「全く周藤の奴……羨ましい……いや、不謹慎なことを」
「誰が不謹慎だって?」
「はっ!いつから、そこに!!」
いつの間にか背後に周藤が立っていた。
シーツをマントのように羽織り、震えながら俯いている美恵も一緒にいる。
(……や、やっぱり……やっぱりやったんだな周藤ぉ~)
「坂持先生。あんた今、オレがこの女を抱いたと思っているだろう?」
「……う」
「相変わらずだな。あんたほど考えが読みやすい人間もそうはいないぜ。
オレは出掛ける。今度こそ、あんたの望みどおり、真面目にお仕事してやるよ」
「本当だろうなぁ?」
「ああ、じゃあ行こうか」
周藤は俯いている美恵の肩を掴むと強引に歩き出した。
「ああそうだ坂持先生」
「なんだ?」
「自分は安全だなんて油断しないほうがいいぜ。
桐山みたいにいきなり襲ってくる奴がいるかもしれないからな」
キツネ狩り―118―
「み、三村……どうしよう」
「どうもこうも無いだろう。今から月岡たちを追いかけるなんて無理だ」
三村は少し考えた。そして結論をだした。
これ以上、仲間を分散させてはいけない。それが三村が出した答えだ。
「……いったん病院に戻ろう」
「で、でも三村。美恵さんがまだ……」
「オレ一人なら帰ろうなんて思わない。だが……おまえたちが一緒なら別だ」
三村は悔しそうに唇をかんだ。
「……オレのせいだ。オレが感情的になって行動を起こしたせいでこんなことに。
もしも相馬や月岡が死んだらオレの責任だ。最初からオレ一人で行動すればよかったんだ。
それなのに、おまえたちを巻き添えにした」
「なに言ってるんだ三村。オレも相馬も月岡も自分の意志でここに来たんだ。
おまえのせいなんかじゃない。そんなこと言うなよ」
「とにかく、おまえたちは病院に戻れ。オレは天瀬を探す」
「……で、でも三村」
「いいから行くんだ」
「さあ早く乗れ」
周藤は車の助手席のドアを開け美恵に促した。
「その格好では不都合だろ。手ごろな店にでも入って着替えを探そう。
そのくらいの時間はくれてやる」
「……私のこと」
「ん?」
「……いつ殺すの?もう用なしなんでしょ?」
「なんだ殺して欲しいのか?」
美恵はキッと周藤を睨みつけた。
「冗談だ。おまえには、もう少し役に立ってもらう。だから今は殺さない安心しろ」
「く、来るわ!」
「は、はやく逃げないと!!」
背後から鳴海が猛スピードで追いかけてくる。
2人は工場の外に出た。車が三台ほど止まっている。
おそらく工場の従業員の車だろう。月岡と光子はすぐに車の中に飛び込んだ。
ラッキーだったのは、鍵がついていたことだ。
おそらく帰宅しようとしたところで軍がやってきて、そのまま島をでることになったのだろう。
「は、はやく車を出して!!」
「わかってるわっ!!」
勢いよく鍵を回す。エンジンが鳴り出した。
ところが……エンジンがかからない!!
「な、何よ!どうしてエンジンがかからないよ!!」
「どうしたのよ!早く走ってよ!!」
「わかってるわよ!ああ。かかって、かかりなさいよ!!」
月岡は何度も何度も差し込んだ鍵を回した。
が!エンジンが空回りするような音がするだけ。
「お願いだからかかりなさいよ!」
かかれかかれ!!お願いよっ!!
「……あ、あいつが来たわ!」
鳴海が建物の中からゆっくりと姿を現していた。
「……そ、そんな!どうして、どうして、かからないのよ!!」
「……新井田、どこに行くんだ?」
新井田はビクッと硬直した。
背後を振り向き、そこにいたのだ織田敏憲だったことに新井田はホッとした。
杉村じゃなくて本当に良かったぜ。
「建物から出たらやばいってことだっただろう?」
「…………」
織田は頭が特別頭が切れるというわけではないが、だからと言って馬鹿でもない。
むしろ卑怯な知恵。つまり奸智に関してはある程度通じている。
新井田の行動に何か感じたのだろう。
「……何してるんだ。まさか、1人だけ逃げようっていうのかい?」
まずい、まずいことになった……。
こっそり学校から抜け出そう……そう思っていたんだ。
杉村でなかっただけ、まだマシ……どうする?
新井田は考えた。
気絶させるなり脅すなりして縛り付けてトイレにでも放り込んでおくか?
(そんな下品なことは織田の美意識からしたらとんでもないことだろう。
しかし新井田には織田の美意識など知ったことではない)
それとも適当に騙してずらかるか?
「……オレも天瀬のこと好きなんだ」
ふいに新井田は口を開いた。
「本当は三村たちについていくべきだった……だけど、あの時はビビッて出来なかった。
後悔したんだ。で、考えたんだ。やっぱり探しに行こう……ってな。
でも、そんなこと杉村たちに言ったら絶対に反対するだろう?
だから、こっそり出て行こうと思ったんだ。頼む織田……見逃してくれ」
「……新井田」
完璧な演技だ!新井田は心の中で自分自身にオスカーをプレゼントした。
が、織田は疑いのまなざしでじっと見詰めてくる。
(……完璧な演技だったのに……ばれたのか?)
(……こいつ嘘ついてるな。下品な有象無象の分際でオレを騙せると思っているのか?
こんな危険なときに1人だけ逃げだそうだなんて、きっと何か理由があるに違いない。
ここにいるよりも……逃げるほうが安全だと思わせるような理由が……)
織田は俯いた。そして顔を上げたとき、その両目は潤んでいた。
「感動したよ。好きな女の子の為に……」
なんて嘘に決まってるだろ。
女なんて、ましていくら美人でも家柄や財産をともなわない女なんてどうせもいいさ。
オレのような高貴な人間からしたら、せいぜい愛人にして適当に遊んでやるくらいの価値しかない。
「わかってくれたのか織田」
ふぅ、少し焦ったが騙されてやがるぜ、こいつ。
やっぱりオレって天才かな?サッカー選手より役者になった方がいいかな?
何しろオレってイケメンだからなぁ……トレンディドラマに欠かせない俳優になれるぜ!!
「でも黙って君を送り出すわけにはいかないよ」
女の為なんて、そんな馬鹿なことあるわけがない。
一体何を隠してるんだ?この下品な勘違いサッカー奴僕が。
「……わかってる無謀な行動だってことは……。
でもオレは行かなきゃいけないんだ」
……チ、チビでバイオリンしかとりえが無い不細工野郎の分際で粘りやがって。
「……でも、君の気持ちもわかるよ。きっとオレが君の立場でも同じことしてた」
……とにかく、ここにいれば必ず危険が来るな。
この下品な言い訳奴僕が逃げ出そうとしてるんだから。
「わかってくれるのか織田。良かった、このまま見逃してくれるんだな?」
全く、とんだ足止めくらっただろうが。
こうしている間に杉村や千草にみつかったらどうしてくれるんだ?
これだから空気を読んでくれない馬鹿は嫌いなんだよ。
それが醜い野郎なら尚更だな。
「でも君1人行かせるわけには行かない。オレも行くよ」
フン、1人だけ逃げようったってそうは行かない。
「……馬鹿なことをいうなよ織田。おまえまで巻き込むわけには行かない」
冗談じゃない!周藤さんに助けてもらうのはオレ美恵2人だけの約束だ。
つまり、おまえなんかについてきてもらっちゃあ困るんだよ!!
「何言っているんだ。オレたちクラスメイトじゃないか。
君だけに危険な思いはさせられない。オレも行くよ」
おまえは生き残る価値も無い下等人間なんだよ。
そんな人間がオレを出し抜こうだなんて許されると思っているのか?
「……織田、わかってくれよ。おまえを巻き込みたくないんだ」
ついてくるなって言ってんだろ!!
てめえ、いつまでうだうだ言ってんだよ!!
いいか、生き残るはオレたちだけ!!
おまえも他の奴等もオレたちが生存する為の尊い犠牲になれるんだよ!!
理解しろ、この醜い蛙野郎!!
「……どうしてもオレをつれていってくれないなら」
……フン、下品なふられまくり奴僕が。
「……杉村たちに言うしかない」
「何だと!!」
「そうだろう?黙って君1人を行かせたなんて、そんなこと皆には言えないよ」
こ、こいつ……なんてこと言うんだ……。
新井田は口惜しそうに唇を噛んだ。
そしてしばらく考えた。考えている間にも高尾は迫っていることだろう。
仕方ない……背に腹は変えられない……。
「……わかったよ。一緒に連れて行ってやる」
「ちょっと、月岡くん、何してるのよ!」
「わかってるわよ。ちくしょう!動きなさいよ!!」
畜生だなんて、乙女が使うような言葉じゃないけど、はかずにはいられないわ!!
動け、動け……動きなさいよ!!
月岡は思いっきりハンドルを殴った。
……ブロォォォ……嘘、エンジンがかかった。
「い、行くわよ!」
もちろん即アクセル全開よ!!
走り出す車。が、同時に鳴海が走っていた。
そして、一気にジャンプ。車の天井から大きな音がした!
な、なんてこと!この野郎車の上に飛び乗ってきたわ!!
「振り落としてやる!!」
月岡は右に左に激しいくらいの蛇行運転!!
が、鳴海は車の上で突っ伏した姿勢で、両腕を左右に伸ばしてしっかり車にしがみついていた。
「……この……ストーカー野郎!!」
光子はカマを手にした。
「何するのよ光子ちゃん!!」
「あなたはしっかり運転してなさいよ!!」
光子は車の窓を全開にすると上半身乗り出した。
「しつこいのよっ!!」
鳴海に向ってカマを振り落と……そうとしたが鳴海は瞬時に光子がカマを握っている右手首を掴む。
そして、そのまま光子の身体を車内から引きずりだそうとした。
「……きゃぁ!!」
「み、光子ちゃん!!」
このままでは光子が引きずり出されてしまう!!
月岡はたまらずブレーキをかけた。
車がアスファルトの道路と摩擦を起こしながら止まった。
「きゃぁー!!」
と、同時に光子の身体が車外に放り出される。
危なかった。後、コンマ一秒でも遅かったら光子はおそらく走る車から落とされていた。
衝撃で大怪我どころではすまかっただろう。
下手したら回転するタイヤに巻き込まれて、美少女の原型を止めなかったかもしれない。
が!危険が去ったわけではない。むしろ、さらに状況は悪くなったのだ。
ついに光子と月岡は鳴海に追い詰められたのだ。
鳴海がゆっくりと車の上から下りてきた。光子はキッと鳴海を睨みつけた。
もしも、これが美恵なら、おそらく鳴海はこれ以上ないくらい興奮し、その場に押し倒したことだろう。
だが、美恵以外の女である以上、鳴海の興味の対象ではない。
坂持がみたら『あんまりにもそそるものだから、先生婦女暴行したくなりましたぁ』などというだろう。
だが、もちろん鳴海は坂持ではない。
「……石ころ」
「…………」
光子は唾を飲み込んだ。
「……石ころだ、おまえたちは。それなのにオレを騙した」
「……な、何言って……」
「覚悟しろ……今すぐ殺す!!」
「嫌ぁぁー!!」
冗談じゃないわっ!
それもこれも三村くんと七原くんのせいよ!!
あたし、まだ15年も生きてないのよ。
ああ、こんなことならパパにダイヤの指輪貰っておくんだった!!
ピピピピピ……。
携帯の着信音。鳴海の動きが止まった。
(……プログラム担当教官……坂持から……何の用だ?)
無視したいのは山々だ。
これが周藤(あの横恋慕野郎……殺してやる)だったら無視しているところだろう。
だが、鳴海も一応軍に従属している以上上官を無視するわけにはいけない。
渋々と携帯を取り出した。
『鳴海、頑張ってるか?先生、おまえたちのこと誇りに思う』
……つまらない。こんな余計なことを送信するな。
『実はなぁ、ほら奴等がどこにいるかわからないだろ?
だから教えてやろうかと思ったんだ。まずは桐山だが……』
何と隠しカメラからB組の主力メンバーの居所がわかったから、その連絡というわけだ。
これはありがたい情報ではあったが、今の鳴海にはそうでもなかった。
しかも、メールは一つだけではない。
鳴海はもう一つのメールを見た。そして――固まった。
『頑張っている、おまえたちに先生から特別プレゼントぉ~。
女子中学生、出血大サービス写真だぞ。
奴等を全員片付けたら、おまえたちにも楽しませてやるから頑張れよ(σ^∇^)σ』
美恵の……あられもない姿が携帯にディスプレイに表示されていた。
「……してやる」
「え?」
何?今なんて言ったの?
「……殺してやる……坂持……」
「……え?……坂持……?」
坂持……坂持って、あの厭らしい中年男。
どうして、どうして、そこで坂持の名前が出てくるのよ。
「……坂持!おまえだったのか!!
貴様の内臓引きずり出して口に突っ込んでやる!!」
鳴海は運転席から月岡を引きずり出すとすぐさまハンドルを握り車を急発進させた。
呆然と見詰める月岡と光子の目には瞬く間に小さくなっていく車が映し出されていた……。
【B組:残り21人】
【敵:残り3人】
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