「七原……もういいだろ?」
杉村はジッと幸枝の遺体を見詰めている七原の肩にそっと手を置いた。
病院の1階。高尾に破壊された病棟とは別棟の1階の一室。
そこに三人の遺体はベッドの上に安置されていた。
白いシーツをかけられ、そして白い布で顔を隠された聡美とはるか。
しかし、幸枝の顔にはまだ布はかけられていない。
七原が「……う少しだけ」と渋ったからだ。
あの時、分も死んでいるはずだった。
幸枝が見を呈して庇ってくれなければ……。
三人の枕もとには滝口が庭の花壇からしっけいした花が添えられている。
「……七原、なんていったらいいかわからないけど」
「オレのせいだ」
「七原、それは違うぞ!!」
杉村は即座に反応した。
「内海はおまえのせいだなんて思ってない。
そんなふうに考えるのはかえって内海を悲しませるだけだ」
「……ありがとう杉村」
こんな時だ、何て言ったらいいのかわからない。
自分はこれでもギタリストを目指し、稚拙ながらも今までいくつも詩を作ってきたのもかかわらずだ。
ただ一つだけいえることがある。決意、いや誓いと言ってもいいだろう。
「委員長の……幸枝の仇は必ず取る」
「……いや、このクソゲームで死んだみんなの仇は絶対にとってやる。
あいつも……他の転校生も絶対に許さない。ぶっ殺してやる」
キツネ狩り―127―
「……坂持の奴……助けを呼んだのか」
だが無駄だ。相手が周藤だろうと高尾だろうとオレは必ず貴様を殺す。
貴様の両目をえぐり、鼻や耳を殺ぎ落とし、手足の指を切り落とし。
体中を切り刻み、熱湯……いや硫酸をかけ、全身の皮膚をドロドロに溶かしてやる。
貴様に地獄の苦しみを存分に味合わせてやるんだ。
何より、貴様の薄汚いペニスは原型など一切残らないようにしてやる!!
鳴海はゆっくりとだが、確実に坂持がいる司令室に向かっていた。
「……!」
背後に気配。「死ねぇ!化け物ぉ!!」といかにも平凡かつ恐怖に満ちた怒鳴り声。
同時にけたたましい銃声が火花と共にあたり一面にこだまする。
が、標的の鳴海はそこにはいない。
「ど、どこだ!!?」
「あの至近距離ではずすなんて!奴はどこだ!?」
スッと視界に影が飛び込んできた。上から何かが落ちてきた。
それを確認した途端、顔面から血の気が一気に引く。
おまけに激しい痛みを伴っていた。
腹部だ。 下を見るとナイフが突き刺さっている。
鳴海がナイフを横一直線に素早く移動させるとパカッと開いた切り口からドロッと赤いものが出てきた。
「う……げぇ…」
苦しみは長く続かなかった。
今しがた腹を裂かれたナイフが今度は首を横一直線に赤い線を入れたからだ。
男の遺体が倒れ、赤い円がゆっくりと広がっていった
「……坂持」
貴様はこんなに簡単には死なせない。
……絶対にだっっ!!
激しい爆音。銃を手に一気に駆け抜ける桐山。
同時に粉々になってあたり一面に光を放ちながらばら撒かれる窓ガラスの破片。
そして、断末魔の叫び声を上げながら、次々に床に倒れこむ兵士達。
「急げ桐山!!奴が来る前に全てを終らせるぞ!!」
「わかっている」
二人の耳にも勿論聞こえていた。坂持の悲鳴のような命令は。
「周藤晶や高尾晃司が来たら戦況が一気に不利になる。
その前に、天瀬の居場所を突き止め坂持を捕獲するんだ!!」
「奴も捕まえるのか?あんな奴、人質にもならないぞ。
いざとなったら政府も転校生たちも平気で奴を見放す。官僚の変わりくらい、いくらでもいるからな」
「そうだ。だが、あいつには色々と聞きたいことがある。
あらゆる情報を握っている以上、掴まえておいても損はないだろう」
「そうか、だが坂持捕獲はおまえがやってくれ。オレは一切興味がない」
「やれやれ……ああ、OKだ。わかったよ、オレがやる」
二人が駆け出すと同時に再び、銃弾が火花を散らす。
そして、兵士達が次々に「うぁ!」と叫び、その場に倒れていった。
二人は確実に近づいていたのだ。
坂持がいる部屋へと。それは坂持本人も十分わかっている。
なぜなら坂持の耳に届く銃の音がまるでステレオのボリュームを上げているかのように大きくなっているからだ。
「ひぃ!!」
ち、近いぞ!あ、あいつら、もうこんな近くまで来ているのか!?
兵士達は何をやってるんだ!!
無礼な侵入者達の侵略をこうもやすやすと許すとは。
周藤と高尾はまだ来ないのか!?
だ、だめだ!……このままではつかまる!!
そうなったらだうなる?あいつらは自分を憎んでいるはずだ。
きっと殺されてしまう。い、嫌だ……嫌だ、死ぬのは絶対にゴメンだ!!
先生は、ひとを殺すのはかまわないが、殺されるのだけは絶対にゴメンなんだよ!!
「……ど、どうしよう……オレ……」
大木は茂みの中で震えていた。このゲームが始まって以来ずっとだ。
幸い、転校生には出会ってないが、その代わりクラスメイトにも会っていない。
何とかクラスメイト達と合流しなければ。
もし転校生に会ったら、簡単に殺されてしまう。
支給武器のナタ……結構あたり武器だと思った。
でも、大木はすぐにそんな考えを捨てた。
なぜなら、こうしてジッとしている間に何回も耳に届いたのだ。
銃どころか、爆発するような音を。
冗談じゃない、いくらなんでもナタ一つで戦えるわけが無い。
エキストラがナタ持ったところで、銃を持ってるターミネーターに勝てるか?
そんなこと出来るわけがないだろう!!
とにかくクラスメイトたちに会わないと。
だが、探そうとしてウロウロして奴等に出会ったら?
それこそ冗談じゃない!自分から奴等の蜘蛛の巣にかかるようなものだ!!
だったら消極的だが、ここでクラスメイトの誰かが来るのを待つしかない。
ジッと息を潜め……そう石のようにジッとしているんだ。
そうすれば、仮に転校生がきても隠れていれば助かるだろう。
オレは隠れていればいいんだ。隠れていれば……。
がさっと妙な音がして大木は心の中で悲鳴をあげた。
思わず声に出してしまうところだったが、両手で口を押さえ何とかそれは押さえた。
体内から激しいくらいに心臓の音が聞こえる。
転校生?(南無三……どうか、それだけは!!)
クラスメイトか?(大歓迎だ。早く来てくれ!!)
確率は二つに一つ……いや、転校生は5人しかいないんだから、クラスメイトの確率の方がずっと高い。
単純に計算しても、10パーセント程度だろ?
オレは数学苦手だけど、そうだよな?
クラスメイト達の人数が減っていなければ彼の考えも、そう間違ってはないだろう。
とにかく後は神頼みだ。そして大木は生まれて初めて神に感謝した。
茂みをかき分け姿を現したのは二人。
良く知っている二人だ(と、言ってもろくに話をしたこともなかったが)
「に、新井田……織田!!」
大木は思わず飛び出した。
やった、神様ありがとう!真っ当に生きてきたんだ、やっぱりいいことってあるよな。
「……大木、おまえだったのか」
新井田は特に感慨深いものを感じることはなかった。
織田も似たようなものだ。
しかし大木は違う。本当に嬉しそうだった。
その顔はたった二日会わなかっただけで別人では?と思うほどげっそりしていたが。
「おまえたち無事だったんだな良かった。な、なあ……おまえたちだけか?」
大木は思った。仲間が出来たのは嬉しいが、三人だけでは心もとないと。
それは当然の思いだろう。
あの転校生達の戦闘能力など知らないし知りたくもない。
だが坂持の話だけで相当強いということくらいは容易に想像できる。
まして転校生の一人(名前は忘れたが凄い美少年)はマネキンを壊すように天堂真弓を平然と殺して見せたのだ。
あの非情さ、冷酷さ。とてもじゃないが勝てる気がしない。
「大木、無事でよかったよ」
新井田はさもいたわるようにわざとらしいくらい優しい声を掛けた。
(……まあ、オレと天瀬以外は遅かれ早かれ全員死ぬんだ。少し寿命がのびるだけだけどな)
そんな新井田の余裕の表情を見て織田は考えた。
(……おかしい、やっぱりこいつ何か隠しているな。
そうでなければ臆病で下品な平民が、こんな状況で慌てふためかないわけがない。
一体、何が理由で、そんなに平気でいれられるんだ?
その秘密をなんとしてもでも暴いてやる。こんな有象無象な連中に生き残る資格はない。
あるとしたら、ただ一人。高貴な血と家柄と肩書きを持つ、高貴なオレだけなんだ)
そんな織田の心には全く気付かず新井田は大木をいたわるように肩に手をおくと言った。
「仲間が近くにいるんだ。そこに行こう」
「……な、仲間?」
「ああ、少し歩いたところに病院がある。そこさ」
新井田が指差した方角を見て大木は瞬時に顔色を変えた。
「お、おい!あっちの方角からは爆音みたいな音が聞こえたんだぞ!!」
高尾が置き土産にした手榴弾の音は大木にも聞こえていたのだ。
「大丈夫さ大木。敵はもういないよ」
「ほ、本当か?」
「ああ、保証する。病院には強い連中が大勢いるんだ。
杉村だろ。千草だろ……他は……まあ大したことないけど」
「……杉村たちが」
「ああ、安心しただろ?」
「あ、ああ……良かった」
ホッとその場に座り込む大木。優位に立っている者の余裕か、やけに優しい新井田。
そんな二人の様子を見て織田はまたしても考えた。
(……やっぱりおかしい。なんで、新井田が『敵はいない』と断言できるんだ?)
新井田は気付いてなかった。うっかり口を滑らせたことに。
「とにかく行こう」
「ああ、みんなで集まれば、あいつらにだって、きっと勝てる」
大木は急に元気になって立ち上がった。
「……ちょっと待ってくれよ」
「何だよ織田」
「新井田、どうしてこんな状況の中でそんなに落ち着いているんだ?」
いきなりの質問。だが新井田は全然慌ててない。むしろ落ち着いていた。
「……何ていったらいいのか。実は生きて帰れる方法を見つけたんだ」
途端に織田と大木の目の色が変わった。当然だ。
二人は新井田に詰め寄った。特に体育会系の大木は新井田の両肩を揺さぶっている。
「ほ、本当か!!?どんな方法だよ!!」
「……それは、まだ言えない」
新井田の脳裏に携帯電話から聞こえた周藤の言葉が浮んでいた。
『いいか、奴等には生きて帰れるかもしれない。そう吹き込め。
だが、あくまでも確実な方法とは言うな。ただ可能性がある、その程度でいい。
それだけで恐怖に駆られた連中はすぐに飛びつく』
「言えないってどういうことだ!?」
「い、今はまだ言えない!!確実な方法じゃないんだ!!
しかも……しかもだ……オレ自身自信がなくて……」
「どんな方法でも確率があるなら、それに賭けるしかないだろう!?」
「そ、そうだな大木。おまえの言うとおりだよ。
……でも、これは危険な賭けなんだ。もし失敗したら……わかるだろ?
オレたちは転校生の餌食になる。だから……今は言えない」
『おまえの二枚舌で適当にはぐらかしておけ。
ただし、これだけは確実にやっておくんだ』
新井田はゴクッと唾を飲み込むと低い声で言った。
「……クラス全員が助かる方法じゃない。つまり数人なんだ」
大木の顔色がまた変わった。
数人……つまり、他のクラスメイトは……。
「あ、ああ……この方法だと……せいぜい、オレたちくらいしか助からない。
だから……だよ。オレはそんなことしたくない。
この方法はあくまでも、クラスの連中が奴等に殺されて勝ち目が無くなった場合にしか使えないんだ。
わかるだろ?オレは仲間を犠牲にして自分達だけ逃げようなんて考えてないんだ」
『これはあくまでも保険だ。いいか、奴等にはこう思わせろ。
「いざという時は、自分達だけは助かる。おまえの側に立てば」と。
人間なんてそんなものだ。最初はお仲間なんて綺麗事を言っていてもいざとなると簡単に他人を切り捨てる。
とりあえず、おまえには脱出のプランがある。少人数のみのプランが。
そう思い込ませておけばいい。そうしておけば、いざという時、おまえの役に立つ』
「終わったか桐山」
「ああ全員死亡だ」
桐山と川田は坂持たちが司令室代わりに使っている視聴覚室の前に来ていた。
川田がドアに手をかける。
(……いいか?ドアをあけるぞ?)
川田が声に出さずに、ゆっくりと口を動かす。
(ああ、了解した)
桐山もやはり声には出さず、ただコクッと頷き心の中で返答した。
川田がドアを開く。発砲はない。
それを瞬時に確認すると桐山は一気に中に飛び込んだ。
もちろん飛び込んだ途端、蜂の巣にされるかもしれない。
だから、飛び込むと同時にクルッと回転してスッと方膝を床についた体勢で、スッと銃を向ける。
誰もいない……いや、いた。
机の影からチラッとスーツの裾が見えている。まさに頭隠して尻隠さずだ。
桐山は立ち上がるとスタスタと歩いた。
そして、そいつの肩に手を置くと同時に鷲掴みにして、机の影からひっぱりだした。
「いたか桐山」
背後から川田の声。だが、そいつを見た途端川田の目が釣りあがった。
「……坂持?」
坂持のスーツを着せられ、ガムテープで口をふさがれ両手首をロープで縛られている男だった。
「……あの野郎。下級兵士を身代わりにして逃げたな」
「……い、いないな」
坂持はそっと、辺りの様子を伺っていた。
桐山たちとは反対の方角……つまり鳴海だが、あれだけ聞こえてきた悲鳴や銃声がやんだ。
つまり兵士達は全員やられたということだ。
「……あ、あの役立たずどもめ……」
とにかくだ……鳴海に見つかる前に校舎の外に出よう。
物置でも、どこでもいい、とにかく鳴海がいない場所だ。
後はジッと隠れていればそのうちに周藤か高尾が駆けつけてくれるはずだ。
そう思い、下級兵士を身代わりにしてこっそり階段をおり、この昇降口まで来たのだ。
そして下駄箱から、そっと顔をだし辺りを伺う。あと少しで校舎からでられる。
あと少し、あと少しだ。先生は頑張るぞ!!
その時、微かな物音がした。
「……ひ!」
坂持は縮みあがり、その場に座り込んだ。
「……な、なんだ……ただの風か……」
ふふ……こんな無様な姿生徒達には見せられないよ……。
「ふぅー……とにかく、さっさと外にで……」
また微かな物音がした。
「……また風か」
坂持は忌々しそうに後ろを振り返った。
ほーら、やっぱり誰もいない。鳴海はずっと先にいるんだ。
「……見つけたぞ坂持」
「……え?」
神様……冗談なら止めてください……。
坂持はそう呟いた。神様なんて信じていないのに。
心臓が激しいくらいに脈をうつ。
汗が見る見るうちにあふれ出し、顎の先からポタポタと床に落ちた。
坂持の足元がどんどん濡れてゆく。
坂持はゆっくりと顔を上げた。そして顔の角度が45度になった時、視界に奴が入っていた。
そう……鳴海雅信が!!
「ぎゃぁぁぁー!!」
「……クソ。追うぞ桐山」
まだ遠くには行ってないはずだ。すぐに追えば捕獲できる。
川田は走り出していた。だが桐山は動かない。
「どうした桐山?」
振り向いた川田はギョッとなった。
「……なんだ、これは?」
テレビ画面のようなモニターがいくつも並んでいる。
それに桐山の目は釘付けになっていた。
モニター画面のいくつかはザァーとノイズが走っていた。
おそらく隠しカメラのほうが壊れたか、または接続状態が悪くなったのだろう。
いや、そんなことはこの際どうでもいい。
問題は、無事な隠しカメラが映し出している映像だ。
「……天瀬」
「桐山……」
「……天瀬……」
「おい……桐山……」
「天瀬っ!!」
桐山がモニターに飛びついた。
「落ち着け桐山!!」
「天瀬、天瀬、天瀬っ!!」
そのモニターの中で心臓にナイフを刺され地面に横たわっている美恵の姿だった――。
【B組:残り18人】
【敵:残り3人】
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