ったからだ。
(あの映像はリピート映像だった)
つまり、ほんの数秒の映像を繰り返し再生しているのだ。
映像のシーンは、倒れている美恵、何も変わらない背景、から成っている。
だからパッと見ただけではリピート映像だとは気づかない。
しかし高尾は、その映像の中で一つだけ動いているものを見つけた。
小さな虫、それも画面の隅を飛んでいた。
その虫は一定の位置に来るとパッと消えた。
そして、また最初に飛んでいた位置に戻って全く同じ飛行を繰り返していたのだ。
だが普通ならそんな小さな虫など気づかないだろう。
(まして桐山と鳴海は冷静さを失っていたのだから)
この映像がただ再生を延々と繰り返しているものだとは気づかずに桐山と鳴海は今でもあそこに美恵がいると思い込んだ。
――もう、あの場所に美恵はいないのに。
【B組:残り18人】
【敵:残り3人】
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