「……あ、あわわ」
「せ、先生……」

腰を抜かしながらも坂持は必死に理性の糸を手繰り寄せた。
今は腰を抜かしている場合ではない。
このままでは鳴海は確実に自分を殺しに来る。
それも頭と胴体を切り離しに。
「ど、何処だ……!」
「はい?」


「い、今……奴はどこにいる!?」


坂持は先ほど鳴海が映し出されたモニターを再度確認。
「……こ、このカメラは…確か調理室の近くの非常口だったな」
……と、いうことは……坂持は焦りながらも、この学校の見取り図を脳内で広げた。
この視聴覚室は校舎西棟の二階。そして調理室は東棟の最東端。
坂持はマイクを取ると叫んでいた。


「ぜ、全校の兵士に告ぐ!ぜ、全員東棟に集合、鳴海雅信乱心だ!!
いいか、殺しても構わん!何としても奴を仕留めろ!!」




「……どうやら動いたようだぞ桐山」
「ああ。行くぞ」




キツネ狩り―122―




「ほら食料だ。今のうちに食べておけ」
「…………」
「また食べたくないなんていうつもりか?」
「あなた何を考えているの?あなたの行動矛盾がありすぎるわ」
「何のことだ?」
「あなた言ったわよね。闇なんて必要ないって」
「ああ、そうだ」
「でも、鳴海雅信に学校を襲わせた……そんなことをすれば坂持が上に報告するに決っている。
あなたの言う通り、兵士達の総力を持ってしても彼の方が強いのなら尚更よ。
そうなったら、すぐに坂持の要請を受けて軍が来るわ。違う?」


天瀬美恵」
周藤は手にしていたペットボトルを置くと静かに切り出した。
「おまえは賢い女だな。だが無用な心配だ」
「……軍が来るのは好まないんじゃなかったの?」
「坂持に援軍を要請する度胸があるものか」
「どういうこと?」
「攻撃を仕掛けてきたのがターゲットの生徒なら問題はない。
だが、それが軍の人間となれば話は別だ。
仮にも坂持は実行委員会の責任者。こんな不祥事を軍が咎めないわけがない。
左遷どころか、下手をしたら首が飛ぶ。
あの臆病者が自分の命をはかりにかけられるわけがない。
万が一、奴がこのことを報告したとしても軍は動かない」


「……ど、どうして?」
「それ以上は詮索するな」




『ああ、後は頼むオヤジ』
『しかし、おまえも相変わらず意地の悪い奴だな』
『自分でも、そう思う。とにかく坂持が何か言って来ても無視してくれ。
それから薫だ。あいつが余計なことを二度と出来ないようにしてほしい』
『ああ、わかった。奴が鳴海と連絡取れないように通信は遮断してやる。
坂持も適当にほかっておいてやる。
もしも軍が動くとすれば、おまえがやられたときだけだが……。
その心配をする必要なないな?』
『当然だ』
『本当に、それだけでいいのか?』
『ああ、面倒かけるな』





「…………」
「余計なことは考えるな」
「…………」
「オレも余計なことを喋るのは苦手なんだ」
それから周藤はペットボトルを持ち上げ一口だけ飲むとこう言った。
「……おまえのことだがな」
美恵の目の色が少しだけ変わった。まあ、無理もないが。


「……いつ殺すの?」
「そうだな……今すぐがいいか?」


美恵の表情が険しくなった。
「怒るな冗談だ。言っただろう、おまえにはもう少し役に立ってもらう。
もちろん、その分借りは返してやるつもりだ」
「……返すって?」
「今はおまえを殺さない。殺すとすれば、おまえを仲間のところに返してやった後だ」
「……私を……返す?」
「ああ、解放してやる。それで貸し借りは無しにしてもらう。
だが……次にあったときは殺す。それがルールだからな」


「………そう」
「そんな顔をするな」
「……あなたにはわからないわ」
「それもそうだ。何か思い残すことがあるのか?
オレに出来ることならしてやってもいい。
そのくらいの情けは持っているつもりだ」
「……あなたにしてもらうことなんて何も無いわ」
「それもそうだ。なあ、おまえ……」
「……何?」
「処女のまま死にたくないだろう?」














「な、鳴海さんを殺す……?」
「じょ、冗談じゃない!!殺し専門の特殊工作員相手に闘えっていうのか!?」

兵士たちは慌てふためいていた。
鳴海雅信という人間のことを直接知っている者はいない。
だが、その恐ろしさは噂という手段ではあるが、彼等の心の中に刻み込まれている。
第一、いきなり乱心したから仕留めろと言われても兵士たちは途惑うばかりだ。
なぜ?何が原因でこんなことになったんだ?
考えてもわからない。しかし恐怖感は確実に現実味を帯びてきている。


「お、おい!」

兵士の一人が指差した。その先に金髪フラッパーパーマ。

「……ひぃ!!」


兵士の一人が悲鳴を上げた。その瞬間、鳴海が走っていた。
そしてナイフが横一直線に走っり、まるで噴水のように血液が喉から飛び出していた。
もはや考えている余裕は無い。
鳴海雅信は本気だ。本気で自分達に殺意を向けている。


「こ、殺せ!!」


誰かがどもりながら叫んだ。
一斉に、その場にいた兵士全員が鳴海に向って銃口を向ける。

「う、撃てぇー!!」














「貴子、大丈夫か貴子!!」
「大丈夫よ、少しは落ち着きなさいよ」

怪我を負った貴子より杉村の方がパニック状態になっていた。
自分が傷つくのはいい。痛みには耐えられる。
だが大事な人間が傷つけられると普段の寡黙さが嘘のように感情的になる。
貴子は杉村のそういうところはとても好きだったが(勿論、口に出しては言わないが)それも時と場合による。
少なくても今は、そういう時でも場合でもない。
桐山と川田が揃っていなくなった今、今残っている男たちの中で唯一頼りになるのは杉村だけだ。


その、あんたがその様でどうするのよ!


貴子は心の中で叫んでいた。
同時に思った。相手は戦闘のプロだ。
年齢こそ自分達と同じくらいだが、中身はまるで違う。
文字通り、大人と子供。いや、それ以上の差があるかもしれない。
非情にならなければならない。あの転校生以上に非情に。
杉村にそれを望むのは酷だ。だったら代わりに自分が非情にならなければ。
貴子は、そう決意した。




階段を駆け上がり三階まで来ると幸枝と滝口が駆け寄ってきた。

「どうしたの?!」
「どうしたもこうしたもないわ転校生よ!!」

途端に二人の顔が引きつる。

「ど、どうしよう……は、早く逃げないと!!」


滝口は慌てて逃走経路を脳裏に浮かべた。
階段は一つしかない。でも病院なら非常用の何かがあるだろう。
例えば非常用はしごとか……滝口はすぐに部屋に駆け込んだ。
普段は患者の入院用に使用されている病室だ。
ここなら、きっとある。ベランダにでると案の定あった。
ベランダの隅に、『非常用』と明記されている真四角の扉状のものが。
取っ手を掴み持ち上げるとパカッと開いた。
『こちらは非常用のはしごですので、通常は使用しないで下さい』と注意書き。

だったら大丈夫。今は非常時だから!!


「は、早く!!皆、こっちだよ。逃げるんだ!!」

滝口が手が振り落ちるのではないかというくらい激しく手招きしている。
幸枝、それに瀬戸に国信は滑り込むように駆け寄った。
貴子と杉村も部屋に駆け込む。
そして杉村はすぐにドアを閉めると、そばにあったベッドをドアに立てかけ即席バリゲードを作った。


「委員長早く!!」

滝口が幸枝に促した。まずは女である幸枝から逃がそうという配慮だろう。

「なに言ってるの、最初に見つけたのは滝口くんよ。あなたから先に行くべきよ」
「オレはいいよ。瀬戸も国信もそれでいいよね?」
「そうだよ。滝口の言う通りだ」
「委員長早く」
「ありがとう」

幸枝は胸が熱くなった。もっとも、こんな時に目頭を抑える余裕なんてないが。
幸枝はクラスの女性徒の中では貴子の次にスポーツができる。
はしごに足をかけるとすぐに降りていった。




「次は千草さんだ。千草さん早く!!」
「あたしはいいわ」
「何を言っているんだ貴子!!」

階段を上がる音が聞こえる。あの男が、高尾晃司が近づいている。
透視能力のない杉村にもわかる。確実に近づいてきている。


「貴子、早く逃げるんだ。頼むから逃げてくれ!」


非常用はしごから逃げていることを悟られてはならない。
杉村は小声で貴子に話し掛けた。

「何言ってるのよ。あんた一人を残して逃げられるわけないでしょ。
あいつを食い止めるために、あんたが残るつもりだってことくらいわかってるわ」


「……貴子!」
「何年、あんたの幼馴染をやってると思っているのよ?」


図星だった。あの男が来る前に全員がはしごを使って逃げるなんて無理だ。
だから杉村は一人残って貴子たちが逃げる時間を稼ぐつもりでいたのだ。
しかし、貴子はそんな杉村の悲痛な決意をすぐに察した。
幼い頃から家族同然に付き合い、お互いを理解しあってきた貴子だからこそ杉村の行動が手にとるようにわかったのだ。
そして杉村にもわかったことがる。
貴子は一度言いだしたら決して撤回しない女だということを。


「貴子、おまえの気持ちは嬉しい。でも……」
「うだうだ言ってないで、さっさと探知機のモニター見なさいよ」


そうだ。とにかく今は敵の動きをしっかり把握することが最優先。
杉村は熱感知の探知機を取り出すと、その小さな画面を凝視した。














「……今なんて言ったの?」
「言ったとおりだ。処女のまま死にたくないだろう?
だから協力してやってもいい、そう言っているんだ」
「…………」
「どうした?」


「……この……恥知らず!!」
「なんだ?」

美恵の平手打ちを避けながら周藤はきょとんとした。

「何を怒っている?」
「あなた一体何言ったのかわかってるの!?」
「オレは親切で言ってやったんだが」
「あなたみたいな無神経なひと初めてよ!!」
「おまえ、もしかして……ああ、そういうことか」
周藤は面白そうに笑った。


「悪かった。確かにオレの言葉が足りなかったな」
「ふざけないで!!」
「そう、怒るな。おまえを返してやるといったのは嘘じゃない」
「信用できるものですか!!」
「本当だ。ただ、もう一度だけオレの役に立ってはもらうがな」
「ふざけないでよ、誰があなたなんかに……ぅ!!」
美恵は素早くさるぐつわをされ、さらにロープでしばられてしまった。
「あと少しの辛抱だ。そうしたら、おまえとはお別れだ」
「……ん、んん!!」
「先に言っておく。さよならだ、永遠にな」














「近づいてきている」
「位置は?」
「……15メートル先だ。14、13……」


「あんたたち早く行って!!」
滝口、次いで瀬戸、そして国信がはしごを降りていった。

「……12、11、10……」

杉村と貴子はドアに銃口の照準を合わせたまま後ろに下がった。


「いい?ドアが開いたらすぐに発射よ。一切容赦は無し、わかってるわね?」
「……ああ。わかってる」

杉村の目つきが変わった。それを貴子は見逃さなかった。

「どうしたの弘樹?」
「奴の動きが止まった」
「なんですって?」

貴子も探知機の画面を見た。確かに動きが止まった。
いや、止まったというより何か変だ……ウロウロしているようにも見える。
とにかく一箇所に止まって微妙な動きをしている。
一体、どうしたというのだろう?




「一体、どうしたっていうのよ?」
「わからない……何をしているんだ?」

赤い点滅が微妙に上下左右に揺れてはいるが、位置はほとんど変化してない。
まさか、同じ場所をグルグルと犬のように回っているのか?
ありえない。一体何をしているだ?
杉村は持っていた銃をおろすと歩き出した。
高尾が何をしているのかわからないが、とにかく気になる。
何か変なことをしているのなら、その前に此方から攻撃を仕掛けてやる。
そう思ったのだが、貴子が腕を掴んで止めていた。


「バカなこと考えるのは止めなさいよ」
「……だが……貴子」
「自分から奴の懐に飛び込もうっていうの?」
「…………」
「奴は間違いなく、あのドアから入ってくるわ。ここで待って一斉射撃するのが一番よ。
いくらなんでも、素手で壁を壊して入ってくるわけがないじゃない。
見たところ、爆弾もバズーカー砲も持っていないのよ」
「……でも貴子」
「……待って、それ」


「どうした?」
「画面を見てみなさいよ」


高尾晃司が一箇所にとどまっていたのは、ほんの少しの短い時間だった。
「……また動き出したぞ」
再び高尾の位置を示す赤い点滅が動き出した。

「……8、7、6、5……ドアのすぐ前だ。気をつけろ貴子!」

「わかってるわよ!」
持っている銃の引き金にかかっている指に緊張が走る。

「4……3……なんだと!?」

杉村の目が何倍にも拡大した。


「どうしたのよ!!」
「……奴の位置が……三メートル先なんだ」
「何言ってるの、そんなはずないでしょ?冗談言ってる場合じゃないわ。しっかり見なさいよ!!」
「嘘じゃない!!奴は三メートル手前の位置にいるんだ!!」
「バカなこといわないでよ!!」


「もう部屋の中じゃない!!」




【B組:残り19人】
【敵:残り3人】




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