「……まずは左腕だ」


な、なんてこと!!


月岡は眩暈がした。
もっとも「……あぁ、もうダメ」と、か弱いレディにふさわしく、その場に倒れこむなんて余裕はない。


嫌よ、嫌よ!!この若さでアタシ惨殺されるの!?
アタシの身体を好きにしていいのは三村くんだけよ!!
なーんていってる場合じゃないわ。誰か助けてぇぇー!!


そんな月岡の耳にカチッと小さな金属音が聞こえた。

「……え?」

鳴海の表情が僅かに曇る。
カチッカチッ……再度引き金を引くも弾は出ない。
何と言う幸運!!弾切れだったのだ。

ああ神様ありがとう!!

月岡は生まれて初めて神に感謝した。


が!!


「きゃぁぁー!!」


身体が引っ張られるぅ!!
ああ、神様に感謝の祈りを捧げる暇も無いわ!!
こ、この悪魔ぁ!!
アタシを窓の外に引きずり出そうとしてるぅぅー!!




キツネ狩り―117―




「あ、あの坂持先生」
下級兵士が遠慮がちに話し掛けてきた。しかも複数いる
「なんだ?」
「……えーと、その」
「一体何があったんだ?」
「……あの……その……」
「なんなんだ一体。あの、そのだけじゃあ、先生どうしていいかわからないじゃないかぁ」
「……じゃあ言います。周藤大尉のことなんですが」
「あいつがどうしたんだぁ?」
「あの女性徒を監禁した部屋から……すごい叫び声がしたんですよ……」
「……」
坂持は固まっていた。おそらく、すでに妄想の世界に旅立っていたであろう。


「……さけびごえ?」
「はい……叫び声です」


「……どんな叫び声だったのか先生に詳しくいいなさい」
なぜか坂持は『詳しく』という単語を強調していった。
「……はい、最初に女の声で悲鳴が聞こえたんです。
その後、『やめて』とか『ケダモノッ』という声が……」
「……叫び声だけかな?」
「……すごい物音もしました。それに布を切り裂くような音も」
「……続けなさい」
「……最後に悲鳴がして……静かになりましたが……」
「そうですか……」
坂持は湯飲みに残っていたお茶をググッと全部飲みほすと深呼吸をした。


「周藤ぉぉー!一人だけ楽しもうなんて先生そんな不謹慎なこと許さないぞぉぉー!!」

と叫び、物凄いスピードで廊下を走っていった。














「で、桐山。おまえ、どうやってお嬢さんの居所掴む気なんだ?
振り向かずに後ろを見てみろ。おまえの真後ろにある木の枝だ」
振り向かずに見ろだと?全く簡単に言ってくれるな。
川田は考えた末、ナイフを取り出すとそれを鏡代わりにして見てみた。


「……なるほどなぁ」
「理解できたか?」
「ああ、おかしいと思ったんだ。
首輪無しなんて大サービスしているが、奴等がオレたちを見張っていないわけがないからな」
「首輪?」
「ああ、こっちの話だ」


改正前のプログラムで爆弾入り首輪をつけられることを知っているのは政府関係者と……参加者だけ。
桐山が知っているわけがない。


「何でもない。で、どうするつもりだ?」
川田は溜息をついた。木の枝に設置してあったのは隠しカメラだった。
桐山は、この存在に気付いていた。
つまり、この隠しカメラのどれかに天瀬が映っている可能性がある。
今のところ、唯一の手がかりとなるだろう。
しかし、それは裏を返せばとんでもない選択ともいえる。
なぜなら、この隠しカメラのモニターがあるのは他ならぬ坂持たちが居座っている学校なのだ。


「まさかとは思うが……学校を襲うなんて言うんじゃないだろうな?」
「いけなかったかな?」

川田はまた溜息をついた。


「……おまえについてきたこと。早くも少し後悔してるよ」














「周藤!開けろ周藤!!」
「うるさい。何のようだ」
扉の向こうから苦虫潰したような表情で周藤が現れた。


「おまえ何を考えているんだ!『女子中学生ウッフン監禁・いけないプレイ』でもやろうっていうのか!?」
「……誰が、あんたのお気に入りの裏ビデオの再現をすると言った」
「この部屋から悲鳴が聞こえると報告が入ったんだ。
先生、不純異性交遊は許さないぞっ!!」
「バカなことを言うな。オレは何もしていない。
神かけて誓ってもいいぜ。あの女には何もしていない」
「本当だろうなぁ?」
「ああ」
「だったらなぜ悲鳴が?」
「思ったより抵抗してきたから少し乱暴なマネをしてしまっただけだ。
あの女、押し倒して服引き裂いたぐらいでギャーギャーわめき散らすんだからな」














「ひぃぃー!!」

左腕を思いっきり引かれ、その勢いで窓ガラスにぶち当たる月岡。
元々、コナゴナに割られ穴が開いていた窓ガラス。その穴がさらに拡大した。
もっとも、まだ月岡の身体を引きずり出せるほどの大きさではない。
鳴海は、再び月岡の腕を掴んでいる腕を凄まじい勢いで引っ張った。
またも月岡が窓ガラスに激突。さらに穴が大きくなる。


「い、いやぁ!!た、助けて光子ちゃんっ!!」
「月岡くん!!」


光子が月岡の右腕に飛びついた。そして引っ張り出した。
ああ、まるで時代劇によくある母親同士の子供の奪い合いね!!
なーんていってる場合じゃないわ!!頑張って光子ちゃんっ!!

月岡の身体がまたしても引っ張られガラスに衝突!!
鳴海の腕力は凄まじく月岡と光子の力を合わせてもまるで歯が立たないのだ!!




「大人しくオレに殺されろ」




ひぃぃー!め、目がいっちゃってるぅー!!
彼、本気よ!!本気でアタシを!
じょ、冗談じゃないわぁぁー!!


「しつこい男は嫌われるわよ!」


光子がカマを取り出し、月岡の腕を掴んでいる鳴海の手首目掛けて切りつける。
それをまともに受けるほど鳴海もクレイジーではない。
月岡の腕を離した。その勢いで背中から床におもいっきりぶつかってゆく月岡。


「……チッ」
鳴海がスッと右拳を上げた。
そして、すでに半分以上壊れている窓ガラスを一気に粉砕。
残っていたガラスが全て粉砕。窓枠だけの状態になった。
その窓枠に鳴海はスッと右足をかける。

は、入ってくるつもりよぉぉー!!
そんなことになったらか弱い少女であるアタシ達なんて、ものの数秒で殺されてしまうわ!!




「「冗談じゃないわ!!」」




光子と月岡は小屋の隅にあった角材を手にした。
そして、まるで双子のデュエットのように同時に鳴海に殴りかかった。
当然、鳴海はスッと身体をひき、それを避ける。


「は、入れるものなら入ってご覧なさい!!」
「その前に嫌ってほど殴打してあげるから!!」


「……」
鳴海はジッと二人を見ていた。
が、何を思ったのかクルリと向きを変えると歩き出した。


「え?」
「ど、どういうこと?」


きょとんとする二人の視線を背中に受けながら鳴海は歩いてゆく。
当然、プレハブ小屋との距離はどんどん広がる。
もしかして、あきらめたのだろうか?
鳴海はさらに遠ざかっていく、そしてトラックの前まで来た。




「……あいつ、何する気かしら?」
「まさか、このまま立ち去ってくれる……わけないわよね」

そんな2人の前で、鳴海はトラックに乗り込んだ。
ブロォォォ……すぐにエンジン音が響きだす。
トラックの運転席から冷たい目でジッとこちらを刺すように睨む鳴海。
タイヤが回転を始めた。同時に排気ガスがもくもくと発生している。


「……ま、まさか……」
「う、嘘でしょう……?」


2人の青ざめた顔。その瞳の中に映っていたトラックがあっという間に拡大する。
そして――。


ドオォーンッ!!


「キャァァー!!」
「……な、なんて事!!」


なんて奴、なんて奴なのよっ!!
トラックで激突してくるなんて、ますますターミネーターじゃない!!


真っ青になって倒れこんでいる二人を凍てついた瞳で見据えながら鳴海はギアをバックに入れた。
トラックが数十メートル後ろに下がる。そして再び前進。


ドオォーンッ!!


「きゃぁぁー!!」
プレハブ小屋が激しく揺れる、いやゆれるだけじゃない。


窓ガラスは全壊!ドアも曲がっている!!
それでも鳴海の破壊は終わらない!
また数十メートル下がる。そして一気にスピードアップ!!
至近距離からの凄まじい激突!!
プレハブ小屋が大きく傾く、まるで大地震で翻弄されるかのように揺れる月岡と光子!!


「い、いやぁぁー!!」

「……し、死ぬ!あいつ、このプレハブごとあたしたちを押しつぶす気よ!!」


ドオォォォーンッッ!!


「ひぃぃー!!」
「……そ、外に……外にでるのよ!!」
「な、何言ってるのよ光子ちゃん。外に出たらあいつに!」
「ここに居ても押しつぶされるだけよ!一か八か逃げるのよ!!」

トラックがバックしだした。逃げるなら今しかない!!

「行くわよ月岡くん!」
「ま、待ってよ光子ちゃん!」

2人は同時に小屋から飛び出した。そして全力疾走。
当然、鳴海も追いかける。それもトラックで。


は、早く、早く逃げないとひき殺される!!


みるみるうちに迫るトラック。
気のせいだろうか、巨大ダンプカーのように大きく見える。
あっという間に2人の背後に……。
が!2人はUターン。トラックの横をすり抜けるように走り逃げていった。
キキィー!!と嫌な音をだしてタイヤが地面にこすれる。
当然、トラックもUターンだ。


「は、早く工場内に逃げ込むのよ!!」
「そ、そうね!!」

2人は侵入した時のように窓ガラスを割ると建物内に飛び込んだ。
そのコンマ数秒後にトラックが激突。
窓際の壁が歪んでいる。もちろんトラックも無傷ではない。
むしろ、あちらの方が損害は大きい。
だが、中にいる人間は全くの無傷。
運転席のドアを開けると鳴海はゆっくりとその長い足を床におろした――。














「……押し倒して服を引き裂いた?」
「ああ、そうだ」
「……やっちゃったのかな?」
「何を?」
「何をって……先生に言わせるつもりか?」
「何を言いたんだ。まあいい、ちょうどあんたに会いに行こうと思っていたところだ」
周藤はスッと左手を差し出して言った。


「携帯」
「はぁ?」
「実は移動中に携帯無くしたんだ。だから携帯をかしてくれ。
オヤジに報告したいことがある」
「あのなぁ……携帯どころじゃ……」
「いいからさっさとかしてくれ」
「……先生の話は終わってないぞ」
「おい。オレがかせと言っているんだ」
「……チ、嫌な生徒だな」


坂持は渋々と携帯を取り出した。
それを奪い取るように取り上げると「用は済んだ。さっさと行け」だ。
「周藤ぉ……先生の話がまだ……」
「わかってないようだから言っておくぜ先生。
このまま大人しく行くのと、あの世に逝くのとどっちがいい?」
「……行きます」
坂持は納得いかない様子だったが、これ以上何を言っても無駄なので渋々その場からはなれることにした。




坂持が立ち去るのを見届けると周藤はドアを閉めた。
そしてチラッと背後を振り向いた。
ソファの上にはロープで縛られた美恵があられもない姿で横たわっている。
服は引き裂かれ鎖骨から胸元まで見えているし、スカートも切り裂かれスラリとした足が露になっている。
こんな姿を見たら、大抵の男はその気になってしまうだろう。


「…………
「何だ?」
「この恥知らず!女を何だと思っているの!?」
「なんだ、まだ憎まれ口が叩けるのか。感心だな」
「ふざけないで!!」
「どなるな、うるさい。オレは何もしてないだろう」
「ここまでして……どの口でそんなこと言えるのよ!?」
「オレが危害を加えたのはおまえの服だけだ」
「さっさとほどいて!」
「そういうわけにはいかないんだ」
周藤は、先ほど坂持から借りた携帯を取り出した。


「坂持は何かあったときにはこれでオレたちに連絡していたんだ」
「それがどうしたっていうのよ!!」
「例えばだ」
周藤がニヤッと笑った。


「この携帯で、おまえの今の姿を撮って雅信に送ってやったらどうなると思う?」


「……な」
「坂持の携帯からだ」
美恵は青ざめていった。
「オレが言っている意味がわかったようだな」
「……あ、あなた本気なの?……だ、だって……この学校には……」
「ああ、銃を持った兵士が三十人ほどいる。
もっとも桐山の襲撃のせいで結構死人が出たがな。
まあ、オレたちからみたら雑魚だ」
「……坂持や低俗な雑魚どもが自分達に逆らう女に対してどんなことをしてきたのか雅信はよく知っている。
あいつはそういうタイプの男ばかり見てきたからな。怒り狂うだろうぜ。
惚れた女がそういう奴等に捕獲されて、こんな姿になったなんて知ったら。
単純なあいつのことだら、即集団暴行を連想するに決まっている」
「……あ、あなた」


「特選兵士がプログラム実行本部を襲撃。当然、特選兵士の資格は剥奪。
数十分後には奴は国家反逆罪の大罪人だ」




【B組:残り21人】
【敵:残り3人】




BACK   TOP   NEXT