どこだ、何処に行ったんだ美恵!!
いや……美恵が逃げられるわけがない。
いる……美恵を攫っていった奴が。
オレから奪った奴が……いるんだ。
……殺してやる。
殺してやる!
殺してやる!!
殺してやるっ!!
オレから美恵を奪う奴は全員殺すっ!!
皆殺しだっっ!!
キツネ狩り―111―
「着いたぞ」
「……ここ」
美恵は呆気にとられながら校舎を見詰めた。
なんという有様か。校舎のいたるところに破壊の痕跡。
こんな校舎だっただろうか?
この校舎を出たときは夜でしかもあんな状況だったから校舎をじっくり見てはいなかった。
だが、それにしても酷すぎる。
それに、よく見ると軍用車や軍用ヘリに数台原型がないくらい壊れたものがある。
「ああ、これか」
周藤は面白そうに微笑した。
「おまえの愛する桐山和雄がやったんだよ」
「え?」
「まったく大した男だ」
周藤が美恵の肩を握った。
「……痛っ」
少し力が入っていたのだろう。美恵の顔が歪む。
「このオレの前でふざけた行動起こしてくれたんだからな」
「……ど、どういうこと?」
「まあ、後でゆっくり話してやるさ。行くぞ」
周藤は美恵の手を掴むと強引に歩き出した。
「頼むぞ高尾。先生、おまえに五万円かけているんだからな。
菊地と佐伯は戦死。鳴海はなぜかあっちの世界にいっている。
周藤はやる気があるのかないのかわからない。
もしも特選兵士のおまえたちが負けることがあれば先生、首になるだけじゃ済まないよ。
おまえだけが頼りなんだ。頑張ってくれよ高尾ぉ~」
「残念だったな坂持先生。優勝するのはそいつじゃない。オレだ」
「なにぃ!!」
その聞き覚えのある生意気な声に坂持は即座に振り向いた。
「周藤……おまえ、さっき出掛けたと思ったらもう……一体何考えてるんだぁ!!」
「さあな」
「ろくに仕事もせずに帰ってくるなんて、貴様それでも軍人かっ!?」
「まあ、そういうことになってるぜ」
「だいたいおまえはだな……ん?」
怒り心頭の坂持だったが、ようやく気づいた。
帰ってきたのは周藤だけではないということに。
「……‥その女性徒は確か」
坂持は怒りで理性を失いそうになりながらも記憶の中からクラス名簿を取り出した。
「天瀬美恵だったな……確か。どういうことだ周藤!
なぜ標的の女性徒をおまえが連れてくる!?
ま、まさか、おまえ、どうせ殺すなら、その前に思いっきり楽しもうなんて羨ましい事……。
……いや、不謹慎なこと考えているんじゃないだろうなぁぁー!?」
「不謹慎なのは、あんたの思考だろ、坂持先生」
「と、とにかくなんで天瀬美恵がここにいるんだっ!?」
「言いたくない」
「言いたくないで済むかぁぁー!!」
「とにかく、オレはこの女に話がある。
しばらく二人っきりになりたいから、オレの部屋には近づかないでくれ」
「なっ……おまえ、やっぱり、その女とぉぉー!!」
「勝手に言ってろよ。そう思うんなら思ってくれてもいいぜ。
違うといっても、あんたのスケベな頭脳じゃ信じてくれそうもないからな」
それから周藤は高尾に視線を移した。
「晃司、おまえの最強伝説も後数日で終わる。
優勝するのはおまえじゃない。勝つのはオレだ」
挑発的な態度をとる周藤。反対にほとんど表情が変わらない高尾。
美恵は何がなんだがわからず、ただ周藤と高尾を交互に見詰めた。
(……何?この人たち仲間じゃないの?)
高尾は何も言わなかったが、ふいに立ち上がると近寄ってきた。
「晶」
「なんだ?」
「この女、ポイントに加算しないのか?」
ポイントに加算……つまり、それは殺すということ。
美恵は顔色を失った。やはり死ぬのは、それも殺されるのは怖い。
「殺すなら、わざわざ連れてきたりはしないだろ」
「ああ、そうだな。だったらなぜだ?坂持の主張通り楽しむ為か?
おまえに薫と同じ趣味があったなんて知らなかった」
「冗談だろ。あいつとだけは一緒にするな」
(……最悪でも今すぐ殺されることはないわ。……でも、どうしよう。)
……それにしても、このひと似てる……本当に良く似てる)
教室で初めて会ったときも思ったが、こうして間近で見ると余計にそう思う。
「じゃあ、オレは失礼する。行くぞ」
周藤はまたも強引に美恵を引っ張るようにして歩き出した。
……美恵……美恵……っ
どこだ、どこにいるっ!!
鳴海は必死になって美恵を探していた。
誰かはわからないが攫っていったのはおそらく男だ。
何の根拠もないが鳴海は本能でそう感じていた。
(実際、それはあたっていたが)
攫ったのが男という点が鳴海の気を酷く苛立たせていた。
こんな状況だ。理性を失い殺される前に美恵の体で楽しもうという奴が出てきてもおかしくない。
鳴海はそう考えたのだ。
(実際、新井田という、それに近いタイプもいるので鳴海の心配は全くの杞憂というわけでもない)
『いやぁぁー!やめてぇぇー!!』
そんな悲鳴が自然と脳裏に浮かぶ。
想像するだけで気が狂いそうになる。
美恵が……美恵が……他の男に。
オレの美恵がっっ!!
赦さない、絶対に赦さない!!美恵はオレの女だ!!
オレ以外の男が触れるなんて絶対に許さない。
美恵を傷つけ汚そうとする奴は八つ裂きにしてやる。
鳴海は、自分が美恵を犯そうとしたことは棚に上げ、怒りで理性を忘れようとしていた。
すでに膨らみきっていた感情の風船が何百発も連発して破裂している状態なのだ。
(……!)
鳴海は気配を感じ取った。それも複数の。
(いる……一人、二人……全部で五人か……)
オレから美恵を奪った奴か?
だったら八つ裂きにしてやるっ!!
いや、例えそうでなくても……殺してやるっ!!
「オレの控え室みたいなものだ。ほら入れ」
その部屋は普段は応接室として使われていた部屋で、ソファなど一通りの応接セットが揃っている。
この古臭い学校の中では比較的綺麗な部屋だった。
「……私をどうするつもりなの?」
「どうもしないさ。今はな」
「……どうして私を」
「おまえを攫った奴がオレを裏切って殺そうとしたからだ」
「え?……仲間のあなたを?」
そんなこと……でも、彼は徹も殺した。ありえないことじゃない。
「何なの、あなたたち……仲間なのに殺しあうなんて……。
それに、あなた。あの長髪のひと……高尾っていう名前だったわよね。
彼に何か恨みでもあるの?」
「なぜ、そう思う?」
「……敵対心剥き出しだったもの。
まるで本来標的の私達じゃなく、彼を殺すのが目的に思えるくらいに」
周藤は少しだけ目を丸くした。
(……この女、バカじゃない)
大した洞察力だ。あの徹が惚れるのも、ある程度理解できる。
「……彼……一体何なの?」
「晃司のことか。随分気にしているんだな。
まさか、科学省のリーサルウエポンに一目惚れなんてオチはないだろうな」
「こんな時に冗談は止めて。私はただ……少し気になっただけ」
「なぜだ?」
「……似てるの」
似てる?晃司が?
「誰にだ?」
美恵は一瞬躊躇したが、その人物の名を口にした。
「……桐山くんに」
「桐山に?」
「……そう。雰囲気とか……それに同じ目をしてる。
以前の桐山くんとそっくりの目……。
何かに執着してない……って言ったらいいのかしら。
彼……普通の人間には及びもつかないくらい才能有るけど、何もない。
そんな感じがするの……」
それは周藤にとっては驚きだったに違いない。
同じ特選兵士として身近で見てきた自分が一年近くかけ気付いたことを、美恵は一瞬で見抜いている。
それに桐山と同じ目……それは自分も思った。
あいつは桐山和雄は自分達と同じ種類の人間だと感じた。
殺す側の人間だと。
だが、その中でも晃司と同じタイプだと。
「……奴は科学省が作り出したリーサルウエポンだからな」
「……リーサルウエポン?」
「ああ、科学省は優秀な人間の遺伝子を組み合わせ意図的に人間を誕生させている。
生まれた子を完全に管理下に置き特殊教育を施し、その子が成長したら、また子を生まる。
勿論、その子にもまた特殊教育を施す。そんな方法を何世代も何十年も続けた結果生まれたのが奴だ」
「……そんなっ」
それは一般人の美恵にとっては驚愕の事実だったに違いない。
「……15年前だ。科学省に高尾晃司という超一流の兵士がいた」
「……高尾……晃司。……それって……」
「ああ、断っておくが奴じゃない。単なる同姓同名だ。
だが初代の高尾も半端じゃなく強かった。
テロリストのブラックリストに常にトップに名を連ねていたオレの親父でさえ勝てなかった奴だからな」
「……お父さん……テロリストだったの?」
「ああ。まあ、そんなことはどうでもいい。
とにかく初代の高尾は最強無敵の天才だったが一つだけ欠点があった」
「……欠点?」
「こともあろうに外界の女と恋に落ちて軍から脱走したんだ。
そして科学省の刺客に殺された。相手の女も一緒にな」
何の関係もない人間の話だが嫌な気分だ。
美恵は露骨に顔をしかめた。
「だが科学省は高尾晃司をあきらめきれなかった。
そのくらい奴は優秀だったらしいからな。
だから……奴の再来を作ることにしたんだ」
「……再来?」
再来……まさか!!
「そう、今さっき、おまえが見た晃司さ。
初代の高尾は奴の父親、いやこの場合は遺伝子提供者というのかな?
とにかく奴は初代高尾晃司の遺伝子から生まれた。
息子にあたるのか、それともクローンなのか、その辺りはオレも詳しいことはしらない。
わかるのは奴が間違いなく初代の高尾、ああ晃司と区別するためにファーストと呼ばれているんだ。
そのファーストの遺伝子を受け継いでいるということだ。
科学省は晃司がファーストの二の舞になることを恐れた。
だから、ファーストに施した特殊教育のさらに上を行く教育を施し徹底的に感情の無い兵士として育て上げた」
美恵は蒼ざめていた。
戦う為だけに作られ、戦う為だけに育てられた人間。
そんな人間が存在するのか……。
いや……していいのだろうか?
そして、自分達はその男と戦わなければならない。
勝たなければならないのだ。
だが……勝てるのか?
美恵は軍のことは何も知らない。
しかし、その底知れぬ恐ろしさを初めて思い知ったような気がした。
「これでわかっただろう?おまえたち一般人は、どうあがいてもオレたちには勝てないことに」
【B組:残り21人】
【敵:残り3人】
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