鳴海は化粧室のタイル床に不自然な形で横たわっているドアを踏みつけ中に入った。
「!」
いない。二人の姿が何処にもなかった。
窓には鉄格子。もちろん入口は今自分が立っているこのドアしかない。
鳴海の行動は早かった。
まず最初に一番近くにあったトイレの個室のドアを蹴破ったが、いない。
続けて二番目、三番目、四番目の個室のドアを次々と蹴破る。

だが、いない。何処に行った!?

そして最後、五番目のドアを蹴破った。
だが、そこにもいない……いや、いた!
天井、天井に通じる入口から足が出ている。
そう、二人は天井裏に逃げ込んでいる最中だったのだ。


「きゃぁ!み、見つかったわ、は、早く行って頂戴!!」




キツネ狩り―115―




「ああ、頼むオヤジ。面倒かけるな」
『本当に、それだけでいいのか?奴がやったことは完全な軍律違反だぞ』
「いいんだ。オレが受けた借りはオレ自身で返す」
『そうか、わかった』
「ああ、それと一つ聞いておきたい。オヤジは上の人間が闇を考えていること知ってたのか?」
『知るわけが無いだろう。全く失礼な話だ。
オレの最高傑作である、おまえがしくじる可能性があると考えているとはな』


「まあいいさ。それよりオヤジは桐山和雄のことについて何か知っているのか?」
『桐山和雄……最高得点の生徒だな、それがどうした?』
「……なんでもない。なあオヤジ、オヤジはファーストの顔覚えているか?」
『当然だ。忘れるわけがないだろう。オレには劣るが壮絶なハンサムだったぞ』
「……ファーストの妻は奴の子を身篭っていたな?」
『ああ、それがどうかしたのか?』
「本当に死んだのか?」
『生きているわけがないだろう。まだ生まれていなかったんだからな』
「晃司は、ファーストの……」

と、言いかけて周藤はチラッと背後を見た。が心配そうにこちらを見ている。
無理も無い。桐山の名前を出したのだから。

『おい晶、ファーストがなんだって?』
「いや、何でもない。オヤジ、ファーストと晃司は顔も似てるのか?」
『ああ、よく似てる』
「……そうか。似てるのか」














「は、早く行ってよ!」

月岡は最初に上に上がった光子をせっつく。
しかし天井裏は当然だがやたら狭く、よつんばいになって歩くどころか、ほとんど歩腹前進。
これで急げと言われて光子も困惑しただろう。
とにかく光子は必死になって前に進んだ。
月岡も素早く左足をあげ、続いて右足を……上がらない!
「……げ!」
月岡は顔面蒼白になった。

(あ、足首掴んでるぅぅー!!)

おそらく次の瞬間には鳴海は一気に引きずりおろしにかかるはず。

(そうなったら雨の中、ダンボールの中で震えている子猫のように怯えているアタシを平然と殺すに決まっているわ。
それもかなり残酷な方法で!!
だって美しいものが惨殺されるなんて世の常だもの!!
でも、でもね……アタシは殺されるなんてまっぴらゴメンよ!!)


「これでもくらいなさいよ!!」


月岡は懐から小瓶を取り出すと鳴海めがけてぶちまけた。
七味唐辛子とコショウをまぜた特製目潰し(クシャミおまけ付き)だ。
「ケ……ケホケホッ!」
僅かに鳴海の握力が緩んだ。
その隙をついて月岡は足を一気に天井裏に上げた。
「さあ、さっさと行くわよっ!!」
鳴海は口惜しそうに天井に向って銃を向けた。
が……ダメだ撃てない。撃てば(実は光子だが)が死ぬ。
鳴海は、その美しい美貌を歪めると窓ガラスに向って発砲した。


ズギューンッ!ズギューンッッ!!


「……ひ!」
これには光子も月岡もたまったものじゃない。
自分達目掛けて発砲した、そう思ったのだ。
しかし自分達は撃たれていない。なぜ?なぜ撃ってこないのだろう?
だが、今はそんなこと考えている暇は無い。
二人はともかく必死になって前進した。
光子が懐中電灯で前を照らし進む。
そして、必死になってとにかく前進。何かある、窓のようなもの……何かの入り口。
「……通気口」
二人はその中に入った。
狭いのは相変わらずだが、さっきよりはずっといい。
なぜなら通気口なら、他の部屋に通じている、つまりどこかに脱出口があるはずだ。
二人は自分の野生の勘にしたがって突き進んだ。


(……通気口に入ったな……どこかの部屋にでるはずだ)

鳴海はジッと聴覚を研ぎ澄ませた。

(……この方向……そして距離……あそこか)


「み、光子ちゃん、まだ出口は見えないの?」
「うるさいわね。あ、あれ……光だわ。行くわよ!!」

二人はスピードを早めた。すぐに光が差し込む場所まで来た。
網の目状の格子がかかっているが、先ほどの鉄格子とは違う。
光子は、その狭い空気の抜け穴の中で体勢を変えた。
格子と通気口の壁の間、壁に背中合わせとなると、格子に思いっきりキック。
格子は簡単に外れた。


「行くわよ」
「ええ」
二人はジャンプして床に着地。
工場のどのあたりかはわからないが、先ほど鍵がかかって入れなかった部屋のどれかだろう。
何の工場かわからないがマネキンが何体も(いや何十体も)ある。

「と、とにかく出口を探しましょう。あいつがここに来ないうちに逃げないと……」


ガンッ!!


光子と月岡は同時に振り向いた。
ガンッ!ガンッ!!
何者かが入口である分厚いドアを蹴破ろうとしている。
そして、その誰かとはあの金髪の悪魔に他ならない。


「きゃあ!!は、早く逃げないと!!」


二人はドアとは反対方向に向かって走った。
工場内だけあって邪魔な機械などがあって走りにくかったが、あっという間に壁が見えてきた。
出口もある。二人はドアに飛びつくと同時にノブをまわし――。


……って、何で開かないのよぉぉー!!


何と言うことか、またしてもしっかり鍵をかけている。

こんな、つまんない工場に泥棒なんて入るわけないでしょっ!!
戸締りくらい適当にやりなさいよぉぉー!!


バッツタァァーンッ!!


ドアが蹴破られた音!!
静かに重く響く足音。しかも、次第に早くなっている。
カツンッカツンッ…走り出している!!
(どこだ、どこにいる?)
鳴海はゆっくりと工場内を見渡した。


ウィィ……ン。


振り向く鳴海、動いていたのは、この工場の機械。
ベルトコンベアもカタカタと動き出している。

(……物音を消すために、機械の電源を入れたな)

そう、こんな静まり返った工場内では物音一つが鳴海に居場所を教えてしまう。
と、言っても素人の二人に完全に物音を消して動くことなど不可能。
たとえ月岡がストーキング術に長けていてもだ。
消せないのなら、目立たなくするしかない。
自分達が発する物音より大きい音を出し、鳴海がそれに気をとられている隙をみて逃げる作戦に出たのだ。


(……甘いな。見えてるぞ

だが鳴海の目にはしっかりと映っていた。
マネキンの群れの中にチラッと制服のスカートが見えているのを。

木の葉を隠すなら森……ということだが、甘い!!

鳴海は一気に駆け寄り、マネキンの中に腕を突っ込むとセーラー服の裾を掴み一気に引きずり出した。














「おい桐山!!」
川田が背後で怒鳴っているにもかかわらず学ランを着る桐山。
「おまえ自分がどういう状態なのかわかっているのか?
確かに止血はしたし、体力もかなり戻っているだろう。
だがな、仮にもおまえは殺されかけたんだぞ、無謀すぎる」
桐山は相変わらず出発の支度をするばかりで川田の言葉は全く聞く耳持たずだ。
「いい加減にしろ桐山!黙っておまえを送り出すわけにはいかないぞ!!」
桐山の肩を掴む川田。


「……なぜだ。どう動こうがオレの勝手だろう」
川田の行動を不快に感じたのか(もっとも表情は全く変わらないが)初めて桐山が口を開いた。
「おまえ……自分の立場を考えたことがあるか?」
「言っている意味がわからないな」
「このプログラムは個人競技じゃないってことだ。
クラスメイト全員で協力しても勝てるかどうかわからない。
おまえは強いし頭もいい、おまえがクラスメイト達を率いて戦う。
そうしないと、ただいたずらに殺され続けるだけなんだぞ」
「殺させはしない。はオレは守る」
「守るのはだけじゃない。クラスメイト全員だ。
大事なのは勝つことだ。一人を優先することじゃない」
「オレはの命のほうが優先だ」
もう川田の意見など聞いていられないとばかりに桐山はディバッグを肩にかけ歩き出していた。




「桐山っ!話をきけ!」
「必要ない」
「いいか三村たちがを探しに行っている。だから、あいつらが戻ってくるまで待て」
「待たない」
「いいか、奴等はおまえが今まで相手にしてきたチンピラどもとはわけが違う。
一人一人がおまえと同レベルの連中なんだぞ!!」
「……わかっている」


川田はハッとした。
桐山は無表情ではあるが、その目の奥は真剣そのものだ。
川田は突然理解した。
一見無謀に見える桐山が、誰よりも転校生たちの恐ろしさを理解していることに。
それもそうだろう。
菊地直人、佐伯徹、そして高尾晃司と立て続けに戦っていたのは自分ではない。
他ならぬ、この桐山和雄なのだ。
その桐山がただ無謀に転校生相手に戦いを挑むとは思えない。


「……攻撃は最大の防御ってやつか」
川田は笑った。
「まったく大した男だ、おまえは。本気で奴等を仕留める気でいる」
川田は「もう止めない、だからちょっと待て」と言い、急ぎ足で元の部屋に戻るとレミントンとディバッグを持ち出してきた。




「なんだ?」
「オレも行く」
桐山は僅かに目を丸くした。
「……オレは一人で十分だ」
「そういうな。こう見えても銃の扱いには慣れているんだ。
それにおまえみたいな無謀な奴を一人きりにはさせられないしな。
何より……オレたちにはおまえが必要だ。
今、はなれるわけには行かない。何が何でも一緒にいてもらうからな」
「……おまえは、ここにいてクラスメイトを守るんじゃなかったのか?」
「この大人数だ。それに武器もあるし、杉村みたいに頼れる奴もいる」
川田の怒鳴り声が余程すごかったのか、杉村と貴子が駆けつけてきた。


「どうした川田!!その格好……川田、桐山、おまえたち、ここを出るのか?」
慌てる杉村に川田は静かに言った。
「ああ、そうだ。杉村、後は頼む」
「た、頼むって川田。おまえにいなくなられたら……」
「杉村、おまえの欠点は自分に自信を持ってないことだな。
自信を持て。おまえは自分が思っている以上に強い男だ。
もっとも、千草がそばにいればおまえの欠点をカバーしてくれるだろうがな」
それから地図を取り出して指差した。


「いいか、この病院に篭城したといっても油断は出来ない。
もしも、もしもだ。何かあって、仲間がバラバラになったら、ここに集合しろ」
「……あ、ああ」
「じゃあ頼んだぞ杉村、千草」
「……ああ、おまえたちも気をつけてな」
杉村は複雑そうな表情で二人を見送った。
「川田、おまえはどうしてオレについてくる気になったんだ?」
「おまえ一人じゃきついと思ってな。言っただろう、まだおまえに死んでもらっちゃあ困るんだ。
それに、よく考えれば少人数で行動起こしたほうが動きやすいかもしれん。
とにかく、オレはおまえに賭けたんだ」














「………………」
鳴海はあからさまに不機嫌な表情を見せていた。
セーラー服を着ていたのは……マネキンだったのだ。
「…………っ」
俯いた。一度掴まえたと思った女がマネキンだったのだ。
「ふざけるな!!」


ズギューンッ!ズギューンッッ!!


鳴海はマネキンたちに向って乱射しまくった。
まるでボーリング場のピンのように倒れていくマネキンたち。
ピンと違うのは破壊されながら倒れているということだろう。
顔が吹っ飛ぶもの、腕や足が砕け散るもの。
十数秒後には、見るも無残なマネキン達の大量死体が床に転がっていた。

「……はぁ……はぁ……」

どこに行った?
相変わらず機械たちは雑音をたてて動いている。
鳴海は思った。まさか自分がマネキンに気を取られた隙に二人は逃げたのでは?と。
自分が先ほど壊したドア……そういえば、マネキンを破壊している間、あちらの方は見ていない。


「……まさか」

鳴海は珍しく慌てた表情で走り出した。

逃がしてたまるか!!
を、オレの女を逃がしてたまるか!!




鳴海が走り去って数分後――。

「……ぷはぁ!」
工場の隅に置いてあるダンボールの中からリーゼントが飛び出してきた。
「……あーあ、やっと行ったわね」
続いて、今度は愛らしい美少女が顔を見せた。
「ああ、どうなることかと思ったけど何とか助かったようね」
月岡と光子だった。2人は逃げたのではなく隠れていたのだ。
工場の隅にある大きめの段ボール箱。中には、布の切れ端が一杯詰まっていた。
その中に2人は息を潜めて隠れていたのだ。


「それにしても弾がこっちにとんでこなくて良かったわね」
「ええ、さああいつが戻ってこないうちに逃げましょう」


とにかく、これで一件落着。
2人は揃って鳴海が破壊したドアを駆け抜けていた。
その時――。


ポチョン……。


「冷たい……っ」
「どうしたの月岡くん」
「何かが首に……やだ水じゃない。雨漏りでもしてるのかしら」
月岡は上を見上げた。


「……え?」


「……ひ」
一瞬で月岡の顔色が変わった。
雫は相変わらず落ちているが、雨漏りしているわけではない。
「……どうしたの月岡くん?」
月岡の異常な怯え方……光子は固唾を飲み、ゆっくりと顔を上げた。

「……あ……ぁ」

そして光子の美しい顔も一瞬で凍りついた。




「きゃぁぁー!!」




まるで忍者のように鳴海雅信が廊下の天井に張り付きジッとこっちを見ていた――。




【B組:残り21人】
【敵:残り3人】




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