早く、早く戻らないと!!
国信が、杉村が、委員長が……みんなが!!
とにかく戻るんだ、戻って……。
ズギュゥゥーンッ!!
「何なんだ、あの音は!!」
キツネ狩り―124―
「……ん、んん!!」
「うるさいぞ、少しは静かにしろ」
静かにしろですって?
こんな目に合わせて、よくもそんなことを!!
美恵は周藤を睨みつけた。
もっとも、さるぐつわに、ロープでぐるぐる巻きの女に睨まれて周藤が動じるはずも無い。
「なんだ『こんな目に合わせておいて、そんなことよくも言えたわね』って顔してるぞ」
周藤は何やら隠しカメラの接続部分をいじっているようだ。
機械に詳しいわけではない美恵には何をやっているのか皆目見当もつかない。
「これでよし」
周藤は、用が済んだらしく木の上(隠しカメラは木の上に設置してあったので)から飛び降りた。
ほとんど音も立てないくらいの綺麗な着地だ。
「さあ立て」
美恵の体の自由を奪っているロープを掴むと周藤は引き寄せ立たせた。
無駄だとわかってはいるのだが、それでも立ち上がると同時に美恵は走り出した。
もっとも、走ると同時にロープを捕まれジ・エンド。
「往生際が悪いぞ。もっと賢い女かと思ったが」
周藤は美恵を引っ張り歩き出した。美恵はまだ抵抗を止めない。
周藤が引っ張れば、自分の身体を引こうともがく。
「……まったく、少しはオレの身になって考えろ。女のお守も楽じゃない」
周藤はいきなり美恵を持ち上げると、まるで荷物でも扱うかのように肩に掛けた。
ジタバタと足を動かす美恵だが、もはや抵抗にすらなっていない。
周藤は、そのままスタスタと歩いて行った。
ズギュゥゥーン!!
凄まじい音。そして、この臭い。
それは貴子にもはっきりと聞こえた。だが、貴子には爆発などに構っていられない。
今、目の前にいる杉村のほうがずっと大事だ。
「弘樹を離しなさいよ!!」
杉村と高尾は今密着している状態だ。ウージーを使うわけにはいかない。
貴子はメスを取り出すと(この病院の手術室にあったものだ)高尾の顔目掛け投げた。
グワシャァーンッ!!
杉村がベッドに激突していた。
高尾が杉村の後ろ襟を掴み投げ飛ばしたのだ。
「……なっ」
そして貴子は青ざめていた。
投げたメスの刃先を高尾は人差し指と中指で、まるでカードをはさむように綺麗に止めていたからだ。
まるで時代劇でよく見る真剣白刃取りのようだ。
高尾はメスを床に放り投げるとスタスタと貴子に近づいた。
「や、やめろぉぉーっ!!」
杉村が貴子をかばうように、貴子の前に出た。
瞬間、杉村の腹にまた衝撃が走った。高尾の蹴りが綺麗に決っていた。
しかも、それだけではない。
杉村は、またしても背後に吹っ飛んでいたのだ。
しかも今度は後ろにいた貴子もろともだ。
鈍い音がして動きが止まり、杉村はハッとして振り返った。
「た、貴子っ!!」
二人はベランダまで飛ばされていた。
いや正確に言えば激突したのは貴子だ。
杉村は貴子がクッション代わりになってくれたおかげで怪我も無い。
もちろん、杉村はそれをラッキーなどと思うわけもない。
「た、貴子!目を開けてくれ!!」
杉村は必死になって叫んだ。貴子の頬に両手を添えながら。
「貴子、貴子……!」
城岩中学の女性徒の中で最も高い身体能力を持っている貴子も生身の女の子に変わりは無い。
二人分の衝撃をまともに受けたのだ。しかも額から僅かながら血が流れている。
反応がない。杉村の焦りは頂点に達していた。
「貴子、貴子!!しっかりしてくれ!!」
「目を開けてくれえぇぇーっ!!」
「……ん」
僅かだが反応があった。生きている、気を失っているだけだ。
杉村は心から安堵した。が、同時に全身にまた緊張感が走った。
振り向いた。そして高尾を睨みつけた。
守らなければならない。なんとしても貴子を。
貴子だけは守らなければ!!
杉村は貴子をそっと横たわらせると学ランを脱いだ。
気を失った貴子を抱えて逃げるなんて無理だ。
だったら、この男を倒すしかない。
……いや、完全に息の根を止めるしかない!!
「……ひ、ひぃ!……は、早く仕留めろ、鳴海を早く……」
「せ、先生っ!!」
ドアが開かれ、顔面真っ青な兵士が飛び込んでくる。
「な、何事だぁ!?」
「……は、早く逃げて下さい!!」
「に、逃げろだと!な、鳴海の奴、もう来たのか!?」
「ち、違います……!!」
「違う?」
「……き、桐山和雄と川田章吾が襲ってきたんです!!」
「……な、なんだとぉぉー!!」
ドババババァァンッッ!!
その凄まじい音は坂持の耳にもはっきりと聞こえた。
「や、奴等……兵士たちを倒しては武器を回収しまくってるんです!!」
「……な、なんだって?くそ……こんな時に……」
坂持はモニターを見た。鳴海がくっきり写っている。
「……ど、どうする?」
東側からは鳴海が、西側からは桐山と川田。
つまり……自分は今挟まれているということではないか!!
「……ひっ」
坂持は悲鳴が喉に詰まるような感覚を覚えた。
これでは逃げ場が無いではないか!!
どうして先生がこんな目にあうんですかぁ!?
先生がなにをしたっていうんですかぁ!?
こんな酷い目に合わせるなんて、あんまりじゃぁないですかぁ!?
なーんて言ってる場合じゃない、何とかしないと!!
ど、どうする逃げるか!?
だが仮にも自分はプログラムの責任者。
その自分が逃げるなんて……降格や左遷どころじゃすまない。
いや、第一どこに逃げる?
この学校が本来一番安全な場所だったはずだ。
その学校がこの有様だからと言って逃げたところで安全だという保証はない。
もしも島のどこかで自分達に恨みを持っている生徒と出くわそうならば、あいつら何しでかすか。
いや、生徒なんて返り討ちにすればいい。
問題は鳴海が、桐山や川田が追いかけてこないという保証がないことだ!!
そうこう考えてるうちに銃弾はますます大きくなっていく。
どうする?どうする?どうするっ!?
ズギュゥゥーーンッ!!
「ひぃぃぃー!!」
坂持は転びかけながら走った。
いや、走るという単語が合うかどうかわからないくらい無様な格好だ。
とにかく足がもつれ、足首をひねり、それでも坂持は目的のマイクを手にした。
もはやプログラム実行委員会の責任者としての責任や意地など微塵もなかった。
上から受ける懲罰なんかも考える余裕も無い。
あるのは今まさに自分に迫っている三人の死神に対する恐怖だけ。
坂持はすがるようにマイクを手した。
「……う、うぅ…」
滝口は何が起きたのか一瞬わからなかった。
ただ、足に何かが引っかかったと思ったら大きな音。
そして爆風。滝口の身体は吹っ飛んでいた。
「滝口くん!!滝口くん、大丈夫!?」
「い、委員長……あ、頭が痛いよ……」
幸枝が駆け寄って心配そうに顔を覗き込んでいる。
何が起きたのかわからない。ただ頭に痛みが走っている。
――痛い、痛いよ。
「しっかりして滝口くん!!」
幸枝がハンカチを取り出し滝口の額に当てた。
瞬く間に白いハンカチが真っ赤に染まる。
そう、滝口の額がパックリ割れていたのだ。
しかし、この程度で済んだのは不幸中の幸いとしかいいようがない。
高尾は病院の薬剤室においてあったニトログリセリンで即席の爆弾を作り仕掛けておいた。
小さな病院なので大層な量があるわけがない。
高尾も、こんなお粗末な即席の爆弾で敵を仕留めようなどとは思ってなかった。
ただ足止め程度に仕掛けておいただけだ。
そして滝口にとって運が良かったのは男にしては女性徒のように小柄な体型だったこと。
さらに滝口は腕力も特にない。
それゆえ爆発した瞬間、爆風に逆らわず飛ばされ、雨で柔らかくなっていた花壇の土の上に落ちたのだ。
もっとも花壇を囲っているレンガに頭をぶつけ流血はしたが、その程度で済んでよかったとしか言いようが無い。
幸枝はというと運動神経の差がものを言ったのだろう。かすり傷一つ負ってない。
爆発の瞬間、咄嗟に地面に伏せた為、直撃を受けずに済んだのだ。
バレー部のエースの肩書きは伊達ではない。
貴子を除けば身体能力だけなら、間違いなくクラスの女性徒では№1だろう。
(いや……月岡がいるから№2だろうか?)
しかし、国信と瀬戸は違う。
二人とも滝口同様お世辞にもスポーツは得意とは言えない。
むしろクラスの中でも100メートル走なんてしようものなら下から数えた方が早いくらいだ。
爆発が起きた瞬間、二人とも落下してしまったのだ。
雨のおかげで地面が柔らかくなっていたとはいえ、これはたまらない。
「……い、痛い」
「う~…ん……シンジぃ……」
哀れにも瀬戸は腰を打ち、国信は顔面から地面にぶつかっている。
「みんな、大丈夫か!?」
その声に真っ先に反応したのは幸枝だった。
「七原くん!!」
七原が物凄い勢いで走ってくる。
「一体、何があったんだ!?怪我はないか!?」
「あたしは大丈夫よ。でも皆が」
「……うーん……オ、オレは大丈夫」
「オ……オレも……」
国信も瀬戸も何とか無事だ。
ホッとする七原だったが、数が足りないことに気付いた。
「杉村と千草は?!それに川田と新井田と織田もいないぞ!!
桐山は?野田と谷沢はどうした!?」
「き、桐山さんと川田さんは別行動なんだ。もう、ずっと前に出て行った」
「お、織田と新井田は……行方不明なんだ」
「た、谷沢さんと野田さんは……」
と、言いかけて滝口は表情を曇らせた。幸枝の顔が歪んだからだ。
それを見て国信と瀬戸も口をつぐんだ。
はるかと聡美は幸枝のグループで、幸枝とは親友だったのだ。
「おい、どうした!谷沢と野田は無事なのか!?」
「……死んだわ」
七原は思わず言葉を飲み込んだ。何て言った?
「い、委員長?」
「二人とも死んだわ、殺されたのよ!!」
「だ、誰に?」
いや、この場合は『どの転校生に?』だろう。
「高尾っていう長髪の男よ!!」
高尾晃司!?三村が言っていた、あいつ!!
同時に七原は杉村と貴子のことを思い出した。
聡美とはるかの死というショックで、七原は、ほんの一瞬だが杉村と貴子のことを忘れていた。
しかし高尾の名を聞いた途端、今度は聡美とはるかのことなど脳裏から吹き飛んだ。
悪いが死んだ人間への想いにひたっていれるような余裕はない。
「す、杉村と千草は?!二人はどこにいるんだ!?」
七原の焦りは頂点に達しようとしていた。
なんて事だ。こんなことになったのも自分達が病院から離れたせいか?
だから手薄になってはるかと聡美は殺されたのか?
そして杉村と貴子も……杉村、杉村はどうなったんだ?
まさか、杉村が……あの杉村まで!!
「まさか、二人も高尾にやられたっていうんじゃないだろうな!!?」
「わからないわ。ただ、あいつから、あたしたちを逃がすために上の部屋に残ったの」
七原は上を見上げた。
「あそこかっ!」
「はあぁ!!」
杉村の右足が、まるで鞭のように素早くしなやかに鋭く、高尾の顔面に向かって放たれていた。
しかし、その足は空中で標的を失い空回り。
高尾はスッと上半身を後ろにそらし、蹴りを避けると同時にバック回転。
さらに回転しながら、杉村の顎を蹴り上げていたのだ。
「……くそっ!!」
咄嗟に避けた。完全に避けたわけではない、顎の先にジンジンと痛みが走る。
もちろん、そんなカスリ傷などに構っていられない。
回転して床に着地したと同時に再び高尾は飛んでいた。
軽々と杉村を飛び越えている。
「……くっ…!!」
この時、反射的に振り向こうとしていたら、杉村の顔面には見事な蹴りが直撃していたことだろう。
だが野生の勘か。それとも長年の修行から得た経験か、杉村はスッと身体を沈めていた。
これは高尾にとっても驚きだったに違いない。
いくら拳法大会で優勝したほどの拳法の達人とはいえ、高尾のような戦闘のプロからみたら所詮は素人。
その、素人が自分の蹴りをかわしたのだから。
「せいやぁ!!」
高尾が反撃に出る前に攻撃だ!攻勢にでる時間は絶対に与えない!!
杉村は両拳はおろか、両足をフル回転させて、高尾に拳や蹴りをうち込んだ!!
連打だ!!必ず当ててやる!!
まるでマシンガンのような勢い。
その凄まじい攻撃に、さすがの高尾も攻撃に出る暇が無いのか防戦に徹している。
道場に入った当時は同年代の子の中でもどちらかといえば背の低い方だった。
上達も早いほうではなかった。
一緒に入門した子たちが飛び蹴りを覚えた頃、自分はまだ正拳一つ満足に出来ていなかった。
それでも、ひたすら努力した。途中であきらめたくは無かった。
何度もくじけそうになったが止めなかった。
道場の帰り道、自分のふがいなさに悔し涙を流したのも一度や二度ではない。
そんな自分がなぜここまでこれたのか?
理由はわかっている。ずっと昔からわかっていた。
それは――貴子がいたからだ。
ずっと支えてくれた存在がいたからだ。
今でこそ自分は拳法の達人として少しは胸をはれる人間になった。
させてくれたひとがいる。
貴子、おまえがいなかったら、オレはここまでこれなかった
確かに誰からも侮れないくらい強くなりたいと思ったのが拳法を始めた理由だ。
自分を苛める連中を見返してやりたいと思ったのも事実だ。
でも何より、ずっと励まし支えてくれた貴子の思いに応えたかったら。
貴子のような誇り高い人間になりたかったから。
貴子、おまえの幼馴染として恥ずかしくない人間になりたかったんだ!!
ずっと励ましてくれた。
ずっと支えてくれた。
ずっと助けてくれた。
今度はオレがおまえを守る!!
幼い頃、おまえが苛めっ子からオレを守ってくれたように。
今度はオレが守る。
おまえを守ってやりたいんだ!!
「貴子に手を出す奴は絶対に許せない、死んでもらう!!」
【B組:残り19人】
【敵:残り3人】
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