拳法大会の決勝戦で前チャンピオンを破ったときよりはるかにスピードもパワーも上だ。
かつて、といっても昨日の出来事だ。
転校生の一人周藤晶と戦ったとき奴は言った。
殺すことが前提の格闘技を習った自分と、杉村との間には大きな差があると。
戦闘の為に格闘技を習った周藤。スポーツとして格闘技を習った杉村。
二人の差は歴然としていた。
だが、今度は違う。杉村は殺すために己の拳法を使っているのだ!
寸止めなんてバカなマネは絶対にしない!!
敵が倒れ完全にノックダウンしても絶対に拳を止めない!!
倒れた敵にさらに攻撃を仕掛ける、血を流し白目をむき、完全に動かなくなるまでだ!!
それは杉村に拳法を教えてくれた道場の先生の教えに背くものであった。
杉村自身の生き方や信念を否定するものでもあった。
それでも杉村は殺す側に立つことを決意したのだ。
愛する者を守るために!!
キツネ狩り―125―
「……隼人」
いつもは明るい蛯名が困ったような表情で話しかけてきた。
「どうした?」
「俊彦を何とかしてくれ」
「何があった?」
「あいつ例の島に行くって言い出したんだ」
「……何だと?」
「直人を殺した桐山和雄を片付けるって……仇を取るって言ってきかないんだよ」
「ダチをやられて黙ってみてるほどオレは落ちぶれてないんだ!!
今すぐ行って直人の代わりに参戦してやるっ!!」
「よしなよ。見苦しい」
「薫!てめえはさぞ内心嬉しくてたまらないんだろうな!!
目の上のタンコブだった徹まで死んでくれたんだから。
奴一人に特選兵士の面目は丸つぶれだ。
おまえら平気なのか!?このまま奴をほかっておくつもりなのかよ!!」
「おまえが行く必要は無い。晃司が全て終わらせる」
「ああ、晃司は最強だ。晃司に勝てる奴はいない」
堀川と速水は相変わらず無表情で淡々とこたえた。
「ああ、そうかい。わかったよ晃司はお強い。
だがな、オレはこのままここで大人しく待っているのは飽き飽きしたんだ。
今すぐ沖木島に行って直人の落とし前をつけてやる!!」
「がたがた騒ぐな。桐山和雄の快進撃が続けば出撃命令下るだろうぜ」
和田がさも『うざいんだよ』と言いたそうに、そう言った。
「もしも桐山和雄一人にやられたら軍はそれを隠そうとする。
一気に特選兵士を全員投入して奴等を始末させるだろうぜ」
瀬名は思わず言葉に詰まった。
そうだ、あの汚い上の連中が黙ってみているわけがない。
「……闇かよ」
「ああそうだ。望むところじゃないか、皆殺しにしてやるぜ」
好戦タイプの和田は面白そうに笑っている。
反対に立花は顔をしかめていた。
(冗談じゃない。もしも出撃命令が出てみろ晶に何されるかわかったものじゃない)
それこそ、ゲーム中のアクシデントに見せかけ殺されかねない。
菊地直人と佐伯徹は死んだ。残った特選兵士は三人。
先ほどから操り人形にしてやった鳴海との連絡が全く取れない。
それが立花を苛立たせていた。
間違いない。周藤が裏で手を回して通信を遮断にしたのだろう。
今頃、鳴海は周藤によって地獄への片道切符をプレゼントされているに違いない。
周藤は自分に対して舐めたマネをした奴は決して赦さない。
周藤自身が片付けるのか、それともほかの方法をとるかはわからない。
だが周藤が鳴海に対して罠を仕掛けるのは間違いない。
このままでは鳴海が死ぬのは時間の問題だ。
五人中三人が死ねば……間違いなく政府は全てを闇に葬ろうと動く。
「何を騒いでいる?」
氷室の静かな声が静かに部屋に響き渡った。
「隼人!!出撃命令が出るかもしれない、直人の仇を取れるぞ!!」
氷室は少しだけ眉を寄せた。そして言った。
「おまえが行かなくても仇は晃司が取ってくれる」
「オレが言いたいのはそんなことじゃない」
「わかってる」
仲間を殺されて感情的になる気持ちは。
「オレはそういう奴の方が好きだ。だが、おまえは必要ない」
瀬名は不満そうに顔をしかめた。
「この戦いは晃司が終わらせる。あいつは絶対にしくじったりしない。まして、この戦いは――」
「……なんだよ?」
「何でもない。とにかく落ち着け。攻介が心配してたぞ」
それだけ言うと氷室は部屋を出た。
いつもとは微妙に違う氷室の様子に誰もが「何だ?」と思ったが、特に追求する者もいなかった。
「隼人」
一人で廊下の隅の長椅子に座っていると堀川が声を掛けてきた。
そう言えば科学省のⅩシリーズの中では一番付き合いが長いな。
ふと、そんなことを考えた。
「おまえは知っているのか?」
堀川が唐突に聞いてきた。
氷室には何のことかすぐに察しがついた。
「ああ知っている。おまえはオレより先に知っていたようだな」
「ああ、そうだ」
「志郎は知っているのか?」
「志郎は何も知らない。これからも知る必要はない」
「……そうか」
「晃司は勝つぞ」
「そうだろうな。あいつは強い、まして、この戦いは――」
高尾晃司の最後の戦いだからな――。
杉村の反撃はそこまでだった。
渾身の力をこめて放った拳。それを高尾は簡単に掌で受け止めている。
(……こいつ、息一つ乱してない)
杉村の額からは止めどなくなく汗が滴り落ち、呼吸はまるでフルマラソンを完走した後のように乱れているのに。
杉村の顔が苦痛で歪んだ。握り締められた拳に激しい痛みが走る。
(……何て力だ!!手の骨が砕ける!!)
「くそぉっ!!」
たまらず杉村は拳を掴んでいる高尾の腕目掛けて蹴りを繰り出した。
蹴りが虚しく空気を切る。高尾の姿がない!
「後ろだ」
「な……っ!」
バカな、バカな!!いつの間に!!
この距離でお互いを見ていたんだ。いくらなんでも一瞬で背後に回られるなんて!!
そんな魔術師みたいなマネできるわけがない!!
いくら戦闘のプロだろうともだ!まして自分も全くの素人ではないのに!!
「くそ、化け物……!!」
言葉が続かなかった。背中に激痛が走ったのだ。
そして激しい音とともに杉村は激突していた。
高尾の侵入を防ぐためにバリゲード代わりに立てかけたベッドに。
「…く、くそッ!」
しかし、倒れている暇はない。高尾が飛んでいた。
ギリギリで回転しながら避ける杉村。
バキバキバキィィッ!!
「……ぁ」
杉村の顔の真横。高尾の鉄拳がベッドに喰い込んでいた。
杉村の顔が引きつった。今までは単純に恐怖でしかなかった。
だが今度はそんなもの通り越してむしろ笑うしかない、そんな心境だ。
この男が特殊教育を受けた軍のエリートだというのは知っている。
戦闘のプロだということは、十分すぎるほどわかっている。
でも、どんなに特殊な奴だからって、生身の人間であることに変わりはないだろう?
まして、自分と同じくらいの年齢の少年に過ぎないではないか!!
体型だって外見だけなら普通だ、むしろ自分の方が体格はいいだろう!!
そんな少年のたった一撃の拳でベッドがドアごと真っ二つになるなんて!!
どう考えてもおかしいじゃないかっ!!
オレは震えているのか?
体が硬直している。動かない!!
それなのに手の先が微かに痙攣を起こしているように震えている。
勝てない、こんな化け物に勝てるわけがない。
高尾がゆっくりと腕を引き抜くと、杉村は思った。
ごめん貴子。オレ、おまえを守ってやれなかった――。
「……ん……んんっ」
「この辺りは隠しカメラ無かったな」
周藤は美恵のさるぐつわを外してやった。
「このバカ!人でなし!!」
「……とってやるんじゃなかったな」
「一体、何企んでるのよ!!」
「別に……おまえは雅信を釣るただのエサだ。
この先は断崖絶壁があるような見晴らしのいい場所だぞ」
「……崖?」
「ああ、最初はそこに爆弾でも仕掛けて、雅信を葬ってやろうと思ったが気が変わった」
「何考えてるのよ?」
周藤は美恵をおろしてやった。
「桐山が学校を襲っている。このままだと雅信と鉢合わせだろうな。
オレは本気を出した桐山のデータを持っていない。
見てみたい……直人や徹を倒した奴の戦闘力を」
「……まさか」
「わかったか?思ったとおり賢い女だ。オレは頭のいい奴は好きなんだ」
『ひ、ひぃぃー!!め、命令だっ!!』
「あ、あの声は……っ」
「坂持だ。案外早かったな、オレや晃司に泣きつくのは」
まあ無理もない。
いくら命がかかっているとはいえ、本部に泣きつくわけには行かないからな。
仮に本部に泣きついたところで軍は融通のきかないところだ。
事務やらなんやらで、やっと動いたときには坂持は死んでいる。
奴にはこれしか手が無いんだ。
「……貴子」
貴子、貴子、すまない貴子。
オレはおまえに誓ったのに。
おまえに強くなるって誓ったのに。
オレは結局弱虫のままだ。
おまえ一人守ってやれない弱い男だ。
おまえはそんなオレの為に逃げるチャンスさえ捨てた。
オレがいなかったらおまえは巻き込まれることも無かったかもしれない。
すまない貴子、許してくれ……。
「杉村ぁー!!」
杉村はハッとした。この声、七原!?
振り向いた。そして確認した、七原だ!!
おまえ帰ってきてくれたのか!!
だが、杉村の心に浮んだのは助っ人が来てくれた喜びではない。
また一人大事な人間を巻き込んでしまうという焦燥だった。
「七原逃げろ!オレに構わずに逃げるんだ!!」
「そんなこと出来るか、オレたち友達じゃないか!杉村から離れろ、でないと殺すぞ!!」
七原が銃を構えた。撃つんだ、容赦なく撃て!!
躊躇っていては死ぬのは大事な友達の方だ!!
ズギュゥゥーンッ!!
「……く!」
銃の反動の威力は七原の手をしびれさせた。
どんなに威力のあるボールでも簡単に受け止めてきた手だが、銃はやはり桁が違う。
弾丸は、高尾の背後数メートルの壁に撃ち込まれていた。
高尾は微動だにしていない。
七原の銃の構え方。それを見た瞬間、あれでは二十センチほどずれる。
自分にはあたらない、そう判断して平然と、ただ立っていただけだ。
が、七原は平然と派してられない。
「く、くそ!!」
走りながら距離を詰め、再び銃を構えた。
ズギュゥゥーン!!
今度は高尾は動いた。片手で側転して弾を避け懐からナイフを取り出した。
そして側転の体勢から、すでに投げていた。
「……!!」
七原の目が見開かれる。キラリと光を放った瞬間、それは七原の視界の中一気に拡大されていた。
「な、七原ー!!」
杉村の叫びも聞こえなかった。七原は反射的に目を瞑った。
そして、ぐさっと鈍い音がして、七原は目を開いた。
鈍い音がした。でも……痛みはない。
その代わり……体温を感じた。温かい体温を……。
「……い……委員長……?」
幸枝が自分を抱きしめていた。その表情は苦悶に満ちている。
なんで、なんで……ナイフは……?
七原は怖くなった。自分は今すごく恐ろしい想像をしている。
……ポタ……。
その想像を裏付けるかのように、そんな音が耳に届いた。
……ポタポタ……。
「……い、委員長……」
七原は自分を抱きしめている幸枝の背中に手を回した。
「……っ!!」
べっとりした感触があった。
「……委員長……委員長……」
七原の声は震えていた。それは七原が受けるはずのものだった。
杉村も震えていた。杉村の目にははっきり映っていたのだ。
七原を庇った幸枝の背中にナイフが突き刺さっているのを。
そして幸枝の身体がガクッと沈み、七原は咄嗟に抱きしめた。
「委員長ぉぉぉー!!」
「血、血が……ああ、なんでこんなこと……何でだよ!!」
「……な……な……はらくん……」
「委員長、大丈夫だ君は助かる、カスリ傷だ!しっかりしろ、しっかりしてくれ!!」
七原の目にはもう杉村も、そして恐ろしい敵である高尾も映っていなかった。
映っているのは溢れる血。そして蒼白くなっていく幸枝だけだった。
高尾がスッと足を踏み出した。七原と幸枝に止めを刺すつもりなのだ。
「……や、止めろぉー!!」
杉村が立ち上がりながら渾身の力を込めた拳を放った。
が、高尾がスッと腕を上げただけで、その拳は止められていた。
反対に高尾はもう片方の腕をスッと上げる。
その腕が一瞬で杉村の頬目掛けて伸びていた。
杉村の奥歯に軋みを感じる。そして杉村はベランダに向って飛んでいた。
窓ガラスの砕ける音と共に杉村の体は止まった。
「……く、クソ……」
杉村は口惜しそうに唇を噛んだ。そして、チラッと横を見た。
「……貴子」
どうする?どうしたらいい?
殺される、このままでは七原も幸枝も。
そして自分も、何より貴子を。
何も手立ては無い。オレたちは、この化け物に殺されるんだ!!!
『ひ、ひぃぃー!!め、命令だっ!!』
絶望に包まれた杉村の耳にそれは聞こえた。
同時に高尾の足が止まっていた。
この声、そうだ、あの坂持とかいう脂ぎった最低の下種野郎の声だ。
だが何だ?この声は?
まるで何かに襲われているかのような焦った声は。
『た、た、高尾、周藤!今すぐ本部に戻って来い!!
て、敵が……敵が攻撃を仕掛けてきた!これは命令だ、い、今すぐ戻るんだぁ!!
て、敵を殲滅しろぉ!!これは命令だ、命令だぞぉぉー!!
い、今すぐ戻れ。戻ってくれぇぇー!!』
【B組:残り19人】
【敵:残り3人】
BACK TOP NEXT