ちょっと荒い運転するわよ、覚悟しなさい!!」
月岡は勢いよくハンドルを左に切った。
とたんに車がまるでワイヤーで引っ張られるように道路の横の傾斜を一気に駆け上がる。
道路との高低差数メートル。角度は60度はあるのではないかという急斜面だ。
そして、車がその傾斜のトップに躍り出たと思いきや、勢いでジャンプした。
そのまま、斜面の向こう側の河川敷に着地。
だが車のスピードは一向におとろえない。
月岡は今度は川に向って走り出した。
「月岡くん、どうするつもりよ!?」
「あの程度の川底なら、なんとか渡り切れるわ。行くわよ!!」
月岡はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
キツネ狩り―113―
美恵は俯いていたがやがて立ち上がった。
周藤晶の言葉ではないが同情している暇はない。
何よりも桐山や貴子や光子……それにクラスメイトたちのことを考えなければならない。
その為にはこんなところにいるわけにはいかない。
美恵はそっとドアを開けると辺りを見回し、廊下にでた。
足音を出さずに一歩一歩踏み出し十数メートル進む。
そして廊下の曲がり角、用心深く人がいないか確認してみた。
(……誰もいない)
ここまでは順調。とにかく最後まで誰にも遭遇しないことを祈る。
もっとも、この先も簡単にいくわけがない。
でも、今の自分にできるのはこの校舎から逃げることだけなのだ。
「でも、どうして見張りがいないのかしら?」
「オレが不要だと言ったんだ。誰かに見張られているのはいい気分がしないだろう?」
美恵はビクッと大げさなくらい反応した。
「食事くらいしろと言ったのに。ひとの忠告を聞かない女だな。
まあ、そのくらいで無ければ面白くないが」
「……あ、あなた……」
「何だ?」
あっけらかんと答える周藤に美恵の怒りは爆発した。
「どれだけひとをバカにすれば気が済むの!?」
美恵は振り向きながら右手を上げた。
「おい、そう怒るなよ」
簡単に手首をつかまれてしまった。
「もう一つ忠告しておくぞ」
「……痛いっ」
つかまれた手首が締め上げられるように痛い。
「徹や雅信はおまえに惚れていたから命をとることも乱暴なこともしなかった。
だがオレは違う。いつでも、おまえを殺せるんだ。
そのことを少しは考えろ。いいか、二度とオレに逆らうな」
「ちょっと月岡くん、どうするつもりなの!?」
「いいからつかまってなさい!!」
スポーツカーが川に突っ込んだ。
もっとも水門が閉まっている為、ところどころ川底が露になっているほど水深が浅くなっている。
その為、台風に直撃された水浸しの道路を走っているようなものだ。
「光子ちゃん、運転代わって!!」
ハンドルから手を離す月岡。慌ててハンドルを手に取る光子。
月岡はディバッグを開くとあるものを取り出した。
それは岩を破壊する為などに使用されるダイナマイト(川田が工事現場で発見した)
アクション映画などに登場するような破壊力などはなくせいぜい花火程度だろう。
だが、それでもまともにくらえばかすり傷ではすまないだろう。
月岡はそれを5本まとめて(川田にいざというときに大事に使えよと渡された本数全て)くくりつけると火をつけた。
「行くわよ!それ!!」
自称乙女とは思えないほどの豪腕。
ダイナマイトはそのパワーによってはるか遠くに飛んでいた。
ただし、月岡がなげたのは鳴海に向かってではない。
この川の流れをせき止めている……水門だった。
「!」
二人を追いかけバイクで川に突っ込んできた鳴海の目が一瞬拡大した。
次の瞬間……。
チュドォォーンッ!!
凄まじい音とともに水門が崩壊。
せき止められていた水が一気に鳴海に襲い掛かった。
「わかったのか?」
「…………」
周藤の態度からわかった。この男は確かに佐伯や鳴海のように甘くはない。
返事一つで簡単に自分の命など奪ってしまうだろう。
「返事は?」
「……わかったわ」
「OK、それでいい」
周藤が笑みを浮かべた。
「逃げようなんて考えおこさなければ校舎内を自由に動いてもいい。
オレは雅信みたいに人気のない場所に閉じ込めようなんてケチな考えはないんだ」
「わかったわ。だから手をはなして」
「ああ、そうか。悪かったな」
周藤が手の力を緩めると美恵は勢いよく振りほどいた。
「……力の加減くらいしたらどう?」
「ああ、それもそうだな。言っただろう?オレは徹のようなフェミニストじゃないんだ。
だから女相手でもついつい力をだしてしまう」
それから周藤は「いいか、校舎からは出るなよ」と言い残し歩き出した。
美恵は少々呆気にとられた。
本当に自分を閉じ込めておくつもりはないようだ。
ただ、先ほどのこともあるし、どうも信用しきれない。
美恵は早足で周藤のすぐ後ろまできた。
「……ん?なんだ、オレに用があるのか?」
「本当に校舎から出なければ自由に歩き回っていいの?」
「ああ、オレは嘘は言わない」
「……そう」
周藤がまた歩き出した。
「おい、ところでどうしてオレの後について来るんだ?」
「自由にしていいって言ったのあなたじゃない」
「?」
周藤は立ち止まって振り向いた。
「……変な女だな。オレに見張られていたいのか?」
「さっきも誰もいないと思ったのに、その実あなたにつけられていたわ」
美恵はキッと睨みつけながら言った。
「あなたって随分神出鬼没なひとみたいだもの。
きっと私が上手く隠れているつもりでも、そんなこと通用しないんでしょう?
私は所詮、あなたの掌の上で動いている状態だもの」
「まあ、その通りだな」
「だったらいっそのこと、そばにいたほうがいいわ。
あなた、何か企んでいるみたいだし」
「おまえ、もしかして捕虜の分際で反対にオレを見張ろうって魂胆か?」
「……そんなんじゃないわ。ただ、あなた私を何かに利用しようと思っているんでしょう?
だったら私には知る権利がある。それだけだわ」
(……フーン。思ったより気の強い女だな)
周藤は感心した。
正直言って周藤は女というものは弱くて脆くて泣いてばかりという固定概念に近いものを持っていた。
そういう母親をみて育ったので、女性蔑視的な思想をもってもある意味仕方がないとも言えるが。
だが、この女は(千草貴子もそうだったが)女だからとか、所詮は女だというものを超えている。
性別を超えた真に優秀な人間にはいる。そう感じたのだろう。
「どこにいても、あなたの手の中にいるのなら、最初からついていた方がいいわ。
坂持や低俗な下級兵士よりはずっとマシだもの」
「それもそうだ。あいつら女に飢えてるから下手にうろついたら何されるかわからないからな」
周藤は美恵の気の強さや頭の回転の良さに感心し、さも面白そうに笑った。
「オレのそばにいれば、少なくてもそういう危険はない。
まあいいさ。そうだ、ついでに面白いものも見せてやる」
周藤は人差し指をクイクイと動かし、ついて来いと促した。
「……面白いもの?」
「おまえ、今クラスメイト達がどこにいるか知りたいだろう?」
クラスメイト!美恵の目つきが変わった。
「この島にはいたるところに隠しカメラがセットしてある。
その中の一つにおまえのクラスメイトが映っているかもしれないぞ」
「や、やったわっ!!」
月岡はバックミラーを見ながら叫んだ。
あれだけ大量の水が一気に襲い掛かればひとたまりもないだろう。
月岡は車が河川の傾斜を駆け上がると一旦車をストップして振り返った。
「いくら化け物じみた奴でも、あの水圧に襲われたらひとたまりもないわ」
「あいつを片付けたの?」
「さあ。息の根止めるまではできなくても少なくても流されて今ごろはずっと下流よ。
とにかく、これでもうアタシたちの身は安全……」
そう言いかけた月岡の言葉は光子が「あ、あれ!」と指をさしながら驚愕の表情を浮かべたためストップした。
「え?」
ごうごうと勢いよく流れる川の水。
しかし、水門にせき止められていた水が全て流れ出し、その勢いも穏やかになっていた、その川の中央。
プク……何かが浮かんできた。空気の泡のようだ。
それが続いて数回浮かんできたと思った次の瞬間、ザザァァァーと、一気に水面が盛り上がった。
「ひっ!」
月岡は思わず拳を握った状態の両手で口元を隠し小さな悲鳴をあげた。
それは自称乙女にふさわしい可愛らしい仕草ではあった。
そのごつい顔と肉体に似合うかどうかは別として。
「そ、そんな……なんでよ」
どうして、どうしてなのよ!!
バイクだって流されたのに、なんであいつは流されなかったのよ!!
ば、化け物よっ!!冗談じゃないわっ!!
アタシたち戦闘のプロ相手に戦えとはいわれたけど、化け物相手にしろなんて言われた覚えはないわよ!!
「……美恵」
うつむいたまま鳴海は相変わらずそう呟いていた。
全身びしょぬれ。髪も下がっている。
うつむいていることもあって表情はまるでわからない。
「月岡くん、何してるのよっ!!」
「み、光子ちゃん……?」
「早く逃げるのよ、早く車を出して!!」
そうだ、震えている場合ではない。
とにかく逃げる。今はそれだけ考えるべきなのだ。
月岡は思いっきりアクセルを踏んだ。
瞬く間に車は鳴海との距離を広げた。
鳴海にはもうバイクは無い。このまま走れば安全だ、とりあえずは。
「……美恵」
鳴海が顔を上げた。その目は恐ろしいくらいギラギラとした光を放っている。
ズギューーンッ!!
鳴海の銃が火を噴き同時にパンッっと何かが破裂する音がした。
突然車がバランスを崩し蛇行したのだ、道路のアスファルトを削りながら。
「な、何なのよっ!」
「あ、あいつ、タイヤを撃ったんだわ!畜生っ、なんなのよ、あいつは!!」
畜生だなんて、とても乙女が使うセリフじゃないわ。
とにかく、この車はもう使い物にならない。
「降りて光子ちゃんっ!!」
二人は車を捨てることにした。冗談ではないが自分の足で逃げるしか方法は無い。
「……オレは」
そんな二人を遠くはなれた川の中から見ていた鳴海。
「……オレは……‥美恵をオレから奪おうとする石ころをどかすだけだ……」
鳴海が走った!!一気に風に乗ったかのようなスピード!!
「き、来たわ!!」
「冗談じゃないわ。つかまってたまるものですか!!」
(……大丈夫だろうか三村たちは)
川田は思った。今クラスの人間は何人残っている?そして転校生は?
少なくても高尾晃司は生きている。しかも五体満足で。
このクラスの中で高尾と互角に戦える人間はいるだろうか?
オレは……ダメだ、到底勝てる気がしない。
確かに自分は前回プログラムで政府に全てを奪われた復讐の為に、
この一年反政府組織から銃火器の扱い方を教わり、それなりにさまになってはいた。
だが、とてもじゃないが高尾に匹敵するほどじゃない。
ましてもって生まれた身体能力と実戦経験に差がありすぎる。
では他の奴は?
三村はどうだ?
三村も天才的な身体能力の持ち主だ、しかも頭も切れる。
だが、やはり高尾の敵じゃない。まして三村は武器に関しては全くの素人。
肉弾戦ならともかく銃撃戦になろうものなら、はっきり言って勝負にならない。
(その証拠に実際に高尾との戦闘で三村は逃げるのが精一杯だった)
杉村も似たようなものだ。
いくら拳法の有段者とはいえ、とても高尾に勝てるとは思えない。
(転校生の一人を相手に千草と二人がかりでも勝てなかったそうだしな)
(やっぱり……この若様しかいない。
あの化け物と互角の勝負が出来る可能性を持った奴は)
川田は疲れた表情で桐山を見詰めた。
たった一つの希望である桐山和雄を。
「頼む桐山……早く目を覚ましてくれ。オレたちじゃどうにもならないんだ……」
その時、桐山の瞼がかすかに動いた。
「……桐山?」
続いて桐山の指もピクッと動いた。
そして……桐山の目がゆっくりと開いた。
「き、桐山……」
城岩中学校3年B組男子六番・桐山和雄が目覚めた瞬間だった。
【B組:残り21人】
【敵:残り3人】
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