それ以上に憔悴した精神
このゲームは続いている
そう――続いているのだ
キツネ狩り―13―
『ひっ……く、来るなぁー!!』
ズギューンッ!!ズギューンッ!!
闇雲に撃ちまくる少女。
しかし、その相手――佐伯徹が放った、たった一発の銃声が全ての音を消去した。
それらは美恵
が先程(ほんの十分ほど前だ)モニターを通して見た光景だった。
もちろん出来損ないのB級映画などではなく、まぎれもない事実。
「……清水さん」
ろくに口もきいた事もないが、それでもクラスメイトの死は気分のいいものではなかった。
ゲーム開始から、まだ半日もたってないのに、知っているだけでも3人ものクラスメイトが殺されている。
(他の地区でも、やはり死人が出ているのかしらか?)
それは正解だ。今の時点で美恵 が認知してない死者は5人いた。
(他のみんなは無事かしら?)
「チクショー……政府の犬め。見てろ、ボスとオレがぶっ潰してやるからな!!」
沼井充(男子17番)は支給武器のワルサーPPK9ミリを握り締め、川沿いを歩いていた。
とにかく桐山を見つけること。それが最優先だ。
しかし残念ながら、桐山は自分の後に降ろされた。
それが、どこなのか皆目見当がつかない。
かと言って桐山を探し当てる名案も、まるで浮かばない。
あてもなく、ただ川沿いを歩くことしか出来ないでいるのだ。
(あれは……神の悪戯か?たんなる偶然か?)
沼井は一瞬、目を疑った。前方50メール程の地点にセーター服がちらりと見えたのだ。
(よかった、クラスメイトだ!!)
沼井は嬉しさのあまり駆け出した。
その足音に驚いたのか、それとも、ほんの一瞬だけ振り向いた時、その学ラン姿に驚いたのか。
(何しろ、こんな時だ。あせって見間違えても仕方ない)
その女生徒は一目散に逃げ出した。
「お、おい待てよ!!」
慌てて追いかける沼井。
短距離は得意ではないが、どうやら相手は、もっと不得意らしい。
瞬く間に距離が縮まっていった。
「オレだ!沼井だよ!!敵じゃねぇ、止まってくれ!!」
「……沼井君?」
沼井の必死の声が届いたのか、相手は、ようやく立ち止まって、おそる、おそる、こちらを振り向いた。
小柄で愛らしい町議のお嬢様の金井泉だった。
「金井、無事だったんだな」
「……わ、私……怖くて……怖くて……」
安心したのか、その場に座り込む泉。
その瞳からは止めどなく涙が溢れていた。
無理もない。男(しかも、それなりに修羅場を経験済み)の自分でさえ怖気づいているのだ。
女が、特に金井みたいなお嬢様に、この現実と直面しろというのは、あまりにも酷と言うもの。
おまけに、その手に握られているのは、なんとペーパーナイフ。
それが彼女の支給武器だろうが、それにしてもお粗末だ。
「もう大丈夫だ金井。オレは銃を持ってる。これさえあれば奴等も目じゃないぜ」
「……うん」
とにかく金井を立たせた。野郎には容赦ない沼井だが、女には優しいのだ。
しかし、偶然=運命と言うのなら、沼井は、むしろ不運だったというべきかもしれない。
金井泉は好ましい人物に間違いはないが、少なくても戦場において頼れるべき人間ではない。
そして、泉をともなって桐山を探すとなると、いっそう困難だろう。
泉はおせじにも体力のある方ではないのだ。
(全く、あいつは何を考えてるんだ?ヤル気はあるのか?)
9時を回ったところで、ようやく起床したと思ったら、書類に目を回している周藤晶。
そのマイペースな姿に坂持は半ば呆れていた。
「おまえなぁ……他の4人は、真面目にやってるんだぞ。
サボりなんて先生感心しないなぁ。ところで、さっきから何読んでるんだ?」
「企業秘密」
やる気があるのかないのかといえば周藤は間違いなくイエスだった。
とにかく、このゲームで優勝し、将来へのステップにはずみをかけるのが彼の目的だ。
その為には、怨みもない人間を殺すことなどに禁忌など感じてはいない。
(どうせ、誰かに殺られるんだ。オレが殺ったところで、かわりないだろう?)
全国に数多く存在する児童保護施設(公共なものは軍兵士予備軍施設も同然)。
その中で育った者の大半は歩兵で終る。
士官になるのは大学出のエリートたちで、孤児は及び出なかった。
家柄・親のコネ・金の力、時代錯誤だが、そういうくだらないものが今だに強い力を持っている。
それは間違いない事実であり、周藤も承知していた。
だが、周藤は自分は違うと考えている。
親に捨てられ大人しく、ただ政府に飼われていることに疑問すら抱かない孤児院あがりのチンピラではない。
また親の望むままに用意された出世ルートを進むことしか出来ないエリートどもとも違う。
子供の頃から、他人を押しのけ、常に上にのし上がることだけを考えて生きていた。
その為の努力は一切惜しんだことはない。
特殊部隊で血の滲むような訓練に耐えたのも、近い将来、命令する側にたつ為だ。
いずれは元帥。最終目的は総統陛下の椅子。それが周藤の目標だった。
――もちろん、このゲームも、そのための布石。
――利用できるものは何でも利用してやる。
城岩中学3年B組は彼等が2年生の時、すでにプログラム対象クラスに選ばれていた。
そして、今年のプログラム実施クラスは全国28クラス、対する少年兵士たちも28組、140人だ。
その中でも、彼等は特別選抜隊だった。
政府の公正厳正なる調査により、もっとも優秀なクラスに派遣されることになっていたからだ。
その対象クラス、つまり全国トップだと認知されたのは城岩中学3年B組。
もちろん42人全員が優秀だというわけではない。
3ヶ月前のことだ。5人の転校生は教育委員会の招集を受けた。
「おまえたちは我が大東亜共和国が誇る精鋭だ」
お決まりのセリフだった。
――ああ、そんな事なら言われなくてもわかってる。
「その、おまえたちの相手が決定したぞ。
城岩中学3年B組だ。調書を配るから一通り目を通しておくんだぞ」
42人の、成績から、およそ人間関係にいたるプライベートなことまで調べ上げられていた。
「このクラスは全国クラスの奴が数人いる。油断禁物だ」
――油断禁物か……はいはい、わかってるよ。
パラパラと調書に目を通す5人。
最初のページには赤松義生、次は飯島敬太……順にページをめくっていく。
どいつも、こいつも、ただの小市民だった。
政府の要注意マーク(特に優秀な生徒には赤い星マークがついている。最高は五つ星)も全く無い。
5ページ目で、ようやくその要注意マークは陽の目を見た。
「2年連続か、随分とラッキーな奴だな」
川田章吾だ。去年、法改正前の旧式プログラムで優勝した経歴の持ち主。
もちろん無傷では済まず、半年間入院。
城岩中学に編入することは決っていたが、本人がなかなか学校に顔を出さず今だに登校していないとの事。
肉体的な傷は完治しているので、おそらく精神的な問題だろう。
その中学生らしからぬ顔写真の横に赤星が4つ輝いている。
「こいつが、このクラス最強ってわけですか、坂持先生?」
「次のページめくってみろ」
5人は、そろってページをめくった。
この世のものとは思えないくらいの美男子の写真が現れた。
5人は(と、いっても高尾晃司は無表情だったが)目を見張った。
もちろん、その美しい顔に驚愕したのではない。
彼等の視線を集中させたのは星の数だ。
「五つ星?こんな優男が?」
その経歴欄に目をやり、周藤はさらに驚いた。
「桐山財閥の後継ぎ。定期テストは常に首位。
八ヶ国語ペラペラで、すでに第一種高等学校卒業資格を持っている。
その為、中学卒業と同時に高校飛び越えて、大東亜大学(首都にある全国トップの大学だ)に推薦入学確定済。
……メチャクチャ優秀だな。こいつ……」
超がつくエリート。しかし、そのエリートらしからぬ点が経歴欄に記載されている。
「不良グループのリーダー?こんなエリートが?」
城岩中学のみならず県一帯の不良のカリスマ的存在だ。
「なんだって、こんな御曹司が不良の頭なんてやってるんだ?」
それは周藤でなくても疑問だった。
普通、エリートって奴は、特に名家の御曹司なんてのは、こういう連中を毛嫌いしているものだ。
「さあなぁ。先生が担任だったら、あんなくだらん連中とは、すぐに手を切らせるんだが」
確かに、本人でなければわからない問題だろう。
そして(クラスの大半は問題外だが)他の連中にも要注意人物はいた。
桐山、川田を除けば、まず目に付くのはツンツン頭の男子生徒。
「三村信史か。生意気そうな奴だな」
「杉村弘樹も接近戦では手強いな。まあ、素手の場合ならの話だが」
相馬光子、月岡彰、千草貴子……他にも要注意人物はいた。
――なるほど、全国トップになるわけだ。
「……天瀬
美恵
」
ボソッと声が聞こえた。ずっと黙っていた鳴海雅信が喋ったのだ。
「天瀬
美恵?ああ、このクラスのアイドルって奴だな。
すごい美人だろ?まあ、先生は相馬のほうが好みだが」
(天瀬美恵か。雅信の奴、何を気にしているんだ?)
周藤は美恵のページを開いた。しかしそのデータは期待はずれだった。
「天瀬
美恵か、もったいないな、こんな美人。
それに、なかなかオレの好みだし。このクラスは美人ぞろいでオレも心が痛むよ」
頭脳も身体能力も、まあまあだが、着目する点は特に無い。
に、しても勿体ないな、オレの好みなのに。
余裕さえあれば、殺す前にお手合わせしてやれるんだが。
それから、周藤は三ヶ月も単独行動をとった。
政府が配った調書ではなく、自分自身の目で敵を見極める為だ。
戦闘が始まる前から、自分に有利な大勢を整えておく、それが周藤の心得だった。
注意すべき生徒を独自に調べ上げ、自分だけの調書を作った。
(坂持が何読んでるんだ?といったアレだ)
時として、生徒たちの戦闘能力を測る為に、少々手荒なこともした。
「早く金出せよ!!」
「手を出したのはア・ナ・タ」
簡単に倒されるチンピラ。ただのカツアゲ野郎どもを倒した。
三村にとっては、その程度の事件だったが、その近くに周藤はいた。
「ふーん、けっこうやるな、だが……まだ甘い」
「いってぇ……」
うずくまっていた3人の高校生たちは見物人を避けるように裏通りにかけこんだ。
「なんだ、あのざまは?役立たずな連中だ」
「そんな周藤さん……あいつ、中坊のくせに強くて」
「まあいい。最初から期待なんてしてなかったからな。それに……」
(それに、もう十分だ。もう奴の力量は理解できた)
周藤はポケットからメモを取り出した。
杉村、川田それに先程こぜりあいをした三村。要注意生徒はほとんど調べた。
最後にもう一人見ておきたい奴がいる、そう桐山和雄だ。
桐山和雄には、奴は今までのような雑魚が相手では失礼だ。
さて、どんな相手をぶつけてやろうかな……。
「おい周藤、いいかげんに……」
「坂持先生、この世には何種類の人間がいると思う?」
突然、言葉を遮られ、妙な質問。坂持は少々面食らった。
「……おい、何言ってるんだ?」
「答えは二つだ」
周藤は(自分が作った)調書の桐山のページに目を通しながら語った。
「殺される人間と、殺す側の人間。この二種類しかいない」
あの日のことを思い出した。
あの日――自分自身の目で桐山という人間を見極めた、あの日のことを。
「奴は、どっちだと思う?」
「奴?」
今でも、思い出すと鳥肌がたつ。
これほど、ゾクゾクした奴は今まで二人しかいなかった。
一人は高尾晃司だ。
「奴は間違いなく殺す側の人間だ」
「あいつを名家の御曹司だなんて思わないほうがいい」
なぜなら――
「あいつはオレたちと同じ種類の人間だ」
【B組:残り35人】
【敵:残り5人】
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