「冗談じゃない!!……な、なんだと!?」
「どうしたのよ!?」
探知機の小さな画面に赤い点滅。
中心にある赤い点は杉村、その背後に貴子。そして杉村の前方に高尾だ。
その高尾の赤い点滅が徐々に杉村に近づき赤い点滅が重なった。
「……どういうことよ!まさか壊れてるの!?」
「そんなことわかるわけないだろう!?」
二人が結論を出せず焦っている間に一旦杉村と重なった高尾はさらに移動。
画面上では杉村の背後にまで回っている。
「そんな……どうして……」
貴子の瞳が拡大した。そして、ゆっくりと天井を見上げた。
「……まさか」
「どうしたんだ貴子!?」
赤い点滅が動いていた。
モニター上ではすでに貴子の背後数メートルの位置だ。
「弘樹!逃げるのよ、早くドアを開けて!!」
完全に遅かった。盛大にガラスが破壊される音がした。
杉村と貴子の背後。ベランダに面した窓ガラスが粉々に砕け散っていた。
キツネ狩り―123―
「ひ、ひぃぃ!鳴海を、奴をさっさと殺せ!!」
「せ、先生……!」
「どうしたっ?!」
「へ、兵士達が……」
「なんだっ?!」
「へ、兵士達の半数近くが命令違反を……な、鳴海追撃に向かっていません!」
「な、なんだとぉー!!」
「命欲しさに命令違反をしている連中が思ったより多かったようだな」
川田はやれやれと言った感じで校舎の壁から様子をうかがっていた。
まあ、あの惨たらしい死体から殺した奴はかなり神経がいかれていると容易に想像できる。
そんな相手との戦闘なんてまっぴらだと兵士達が思うのも無理は無い。
「どうする桐山?」
「決っている。強行突破だ」
「……そういうと思ったよ。やれやれだ」
川田は覚悟を決めたように銃に弾を込めた。
『ひ、ひぃぃぃー!お、応援はまだか?ぎゃぁぁー!!』
無線機からこだまするおぞましい断末魔。
「お、おい!どうするんだよ?!」
「ど、どうするって……おまえは行くのか?冗談じゃない!!
今いけば鳴海に敵だと認識されて、オレたちまでやられるんだぞ!!
と、とにかくだ……こんな状況だ、後でいくらでも言い訳はできる。
オレたちはあくまでも持ち場を離れるわけには行かなかったということに……」
兵士達はいっせいに視線をある一点に集中させた。
校舎の入口。そこに学生服の少年がたっている。
一瞬、特選兵士の誰かだとも思ったが髪型が違う。
だとしたら……城岩中学3年B組の生徒しかいない!!
「おまえ、ここで何してる!!プログラムは終ってないぞ!!」
ギョッとした。その少年がスッと両腕を上げた、その手には銃!
そう銃だ!そう認識する間に銃口が赤く光り騒々しい銃声が鳴り響いた。
爆音が鳴り止まぬうちに兵士達の身体には無数の穴。
間髪いれずにプシューと真っ赤な血がまるでホースから勢いよく流れるかのように飛び出てきた。
「な、な、なんだ、おまえはぁ!」
たまたま、柱の影におり鉛の洗礼を受けそこなったラッキーな男が自動小銃を構えた。
だがスッと柱の影から、またしても学生服の男。
もちろん転校生では無い。しかも少年というには、あまりにもかけ離れている外見だ。
その男が驚愕の表情で身体の向きを変える前に男の腕がスッと上がった。
そして、またしても爆音がとどろき兵士は数秒前先にあの世に旅立った仲間の後を追うことに。
最初に発砲した少年は歩きながら兵士達の銃を回収し放り投げる。
それを、もう一人の少年……いや、少年という形容詞は似合わないので男と言おう。
男は、それをまるでキャッチボールのように受け取ると無言のまま持っていたディバッグにいれた。
二人がそのまま悠々と歩いているのとは反対に反対側からズカズカと物々しい足音が近づいてくる。
それも一人ではない複数だ。
兵隊達だ。柱の影に身を隠すとお決まりのセリフを吐いた。
「二人とも武器を捨てて両手を上にあげろ!!」
少年――桐山――と、男――川田――は、左右に散った。
それが合図だった。兵士達が手にした銃が一斉に火を噴く。
「…………」
桐山が背にしたコンクリートの柱が集中射撃を受け瞬く間に姿を変える。
まるで、ねずみの集団に襲われたチーズのようにボコボコだ。
だが、どんなに凄まじくても、それは永遠ではない。
銃撃音が一瞬止んだ。弾切れだ。
その瞬間を待っていたかのように桐山がスッと柱から姿を現す。
同時に銃が火を噴く。そして間髪いれずに兵士たちの叫び声。
「ギャァァー!!」
「……う、うてぇ!撃つんだぁぁー!!」
その間にも桐山が手にした二挺の銃は火を吹き続ける。
「畜生、これでも喰らえ!!」
今度は正面ではない。右側に敵だ。
だが、銃弾は桐山の頭上を通過しただけ。
その男が引き金を撃つ前に桐山が前転の体勢に移ったからだ。
そして回転しながら、その男に向けて発砲。
「く、くそぉ!相手はただの中学生だぞ!!」
今度は桐山の左側の柱から男が自動操縦を構えて飛び出した。
「後ろにも注意しな、お兄ちゃん」
「……な?!」
慌てて、男は背後に回転するも、向きを変えた瞬間、股間に蹴りを入れられていた。
思わず、体勢が崩れる。間髪いれずに、今度は銃に蹴りが入る。
クルッと回転しながら、男の腕から離れた銃は、何と敵である川田の腕にセットされていた。
「だから言っただろ、お兄ちゃん」
銃が轟音と共に火を噴く。
当然ながら、兵士の命はそこで尽きていた。
「と、言っても、もう聞こえないか」
「川田」
川田が一瞬、表情を強張らせた。
桐山が自分に向ってナイフを投球。坂持なんかより、ずっとスピードがある。
「……グワッ!」
背後からくぐもった悲鳴がきこえてきた。
振り向いた川田が見たものは喉を貫かれ倒れる男。
「……く、くそぉ!」
「一斉射撃だ!!やれぇぇー!!」
残った兵士達は一斉に残った弾丸を使いつくすような勢いで発射してきた。
「川田、援護しろ」
そう言うと桐山は走った。
「……ち、我侭な若さまだ」
川田は溜息をつく暇もなく、兵士たちに向って自動小銃で集中射撃だ。
その射撃があまりにも正確なので、兵士たちは迂闊に柱の影から出てこれない。
その間、ほんの二秒。そして100メートル11秒そこそこで走破できる桐山には十分すぎる時間だった。
「……ひぃ!!」
それが最後に聞いた兵士の悲鳴だった。
残った兵士たち――三人いたが――の内、二人は桐山に眉間を撃つ抜かれていた。
最後の一人は恐怖におののきながら、桐山向って銃口をセット。
だが、桐山は飛んでいた。そして空中とび蹴りで銃を蹴り落とす。
呆気にとられる兵士に、さらにとび蹴り。今度は首にだ。
ボキッと鈍い音が体内から響き、兵士はゆっくりと背後に倒れた。
首が不自然な形で曲がっていたが、桐山は死体には目もくれなかった。
川田がツカツカと歩きながら、ディバッグを回収。
さらに二人は銃を回収すると無言のまま階段に向った。
「弘樹!逃げるのよ、早くドアを開けて!!」
杉村と貴子の背後。ベランダに面した窓ガラスが粉々に砕け散っていた。
「……な、なんだと!?」
杉村がまさに驚愕の見本というような表情で振り向いた。
「……な、なんでだ……?!」
「……屋上よ」
杉村はハッとした。貴子の言うとおり、高尾は屋上にいたのだ。
そして屋上の柵にホース(緊急用に屋上に設置されていたものだ)をくくりつけて一気に降下。
その反動で窓ガラスを突き破りながら入室完了というわけだ。
杉村は焦った。
この男の侵入を防ぐ為のバリゲードのせいでドアから逃げるのは不可能な状況になっている。
「クソッ!逃げろ貴子ッ!!」
杉村は素早く貴子の前に出ながら銃を構えた。
同時に高尾も走っていた。いや、飛んでいた。
そして空中とび蹴りで杉村の銃を蹴り落とす。
呆気にとられる杉村。だが呆気にとられている暇などない。
高尾はさらに飛んでいた。今度もとび蹴りだ――杉村の首目掛け!
「な、七原ぁ……ま、待ってくれよ……オレ、もう走れないよ……」
「何言ってるんだ!へばっている暇はないんだぞ飯島!!」
「……で、でも……でも、もうダメなんだ……」
「……畜生」
病院はもうすぐそこだ、正直言って嫌な予感は収まるどころか大きくなってきている。
七原は勘がいいほうではない。
だが、そんな七原でも理由はないが断言できる。
何かが起こっていると!!
「……クソッ!飯島、おまえはここにいろ。オレは先に行くからな」
七原は走っていた。病院まで直線距離にして100メートルちょっと。
自分なら12秒もあれば辿り着ける。
訂正。運動場のように整備されてない場所を走るのだ。
もう数秒はかかるだろう。
七原は背後で「おいてかないでくれ!!」と叫ぶ飯島を振り切って全力疾走していた。
「……っ!」
杉村は咄嗟に腕をあげた。
「……うわぁぁー!!」
骨が軋む音がしそうなほどな痛みだが大丈夫、まだ折れてない!!
「弘樹!……よくも弘樹を!!」
貴子のウージーが火を噴いていた。
だが弾道の先に肝心の高尾がいない!
「……え?」
貴子は一瞬、目が点になった。
「後ろだ貴子!!」
杉村が叫んでいた。後ろからは気配なんて感じないのに!
だが、もちろん考えている暇など無い。
貴子は振り向くことなく走った。
だが背後から腕が伸び首を掴まれ一気に引き寄せられていた。
貴子の視線の先にキラリと何かがひかった。
それがナイフだと貴子が認識する前に杉村が起き上がっていた。
「貴子をはなせぇぇー!!」
まるでフットボールの花形選手のようなタックルだったに違いない。
だが、問題は相手に対して全くダメージを与えられていないということだろう。
杉村は高尾を見た。何も無い目だった。
哀れみとか、同情とか……こんな目をした男、見たことが無い。
いや……いたような気がしたが、それが誰かなんて今の杉村には悠長に思い出す暇なんてない。
なぜなら、高尾は貴子からスッと手を離すと貴子を突き飛ばした。
そして、間髪いれずに杉村に向って横一直線にスッとナイフを引いた。
「……っ!」
反射的に背後に飛んでいた。が、ナイフの先には血がついている。
「……くっ!」
杉村の顔が歪んでいた。左腕をナイフがかすっていた。
「逃げろ貴子ぉー!!」
「何言ってるのよ!」
「逃げるんだ……二人も死ぬこと無い、逃げろ!!」
「頼むから逃げてくれ!!」
杉村は高尾に向って突進していた。
そして、そのナイフを握った腕を両手で掴んだ。
「逃げろ、逃げろ貴子!!」
「…………」
高尾は全く何も感じていないようだった。
「逃げろ貴……ぅ!!」
腹に衝撃。高尾の膝蹴りが喰い込んでいた。
密着した状態だ。その威力は当然ながら杉村の身体に直接響く。
それでも杉村は高尾の腕を離さなかった。
この腕は高尾の利き腕だ。
貴子が逃げるまででいい。
貴子が逃げるまで、この腕を封じることが出来れば!!
だが、再び腹に衝撃がはしった。まるで杭を打ち込まれたようだった。
「……ぐえ……っ」
杉村は身体が沈むのを感じた。
「……な、何が起きてるんだよ!?」
瀬戸はぞっとした。何が?そんなこと一つしかない。
とにかく自分達が非常はしごをおりはじめた直後に何か起きたのは確かだ。
そして、その何かとは転校生に他ならない。
自分達は逃げたが、最後に残った杉村と貴子が転校生にやられている。
何とかしないと、何とか!!
でも自分達に何とかできるわけがない!!
第一、今は非常用はしごにつかまっているだけの状態なのだ。
「早く降りるのよ!!二人を助けないと!!」
幸枝が地上に近づいたところではしごから飛び降りた。
「うん!」
続いて滝口だ。滝口は幸枝のように飛び降りず、最後まではしごをつたった。
その時、何か張り詰めたものが足にあたった感触を滝口は味わった。
何も見えない。だが、確かに何かある。
はっきりと触れた感じがしたのだ。それは――ピアノ線だった。
「……え?ど、どうして……?」
どうして、ピアノ線なんかがはしごに仕掛けて……?
考える暇も無く、答えが滝口を襲っていた――。
凄まじい爆音が辺りを包み、烈風が砂塵を巻き上げていた。
【B組:残り19人】
【敵:残り3人】
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