「全然。ネコの子一匹いやしないぜ」
「もう、さっさと探しなさいよ」
「本当ね。こういうときこそ、しっかり働いてもらわなきゃ」
「……相馬、月岡。ベンチに座ってるおまえたちに言われたくないよ」
三村は溜息をついた。
あの火事現場から離れ近くの民営住宅に来てみたが、やはり美恵の姿はどこにもない。
七原と必死になってアパートの一室一室を探している。
光子と月岡はといえば、指図するだけでベンチに座っているのだ。
「あら、文句ある?見張りがいないと困るでしょ?」
「そうそう。探すのは体力持て余している男性陣のお仕事よ」
月岡!!おまえ、その口でいうのか!?
まあ、あの二人はまだマシだ。
飯島なんか震えてオレや七原の後にくっついているだけだもんな。
「三村、ここにはいないみたいだから他探そうぜ」
「ひっ、七原オレを置いていかないでくれよ!!」
「うわぁっ!しがみつくなよ飯島っ!!」
飯島に後ろからしがみ付かれバランスを崩した七原。
「え?」
その頭上をキラッと何かが光ったと思った次の瞬間、横の壁にナイフが突き刺さっていた。
もしも飯島がしがみついたせいでバランスを崩さなかったら、
間違いない七原のこめかみに刺さっていたであろう位置だ。
「ナ、ナイフ……?」
「ひ、ひぃ……な、七原ぁ……」
「何してるんだ二人とも!!さっさと伏せろ!!」
三村の叫び声があたり一面にこだましていた。
キツネ狩り―112―
「食べないのか?」
目の前にあるのはご飯に味噌汁、厚焼き玉子。それに焼き魚に茶碗蒸。
まあ一般的な家庭料理だ。
ろくに食事もしてない身にはありがたいかとかもしれないが、とても咽を通らない。
「断っておくが毒なんて入ってないぜ」
「……そんな気分じゃないわ」
「気分じゃない?そういうのを温室育ちの甘い考えって言うんだぜ。
栄養は取れるときに取っておかないと、いざというとき動けなくなる。
オレたちみたいな人間は例え目の前で肉親が殺されようが、
戦場ではそういう行動とれないと自分も死ぬと教えられて育ったんだ」
「…………」
佐伯もそうだったが、この男も只者じゃない。
育ちや考え方が自分たち普通の中学生と根本から違う。
美恵はまたしても思い知った。
「……あの」
「なんだ?」
「徹の遺体はどうしたの?」
「徹の遺体?」
「……どこで死んだか知らないけど、そのままにしておくなんて可哀想だわ。
お願いだから、早く回収してあげて」
周藤は少しだけ表情を変えた。
「……おまえを監禁した男だぞ。遺体なんてどうなろうが知ったことじゃないだろう?」
「そんな言い方しないで!あなた、仲間なんでしょう?
だったら、仲間の死くらい悼んだら?」
「……変な女だな」
そういえば雅信が徹を殺したことを知ったときも激怒したし、その後は号泣だ。
「まさか、おまえ。雅信には処女だと言っておきながらやっぱり徹に抱かれていたのか?
身体を奪われたついでに心まで奪われたのか?」
「……なっ」
今度は美恵の表情が歪んだ。
「……な、なんてこと言うの!?」
その内容もそうだが、それ以上に美恵が頭にきたことがあった。
「あなた、私たちの会話の内容どうして知っているのよ!?
いつから盗み聞きしてたの!?」
「確か『なぜ服を着た』辺りからだったかな?」
「……あ、あなたっ!!あれをずっと聞いてたの?!」
「まあな。良かったじゃないか、強姦が未遂に終わって」
「この……恥知らず!」
美恵はコップを手にすると、周藤に向かって水をぶちまけた。
もっとも周藤はスッとよけてしまった為、数滴水しぶきがかかった程度だが。
「やれやれ乱暴な女だ」
「あんなこと黙って聞いてたなんて、あなたの人格疑うわ!」
「おい、おまえを襲ったのは雅信だ。オレに当たるなよ」
「……なんなの。あの鳴海雅信といい、あなたといい……」
「そう怒るなよ。常人には理解できないが、あれがあいつの愛情表現なんだ」
「嫌がる女に無理強いすることのどこが愛情表現なのよ!」
「それもそうだ」
周藤が簡単に納得してしまったので美恵はかえって拍子抜けしてしまった。
「あの猟奇野郎にまともな恋愛を期待するほうが間違っていることだけは確かだな。
何しろ奴は赤ん坊の頃、駅のロッカーに捨てられていたのを拾われ暗殺部門で育った。
物心ついた時から殺しとそれを有利に運ぶ方法しか教えられていない。
仕事のために上から命令された女と寝るような人生送っているくらいだからな。
女は抱くものだという価値観しかないんだろう」
「……え?」
「あんな部署にいて性格が歪まないわけがない」
「……」
「ああ同情する必要なんか全くないぜ。
いちいち、そんなこと気にしていたら、あの世界じゃ生きていけないからな」
周藤は立ち上がると「食事くらいはしておけよ」と言い残し部屋を後にした。
美恵は何を考えたらいいのかわからず、そのままうつむいた。
数十メートル先に金髪フラッパーパーマで目がギラギラした男が立っていた。
そう転校生。鳴海雅信だ。
「……ひ、ひぃぃ」
青ざめる飯島。
「……クソッ……こんな時に」
唇を噛み締める七原
「畜生、最悪だ……伏せろ七原!!」
三村はベルトに差し込んだ銃(もともと幸枝が所持していたものだ)に手を伸ばした。
だが三村は銃を構える暇もなく壁の影に飛び込んだ。
三村が銃を取るより鳴海が銃を構えるほうが早かったのだ。
ズギューンっ!!
このクソゲームが始まって以来何度も聞いた嫌な音がまたしても響いた。
「な、なんなの!!?」
「銃声よ光子ちゃん、急がないとっ!!」
「七原、飯島!無事か!?」
「オレたちは無事だ!」
「いいか奴は銃を持っている、悔しいがオレたちが銃の勝負で勝てるわけが無い。
とにかく隙を見て逃げるんだ」
三村は光子と月岡がいる方角に向かって大声で叫んだ。
「月岡、相馬!敵だ、逃げるんだ、早く逃げ……」
「三村くん、こういう時こそか弱い乙女の為に男が戦う時よ、頑張ってね!!」
「七原くん、あたしたちが逃げる時間を稼ぐためにしっかり戦うのよ!!」
「え?」
「「じゃあ頑張ってね、グッドラック!!」」
何と三村が逃げろと言う前に月岡と光子は走っていた。
「光子ちゃん、アタシたちの為に身を呈して防波堤になってくれている三村くん達の為にも早く逃げるのよ!」
「当然よ。七原くんたちの死を無駄にしない為にも、あたしたち二人で美恵を見つけるのよ」
「ああ、アタシの為に命を賭して戦ってくれる三村くん!!
アタシ、あなたのこと忘れない。あなたが死んだら、アタシ修道女になるわぁ!!
うぅ……愛するひとを失うって、とても辛いことなのね」
「月岡くん、泣いてる暇なんて無いわ。男なんて、こういう時くらいしか利用できないのよ。
思いっきり利用してあげるのが思いやりって奴じゃない。
三村くんは、あなたのステディだけあって頭もいいし腕もたつから、きっと役にたつわ。
七原くんは運動神経しか取り柄ないんだから、活躍の場をあげなきゃ可哀想だって思ってたのよ。
これで七原くんも本望でしょ。あたしたちの盾になれるんだから」
「そうね。でも飯島くんは?」
「あれは最初から問題外よ」
「そうね。アタシも全然期待してないわ」
「……あ、あいつらぁ」
逃がしてやるつもりだったとはいえ、こう簡単に逃走されると腹立つな。
仕方がない、こうなったらオレと七原で戦うしかない。
三村は悲壮な決意を固めていた。
ちなみに三村の頭にも月岡や光子同様、飯島は戦力の頭数に入っていなかった。
とにかく鳴海はすぐに自分たちを殺しにかかる。三村はそう思った。
「……美恵」
鳴海が呟いた。
もっとも三村たちには全く聞こえなかった。
「……美恵」
鳴海の目に三村たちは映っていなかった。
映っていたのは、すでにはるか遠くに逃げていた光子の後姿だった。
鳴海との距離はかなりある。
だから鳴海には、そのセーラー服から女性徒ということしかわからない。
そう女性徒……つまり美恵かもしれない。
それだけで鳴海には十分だった。
「美恵ー!!」
「え、美恵さん?」
なんで、なんでこいつが美恵さんを?
七原には、その疑問を考える余裕は全くなかった。
なぜなら叫ぶと同時に鳴海が物凄い形相とスピードで走り出し、あっと言う間に自分との距離を縮めたからだ。
「ひぃぃー!!」
その迫力に飯島は七原の背後で悲鳴をあげる。
七原だって、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られたが逃げるわけには行かない。
「く、くそぉ!簡単にやられ……」
その言葉を吐く前にメキッという嫌な音が七原の奥歯のほうから聞こえた。
鳴海の拳が七原の顔面(左頬に)ヒット。
幸枝や典子をはじめ、クラス中の女生徒たちが愛した七原の容姿が一瞬とは言えグニャっと歪んだ。
「……グボ」
そんな声にならない叫びが微かに漏れる。
そして頭が後ろに一気に持っていかれ、身体がそれにつられるように吹っ飛んでいた。
「ぎゃぁ!!」
ちょうど七原の後ろで震えていた飯島を巻き添えにしながら七原は飛んでいく。
そして鳴海の暴走は止まらない。
鳴海は七原(と飯島)を完全無視して、まだ走っていた。
七原を殴ったときですら、ほとんどそのスピードは落ちていない。
つまり走行路にいた邪魔者を走るついでに殴りどかした程度の感覚なのだろう。
「美恵っ!!」
「く、くそぉ!オレが相手だ!!」
今度は三村が鳴海に向って突っ込んできた。
だが鳴海が消えた。三村はとっさに上を見た。
鳴海が一気にジャンプして、三村の頭上を飛んでいる。
そしてスタッと、着地すると銃を構えながらクルッと反転した。
「……まずいっ!!」
三村は咄嗟に近くの木の影に入る。
ズギューンッ!!
木の幹に銃弾がヒット。危ない後一歩遅ければ間違いなく撃たれていた。
「な、なんなんだ。あいつは!」
三村がそう思うのも無理はない。
鳴海は三村たちは眼中に無いと言わんばかりに、すでにはるか遠くに走っていたのだ。
実際に三村たちは鳴海の眼中にはなかった。
鳴海が見ていたのは、たった一人。
「美恵っ!!」
「ちょ、ちょっと光子ちゃん!あいつ追いかけてくるわよ!!」
「何よ、どういうことよ!どうして三村くんや七原くんに止めも刺さずに、こっちに来るのよ!!」
これは全くの計算外だ。
七原はどうかしらないが、三村は桐山や川田を除けば間違いなく一番ポイントが高い生徒だろう。
(飯島は論外なので光子の計算に入っていない)
その三村を無視して自分と月岡を追いかけてくるなんて!
(そりゃあ、あたしや月岡くんだって、きっとポイント高いでしょうね。
でも、すぐそばにいる三村くんから片付けるって考えるのが普通でしょ?)
それなのに、どうして自分達を追いかけるのだ。
光子はわけがわからず、ただスピードを上げた。
(体力には自信があるのよ。その辺りのヤワな女子中学生とは違うわ)
それは月岡も同じだった。
しかも、そのごつい身体に似合わず、猫のようにしなやかな動きが出来るほど運動神経がいい。
もっとも、それも相手が普通の学生ならという前提があってこそ。
軍の超エリートが相手では、二人は単なるか弱い女子中学生でしかないのだ。
それにしても、どういうことなのよ!!
光子は心の中で激怒した。
こういうときこそ、か弱い女の子を守る為に、あいつらが必死になって時間稼ぎするべきじゃないの?
それなのに、あっという間に防衛線突破。
数秒も持ちこたえることができないなんて、どういうことよ!!
「光子ちゃん!車、車よ!!」
赤いスポーツカー。月岡と光子は、その車に滑るように乗り込んだ。
鍵はない。しかし大丈夫だ。
月岡はだてに桐山グループのゴッドマザーにあらず。
鍵が無ければ、錠を壊して直接エンジンをかければいい。
とにかく月岡はすぐにギアを入れ車を走らせた。
いくら軍のエリートといえども車が相手では勝ち目はない。
どんどん距離が広がっていく、良かったこれで一安心。
「ちょっと、何よあれ!!」
バックミラーを見た月岡が叫んでいた。光子は後ろを振り返る。
鳴海がバイクにまたがっているではないか、そして物凄いスピードで走り出した。
せっかく伸びた距離がまたしても縮みだす。
「ちょっと月岡くん!!スピード上げなさいよ!!」
「わかってるわよ!!」
月岡はギアをハイトップに入れた。しかし――。
「何よ、あいつもスピードアップしてるじゃない!!」
このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。
それもこれも三村と七原が命懸けで鳴海を止めなかったらからに他ならない。
足にしがみついてでも何であいつの動きを止めなかったのよ!!
もしも追いつかれて殺されたら、全部あの二人のせいだわ!!
「あのバカ!あの役立たず!!
もしも殺されたら末代までたたってやるわ!!」
【B組:残り21人】
【敵:残り3人】
BACK TOP NEXT