「視聴覚室だ。今は司令室代わりに使っている」
二人がその部屋の前に来たときだ。
中からおぞましい声が聞こえてきた。
「ええっ!?桐山和雄がっ!?」
その声、忘れたくても忘れられない。
だが、教室で聞いたときのようにゲームを楽しむものではなく、随分と焦った声だ。
何より桐山の名前を出したこと。それが重要だ。
「そ、そのことは科学省は知っているのでしょうか?
……はあ、なるほど……確かに知っていたら、ゲーム開始前に何か言ってくるでしょうね。
しかし……そうなると高尾との戦いは随分と皮肉なものになりますね」
皮肉……?
桐山くんとあの人が戦うことが?
どういうことなの?
「ねえ、これはどういうこ……」
小声で周藤に質問しようとした美恵は言葉を失った。
周藤がこれ以上ないくらい険しい表情でジッとドアを(正確にはそのドアの向こうだろうが)にらみつけている。
一見してわかった。周藤にとっても初めて聞くことなのだろうと。
「……しかし、それが事実なら桐山はとんでもない潜在能力の持ち主。
菊地と佐伯がやられたのも、ある意味頷けますな。
まさかとは思いますが……鳴海や周藤までやられるような事態になったら……。
あ、いえ。もちろん高尾が負けるなどとは思っておりませんが……」
「え?いざという時は闇に?……わかりました」
キツネ狩り―114―
「何よ、何なのよ、あいつは!あたしも色んな男見てきたけど、あんな奴初めてよ!!」
「きゃぁぁー!追ってくるわぁっ!!ああっ、こんなことなら、こんなことなら……。
三村くんに抱かれてやるんだったぁぁー!!」
その頃、三村が「……なんだ、この悪寒は」と青ざめていたのは言うまでもない。
とにかく光子と月岡は走っていた。
そのスピードといい、持久力といい、かなりのものだ。
二人とも授業、特に体育はほとんどサボっていたから、クラスメイトたちもその運動能力は知らなかった。
ところが、なかなかのスポーツマンだたようだ。
もっとも、人間死と紙一重になった状況下では火事場のクソ力を出す。
真面目に体育の授業を受けていたとしても、こんなに素晴らしい走りを見せていたかは今となってはわからない。
「月岡くん、あれ!!」
逃げる二人の目前に小さな工場が姿を現した。
二人は飛び込むように、その工場の敷地内に入る。
そしてドアのノブを……ガチャガチャ……開かない。
「な、なによ、これ!鍵がかかっているじゃない!!」
「月岡くん、どいて!」
月岡がハッとして振り向くと同時に棒が襲い掛かってきた。
反射的に頭を下げる月岡。その真上を棒が勢いよく通過。
そして派手な音と共にドアのガラス部が破壊された。
「ちょっと乱暴ね!アタシの頭に当たったらどうするのよ!!
セットが崩れちゃうし、この賢いおつむがパーになっちゃうじゃない!!」
「うるさいわね。それより逃げるのが先よ、死にたいの!?」
「そ、そうだったわ」
光子は割れたガラスの間から手を突っ込み、内側からドアの鍵をはずした。
「行くわよ!」
「ええ!」
周藤と美恵は元の部屋に帰っていた。
周藤はソファに座り、テーブルを挟んだ向かい側のソファに美恵は座っている。
「……ねえ。さっきのことどういうこと?」
「なにがだ?」
「坂持が話していたことよ。闇に……って?」
美恵はまるで腫れ物に触れるかのように恐る恐る口にした。
それもそうだろう。周藤の表情が険しい。
冷静を装ってはいるが、その瞳の奥は激しい怒りで燃えている。
「闇というのは軍のなかで使われている単なる用語だ」
「……どんな意味があるの?」
「簡単なことだ。どんなことにも表と裏がある。
軍が用意した表に偶々アクシデントがおきて予定通りいかなかった場合無理やり修正するんだ。
そして国民には表のことだけ発表する」
「……もっと具体的に教えて」
「そうだな……例えばだ」
周藤は立ち上がり窓に近づくと外を見ながら言った。
「例えば、軍があるシナリオを用意した。
ある大物政治家が左翼くずれのチンピラ演説中に暗殺された。
その葬儀中に偶々ガス爆発が起こり、その政治家の遺族は全員死亡。
これが世間に発表された政府の表だ。
だが事実は軍と密接な繋がりがある某政治家がライバルであるその政治家が邪魔だったから暗殺。
そして報復を恐れ一族郎党を皆殺しにして、ガス爆発という事故を装った。
だがここでミスが一つ生まれた。全員殺したはずだったが、一人だけ生き残っていたんだ。
その生き残っていた奴は暗殺された政治家の息子で政府に復讐する為にテロリストになった。
そして政府は、そのテロリストを『政治家暗殺の実行犯』として発表。
二十年以上かかったが、そのテロリストを片付けることで全てを闇に葬ったんだ。
つまり、自分達が用意したシナリオの為なら、何人殺そうがお構い無しってことだ」
「……そんな」
美恵は激しい頭痛と吐き気すら覚えた。
そんな汚いことを……いや、プログラムなんてものを平気で行っている政府に今さら綺麗も汚いもないが。
だが、それ以上に美恵はぞっとした。
今回のプログラム。つまり政府は転校生チームの勝利というシナリオを描いている。
そこに桐山というとんでもない計算外が現れた。
もしかしたら桐山に転校生チームは敗北するかもしれない。
転校生チームは単なる少年兵士ではない。
軍が誇る超エリートたちが。負けることは政府の面子が許さないだろう。
「……いざというときは軍隊を投入して私達を皆殺しにする。
そして、表向きはあなたたち転校生が勝利を収めたことにする。
それが……坂持が言っていた……闇なのね?」
「勘のいい女だな」
美恵は唇を噛み締めた。
転校生を倒せば、このクソゲームに勝利すれば生きて帰れる。
そんなルール、最初から存在してなかった。
転校生に勝とうが、負けようが、自分達は殺される運命だったのだ。
「……酷い」
美恵は両手で顔を覆った。絶望感が毒のように全身をめぐる。
「酷い酷い!最初から私達を生かすつもりは全く無かったのね!!」
「おい、落ち着け」
「落ち着けですって?あなたなんかに……」
「腹立ててるのはおまえだけじゃない」
「…………」
「奴等はつまりこう言ったも同然なんだ。
万が一にでもオレたちが負ける可能性がある……とな。
全く、こんな屈辱は久しぶりに味わったぜ。
敗北する……このオレが?随分とバカにしてくれるじゃないか」
それから周藤は黙って窓から外を見詰めた。
美恵も何も言えず、ただ俯いていた。
「……闇なんか必要ない。無駄だということをオレが証明してやる」
美恵は立ち上がった。
「みんなを殺しにいくの!?」
「ああ、居場所はわかっている。この島の病院だ。
おまえの愛しい桐山和雄だけじゃない。
川田、杉村……とにかく10人以上の生徒がそこにいる」
「あ、あなた一人で?……いくらなんでも一人で勝てると思っているの!?」
「オレを誰だと思っている?特選兵士の称号はダテじゃない。
むしろ一箇所に集まってくれているんだ。探す手間が省けるというものだ」
「……そんな」
「ああ、だがその前に、オレにふざけたマネをしてくれた奴にお礼をしないとな。
最初は雅信だけのつもりだったが……人数が増えた」
美恵は顔色を失った。周藤の言っている言葉の真意がわかったからだろう。
「……坂持たちにも少し反省してもらわないとな」
「あ、開かない!!」
「こっちもダメだわ!!」
光子と月岡は必死になってドアノブを回していた。
工場内に入ったものの、長い廊下にいくつもあるドアが一つとして鍵がかかってないものは無かったのだ。
先ほどのドアのようにガラス部分もない為、壊すことも出来ない。
カッカッカ……足音が近づいてくる。
「ど、どうしよう……」
さすがの光子も眩暈がした。
「こっちよ!!」
月岡がドアを開けている。一つだけ鍵がかかってないドアがあった。
『化粧室』と札がかかっている。
二人はその化粧室に飛び込むと、掃除道具入れからモップを取り出しドアにつっかい棒をした。
カッカッカッ……足音の速度が増している。
走り出しているようだ。
「は、早く……その窓から外に……」
だが、何と言うことだろう。窓には鉄格子。
おそらく痴漢防止の為だろうが、こっちは痴漢どころじゃないのよ、このバカっ!!
ガンガンッ!!
「……きゃぁっ」
ドアを蹴破ろうとしている!!
ドアが瞬く間にメキメキ……ッ、と嫌な音を出しながら歪みだした。
「ど、どうしよう……逃げ場なんて……」
青ざめている間にもドアはミシミシと曲がっていく。
そして激しい音を立てながら、ドアが一気に破損。
その向こう側から美しい悪魔が姿を現した。
金髪フラッパーパーマ。その先からポトポトと水を滴り落とせ。
ギラギラと恐ろしいほどの目をした危険な野獣が……。
「…………」
「桐山……目が覚めたのか?」
桐山はチラッと視線だけを川田のほうに向けた。
「……川田、オレはどのくらい寝てた?」
「たっぷり数時間だ。待ってろ、いや水分を」
川田はポカリスエット(D地区の小さな店から失敬した)を取り出し、桐山の身体を支えながら起こしてやった。
「ほら飲め」
桐山は何も言わずに、それを受け取ると口に含んだ。
そしてペットボトルの半分ほど飲むと言った。
「……オレの武器は?」
「おい桐山」
「すぐにここをでる」
「おい待て!!」
「オレは天瀬を守らなければならない」
「……ね、ねえ……アレ……セーラー服じゃない?」
聡美が指差した方向、木の影からセーラー服のスカーフのようなものが見える。
転校生に女はいなかった。と、いうことは……クラスメイトだ!!
「よかった」
はるかは走り出しそうになっていた。
幸枝が「待って」と言わなければそのまま走り出していただろう。
「待って二人とも」
「ど、どうしたの?同級生なんだよ?」
「川田くんが言っていたじゃない。どんなことがあっても建物からでるな。
何かあったら、まず川田くんに知らせろって」
「……それは私達が危険だからでしょ?転校生相手じゃないのよ」
今声を掛けなければ彼女はここに仲間がいることも知らずに逃げてしまう可能性がある。
「だったらオレが行って呼んでくるよ」
国信が走り出していた。
「おーい、ここに皆いるんだ。早くこっちに……」
しかし近づいた国信は酷くがっかりした。
スカーフではない。単なる白いハンカチだ。
おそらく、どこかの家で干されていた洗濯物が風で飛んできたのだろう。
「……なんだ。せっかく仲間と会えたと思ったのに……」
そんな国信を静かに見詰めている光るレンズがあった。
「……病院のそばの林に設置された隠しカメラか。
奴等病院に篭城してたんだな。……おい高尾」
モニターに映し出された国信を見た途端、高尾は立ち上がっていた。
「やるのか高尾?」
「ああ、居場所がわかったんだ。今すぐ片付けてくる」
「そうかぁ……頼むぞ高尾。先生、おまえに五万かけているんだからな」
「関係ない」
「…………冷たいなぁ。先生、涙で前が見えないよ」
高尾はイングラムを手にし、他の武器もディバッグにつめると部屋を後にした。
「……晃司」
「どうしたの?」
「こっちに来い」
美恵が恐る恐る周藤のそばに近づくと、周藤は「もっと窓のそばだ」と言って、美恵の肩に手を回し一気に引き寄せた。
「見ろ、晃司だ。どうやら、奴等の居場所に気付いたようだな」
「……彼もあなたと同じように一人でも攻め込むようなタイプなの」
「オレと同じように?まさかだろ?それ以上だ。
あいつは敵を殲滅することしか頭に無い。
自分の命を守ることなんて一切考えてないんだ。
こっちも急いだ方がよさそうだ。グズグズしてたら晃司に高得点の生徒を横取りされる」
「……ま、待って!どうして?どうして、こんな馬鹿げたゲームをやろうとするの?」
「どうして?頭の切れる女だと思ったが、案外バカだったんだな。
オレたちは、その為にここに来たんだ」
「あなただって死ぬかもしれないのよ!どうして政府の薄汚いゲームの駒になるの!?」
「……おまえに言っても理解できないだろうな」
周藤はフッと苦笑した。
「オレはゲームに乗ったんじゃない。高尾晃司に乗ったんだ」
【B組:残り21人】
【敵:残り3人】
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